第105話 帰り道
翌朝、キメラヴィルを出発した。
歩きながら、周囲を観察する俺たち。東も南も遠くに山が見える。西のほうは遠くまで開けているようだ。南側にも山があるということは海までは遠いのだろうか。南側を見ていたらモカに声をかけられた。
「レイシュトより向こうって山に囲まれているって言ってたわよね。きっとあの南側の山が海のそばまであるのね」
「なるほどな。あの山あたりをベルは越えたのかな?」
「どうかしらね。何も情報がないから分からないわね」
山を見ててふと思う。
このあたりは全体で見るとどんな地形をしているのだろうか。並行世界とは言え、ここは日本のどこかなのだろう。ただ、思い当たる地域はなさそうなのだ。
ドスシウダのそばにあった大きな湖も似たような形の湖は見たことがあるが、大きさが違うような気もする。日本じゃなくて大陸のどこかなのかもしれない。だが、いずれにしても気にしてもしょうがなさそうだ。
そんなことを漠然と考えながら南のほうを眺めていたところ、それよりももっと重要なことにふと気付いた。
キメラヴィルから南か南東のほうに続く道がありそう、ということだ。
「なあ、モカ。あっちに続く道がありそうだよな?」
「ん? あれのこと?」
モカが道らしきものを指差した。
「そう。あれはどこにつながっているのかな?」
「どこかしらね? キメラヴィルって、宿屋がないくらい周囲と交流がないのにね」
「今度ラグさんに聞いてみよう」
「そうね」
周りに何かを見つけても、そもそも俺たち4人の誰も分からないので、あまりこだわらずに進むことにした。
◇
何回かキメラには襲われたが、特に問題なく山のふもとまで着いた。問題はここからあの洞窟にたどり着けるかだ。やはり頼りになるのはモカしかいない。
「モカ、洞窟まで行けそう?」
「たぶんね。目印をたまに付けていたし、曲がったりしなかったから大丈夫かしら」
「「さすがモカ、プイ(ナノ)」」
「なら良かった。念のため、今日はここでキャンプして、朝になったら山に入ろう」
「それがいいと思うわ」
翌朝から山に入った。基本はモカに付いていくものの、頂上に向けて真っ直ぐ進んでいるだけのようだ。これが分かっているなら誰でも迷わずにたどり着けるかもしれない。
山の中はキメラの襲撃頻度が多いが、ほとんどはプリンが倒してくれるので問題なかった。
結果的に特に何事もなく、洞窟の入り口にたどり着いた。
「これ、どうやって開ける?」
「引けば開くはずよ」
「そうだけど、持つところないよな。重くはなかったはずだから、掴めれば開けられるけど」
「うーん。あっ、あれかしら」
なぜか上を見ていたモカが何かを見つけたようだ。モカが指差す方向を見ると何かを引っ掛けられそうな場所がある。
「きっとベルはあそこに牙を引っ掛けたのよ」
「ベルは大きいからな…… 俺たちだと、モカたちなら飛べば届くだろうけど、引っ掛けられるものある?」
「それでもいいけど、上にあるならきっと下にも……」
今度はしゃがんで下から上を見上げている。何を探しているのだろうか。
「あったわ。ものすごく見えにくいけど、ここなら手が入るわ」
なんと地面すれすれに、下から上に指が入る隙間があった。車のドアノブのようなものだが、立っているところから見ると色合いの関係で全然分からない。
「すごいな。良くそんなのに気付いたな」
「だって、ここを通るのは本来はスミロ人じゃなくて、まれに人的交流するために通る人間か亜人よ。となると、スミロ人しか届かないところにあるのは変じゃない?」
「なるほどな」
扉を開けて中に入った。ここからは目印も付けていることだし、クルルに岩で埋めてもらったところまで簡単に行けるだろう。
そう思って歩き始めてふと思った。
「なあ、数十年くらいに1回ある人的交流のときにここを使うわけだと思うけど、となると、あの通路の壁ってもともと通れるんじゃないの?」
「そうなるわね。岩っぽくなっているだけで、さっきのと同じように扉なのだと思うわ。ベルが壊しただけなのかしらね」
「だよな。となると、そのうちちゃんと扉として直しておかないとマズいよな」
「たしかにそうね…… いつか直しましょうか……」
単なる壁を壊したと思っていたのだが、どうやらそうではなかったと気付けたのは大事なことかもしれない。
それにしても、この洞窟は相変わらず生き物の気配がない。ここにこういう道があることはごく限られた人しか知らないということなのだろう。
どうやってベルはここの存在を知ったのだろうか。
「なあ、ラグさんって、ベルのことを知っていそうだよな」
「会ったことがあるかは分からないけど、存在は知っていそうよね。ひょっとしたらスミロ人の中でも重要な人物だったのかもしれないわ」
「なるほどな。これをくれたわけだしな。きっと何かの意味があるのだろう」
ベルからもらった首輪を見て少し考えたが、答えは分からない。
◇
そのあと、迷わずに通路につながる部屋まで無事にたどり着くことができた。
「無事に来れたわね。じゃあ、レイシュトに行きましょうか」
「そうだな」
部屋の隅から移動することにした。靴を脱げるようにして一斉に移動する。
(ヒュン)
まずは俺の部屋に移動した。
「ねえ、このあたりに新聞とかを敷いておけば靴のまま移動できるわよ」
「そうだな。新聞はとってないから、これならいいかな」
ピクニック用のビニールシートを敷いておく。これでこれからは靴でここに移動できる。
(ヒュン)
そのあとすぐレイシュトのユキさんの家の離れに移動した。ここも土足で入れるようにしてもいいかもしれないが、どちらにしろ俺の部屋を経由するからその時に脱げば問題なさそうだ。
「やっぱりヤマ魔法は便利よね!」
「ほんとそうプイ」
「画期的ナノ」
「G世界にもない技術だから、ほんと特別なやり方だよな。あっ、ユキさんはこの時間なら家にいるかな?」
「いるかもしれないわね。報告してからトライオラシに行くのね?」
「いるならね。いないならトライオラシからモミジさんを連れてきたときでもいいとは思うけど」
「母屋に行ってみましょう」
(チリン、チリン)
呼び鈴を鳴らしてみた。リアさんとユキさんが出てきてくれた。
「あら! ヤマさんたち戻ってきてたのですね! どうぞ。リアもおいで」
「お邪魔します」
母屋に入り、みんなで座って話を始めた。今日はテルさんもいた。
「で、どうだった?」
「ええ、驚くことがいっぱいあったわ」
「そうなの?」
「まず、通路の先は洞窟みたいになっていて、そこから出ると山の中腹に出たの。そこから山を下りて、西に2、3日歩くと、なんと町があったの」
「スミロ人の町?」
「違うの。人間やイヌ人、ネコ人とか、こっちと全然変わらない人が住んでる町よ」
「えっ? そんな町があるなんて全然知らなかったわ……」
「でもね、ユミさんは知っていたはずよ。たぶんユイさんも。まだユキさんに話すときが来てなかっただけみたい」
「どういうこと?」
「ちゃんとは分からないけど、そのあたりには他に町がないみたいで、人が少なすぎるの。だから、たまに血の交流がないと良くないということで、ユミさんたち一族を介して、数十年に1度交流していたようなの。向こうの研究所長のネコ人はユミさんのことを知っていたわ」
「えっ? そんなことがあったなんて……」
驚くユキさんを見て、ユミさんたちの秘密を先に知ってしまったようで、少し申し訳ない気持ちになった。
だが、もっと大事なことを伝える必要がある。
「でも、1番の驚きはそれじゃないの」
「えっ!? もっとすごいことがあるの?」
「……町の中にはキメラ園があったの」
「キメラエン?」
「そもそも町の名前はキメラヴィルって言って、おそらくキメラの町という意味なの。そのキメラヴィルには凶暴性がなくなったキメラが檻の中で飼われていたの。つまり、人間とある意味共存してたの」
「うそ!? そんなことがあり得るの?」
「私たちもすごく驚いたわ。でも、町の外のキメラはこっちと変わらず凶暴なのよ。なぜ、キメラ園のキメラだけがおとなしいかは分からないらしいの。だから、キメラ研究所のモミジさんを連れて行きたくて。向こうの所長の許可をもらってきたの」
モカの話にユキさんとテルさんは絶句している。
「……す、すごい話だな」
「……そうよね。この短期間によくそこまで調べられたわね。さすがとしか言いようがないわ……」
「うーん。ユミさんのおかげかな」
「? お祖母様の?」
俺の言葉にユキさんが首をかしげた。
「ユミさんはネコ人の神様だったんだ。俺もネコ人の神様と言われているから、それで信頼してくれたみたいなんだ。今回のことはユミさんが向こうの所長であるラグさんの信頼を得ていたからうまくいったんだよ」
「そうね。ヤマの言うとおりよ。それに、所長に会うために、ユリの子孫から頼まれてやってきたっていう話もしたの。そうしたら、すぐに所長に会うことができたの」
「そう言えばテンの子孫って言わなかったのはなんで?」
「えっ? だって、ベルがテンの子孫に復讐しようとしていたのよ。どこからスミロ人に伝わるか分からないじゃない」
「なるほど……」
これで主だった報告はできた。ユキさんは俺たちの次の行動を理解したようだ。
「なるほどね。で、明日すぐにトライオラシに向かうのね?」
「ええ、そうよ」
「分かったわ。モミジちゃんを連れてきたら、キメラヴィルに行く前にもう1回会いに来てくれる?」
「もちろんいいですけど、どうしてですか?」
「それまでに研究所内の図書館でキメラのことで何か参考になるものがないか調べておくわ」
「そばにあるあの図書館じゃなくて、研究所内にも図書館があるのですね?」
「ええ、あの文字を読めるのは今は私とヤマさんとモカさんだけだと思うけどね……」
「ありがとうございます。では、時間帯次第では研究室に直接行きますね」
「ええ、それでいいわ」
ユキさんたちに報告をした俺たちは離れに戻って休んだ。例によってモカは長風呂を楽しんでいた。
◇
次の日、トライオラシに向けて出発した。
こちらの道は何度か通っているので、精神的にずいぶん楽に感じる。やはり、初めての道は何が出てくるか分からないので、どうしても最大限警戒しながら進むことになるため疲れるのだ。
道を歩いていると、以前、レイシュトに来たときにすれ違った元研究者の人に出会った。名前は…… たしか…… ドグ博士だ。やっぱりイヌ人5人と歩いている。向こうもこちらに気付いたようだ。
「おや? あなたたちは…… 以前にもこのあたりでお会いしませんでしたか?」
「ええ、以前、私たちがレイシュトに向かうときに。失礼ですが、もしかしてドグ博士ですか?」
「そうでしたか。私の名前をご存知だったのですね。申し遅れました。ドグと言います」
「あっ、私たちのほうこそ。私はモカと言います。こちらはヤマ、クルル、プリンです。キメラ研究所に向かうためにトライオラシに行くところなんです」
ドグ博士は俺たちの行き先を聞いて少し驚いた表情をした。
「ほう。キメラ研究所にですか」
「ええ。モミジさんに会いに行こうかと思ってます」
「ああ、モミジさんをご存知なんですな。彼女は素晴らしい研究者ですよ」
「ええ、そう思います。私たちが存じ上げている研究者は素晴らしい人ばかりです。ユキさんもテルさんも、カエデさんも」
「おや、すごい名前がいっぱいですな。あなた方はいったい……」
知り合いがすごすぎて、何も悪いことをしてなくても怪しまれそうだ…… 一応弁解しておこう。
「そんな大したものじゃないですよ。俺たちはたまたまよくしてもらっただけですから。なあ、モカ」
「ええ、そうなんですよ」
「そうですか。モカさん…… ん? ひょっとして……」
「あっ、気付かれましたか。そのモカで合っています。『モカプルン』を作ったモカです」
「なるほど、それでですか。納得です。いやあ、素晴らしいものを生み出した方だったのですね」
モカプルンのおかげですべてがうまくまわるのは本当に助かる。さすがのモカもプルンがここまで活躍してくれるとは思わなかっただろう。
「まあ、亜人と仲良しの人に悪い人はいませんから」
「そうですな。ハッハッハ。では、道中お気を付けて」
「ありがとうございます。ドグ博士もお気を付けて」
ドグ博士とすれ違ってしばらくしてからモカが言う。
「ドグ博士ってモミジさんのことを知っているようだったわね。ということは、キメラ研究についても詳しいかもしれないわね」
「なるほどな。まあ、さすがに道端で話す余裕はないから、レイシュトでもしドグ博士に会えたら聞いてみる?」
「そうね…… ユキさんに会ってからでいいとは思うけど」
「ねえ、ドグ博士、モミジさんのことを素晴らしい研究者って言ってたプイ」
「ん? そうね」
「でも、モミジさん、前にヤマにいい人って言われたときに、『そんなことを言ってくれるのはあなたたちくらいよ』って言ってたプイ」
「なるほど、クルルの言うとおりね。たぶん、ドグ博士は数少ないモミジさんと似た考えの人なのよ。それでドグ博士は研究所を辞めたのかもしれないわね」
「だとすると、俺たちとは気が合うかもしれないな」
「そうね」
またどこかでドグ博士とは会うことになる気がする。そんなことを思いながら、トライオラシへの道を進んだ。




