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第七話 廃棄倉庫の宝物


冒険者ギルドの裏手に回ると、表の喧騒は嘘のように遠くなった。

依頼を求める冒険者たちの声も、酒場の笑い声も、受付の忙しないやり取りも、厚い石壁を一枚隔てただけでくぐもって聞こえる。

代わりに鼻をついたのは、古い革と錆びた鉄、焦げた魔石、湿った木箱の匂いだった。


リネアは受付で渡された木札を握りしめ、ギルド裏手の倉庫前に立っていた。

扉は大きい。馬車ごと荷を運び込めるように作られているらしく、鉄の補強が入った木扉には無数の傷が刻まれていた。

ここに運び込まれたものの多くは、もう使えないと判断された武具や魔道具だという。


廃棄倉庫。

その名前だけなら、宝とは程遠い場所だ。


「許可札を見せな」


突然、扉の横から低い声がした。

リネアは思わず肩を跳ねさせる。そこには片足に金具付きの補助具をつけた老人が座っていた。

灰色の髭を短く刈り込み、片手には太い杖を持っている。目つきは鋭く、古い革鎧の上から倉庫番の腕章を巻いていた。


「は、はい。ギアライト修理店のリネアです。受付で、こちらを見せれば倉庫を見せてもらえると」


老人は木札を受け取り、裏表を確認する。


「リネア・ギアライト。外縁の修理屋か」


「はい」


「俺はバルド・ハーキン。ここの倉庫番だ。先に言っておくが、宝探し気分ならやめとけ。ここにあるのは冒険者どもが捨てていった夢の残骸だ。素人が触れば怪我をする」


「残骸でも、使えるものはあります」


リネアは思わずそう答えていた。

バルドの眉が少しだけ動く。


「……言うじゃねえか。入れ」


重い扉が開かれると、冷えた空気が流れ出す。

中は想像以上に広かった。


壁際には折れた剣や曲がった槍、ひび割れた盾が束ねられ、棚には魔力切れのランタン、割れた魔石台座、焼け焦げた杖、壊れた罠解除具が雑然と積まれている。

奥には鎧の関節金具や魔導弩の部品、不明な遺跡出土品らしき黒ずんだ破片まで転がっていた。

普通の人間が見れば、ただの壊れ物の山だろう。

けれどリネアには違って見えた。


刃こぼれした短剣は、鍔と柄だけならまだ使える。

割れた魔法灯も、内部の伝導線は生きているかもしれない。

焼けた杖の芯材は、魔力を遮る絶縁材として削り出せる。

古い鎧の膝当てに使われている軸受けは、規格さえ合えばルクスの脚部補強に転用できる。


リネアは無意識に息を呑んだ。


「……宝物だ」


「何?」


「いえ、すみません」


バルドが鼻を鳴らす。


「変わった嬢ちゃんだな。たいていの奴は、ここに入ると顔をしかめる」


「壊れているだけです。全部が駄目になったわけじゃありません」


リネアは近くの棚に置かれていた小型魔導弩を手に取った。

弓部分は割れているが、内部の巻き上げ機構はまだ滑らかに動く。歯車の一枚が欠けているだけだ。


「これは軸受けが使えます。こっちの魔法灯は外装が割れていますけど、中の魔力伝導線は焦げていません。こっちの盾は表面が焼けていますけど、裏の衝撃吸収板は生きています。あと、この杖の芯材は絶縁材にできます」


バルドは黙ってリネアを見ていた。


「触っただけで分かるのか」


「全部は分かりません。でも、壊れ方を見ると、どこまで使えるかは少し」


「どこで習った」


「父が村の修理師でした。あとは……壊れたものを見ているうちに」


そう答えると、バルドはしばらく何も言わなかった。

やがて、低く笑う。


「壊れたものを見ているうちに、か。いい目だ」


その言葉に、リネアの胸が少しだけ温かくなる。

冒険者としての自分は、この場所で要らないと言われた。

けれど、修理師としての自分を見てくれる人がいる。

それだけで、足元がほんの少しだけ確かになる気がした。


リネアは許可された範囲で部品を選んでいった。高価なものは少ない。状態の良いものもほとんどない。

やっとのことで、ルクスの応急修理に使えそうな小型軸受け、伝導線、補強板、魔石台座の欠片をいくつか見つけることができた。

しかしどれも決め手にはならないだろう。


胸部の青い結晶を安定させるには、もっと強い中核となる部品が必要だった。


「奥の棚は?」


リネアが尋ねると、バルドは少し渋い顔をした。


「あっちは未分類品だ。遺跡から出たが用途不明、あるいは危険性不明。勝手に触るなよ」


「見るだけでも?」


「見るだけならな」


リネアが奥へ進むと、そこは空気が少し違っていた。

古い金属片や石板、読めない文字の刻まれた円盤、割れた黒い筒状部品などが、布をかけられて並んでいる。

普通の魔道具とは規格が違う。魔力の流れ方も、素材の質感も、どこか見覚えがあった。


そして、棚の隅。

そこに、ほこりを被った黒銀の部品があった。

リネアの足がぴたりと止まる。


掌ほどの大きさの円形部品。

外縁には細かな溝があり、中央には青い結晶片を収めるような空洞がある。

表面には、歯車と星を組み合わせた紋様が刻まれていた。


あの遺跡の扉と同じ紋様だ。

ルクスの胸部で見た機構と、よく似た構造をしている。

リネアは慎重にそれを手に取った。軽いが、ただの金属ではない。

指先に触れる感触が異様に滑らかで、奥に眠る魔力の流れはひどく微細、そして規則正しい。


「これ……」


胸が高鳴った。

これなら、ルクスの胸の光を安定させられるかもしれない。

遺跡で応急処置した銀線だけでは、青い結晶の揺らぎを抑えきれなかった。

だが、この部品はおそらく結晶の振動を受け止め、流れを整えるための台座だ。

完全に同じ規格ではないかもしれない。それでも、今のリネアが手に入れられるものの中では、間違いなく一番近い。


「バルドさん、これはいくらですか」


リネアが振り向くと、バルドの表情が変わっていた。


「そいつは売れねえ」


「え?」


「明日、魔道具師協会の連中が引き取りに来る。北方未開拓遺跡の合同調査に使うんだとよ」


リネアの指先が強張った。北方未開拓遺跡。

ルクスが眠っていた場所である。

そして《暁の剣》が向かう場所。


「これ、どこから来たものなんですか」


「持ち込んだのは《暁の剣》だ。少し前の遺跡探索で拾ったらしいが、使い道が分からないから廃棄扱いになった。ところが今回の未開拓遺跡の件で、協会の連中が急に似た紋様の出土品を集め始めた」


《暁の剣》

その名前を聞いた瞬間、リネアの胸の奥が静かに痛んだ。


彼らは価値を見抜けず、この部品を捨てたのだ。

自分を捨てたときと同じように、使えないものだと判断して。


けれど、リネアには分かる。

これはゴミなどではない。

ルクスを直すために必要なものだ。


「バルドさん」


リネアは黒銀の部品を両手で持ったまま、顔を上げた。


「お願いがあります」


「売れねえと言ったはずだ」


「買わせてくださいとは言いません。交渉の機会が欲しいんです」


バルドは片眉を上げた。


「何をする気だ」


「この倉庫の中にある修理可能な装備を、私に選別させてください。簡単に直せるものは直します。売れる状態に戻せるものもあると思います。廃棄費用も減らせるはずです。その報酬として、この部品を譲ってもらえるよう、ギルドに掛け合ってもらえませんか」


自分でも大胆なことを言っていると思った。

相手はギルドの倉庫番だ。自分は外縁の小さな修理店の店主で、家賃すら滞納している。

魔道具師協会が回収予定の品を譲ってほしいなど、本来なら口にするだけで笑われる話だった。


それでも、引けなかった。

ルクスの胸で揺れていた碧い光が、頭から離れない。


バルドはしばらくリネアを見ていた。

やがて、杖の先で床をこつんと叩く。


「捨てられたもんの価値を拾う、か」


何かを理解したような、低い声だった。


「いいだろう。俺から主任に話してやる。ただし、簡単に通ると思うな。協会相手に横取りするような形になる」


「分かっています」


「それと、口だけならすぐ追い出す。ここにある残骸の山が、お前の目にはどれだけ宝に見えているのか、実際に見せてみろ」


リネアは黒銀の部品をそっと棚に戻した。

本当は持って帰りたかった。今すぐルクスの胸に合わせてみたかった。

けれど、まだその権利はない。だから、どう足掻いてでも手に入れることにしたのだ。

ルクスの修理師として、それは決定事項だった。


「はい。やらせてください」


そのとき、倉庫の外から慌ただしい足音が近づいてきた。

若い職員が扉を開けると。


「バルドさん、魔道具師協会の調査官が到着しました。予定より早いです」


リネアの心臓が跳ねた。

バルドの目が細くなる。


「明日じゃなかったのか」


「北方未開拓遺跡の件で、至急確認したい物があると」


倉庫の外、石畳の向こうから複数の足音が聞こえてくる。

硬い靴音と金属製の杖が床を叩く音。普通の冒険者とは違う、整った足取り。


リネアは棚の上の黒銀の部品を見つめた。

まだ何も始まっていない。

けれど、もう時間は残されていないようだった。



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