第106話 キメラ研究所
数日後、トライオラシに着いた。
まだ明るかったが、宿屋で休むというか、モカが長風呂を満喫したそうにしてたので、その日は宿屋に行き、次の日にキメラ研究所に向かうことにした。
翌朝、キメラ研究所に向かった。
以前は近寄らないようにしていた研究所に初めて入ることになる。少し緊張しつつ、南の通りを進み、キメラ研究所の前まで行った。
以前と同様、警備員が立っているようだ。特に怖がる必要もないので、堂々と門を通過しよう。
少し不思議な顔をされたが、きっとクルルとプリンを連れているからだろう。だが、特に止められることはなく、守衛のところまで入れた。
「おはようございます」
「おはようございます。何か御用ですか?」
そう言う守衛はクルルとプリンのほうを気にしているようだ。
「モミジさんに会いたくて来たんです。私はモカと言います」
「分かりました。お約束とかでしょうか?」
「あっ、いえ、そうではないのですが……」
「えっ?」
「あっ、ただ、モカが来たとお伝えいただければうれしいのですが……」
「は、はい……」
「あっ、私たちはモミジさんとは親しい間柄なので大丈夫ですよ」
そう言ってモカはモミジさんからもらった押し花が並んだ紙を見せた。それまで怪訝な顔をしていた守衛が、押し花を見て表情が変わった。
どうやら、守衛もモミジさんのことはよく知っているようだ。
「はっ、それは! 分かりました。少々お待ちください」
もう1人の守衛を残して、奥に呼びに行ってくれたようだ。
しばらくすると、守衛と一緒にモミジさんが来てくれた。
「モカさんたち、来てくれたのね! うれしいわ」
「あっ、すぐに立入許可証を出しますね」
「ありがとうございます。これだとダメですよね?」
ユキさんにもらったカードを守衛に見せた。
「えっ? それをお持ちなら見せてくださればよかったのに…… それがあればどこの研究所でも入れます。どうぞ」
「えっ、これそんなすごいものだったのね……」
「ん? ちょっと見せて」
モミジさんがカードをのぞいた。
「えっ、ユキさんのお客様証じゃないの! ユキさんたちとも交流があるのね」
「そうですね。あとで詳しくお話しますね」
「そうね。とりあえず私の研究室に案内するわ」
キメラ研究所はレイシュト研究所を小さくしたような雰囲気の研究所だ。モミジさんの研究室は右奥のほうにあるようだった。
どの研究室も中は見えないため、何をやっているかは分からない。また、ほとんど人とすれ違うこともないが、人間以外には誰もいなさそうだ。
◇
「ここよ。どうぞ。そのあたりの椅子にかけてちょうだい」
「ありがとうございます」
モミジさんの研究室はそれなりに広かった。
奥のほうには大きな冷蔵庫があった。きっとキメラの標本が保存されているのだろう。あとは、骨格標本もかざってあった。あれは、シカトラだろう。斬られた首のところだけ、ワイヤとかで補強されていた。
「あっ、その骨格標本は前にいただいたシカトラよ。あんなに立派な標本がほとんど無傷であるのはたぶん私の研究室だけよ」
「モミジさんの研究に貢献できてうれしいわ」
モミジさんがお茶を入れてくれた。みんなでお茶をいただきながら、話を始めた。
「今回訪ねて来てくれたのは、シカトラを見るため?」
「ううん、ある意味もっとすごいことというか、お願いがあって来たの」
「えっ、あれ以上にすごいことなんてほとんどないわよ?」
モカはユキさんに話したのとほぼ同じ話をモミジさんに聞かせた。途中からモミジさんはお茶を飲むのも忘れて聞き入っていた。
◇
「そんなすごいことがあるなんて…… そんなところに私を連れて行ってくれると言うの?」
「モミジさんが1番適任かなと思って」
「うれしいわ。でも、大丈夫かしら? 途中の道にはキメラが出るわよね? 私がいると足手まといだと思うけど」
普通は心配する話だ。俺が補足しよう。
「ちょっと遠いけど、何とかなると思いますよ。道中のキメラはほぼプリン1人で倒せるものばかりなので」
「あなたたちがそういうのなら大丈夫なのでしょうね。分かったわ。すぐに支度をするわ」
「あっ、食べ物とかは俺たちで何とかするので、研究に必要なものだけでいいですよ」
「えっ、そうなの? ありがとう。ならほとんど荷物は要らなさそうね」
さっそく準備を始めるモミジさん。急いでいる姿を見て、伝え忘れたことがあったことを思い出した。
「あっ、そのキメラヴィルに行く前にレイシュトでユキさんたちのところに寄ることにしてますので。ユキさんがキメラのことを本で調べておいてくれているんです」
「えっ? それすごいわ! 本ってあのわけの分からない文字で書かれたやつよね?」
「そうです。ユキさんは解読できるので」
「さすがユキさんね……」
文字で思い出した。
モミジさんはカエデさんと俺たちが会ったことは知っているのだろうか。もっと言えば俺たちがカエデさんたちに連れて来られたことは知っているのだろうか。モカに小声で聞いてみたが、モカもどうするか悩んでいるようだ。
意を決してモカが聞く。
「モミジさん。モミジさんって、カエデさんと最近会いましたか?」
「ん? 姉と? 最後に会ったのは半年ちょっと前かしら。そういえばあのとき姉は誰かを探しているようだったわ。研究してたら並行世界から悪い人を連れて来ちゃったかもしれないから気を付けるようにって言われたの」
「そう…… ならちゃんと話したほうがいいわね。これから話すことはカエデさんとユキさん以外には誰にも言わないでもらえませんか?」
「ん? いいけど、どうしたの?」
モカとうなずき合う。モカは話すことに決めたようだ。
「ヤマと私がそのときカエデさんが探していた2人組なんです」
「えっ? だって、その2人って、侵略者だかなんだかで悪いことをしに来たはずって……」
「うーんと、それは誤解なんです。この前、並行世界研究所でカエデさんにも納得してもらったところなんです。その場にユキさんもいたから、もし気になるならレイシュトで聞いていただけば分かると思います」
「あなたたちを疑う気持ちなんて欠片もないから大丈夫よ」
そのあと、カエデさんと俺たちのやりとりについてなどを説明した。
◇
「姉らしい早とちりね。本当ごめんなさいね。姉が迷惑をおかけして……」
「いいんです。そのおかげで俺たちはクルルやプリンにも会えたし、今、幸せなので」
「ヤマさんのその言葉でどれほどの人が救われてきたか……」
「へ?」
「ヤマはいつもこんな感じなので気にしないでプイ」
「そうナノ」
「それに、姉の命まで護っていただいたんですね」
「まあ、あれは…… 油断して外で手合わせしたのが悪かっただけですから」
「……ふふふっ」
「ん?」
「あっ、ごめんなさい。手合わせでは強いのに、虫を怖がっているヤマさんを想像してしまって」
「え!? もう、やめてくださいよ……」
「そういうところがヤマらしくて面白いでしょ! うふふっ」
「そうなの!」
モカまで楽しそうだ…… なんか急にモカとモミジさんの距離が近くなったな。まるで仲の良い友だちみたいだ。
「あっ、出発は明日でもいいかしら? 一応、明日からしばらく不在にするって周りに伝えといたほうがいいから」
「もちろん、モミジさんの都合が合うときでいいですよ」
「ありがとう。昼過ぎにしか来ない人もいるから、それまで研究所を案内するわね」
「いいの? 楽しみだわ!」
「ふふっ」
◇
研究所見学の最初として、俺たちはまずモミジさんの部屋にあるシカトラの骨をモカがじっくり見させてもらっている。
「やっぱり完全に一体よね。2つの動物が合わさるのは初期の細胞段階からとしか思えないわね」
「そうなのよ。キメラからはキメラが産まれるの。赤ちゃんのころからちゃんとキメラよ」
「そういえば、元となる動物とキメラが交配することってあるのですか?」
「どうかしら? 元となる動物とキメラの両方が存在するってないのよ。あっ、亜人だけが例外かしら。でも亜人からだって普通に亜人が産まれるわよ」
やっぱりそうか。モミジさんたちでも分からないか。
そんな中、クルルたちが元気よく宣言する。
「私とヤマの間に子どもが生まれれば分かるプイ!」
「私ともそうナノ!」
「えっ?」
「私がヤマの第2夫人で、プリンが第3夫人プイ。もちろんモカが第1夫人プイ」
「なるほどね。でも、自分たちで実験しちゃダメよ。ちゃんと子どもが欲しいときだけにしなさいよ」
「もちろんプイ」
突っ込むのはそこなのか…… モカはいつものようにご満悦だからいいことにしよう。
「モミジさんは、亜人と人間の夫婦から人間とか亜人が生まれたことって聞いたことあるかしら?」
「うーん。私はないわね…… あっ、でもひょっとすると……」
「ん?」
「今はもう辞めちゃった人なんだけど、ドグ博士っていうすごい研究者が昔いたの。イヌ人が大好きな人で、イヌ人の奥さんがいたと思うの。でも、お子さんに人間がいるとは聞いたことはないわね」
「ドグ博士なら2回ほどすれ違いましたけど、イヌ人5人と歩いてらっしゃいましたよ」
「5人? まさか、4人はお子さん?」
「そうなのかもしれないわね。今度お会いできたら聞いてみるわ」
亜人はもふもふのおかげで年齢が分かりにくいから、ひょっとしたらドグ博士が連れていたイヌ人は奥さんと子ども4人だったのかもしれない。そうだとするとあれだけ仲が良さそうだったのも納得だ。単なる家族旅行だったのかもしれない。
じっくりと見せてもらったあと、モミジさんの研究室を出て、研究所の奥のほうに行くことに。
「あっちに展示室があるのよ。研究者なら自由に見れるの」
「すごいわ。見てみたいわ」
◇
「いっぱいあるわね」
「あれはイノウシだよな」
「見たことあるキメラが多いプイ」
「そうナノ」
「うーん……」
何やらモカは考え込んでいる。
展示室にはこれまで見つかっているキメラの骨格標本が飾られていた。
たぶん全部見たことがあるものだ。むしろ、見たことはあるがここにはないものにいくつか心当たりがある。クマ系はほぼなく、ゾウ系もなかった。やはり強過ぎるキメラはないようだ。
弱いキメラ中心のせいか、なんとなくかわいらしく見えてくるから不思議だ。
「うーん。何か不思議とかわいらしく見えてくるよな。弱いキメラ中心だからかな?」
「えっ? あっ! そうか! そういうことね!」
「ん?」
何かモカは気付いたようだ。
「さっきから骨を見て何か違和感があったのよ。元の動物を想像しながら見てたんだけどね。ヤマがかわいらしく見えるって言ったから違和感の正体が分かったの」
「どこかが変なの?」
「頭よ。みんな頭が大きいのよ。頭が大きいと赤ちゃんのように見えるから、かわいらしく感じたのよ」
「なるほど。そう言われてみると、頭が大きい気がするな……」
俺たちの会話を聞いて、モミジさんがすごく驚いている。
「えっ!? そ、そうなの? キメラになったことで、元の動物より頭が大きくなったということ?」
「間違いないと思うわ」
「生体AIチップの影響かな?」
「おそらくね。キメラになったときからそうなのか、1万年を経てそうなったのかは分からないけど」
「えっ? チップ?」
「キメラには生体AIチップが必ず寄生しているの」
「え……」
モミジさんは絶句していた。
「たしかに、キメラの中にはすごく賢いものがいたよな。サル系じゃなくても賢いキメラもいたし」
「そうよね。戦ったときは一生懸命だったから気付かなかったけど、よく考えると元の動物からは考えられないほどに賢かったわよね」
「AIに助けられるうちに脳が進化したのかな……」
「あるいは、AIが寄生できるよう、最初から脳の容積に余裕を持たせる形で融合させたか…… そこまでいくと遺伝子操作になるわね」
しばらくして、ようやくモミジさんは合点がいったようだ。
「そうか! あなたたち、姉が連れてきたって言ってたわね。だから、キメラになる前の動物を見たことがあるのね?」
「そうなんです。俺たちの世界にはキメラも亜人もいないんです。それに、こういう骨が飾ってあって学べる場所もあるし……」
「そうだったの…… それなのによくこの世界で生き残れたわね……」
「クルルやプリン、あとはダブル爺やブイ婆ちゃん、いろんな人のおかげですね」
「本当、どこまでもあなたたちらしいわ……」
そのあともしばらく展示室を見学させてもらった。




