第70話 戦友未満の旅仲間
【挿絵→アーキテクト第二席次ネメシス旅装】
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翌朝。
《ビーストフロンティア》の出口には、大勢の獣人たちが集まっていた。
応急修理を終えたルクスの背には、旅の荷物が固定されている。リリベルは別れの時が近づくほど、長い耳を下げていた。
「本当に、もう行っちゃうんですね」
「最初から、獣盟国へ行くために森を越えてきたから」
「分かってますけど……せっかく仲良くなれたのに」
リリベルが名残惜しそうにリネアの手を握る。
「大丈夫、また来るよ」
「本当ですか?」
「約束する」
その言葉で、垂れていた耳が少しだけ持ち上がった。
「絶対ですよ! 次はもっと平和な時に来てくださいね!」
「できれば私も、そうしたいかな」
隣に立つナージャが小さく息を吐く。
「なんかリリベルが毎日、リネアさんはいつ戻ってくるのかって聞いてきそう」
「ナージャだって気になるでしょ?」
「否定はしないわ」
ナージャはそう答えてから、リネアへ右手を差し出した。
「また会いましょう。次に来る時も、私たちは歓迎するから」
「ありがとう、ナージャ」
二人は固く握手を交わした。
ゼヴァンは旅立つルクスの前へ立ち、機体を一度見上げる。
「森の出口まで、現在確認されている脅威はない。ただし、状況の変化は予測不能だ。警戒の継続を推奨する」
『情報提供に感謝します』
「ルクスの再訪を希望する」
『当機も同様です』
いつも通りどこか機械的で簡潔な言葉だけを交わし、狼獣人は一歩退いた。
ガロムはルクスの肩部装甲へ大きな拳を当てる。
「次に会う時までに、身体をしっかり直しておけ」
『助言を受理、修復を継続します』
「リネア、お前もだ」
「私も?」
「相棒の修理ばかりで、自分を後回しにしているだろ」
これには反論できず、リネアは視線を逸らした。
「……気をつけます」
少し離れた場所では、ザラとシゼも出発の支度を整えていた。二人はリネアたちとは反対に、一度リンドヴァル王国へ戻る。
《獣禍連鎖》の阻止。見えかけてきたアーキテクトの行動原理である古の約定。そして第二席次ネメシスの行動。
そのすべてを、王国へ詳細に報告しなければならなかった。
「これでサバイバリスト女子会も、一時解散か」
ザラが腕を組み、実に残念そうに呟く。
「待って。そもそも正式に結成した覚えがないんだけど!?」
「あれだけ一緒に死にかけておいて、今更何を言ってる。入会条件はとっくに満たしてるんだよ」
「そんな危険な入会条件だったの?」
シゼが口元に笑みを浮かべる。
「あくまで一時解散よ。また三人で集まれば、その時から活動再開ってことね」
「次の活動内容は決まってるの?」
「生き延びたことを祝う、これに尽きるだろ」
ザラが当然のように答え、リネアも思わず笑ってしまう。
「それなら、次も絶対に参加しないとね」
「ああ。死んだ奴は名誉会員扱いだからな」
「縁起でもないこと言わないでよ」
ザラは大笑いしながら、リネアを強く抱き締めた。
「また会おう、リネア」
「またね、ザラ」
続いてシゼとも抱擁を交わす。
「どうか、良い旅を」
「二人も気をつけて。王国への報告、お願いします」
「任せて頂戴」
最後にサレオスが、集まった獣人たちを代表して前へ出る。
「道は違っても、俺たちがお前たちから受けた恩は消えねえ」
熊獣人の力強い声がキャンプに響く。
「《ビーストフロンティア》はいつでも、お前たちの帰還を歓迎する!」
大勢の獣人たちが拳を掲げた。
「また来いよ!」
「元気でな!」
「獣盟国でも負けるなよ!」
幾つもの声に見送られ、ルクスが北へ向かって歩き始める。リネアはその背に乗り、何度も後ろを振り返った。
小さくなっていく獣人たちへ手を振る。種族も生まれた国も違うが、あの場所には確かに自分たちの帰りを待ってくれる者がいる。
そう思うだけで、胸の奥がほのかに温かくなった。
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サレオスから渡された地図は、驚くほど正確だった。
描かれた目印の通りに川を渡り、巨大な根が隆起した地点で進路を北西へ変える。
目立った魔物との遭遇もなく、二人は順調に大森林を進んだ。
やがて木々の間隔が広がり、森の外から明るい日差しが差し込んでくる。
「もうすぐ森を抜けられそうだね」
『地図上の現在位置と一致しています』
「思ったより早かった。ルクスに乗せてもらえたおかげだね」
『歩行機能に異常なし。ただし、リネアの体重による移動速度への影響は――』
「そこは詳しく分析しなくていいよ」
森の出口が近づいた、その時だった。
木々の向こう。陽光が差し込む場所に、一人の人影が立っているのが見える。
涼しげな白いロングドレス。白いリボンを飾った、つばの広い白帽子。
その下から銀灰色の長い髪と、猫耳を思わせる聴覚デバイスが覗いている。
色白な顔を覆っていた黒いタクティカルマスクは、今はどこにもない。
遠目に見れば、旅支度を整えた可憐な白猫の獣人族にしか見えなかった。
だが、その黄緑色の瞳を見間違えるはずがない。
「……ネメシス?」
ルクスが急に足を止める。碧い単眼が微かに細められた。
『第二席次ネメシスと断定。武装は確認できません』
「どうして、ここにいるの?」
リネアが恐る恐る声を掛けると、ネメシスはドレスの裾を摘まみ、優雅に一礼した。
「お待ちしておりました」
そして、あまりにも自然な口調で申し出た。
「私も、獣盟国観光に連れて行ってもらえませんか?」
「……観光?」
「はい、そうです」
ネメシスは楽しげに頷いてみせる。
「一度かの国を巡ってみたかったのです。前に訪れたのは結構昔ですので」
「結構昔って、どのくらい……?」
「正確な年数を口にすると、旅の風情を損なう可能性があります」
「一体何歳なの、あなた」
返答の代わりに、ネメシスはにこやかな笑みを浮かべた。
「とはいえ、知り合いもいない寂しい独り身では、観光の愉しみも半減どころではないかと思いまして」
白い機械の女性は、何の駆け引きも感じさせない真摯な声で続ける。
「もはや戦友と言っても過言ではないあなた方を、頼らせていただくことにしました」
「いや、戦友は過言だよ」
リネアは思わず反射的に答えていた。
「まずはお互いのことをもっと知ってから、徐々に友情を深めていって、友達になったその先でようやく成れるのが、戦友ってものなんだよ」
「なるほど、リネアソースに基づき、戦友の定義を更新します」
ネメシスは感銘を受けたように目を見開いている。
「リネア、貴女はいつも私に有益な情報をもたらしてくださるのですね。素敵な御方です」
「そんな真正面から褒められても困るよ」
「では、現在の私たちの関係は、どのように定義すべきでしょうか」
「そもそも私たち、数日前にはあなたと死闘を演じてたんだけど」
「はい。その件については、改めて謝罪致します」
ネメシスは深く頭を下げた。その所作すら流麗に感じられる。これが麗人効果というものなのか。
「私が《獣禍連鎖》を破壊したことによって、それまでの行いが消えるとは考えておりません。ただ、これから互いを知る機会を頂きたいのです」
リネアは言葉に詰まっていた。ここまで誠実に頼まれると、拒絶し続けることにも罪悪感を覚えてしまう。
かといって、少し前まで敵だったアーキテクト第二席次を、簡単に信用するわけにもいかない。
「断ったら、どうするつもり?」
「お邪魔にならない距離を保ち、単独で同じ目的地へ向かいます」
「うわぁ、結局ついてくるんだ……」
『ネメシスの同行には、相応の危険性が存在します』
ルクスが淡々と告げる。
「それはそうだよね」
『同時に、目的地が同一である以上、視認可能な距離へ置く方が動向監視は容易です』
「それ、ほとんど同行を認めてるよね?」
『合理性に基づく判断です』
リネアは目を閉じて深い溜め息をついた。ルクスの言うことにも一理ある。
ネメシスほどの転移能力を持つ相手なら、拒否したところで追跡を防ぐことなどできない。
それなら、開き直って最初から目の届く場所にいてもらった方がいいかもしれない。
「分かった。一緒に行こうか」
ネメシスの黄緑色の瞳が輝きを増す。
「ありがとうございます」
「ただし、私たちを勝手に閉じ込めない。何かをするときは、先に相談する。古の約定とかいうものを持ち出して、また大勢の命を危険に晒さない。最低限これだけ、守れる?」
「承知しました。旅仲間における合意形成の重要性を再認識しています」
「旅仲間……まあ、今はそれくらいかな」
「理解し、把握しました」
ネメシスはリネアとルクスを交互に見つめる。
「現在の関係を《戦友未満の旅仲間》として登録します」
「人間関係は登録するものじゃないんだけどね、結構流動的なところがあるから」
「また一つ、有益な情報を得ました」
どうやら彼女へ友情を教えるには、相当長い時間が必要になりそうだった。
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こうして、リネアとルクスの旅にネメシスが加わることとなる。
白いロングドレスを揺らして森を歩く姿には、五百年以上もの間、古の約定を守り続けて戦ってきた存在とは到底思えない優雅さがある。
珍しい花を見つければ足を止め、風景が開ければ帽子を押さえながら遠くを眺める。観光をしたいという言葉に、嘘はないらしかった。
「この行動は、相互理解の促進に寄与しているでしょうか」
野営の準備を手伝いながら、ネメシスが尋ねる。
「そういうのは毎回確認するものじゃないよ」
「では、確認せず継続することが適切なのですね」
「多分、それでいいと思う」
「承知しました」
彼女はどこまでも真面目だ。夜になれば、自ら周囲の警戒を引き受けてくれた。
道が険しくなれば、ルクスが進みやすい場所を先に探した。それでもリネアの警戒心が容易に消えるわけではない。
ネメシスを見るたびに、白い檻へ閉じ込められた時のことを思い出す。
その一方で、同じ白い手が中央制御装置を破壊し、彼女たちを解放したことも忘れられなかった。
今すぐ許す必要はないし、完全に信じる必要もない。
ただ同じ道を歩き、互いへ武器を向けず、一日ずつ言葉を交わしていく。
旅仲間とは、きっとその程度の関係から始まるものなのだろう。
大森林を出発してから五日目。
ルクスに騎乗して移動できたこともあり、一行は予定より早くガルディア獣盟国の国境へ到達した。
丘を越えた先に、街道を跨ぐ堅牢な検問所が見えている。
複数の獣人族兵士が門を守り、風には獣盟国の旗が翻っていた。
「ようやく着いたね」
リネアは懐から《魔導割り印》を取り出した。
「これを見せれば、入国審査を受けられるはずだけど――」
その瞬間だった。一行のすぐ傍らの誰もいなかったはずの街道脇で、風景が突如として水面のように揺らいだ。
『光学異常を検出』
ルクスの人外の反応速度でも、やや知覚が遅れる。
木々と岩肌を映していた空間が剥がれ落ち、その内側から一人の少女が姿を現す。
銀髪のロングツインテールに褐色の肌。
身体を包むのは、白を基調としたサイバー風のチャイナドレス。
頭には黒いカチューシャがあり、銀髪の随所を複数の黒いヘアピンが快活に飾っている。
橙色の機械眼がリネアたちを捉え、両目の虹彩に刻まれた菱形の紋様が鮮やかに輝いた。
「……アール?」
「ご名答!天才美少女参上!見参!推参!さぞや私との再会を待ちかねただろう!」
目まぐるしくスタイリッシュな複数種類のポージングを決めながら、永遠の十七歳を名乗る自称情報屋兼天才ハッカー美少女、アールが現れた。
彼女は長い銀糸のツインテールを翻し、小柄な身体を目いっぱい使って踊るように最後の決めポーズをして、不敵に微笑んでみせる。
「入国の手引きなら任せたまえよ、ご友人!」




