第71話 一名と二機ではなく
【挿絵→情報屋アール】
「入国の手引きなら任せたまえよ、ご友人!」
街道脇から忽然と姿を現したアールは、胸を張ったまま満足げに鼻を鳴らした。
「ムフフ。実に良い反応だ。待ち伏せした甲斐があったというものだよ」
「待ち伏せって自分で言っちゃうんだ……」
リネアはルクスの背から降り、改めて目の前の少女を見つめた。
銀色のロングツインテールに、白を基調としたサイバー風のチャイナドレス。褐色の肌に浮かぶ得意げな笑みも、両義眼に輝く橙色の菱形紋様も、以前と何一つ変わっていない。
「どうして、私たちが今日ここへ着くと分かったの?」
「私は情報屋兼天才ハッカー美少女アールだぞ。友人の旅程を予測する程度、朝飯前なのだよ」
「道中、一度も連絡してないよね」
「細部にこだわると、せっかくの再会が味気なくなるぞ」
リネアは、まるで説明になっていないことに慣れを覚え始めている自分が遺憾であった。
助けを求めるように振り返ると、ネメシスは不思議なほど落ち着き払っている。
「アールが手引きを申し出ているのであれば、受けることを推奨します」
「ずいぶん信用してるんだね」
「彼女の身元保証能力に疑義はありません」
「身元保証?」
聞き返したリネアに、アールは人差し指を立ててみせる。
「その話は審査場でしよう。ここで立ち話を続けていると、国境警備の諸君にますます怪しまれてしまうのでね」
すでに門前の獣人族兵士たちは、突然現れたアールを警戒の目で見ていた。
リネアは釈然としないものを抱えながらも《魔導割り印》を握り直して検問所へ向かった。
▲▽▲―――▲▽▲
ガルディア獣盟国の入国審査場は、街道の両側に建つ石造りの庁舎内に設けられていた。
天井はルクスでも余裕を持って通れるほど高く、窓口も小柄な種族用と大型種族用で高さが分けられている。様々な獣人族が行き交う国らしい造りだ。
リネアが《魔導割り印》を差し出すと、灰色の耳を持つ審査官は慎重な手つきでそれを受け取る。
「確認する。これは我が国の探索隊から発行された物で間違いないな?」
「はい。大森林で出会ったサレオスさんたちから受け取りました」
割り印の片側が、検査台に固定されたもう片側へ重ねられる。
淡い緑色の光が両者の断面を走り、刻まれていた魔力署名が一つに繋がった。
「署名一致。偽造の痕跡なし。入国申請を受理する」
その言葉に、リネアは小さく息を吐く。だが、審査はそれで終わりではない。
「同行者全員の確認を行う。まずは、そこの大型魔導機からだ。検査陣の中央へ」
『了解しました』
ルクスが石床に刻まれた円形の魔導陣へ進み出る。
碧い光が巨体を足元から頭部まで走査し、検査台の水晶板に次々と情報が浮かび上がった。直後、審査官の灰色の耳がぴんと立つ。
「軍用級の装甲材……高出力魔力炉……複数の戦闘補助機構。武装も内蔵しているのか?」
『戦闘および護衛を目的とした機構を複数搭載しています』
「護衛用の従魔という水準ではないぞ」
周囲の兵士たちが、緊張した面持ちでさりげなく武器へ手を添えた。
続いてネメシスが検査陣へ立つ。
白いロングドレスを纏い、つばの広い帽子を被った姿は、どこから見ても可憐な白猫の獣人族にしか見えない。
しかし、検査陣はその擬装を容赦なく剥がした。
「生体反応なし。全身が魔導機構で構成されている……こちらも自律魔導機か」
水晶板へ、さらに警告を示す赤い光が走る。
「空間干渉機構まで検出した。出力規模は測定上限を超過。何が目的で、この二機を我が国へ持ち込む?」
「持ち込む、という言い方は――」
リネアは反論しかけて、口を閉じた。審査官たちの警戒は当然の懸念だ。
人族の少女が、軍隊と渡り合える四脚魔導機と、長距離転移能力を持つ人型魔導機を伴って国境を越えようとしている。
事情を知らなければ、破壊工作員か、人族国家から送り込まれた間者を疑うだろう。
「二人は、私の仲間です。獣盟国へ敵対する意図はありません」
「言葉だけで判断するわけにはいかない」
審査官は厳しい表情のまま、しかし声を荒らげることなく告げた。
「割り印が正規の物である以上、君個人の申請は受理できる。だが、出自不明の戦闘用魔導機二機を同時に通す許可は出せない。同行を望むのであれば、国内で責任を負える身元保証人を立て、武装持ち込みの特別審査を――」
「はいはい、そこから先は私の出番だね」
後方で退屈そうに待っていたアールが、軽い足取りで窓口へ進み出た。
白い袖口から、金色の縁取りが施された薄い認証板を取り出す。
「ガルディア獣盟国上級永住資格証。まだ有効期限内のはずだ。照合を頼むよ」
「上級永住資格……だと?」
審査官が目を見開き、認証板を別の検査台へ載せる。
板の表面へ獣盟国の紋章が浮かび、その周囲を幾重もの認証術式が巡った。
「本物だ。名義は、アール……」
「諸君は上級永住ライセンスと呼ばないのかね? そちらの方が格好良いと思うのだが」
「今は呼び方の話をしているんじゃないよ」
リネアが思わず口を挟む。
「どうして獣盟国の永住資格なんて持ってるの?」
「なにしろ永遠の十七歳だからね。長く生きていれば、資格の一つや二つは増えるものさ」
「十七歳は長く生きた人とは言えないような……」
アールは思考の渦に囚われた哀れなリネアには取り合わず、さらに三枚の書類を窓口へ並べた。
「リネア、ルクス、ネメシス。以上三名の滞在中における身元保証申請も提出済みだ。受付番号はこちら。武装使用制限への同意書と、有事の際に私が保証責任を負う旨の誓約書も添えてある」
「三名……」
審査官が書類とルクスたちを見比べる。
「記載上、一名と二機では?」
「三名だよ。リネアも、彼ら自身も、そして私もそう認識している」
アールがごく自然に言い切った。でもその一言だけは、いつものような冗談を含んではいなかった。
彼女は二機の兵器を庇っているのではない。初めからリネアと並ぶ二人の旅人として、ルクスとネメシスの名を書類へ記していたのだ。
ルクスの碧い単眼が微かに明滅し、ネメシスも黄緑色の瞳を微妙に伏せる。
「書式上の分類欄は、そちらの規定に合わせて記入してある。審査に問題はないはずだ」
別の職員が奥の保管棚から台帳を取り出し、書類の受付番号を照合する。やがて審査官は、困惑を残したまま頷いた。
「確かに、すべて今朝のうちに受理されている」
「今朝!?」
今度こそリネアはアールへ詰め寄った。
「私たちが着く前どころか、ネメシスが同行するって決めたのは五日前だよ。いつ知ったの?」
「情報屋たるもの、相手が必要としてから動くようでは三流なのだよ。ムフフ」
「またそれで誤魔化すつもり?」
「誤魔化しているのではない。今はまだ説明を省略しているだけさ」
「同じだよ~!」
リネアとルクスが揃って警戒を強める一方で、ネメシスだけは泰然と成り行きを見守っている。
「ネメシスは気にならないの?」
「アールであれば、この程度の事前手配は可能です」
「その信頼はどこから来るの……?」
審査官は何度も書類を確認した末、重々しく認証印を押した。
「保証人の資格、申請内容ともに不備はない。滞在中、二機――いや、二名の武装使用は、自身または周囲の生命を守るために必要な場合に限る。使用した際は、最寄りの警備隊へ必ず報告すること。違反があれば全員の滞在許可を取り消し、保証人にも相応の責任を求める」
「承知しました」
『規定を受諾します』
「もちろん、私も守ります」
三者の返答を聞き、アールも気軽に片手を挙げた。
「私が保証しよう。何か壊した時は、きちんと謝るとも」
「弁償もするんだよ」
「無論だとも。たぶん」
「今からでも保証人を変えられませんか?」
「残念ながら、ほかに候補はいないねぇ」
審査官は最後に、三枚の仮滞在証を窓口へ並べた。記されているのは、リネア、ルクス、ネメシス――三名それぞれの名前だった。
こうして不安しか残らない身元保証人に導かれ、三人は正規の入国許可を得た。
▲▽▲―――▲▽▲
ガルディア獣盟国南端、《陽門都市アルヴェナ》
堅牢な国境門を抜けた先には、検問所の緊張とは対照的な、明るく開放的な街並みが広がっている。
日差しを照り返す白い石畳。何台もの荷車が並んで通れる大通り。その両側には赤や橙色の布屋根を張った露店が連なり、甘い焼き菓子と香辛料の匂いが風に乗って流れてくる。
行き交う獣人族の姿も様々だった。リネアより小柄な者もいれば、ルクスの肩に届きそうな巨躯を持つ者もいる。
四足で歩く者や、翼を小さく畳んで歩く者まで、誰もが当たり前のように同じ道を行き交っていた。
建物の扉は総じて大きく、階段の脇には幅広く緩やかな通路が設けられている。飲食店の軒先には大型種族用の頑丈な座席が並び、騎獣や従魔が休める水場もあった。
『都市構造において、多様な身体的特徴への配慮を確認』
「ルクスでも、あまり困らずに歩けそうだね」
「当然だとも。アルヴェナは、獣盟国を訪れた者が最初にこの国らしさへ触れる都市だからね」
アールが得意げに先頭を歩き、案内役を買って出る。
「さあ、難しい話は後回しだ。まずは観光を楽しもうではないか!」
「難しい話があることは認めるんだね」
「空腹と疲労を抱えたまま密談をすると、必要以上に険悪になりやすい。これは長年の経験から得た教訓だよ」
「だから、十七歳がする話じゃないんだってば」
一行はアールに案内され、都市の中央へ向かった。
最初に訪れたのは、建国に加わった諸種族の姿を刻んだ《百獣盟誓門》だ。
巨大な石門の左右には、姿も体格も異なる獣人族が一つの輪へ手を重ねる光景が彫り込まれている。ネメシスは門の端から端まで丹念に見上げ、記録するように黄緑色の瞳を動かした。
「観光名所における適切な振る舞いについて、質問があります」
「今度は何?」
「この場合、感嘆の言葉を口にするべきでしょうか」
「感じたことがあるなら、それを言えばいいんだよ」
ネメシスはしばらく石門を見つめた。
「異なる種族が、相違を残したまま同じ輪へ手を添えている点を好ましく感じます」
「それでいいと思う」
「では、この経験を良好な観光として記録します」
「記録するところまで含めて、ネメシスらしいね」
その後は、冷たい水路が街中を巡る《南陽水路広場》や、色鮮やかな織物と木工品が並ぶ工芸市を歩いた。
古い鐘楼の展望室だけは入口が狭く、ルクスが入ることはできなかった。
だが、代わりに大型種族向けの外周昇降路が新設された展望台をアールが見つけ、四人揃ってアルヴェナの美しい街並みを見渡すことができた。
「ずいぶん街に詳しいね」
「以前、少しばかり滞在していたのでね」
「少しって、どのくらい?」
「あの水路広場がまだ《南大井戸》と呼ばれていた頃には、すでに知っていたよ」
「それ、いつの話?」
「さて、いつだったかな」
アールはそこで、わざとらしく空を見上げた。
近くにいた露店主が、「その名前は百年以上前に廃止されたはずだぞ」と呟いたのを、リネアは聞き逃さなかったのだが。
百年以上前からこの街を知る者が、今朝のうちに三人分の申請を整え、国境で自分たちを待っていた。偶然で済ませられることは、もう一つも残っていない。
リネアが探るような視線を向けても、アールは振り返らず、ただ楽しげに銀色のツインテールを揺らしていた。




