第100話 テンの想い継承
メノヴィーアに入ると、ユキさんたちはやはりその光景に立ち止まらずにはいられないようだ。
「ひどいわね…… ここもあのスミロ人に……」
「たぶんそうよ。あそこの傷は牙でつけられた跡だと思うの」
テルさんは傷のところに向かって観察している。
「たしかに、あのスミロ人の牙ならこうなりそうだな」
「それに、あの強さなら誰も生き残れないわ。ヤマさんたちですらギリギリだったのよ」
2人が建物の傷などを観察しながら歩いていく。
「メノヴィーアにはキメラが入り込んでいるので、気を付けてくださいね」
「えっ?」
「まあ、俺たちが護ってますから大丈夫ですけどね」
「ありがとう。ほんと心強いよ」
「ねえ、テル。メノヴィーアは滅ぼされてから1年以上は経ってるはずよね?」
「僕が聞いてからもそのくらいは経っているかな」
「こんな場所にあると、復興するのはかなり難しいわよね」
「もう復興させなくていいんじゃないかな? だってここにある言葉とテンの言葉の差がスミロ人を怒らせたわけだし」
「そうよね。テルがそれでいいならいいけど……」
メノヴィーアをどうするかは、やはりテルさんの気持ちが1番大事な気がする。石碑を見たらどう思うだろうか。
◇
じっくり見ながら進み、1番奥の建物にたどり着いた。
建物に入り、大きな部屋の石碑のところで、テルさんたちが立ち止まった。しばらくして、石碑を読んだテルさんがつぶやく。
「これか…… テンは祀ってほしかったわけじゃないと思うんだけどな。まあ、僕が来たことで、石碑を作った方の願いは叶ったわけだけど……」
ユキさんがテルさんにそっと寄り添う。
「テンの子孫、つまり、テルの先祖がどうなったか分からないって書いてあるわね。しばらくはレイシュトにいたはずなのよ。どこかの世代でレイシュトから出たらしいんだけど」
「そうなのか…… 僕の一族も研究者ばかりだから、トライオラシかレイシュトにいたことが多いと思うんだけどな」
石碑を見てもおそらくテンの想いは分からないだろう。そろそろ地下に案内するか。
「地下の遺跡はこっちから行くんです」
「えっ、そっち?」
◇
戸惑う2人をユリの模様にあるところに案内した。
「ここが入り口なんです」
「この印……」
「ええ、そうよ」
護りの腕輪をかざして入り口をあけた。モカが光を照らしてくれた。
「ここからは暗いから、私が照らすわ。降りた先にまた扉があって、ヤマ魔法で開ける必要があるけど、そこまでまずは行きましょう」
みんなで一斉に階段を下りた。遺跡の入り口の扉は俺が開けるしかないので、先頭で行く。
「この奥が遺跡です。開けますよ?」
「「お願いします」」
(スッ)
「どうぞ。暗いですけど」
「照らすわね」
「うわあ……」
「すごい……」
モカが遺跡を照らした。2人は最初のひと言以降、声を失っている。
少ししてテルさんが歩き出した。
「これは石器だな…… 家の作りも今とは全然違う。この傷はスミロ人のものかな? 本当に遺跡なんだな…… こんなものが地下にあるなんて……」
「そうよね。土に埋もれないなんて……」
「天井や壁は石でできているの。丈夫にできていて、あとから上に土が積もったのだと思うわ」
「なるほど」
クルルが指を差しながら案内をする。
「あっちにお墓とかスミロの骨があったと思うプイ」
クルルの案内に従って、まずはスミロに滅ぼされたことを示す部分から見ていくことにした。
「あれがスミロの骨ね。たしかに肉食動物っぽいわね。この牙はスミロ人にそっくりだわ」
「このスミロの骨とさっきの家の傷、あと、このお墓がこの遺跡での最初の説明箇所になるわね」
「そうか。あの傷はスミロ人じゃなくてスミロの傷か」
「かわいそうに。スミロに襲われたのね。テンがスミロを恨むのは当然よね……」
「ええ、私もそう思うわ。恨むのが普通よ。じゃあ、次のところに行くわね」
◇
モカが分岐点に2人を案内した。
「ここがテンにとっての分岐点みたいなの」
「道が2つあるわね」
「ほんとだ。ユキはどっちに行きたい?」
「えっ? テルが選んで」
「でも、この先がどうなっているか分からないから選びようがないな……」
「えっ、そういう考え方もあるわね…… あっ、そうか。照らしますね!」
俺もモカと同じことを思った。
未来が分からないと適切な道を選ぶのは難しいという意味だと。
だが、そのあとすぐに、単純に暗かっただけだと気付いたモカが道の先を広く照らした。モカのコネクト能力の高さのおかげでなんとか見える。
「うーん。なんとなく、左が今につながるほうかな? まずはそっちに行こうか」
「分かったわ。テルについていくわ」
テルさんたちが歩き出した。
左の道には以前も見たように、どちらもスミロと同じ牙が付いた何かが向き合っている。手前は武器も持っている。
「これは…… 片方がスミロでもう片方の武器を持っているのがスミロ人かな。そうか。スミロ人にスミロを退治させるつもりだったのか」
もう少し奥に進み、スミロ人とキメラが戦う構図のところにきた。
「いつの間にかスミロ人とキメラが戦っているのかな。まさか……」
「キメラって、スミロ人と戦うために生み出されたのかしら……」
「2人ともさすがね。あっという間に理解しちゃったわね」
さらにその奥に行き、スミロ人とキメラが奥にいて、手前に人間がいることを表している雰囲気に変わる。
「今度はスミロ人もキメラも敵になったということか。今の世界そのものだな」
「最初の分岐を左に歩んだせいなのね」
「『スミロ人やキメラに罪はない』、か…… 言葉通りだな。スミロに復讐するためにスミロ人を、スミロ人を倒すためにキメラをそれぞれ作ったら、全部人間と敵対したということか。スミロへの復讐なんかしなければ良かったと後悔するのも無理ないな……」
テルさんの思考も十分過ぎるほど速い。
「やっぱりテルさんはテンの子孫よね。その気持ちにすぐにたどり着けるんだもの」
「スミロ人もキメラも倒せばいいってならないのがテルのいいところよね」
「そうよ。さすがユキさんはテルさんのいいところを分かってますね。うふふっ」
「もちろんよ。モカさんがヤマさんのこと分かっているのと同じよ。夫婦なんだから」
「そうね。うふふっ」
なんか急に奥様同士の会話になってきたな。テルさんもそれに気付いたようだ。
「じゃあ…… そろそろもう1つの道を見てようかな。きっと、テンが望んだ世界がそこにあるのかな。あるいは、テンが選べなかった道と言ったほうがいいのか……」
テルさんの後ろを俺たちもついて行った。
◇
分岐点に戻ったあと右に進んだ。
少し進んだ先にある家を見かけると、テルさんたちは自然と吸い込まれていく。
「家の中にはいろいろな種族がいる? キメラもいそうだな…… あれ? スミロ人は?」
テルさんの指摘でモカが気付いたようだ。
「あっ、たしかにいないわね。前来たときはそこまで気にしなかったわ。生み出す順序が入れ替わっているのね。キメラ以外にも亜人っぽいのもいるけど、スミロ人じゃないわよね。前来たときはスミロがいないことに着目してたの」
「なるほど。たしかにスミロもいないな……」
「うーん。テル、こういうのはどうかしら? スミロを恨まなければスミロ人を生み出す必要はなかったということと、だけど、スミロをすぐに許せなかったの。あと、スミロ人を生み出したことでスミロがいなくなったわけだから、スミロのまま生かすためにスミロ人がいないとも言えるかしら。でもキメラや亜人はそのうち生み出したかもしれないということ、とか?」
「うーん。なるほど……」
ユキさん案にテルさんが考え込む。ただ、結論はすぐに出ないと思ったようで、とりあえず先に進むことにした。
「こっちのほうが大きい家だな。中は……」
「あれはスミロじゃないかしら?」
「ユキの言うとおりかな。スミロだよ、これは。スミロ人じゃないんだな」
「どう解釈したらいいのかしら?」
「なるほど、スミロ人じゃない、か…… テルさんの言うとおりね。うーん……」
ユキさんとテルさんの会話を聞いたモカも考え込んでいる。1つ疑問に思ったようだ。
「キメラになった動物って、元となった動物はいなくなっちゃうわよね。どうしてかしら?」
「えっ? 昔は一斉に変わったのかと思ってたけど、スミロに対抗するためにスミロ人を作ったのなら違うよな…… ユキはどう思う?」
「ん? でも、モカさん。人間はいなくなってないから全部じゃないと思うわよ」
「あっ、そうか。亜人は人間も元になってるわよね。うーん……」
モカがキメラの謎に踏み込もうとしている。
「もしかして…… キメラと動物の子どもは全部キメラになるのかしら?」
「ん? どういうことかしら?」
さすがのユキさんでも、ついていけないらしい。
「私、今まで子どもがどの種族になるかは母親に依存すると思っていたの。だって、キメラになるには生体AIチップも引き継がないといけないのだから」
「例えば、ブタとウシとブタウシが、それぞれオスとメス3匹ずついたとするわよ。メスの種族を引き継ぐなら、みんな1組1匹子どもを産むとしたら、どう交配してもブタとウシとブタウシの割合は変わらないでしょ?」
つまり、マトリクスで考えればいいのかな。紙を出してメモをしながら考える。オスブタ、オスウシ、オスブタウシを縦に取って、横にメスブタ、メスウシ、メスブタウシを取り、9つの枠を作る。
ブタとウシが交配するかは置いておいても、産まれる種族がメスに従うならたしかにブタ、ウシ、ブタウシが3匹ずつになるな。ブタとウシが交配できないとしても、その分はブタ同士、ウシ同士にカウントすればいいから、結局割合は同じだ。
そもそも全部メスの種族になるのだから、どうやっても3匹ずつにしかなり得ない。
「なるほど、たしかにそうだね。これならブタとウシが交配できなくて同じ割合で3対3対3になりそうだな」
「でしょ? でも、その表で均等に交配したとして、オスブタウシでもブタウシが産まれるとするとどうなる?」
マトリクスで、オスブタウシとメスブタ、オスブタウシとメスウシの組み合わせもブタウシにすると……
「2対2対5になって、ブタウシが増えていくな……」
「そうなの。実際は均等に交配していくわけじゃないでしょうけど、こうなるとどんどんブタとウシがブタウシに置き換わっていくわ……」
「モカさんすごいわ」
「それにしてもキメラって生体AIチップを持っているんだな……」
「あっ、そうよ。それは施設で教えてもらったから間違いないわ」
となると、人間はどうして残っているのだろうか。モカに意見を聞いてみる。
「なあ、モカ。じゃあ、人間はどうして生き残っているの?」
「亜人はあとから生み出されたのよ。人間が減ったのを補うために。だから、テンはきっとさっきの話に気付いて、母親の種族を受け継ぐように工夫したのよ。でも、それだとイヌ、ネコ、ウサギ、モルがなんでいないかは謎になっちゃうけど、この4種類が絶滅した証拠もないわ。亜人と動物との交配を避けるために遠ざけたのかもしれないし」
なるほど。一応は筋は通ってそうだ。たしかに亜人と動物との交配を避けたくなる気持ちは分かる。実際のところ交配はめったなことでは起きないだろうが。
「ん? となると、ひょっとして最初に生み出したスミロ人と人間が交配していくと、人間は絶滅する?」
「そうなの。そういうことになっちゃうの。だから、スミロと人間の両方を護るためにはスミロ人と一緒に暮らすのは難しいとテンは考えたんじゃないかしら?」
すごい考えだ。ユキさんたちも関心している。
「モカさんって、本当賢いわ。こっちの世界に来てまだ1年くらいしか経ってないのに……」
「僕たちが何年かけてもたどり着かないような結論にたどり着いているよな」
一方のモカはまだ難しい顔をしている。
「あと、分からなかったのは、スミロ人を近縁種を使って繁殖不良にしたっていう話なの。第5施設で聞いたのよ。そもそもスミロにそんな近縁種がいるのかも分からないし、そんなに簡単じゃないと思うのよ」
「そうなのね……」
「でも、スミロ人もキメラなわけだから、普通の意味での繁殖不良じゃないかもしれないわ。生体AIチップが反発するようにして、同じタイプじゃなきゃ子どもが生まれないようにしたのかもしれないわね。そうすれば産まれる確率が半分になるわ。同じタイプの夫婦が4人子どもを作るペースでようやく人口が維持できる計算よ」
「なるほど。それでどちらかが先に絶滅したら、そこからは普通になるわけだな。それまでにもう片方もかなり減っちゃうけど」
「ええ、そうなの。ただ、テンのことだから、穏やかなほうが残るように何か工夫したと思うのよね。それが分からないの」
「純粋に穏やかなほうが繁殖力が高いんじゃない? 仲良しになりやすいから」
「えっ? そんな単純な…… いや、あり得るわね…… その発想、本当ヤマらしいわ」
「穏やかなほう?」
「あっ、そうなのよ。テンは穏やかなほうのスミロ人も生み出したらしいわ。この前倒したほうですら、穏やかなほうなのだと思うわ……」
「あっ、ついでに母親の種族が引き継がれるようにしたのかもよ。そうしたら、そのうち、人間と共存できるよ」
「なるほど。ものすごく長期の目標だったのね。この家はそこまでは語ってないのは、テンも確信を持てなかったのかもしれないわね」
テルさんが神妙な顔つきになっている。
「テンは、僕の先祖は、いろいろ悩んだんだな…… ちゃんと僕が想いを引き継いでいくよ」
「そうね。私もずっと支えるわ」
「ありがとう、ユキ」
テルさんへ俺たちから伝えられそうなことは大体伝えられたようだ。テルさんならしっかりと理解して、次の世代以降も伝えてくれるだろう。




