第118話 寄り道
森の上を飛び続けると、並行世界研究所がだいぶ近づいてきた。
「どのあたりに降りようか? カエデさんたちなら、まあ見られてもいいんだけど、他に誰かいるかもだし」
「そうね。建物の屋上に降りるとかはどうかしら?」
「いいかもな」
もう少しで真上に到達するものの、まだ高さは十分ある。高いところから研究所の屋上の中で着地しやすそうな場所をみんなで探す。
高度差があるおかげでここからだと研究所の全貌が見える。
そのときにクルルが気付いて声を上げた。
「プ? あそこにいるのクマワシかもしれないプイ!」
「えっ? どこ? まさか屋上にいるあれ?」
「そうプイ!」
「まさか…… 何かを狙っているのかな?」
「あっ、誰か歩いているわ! マズいわ! プリン、急いで!」
「分かったノ!」
(ビューッ!)
プリンがものすごい速度で降下を始めた。まるではやぶさだ。俺たちも急いだ。
どうやら出てきたのはタツキさんのようだ。研究室のある建物から生活する建物へ移動するところのようだ。
クマワシがタツキさんの死角から迫る!
そのとき、もう1人研究室のある建物から出てきた。カエデさんだ!
カエデさんの位置からはタツキさんとクマワシの両方が見えたようだ。カエデさんの悲鳴とも言える叫び声が聞こえた。
「タツキ! 危ない! 逃げて!」
(へっ? はっ!)
タツキさんはクマワシに気付くのが遅れ、もはやよける余裕はなさそうだ。
だが、クマワシの強力な爪がタツキさんに当たる直前、紫の閃光が駆け抜けた。
(ビューン! ……ザザザァ!)
(……ドサッ)
間一髪間に合った!
プリンは地面を靴底で長い距離削り取りながらなんとか着地した。
「えっ? えっ?」
「えっ? 何が起きた?」
カエデさんとタツキさんはぼう然としていた。
一方のプリンはピョンピョン跳んで喜んでいる。
「間に合って良かったノ!」
俺たちもプリンのそばにたどり着いた。
(スゥーッ)
(スタッ)
「さすがプリンね! 今のは危なかったわ!」
「えらいプイ!」
「おいで、ご褒美のお姫様抱っこだよ!」
(ピョン!)
「うれしいノ!」
俺たちが4人で喜んでキャッキャキャッキャ騒いでいると、2人が近づいてきた。
「えっ!? ヤマさんたち? どうしてここに? というかさっきのは何!? 信じられない速さだったわ!」
「そ、そんなことより! 助けてくださってありがとうございます! 俺はもう死んだと思いました……」
タツキさんは膝から崩れ落ちた。恐怖のあまり膝が言うことを聞かないようだ。
「せっかく近くまで来たから、寄り道でもしようと思って来たんですけど、運良く助けられて良かったわ!」
「そうだよな。寄り道して大正解だったな!」
「えっ? ここに寄り道? どこからの?」
「エーンスタットそばの洞窟からプイよ?」
「そうナノ」
「えっ? 寄り道って距離じゃないけど……」
「その前に、フィナルメンシウタットとかに行ってたのよ。それに比べたらずっと近いわよ」
「ああ、そういう意味ね」
それにしてもこの棟間移動は危なすぎる。渡り廊下を作るべきだろう。
「なあ、モカ。ここの棟間移動は危なすぎるよな。渡り廊下を作ったらどうだろう?」
「いいわね。クルルの岩と私の水晶ですぐ作れるわ」
「やるプイ!」
「じゃあ、とりあえず一旦、俺たちはあっちの棟に移動するから」
「うん。作ったら私たちも行くわ」
「えっ? 今から作る?」
「気にせずに待てば大丈夫ナノ」
休憩室にとりあえず向かった。まだ、タツキさんはぼう然としていたが、足取りはしっかりしてきた。
休憩室で少し休んだ頃、モカとクルルが帰ってきた。
「できたわよ。こんな感じでどうかしら?」
「えっ?」
「もう? いったいどういうこと?」
「見れば分かるプイ」
疑問だらけの2人を連れて、俺たちは建物から出ようと玄関に向かった。
その玄関からは、岩でできた四角いチューブ状の通路がつながっていた。通路は3つの棟をつなぐようにほぼT字型をしていた。途中には水晶でできた窓が付けられていて、外の様子が見える。T字のてっぺんあたりの部分まで行くと、外に出られるよう穴があけられていた。
「ここに扉をつけたら完璧なんだけど、扉がなかったからとりあえずあけといたの。このくらいあいていれば大丈夫よね?」
「ええ、大丈夫だと思うわ。あとで何かで扉を用意するわ。それにしても、これをこんな短時間で……」
「意外と楽しかったわよね?」
「楽しかったプイ!」
「これで上から襲われる危険が大きく減って、安全に移動できると思うわ」
「そ、そうよね。ありがとう!」
カエデさんたちはいろいろ突然でまだ驚いているようだ。だが、少しずつカエデさんも冷静さを取り戻してきた。
「ところで、寄り道って言ってたけど、何か用事があったの?」
「あっ、そうそう。休憩所とかで話しましょうか」
「あ、そうね。そうしましょう」
俺たちは休憩所に向かった。
◇
ようやく2人も落ち着いたようだ。あらためて、寄り道した理由を話す。
「寄り道してお話しようと思ったのはモミジさんのことよ」
「えっ、モミジがどうしたの?」
「今、モミジさんはキメラヴィルっていう町にいるの」
「キメラヴィル? 聞いたことないわ」
「そうよね。レイシュトよりも西側にある町よ」
「えっ!? レイシュトよりも西側に町なんてあるの?」
「私たちも知らなかったから驚いたわ。でも、もっと驚いたのは町の中よ」
「どういうこと?」
「キメラヴィルにはキメラ園と言って、おとなしいキメラが飼われている場所があるの。ここで鴨やヤギが飼われているみたいに」
「えっ!? そんなことが……」
「そうなの。それで、モミジさんが研究したいって今そこにいるの」
カエデさんは納得した表情を見せた。
「なるほどね。あなたたちらしいわ。キメラとも仲良くしたいんでしょ?」
「さすがモミジさん。正解よ。で、モミジさんも同じことを思っているわけよ」
「納得だわ。あの子はそういう未来をずっと求めていたの。実はモミジは小さいころ、キメラの赤ちゃんと仲良しになりかけたことがあったのよ。でも、危ないからって……」
「そうだったのですね…… きっと、モミジさんはキメラの凶暴性を抑える方法を見つけてくれますよ!」
「もしそうなら、あなたたちのおかげだわ。そんな研究の機会を与えてくれて、姉として心から感謝するわ」
「いえいえ、いいんですよ、そんなこと」
最後にモカがここに来た1番の目的を話す。
「あっ、そうそう。だから、トライオラシのキメラ研究所に行ってもモミジさんがいないのよ。それでどこに行ったか心配するかなって思ってここに来たの」
「えっ? たったそれだけのために?」
「えっ? どこに行ったか分からないと心配にならないかしら?」
「もちろんなるけど、そのために、ここまで来てくれたの?」
「そうよ?」
「……」
だまって聞いていたタツキさんが驚いて絶句しているカエデさんに話をする。
「カエデ。俺たちの常識で考えちゃダメなんだよ。ヤマさんたちは純粋にみんなのことを考えているんだよ、きっと。だから、危険を承知でここまで来れるんだよ」
「そ、そうよね。そのおかげで、私たちは救われてばかりね」
「だな」
まあ、カエデさんたちが思っているほど、俺たちにとっては危険ではないのだが、それはこっちの尺度だから説明したところでしょうがない。とりあえず目的は達したから、そろそろ帰るか。
「じゃあ、目的は達したし、ぼちぼち帰るか」
「そうね。レイシュトに行かないとね」
「えっ? もう?」
「キメラヴィルに行って早くモミジさんの研究結果を聞きたいのよ。それに他にも寄るところがあるの。あっ、でも、少し部屋で休憩させてもらっていい? そのまま私たちは出ちゃうと思うから、部屋に入ったあとは会えないと思うけど」
「もちろんいいわよ。前使った部屋が空いているから自由に使ってちょうだい」
「ありがとうございます」
◇
カエデさんたちにあいさつをしてから、前使わせてもらった部屋に移動した。ここには休憩しに来たというより、レイシュトに移動するために来たのだが。
「じゃ、レイシュトに行こうか」
「そうね」
(ヒュン)
(ヒュン)
「ふう、ただいま」
「洞窟巡りも完了ね。今日はゆっくり休みましょう」
「そうしよう」
きっと俺たちが急にいなくなってカエデさんたちは驚いているだろう。だけど、俺たちのやることだから、と最後は謎の納得をしてくれそうだ。
軽い気持ちで考えた寄り道が人の命を救うこともあるんだと、護り人の使命の大きさを感じた1日だった。
◇◇◇
――そのころ、タツキとカエデは――
カエデと休憩室でゆっくりとくつろいで、俺はようやく冷静さを取り戻せてきた気がする。
クマワシの爪があと少しで俺に振り下ろされるところだった。その光景はまだ目に焼き付いている。直後の紫の閃光も。
「俺たちは2度もあの人たちに命を助けられたな……」
「そうよね。私たちがこっちに連れて来ちゃったのに、恨まれても全然おかしくないのに、ほんとすごい人たちよね」
「すごいって言えば、俺を助けてくれたプリンさんのあの技すごかったな…… まるで紫の閃光だったな」
「そうね。たしかに紫に見えたわ。いったいなんだったのかしら」
さすがに紫の閃光など俺には想像すらできない。そういえばプリンさんはノエさんの弟子だったはず。だが……
「あの速さはノエさんよりも上じゃないかな。とにかく聞いたこともない速さだった。止まるだけで地面があんなにえぐれたんだし」
「そうよね。あれ?」
「ん?」
「あの方向に進んできたということは、プリンさんはどこから攻撃してきたの?」
そういえば、どこからだろうか。あのとき自分が向いていた方向や、地面の跡を思い出す。
「えっ? 地面の跡から考えると…… 研究室のある建物のほうからになりそうだな」
「そうよね。でも私の横じゃないはずよ。うーん。すごく上からだったような気がするわね。あまりに一瞬だったけど」
「となると、屋上から跳んで斬ったということ?」
「まさかね…… でも、もっと高いところな気もするわ。紫の閃光が見えたのは本当にタツキのすぐそばからよ」
「そうか…… プリンさんたちなら何でもありだけどな」
「そうね。あれ? そういえば、そのあとヤマさんたちも上から降りてこなかった?」
「よく覚えていないな…… 気付いたらヤマさんがプリンさんを抱えて喜んでいたから……」
「たしかに、楽しそうにしてたわね。あんなに強くて仲が良くて…… ヤマさんたちの世界の人はみんなあんな感じなのかしらね」
果たしてどうだろうか。なんとなくそうじゃない気がする。
「いや、俺はそうは思わないな。見た感じは同じ人間なんだ。多くの人は俺たちと同じはずさ。あの2人が本当に特別なんだよ。少なくとも俺はそう思いたいな。そのくらい、あの2人にもらったものは大きい……」
「そうね。あのユキちゃんが会いに行ったくらいなんだからね」
「そうだったな。何しに行ったんだろうな」
「聞く時間はなかったわね。でも、聞いてもたぶん教えてくれないんじゃないかな? そのくらい特別なことっぽかったわよ」
「まあ、あの2人なら納得できるかな……」
「あっ、ユキちゃんが無事にレイシュトに帰れたか確認するの忘れたわ。ちょっと聞いてくる」
「ああ」
少しして、カエデが戻ってきた。思ったより早いな。
「みんなもういなかったわ。もぬけの殻だったわ」
「えっ? もう? 下りてきた音すらしてないよな?」
「きっと、瞬間移動でもしたのよ」
「まさか…… いや、でもあの人たちならできてもおかしくないよな」
「そうよね。何でもありよね」
一瞬で現れ、俺たちを救って、また一瞬で消えた。
まるで神様のような人たちだ。
◇◇◇




