第107話 護衛その2
展示室をじっくり見せてもらったが、やはり特定のキメラが凶暴じゃなくなる仕組みは全く分からなかった。そもそも、展示室には凶暴じゃないキメラの標本がないから当然だ。
それは分かっていたことなので、そんなに長居はせず、明日の朝、西門で待ち合わせすることにし、お昼くらいにはキメラ研究所をあとにした。
俺たちも早めに宿屋に戻った。明日以降、モミジさんをどうやって護りながら移動するか相談しておきたいからだ。
宿屋の部屋でゆっくりしながら話を始めた。
「モミジさんは護りのアクセサリーを身に着けていないから、護りのコートとかも使えないよな?」
「そうね。それにユキさんたちほどコネクトも強くはないわよ」
「となると、モミジさんに攻撃が届く前に対処しないとあぶないよな」
「そうなのよ」
「ほとんどのキメラはプリンがすぐに倒せるはずよ。だからプリンは攻撃中心がいいと思うわ」
「私もそう思うノ」
「問題はキメラが相討ち覚悟でコネクトを使ってきたときなの」
「そうだな。種類にも依るけど、やっぱり俺はモミジさんを護る側じゃないとダメかな」
「そうよね。岩に対処するのはやっぱりヤマ魔法が安全よね。そうじゃないならよけるしかないもの」
「よけるには風があったほうがいいから、モカも護り側かな? となると、クルルがプリンの支援にまわる感じ?」
「そうね。でも、本当に強いキメラが出たら、壁で護る作戦が安全だから臨機応変にいきましょう」
「そうだな」
「あと、クルルとプリンなら、私とヤマよりもキメラに気付くのがずっと早いから、攻撃役にぴったりね。プリンとヤマが前で、モミジさんが真ん中、私とクルルが後ろで警戒しながら進んで、キメラが襲ってきたら、プリンとクルルがキメラ側に出る感じかしら?」
「前から来たのはプリンが大体倒すだろうけど、たまに上とか変なところから襲ってくるから、クルルが後ろにいてくれると安心だな」
「私もそれでいいと思うノ」
「私もいいと思うプイ」
「じゃあ、それで行こう。これだけしっかり準備しておけば、意外と何も起きないさ」
「ありがちね」
明日からは気を抜けない移動となるため、今日はゆっくりと休むことにした。
◇
翌日、西門に行くと、モミジさんはすでに来ていた。
宣言通り、荷物はほとんど持っていないようだ。そのほうがありがたい。
「じゃあ、行きましょうか」
「ええ、よろしくお願いします」
モミジさんの護衛ミッションはこれで2度目になる。前回と違って、ただ移動するだけなので、何事もなければただ歩くだけだ。特にレイシュトまではほとんどキメラが出ない地域なので、みんなリラックスして進む。
それでも、数日もあると1回くらいはキメラが出てくるものだ。
(ヒュッ!)
(……ドサッ)
ちょうどイノウシが出たので、お肉確保ついでに倒しておいた。手早く処理する俺たちを見て、モミジさんが感心している。
「ほんとすごいわよね。倒したのが見えないくらいだし、食べる分のお肉を手際よくしまうし。あれ? かばんにしまって大丈夫なの?」
「あっ……」
モカがモミジさんに話をする。
「カエデさんもご存知だから内緒で話をするけど、ヤマだけ、ヤマ魔法っていう特殊な技が使えるの。だから、荷物は全部ヤマが持っているの」
「なるほどね。もうあなたたちが何ができても驚かないわ。全面的に信頼しているもの」
「ありがとう。でも、ヤマ魔法のことは内緒にしてもらえるとうれしいかも」
「もちろんよ。命の恩人を売るようなことは絶対にしないわよ。うふふっ」
「うふふっ」
どこまで理解してもらったかは分からないけど、これからの護衛の中で1回くらいは使う可能性があるし、インベントリから物を出し入れするのを見られることもあるだろうから、魔法ってことにしておいてもらうのが1番良さそうだ。
それと、春になって、気持ちのよい気候になったのが意外と助けになる。疲れをできるだけ蓄積させないのも重要だからだ。
キャンプのとき、俺たちは4人で寝袋に入るのだが、モミジさんはテントには一緒に入るものの、寝袋は使わないようだった。4人用の寝袋が出てきて相当驚いてはいたが……
よく考えたら俺たちは護りのコートのおかげで寒くないのだが、どうももふもふしながら寝るのが習慣になっていたようで、このままだと夏でも寝袋になりそうだ。
◇
レイシュトまでは予想通り、何事もなく、到着することができた。とりあえず、ユキさんの家の離れを目指すことに。
「ん? 宿屋に泊まらないの?」
「私たち、ユキさんの家の離れを使わせてもらっているの。だから、そこまで行こうと思っているの」
「えっ? あなたたち、すごすぎね。あっ! もう、また驚いちゃったじゃない」
「うふふっ」
モミジさんは驚かないように頑張っていたらしい……
努力むなしく驚いてしまったモミジさんを連れて、ユキさんの家に着いたときには夕方に近かった。この時間なら、ユキさんが帰っていそうだ。
(チリン、チリン)
呼び鈴を鳴らすとリアさんとユキさんが出てきた。
「ただいま戻りました」
「あっ、おかえりなさい。モミジちゃん、久しぶりね!」
「ユキさん、お久しぶりです! リアさんも久しぶりね!」
「久しぶりニャ! あっ、今日は私と一緒にどうニャ? ユキ様もヤマ様もみんな夫婦で過ごされると思うニャ」
「えっ? リアさんのところで泊めてもらってもいいのかしら?」
「もちろんよ。カエデちゃんも私のところに泊まったことあるし」
「うれしいニャ!」
「今日はお疲れでしょうし、明日、ゆっくりと研究所でお話しましょう」
モミジさんとリアさんは思ってた以上にかなり仲良しだったようだ。楽しそうにリアさんの住む離れに入っていった。
◇
翌日、ユキさん、モミジさんとともに、ユキさんの研究室に行った。俺たちは例によってほぼ顔パス。モミジさんも知られているようで、簡単な手続きで通れた。
ユキさんの研究室に入ると、何冊か本が置いてあった。
「ヤマさん、モミジちゃんを連れて来ていただいてありがとう。私のほうはいくつか本を調べたんだけど、あんまり役に立ちそうな情報がなくて……」
「そうなんですか……」
置いてあった本を見ると、『亜人大全』、『キメラ育成録』などだった。俺たちの視線に気付いたユキさんが聞く。
「見てみますか?」
「見せていただけるなら」
「えっ、あなたたち読めるの?」
「俺たちは読めるんです」
「あっ、そういうこと? この文字ってあなたたちの世界の文字?」
「うーん。正確にはこっちの世界でも昔は使われていたんです。私たちの世界では今でも使われているので、私やヤマは普通に読めるんです」
「そうだったのね」
「モミジちゃんにも事情を話したのね」
「そうですね。カエデさんとお話することもあるでしょうし、姉妹で隠し事も良くないかなと思って」
「そうね」
改めて、亜人大全を見てみる。
◆◆◆
亜人には、イヌ人、ネコ人、ウサ人、モル人がいることが知られている。だが、未知の亜人がいるとも言われている。
イヌ人は――
ネコ人は――
ウサ人は――
モル人は――
◆◆◆
それぞれの亜人について、図解で説明がある。本人たちに会えば分かることが中心のため、新しい情報はなさそうだ。そう思っていたら、モカが続きに注目している。
◆◆◆
これらの亜人は人間と動物のキメラとも言える。だが、他のキメラと決定的に違う点がある。それは人間に対して非常に友好的であることだ。他のキメラと違い、生まれたときからずっと穏やかなのである。
人間と合わさっているからだと主張する研究者もいるが正確な理由はまだ分かっていない。
また、人間の中には亜人をこよなく愛するものも珍しくない。
人間と亜人の夫婦が数多く知られている。不思議なことに、そのような夫婦の子どもについて、人間の母親からは人間が、亜人の母親からは亜人しか生まれないことも知られている。
理由は分かっていないが、母親からのみ継承されるものがあることだけはたしかだ。
さらに、未確認の情報であるが、穏やかなキメラを見たことがあるという報告がある。
それは、人間の子どもが、キメラと知らずにキメラの子どもと仲良くなってしまったという事例だ。キメラは生まれながらにして凶暴なため、この報告は何かの見間違いと考えられているが、もしキメラが穏やかになれば皆の安全を確保できるため、さらなる研究を期待したい。
◆◆◆
「うーん。なるほど…… こっちも見ていいかしら?」
「もちろんよ」
次にキメラ育成録をモカが読み始めた。
◆◆◆
生まれたばかりのイノウシをたまたま捕獲し途中まで育成した記録である。
イノウシの赤ん坊は、動きがぎこちない時期を過ぎるとすぐに攻撃的となった。檻にずっと閉じ込めて外から観察していて正解であった。その後も観察を続けたが、半年を過ぎた頃にはコネクトを使い出した。非常に危険なため、観察継続を断念した。
個体差の可能性もあるため、他の個体でも確認を行った。
ニワウシの赤ん坊は――
ウマシカの赤ん坊は――
結論として、キメラは赤ん坊のころから攻撃的であるといえ、この攻撃性は先天的なものと言える。
◆◆◆
「うーん……」
「キメラヴィルのキメラ園と何が違うんだろうな……」
「モミジさんにキメラ園についてきてもらって確認するのがいいわよね。キメラ園のことを知らないと比較もできないわよ」
「そうだった……」
そっちはキメラヴィルに行く以外に手がなさそうだが、もう1つはそれなりに俺たちの推測を裏付けてくれた。
「最初に読んだ亜人大全の話はある程度予想通りだったな」
「そうね。あっ、そうだ。ユキさんってドグ博士のことをご存知ですか?」
「ん? もちろんよ」
「私たちがドグ博士にお会いしたときにはイヌ人5人とご一緒だったのですが、奥様とお子さん4人ですか?」
「そうね。いつもご家族で過ごされているわね」
なるほど。知っている人にとっては不思議なことではないらしい。
「やっぱりそうだったのね。亜人大全にあるとおり、母親がイヌ人なら、お子さんは全員イヌ人になるのね」
「あっ、そうか! 前にモカさんが言っていた話ね? あのときは気付かなかったわ。身近にちょうどいい例があったなんて…… ドグ博士はあまりにイヌ人と一心同体だから、私たちにとっては人間と亜人の夫婦っていう認識があまりなかったのよ。ほとんどイヌ人夫婦って感じなのよね」
ユキさんにとってはドグ博士はイヌ人扱いというのが少し面白い。
「そうなんですね。珍しい人ですね」
「そうなのよ。だから、私たちにとって人間と亜人の夫婦の代表と言えば、ヤマさんとクルルさん、プリンさんなのよ。ヤマさんの場合はモカさんもいるから、人間夫婦兼、人間亜人夫婦っていう超例外なんだけど」
「すべてにおいて規格外過ぎるのはさすがね!」
モミジさんは何か違う意味ですごく納得している気がする……
「あとは、亜人大全に書いてある『人間の子どもが、キメラと知らずにキメラの子どもと仲良くなってしまったという事例』は気になるわね」
「なんとなくだけど、キメラ園に通ずるものがあるわ。だって、なんでキメラと共存できているか分からないけど共存できているわけだから、知らず知らずに何か効果的なことをしているのだと思うわ」
「……そうね。参考になるわ。この観点を忘れずにキメラヴィルで研究したいわ。ユキさんありがとう!」
「いえいえ、モミジちゃんたちの役に立ててうれしいわ」
一瞬モミジさんが考え込んだように思えたのは気のせいだろうか。
気にしてもしょうがないので、そろそろ行くことにしよう。
「じゃあ、そろそろ行こうか。今からなら、日が暮れる前に下山できるよな」
「そうね」
「ねえ、行くのはいいけど、どこから行くの?」
「ん? そこよ」
モカが奥の扉部分を指差した。
「えっ?」
「まあ、モミジちゃんが驚くのも無理ないわよね。私だってキメラヴィルに通じているなんて知らなかったんだから」
「ええっ!?」
驚きを我慢していたモミジさんもどうにも我慢できなかったようだ。




