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第67話 命を慈しむ檻


挿絵(By みてみん)

【挿絵→アーキテクト第二席次ネメシス】



魔獣たちが逃げ去った方角とは、正反対へ。リネアたちは、あらゆる生命の気配が消えた森の奥へ進み続けていた。

先ほどまで、頭上では鳥がさえずり、茂みの奥には小動物の気配が微かにあった。だが今は、六人と一機の足音しか聞こえない。


風が枝葉を揺らす小さな音さえ、誰かの息遣いのように耳へまとわりつく。

リネアは泥の中から拾い上げた白い花を布で包み、腰の小袋へ収めていた。折れた茎から既に力は失われている。

それでも、あの白い機械兵が抱えていた花と同じものを、そこへ置き去りにはできなかった。


『地下魔力流路の密度が上昇』


先頭を進むルクスの碧い単眼が、薄暗い地面を照らす。


『複数の人工構造物が、同一地点を中心として配置されています』


「やっぱり、この先に何かあるみたい」


リネアの言葉に、シゼが頷く。彼女は片膝をつき、掌を地面へ触れさせた。

黒色の闇属性魔力が、木々の根を避けながら地中へ浸透していく。


「地脈に、別の流れが重ねられているわ。自然の魔力ではないわね。ずっと奥から、森全体へ広がっている……」


「恐らく何らかの術式だろうな。止められそうか?」


サレオスが未知の術式を警戒しつつ訊く。


「ここからでは無理でしょうね。術式の中心を見つけないと」


「なら、もっと奥へ行くしかねぇな」


彼は短く言い切り、戦槌の柄へ手を置いた。一行の本来の目的は偵察だったが、森に棲む全ての魔獣が文明圏へ向かって逃げ始めている。

このまま原因を突き止めずに戻れば、その先で何が起きるかは明らかだった。


「偵察は終わりだ」


サレオスは振り返らないまま告げた。


「ここから先は、元凶を止めるために進む。異論はあるか?」


「異論も何も、最初からそのつもりだ。最後まで付き合わせろよ」


戦斧を肩へ担いだザラが決然と応じる。

ガロムは無言で大剣を握り直し、ゼヴァンも二挺の拳銃を抜いた。

リネアは狙撃銃の安全装置を外し、義眼の照準補助を起動させる。


やがて木々の間から、黄緑色の光が見えた。大森林の最奥部であろうか。

巨大な古木に囲まれた窪地へ、無数の白い杭が打ち込まれていた。

杭の表面には植物の葉脈にも似た幾何学模様が刻まれ、黄緑色の光がゆっくりと脈打っている。その一つ一つから伸びた魔力流路は地中へ潜り、森の全域へ向かって広がっているようだ。


白杭は不気味なほど整然と配置されている。

それでいて、杭は太い根も、獣の巣穴も、小さな草花さえ傷つけぬよう、少しずつ位置をずらして打ち込まれていた。


「こんな数の杭を……全部、根を避けて?」


リネアが思わず息を呑んだ。窪地の中央には、巨大な制御装置らしき機構がある。

幾重もの白い環状部品が宙へ浮かび、その中心で黄緑色の光球が鼓動している。鼓動に呼応するように杭の輝きが強まり、低い振動が足元から伝わってきた。


その傍らに、白い機械兵が立っていた。

銀灰色の髪。猫の耳を思わせる一対の聴覚デバイス。黄緑色に輝く双眸と、腰の後ろで静かに揺れる機械の尻尾。


先ほど花畑で出会った個体で間違いないだろう。摘み取られた白い花束は、その腕の中にはない。

代わりに制御装置から少し離れた場所で、半透明の白い防護殻に包まれて保護されていた。花弁も茎も傷つかぬよう内側の空気まで調整され、一輪ずつ丁寧に支えられているのが見て取れる。


白い機械兵は新たな杭へ手を添え、術式を調整しているところのようだ。


「そいつから手を離せ」


サレオスの声が、静まり返った森へ響く。機械兵の両耳がわずかに動いた。

ゆっくりと振り返った黄緑色の双眸には、驚きも怒りもなかった。


「追ってこられたのですね」


それは穏やかな女の声だった。


「危険ですので、花畑の外へ避難されたものと思っていました」


「その危険を作っているのは、あなたでしょう」


リネアが狙撃銃を向ける。白い機械兵は泰然として、銃口を見ても身構えなかった。


「……否定しません」


「だったら、今すぐ止めて。森の魔獣たちは、みんな何かに怯えて逃げている。あのまま文明圏へ押し寄せたら、どれだけの人が死ぬか分からない」


返答より先に、ルクスの碧い単眼から走査光が放たれた。


『構造解析を完了』


リネアの義眼へ、森の地図が投影される。

地図上で無数の白い杭から発せられた波動が、魔獣の知覚と本能へ干渉している構図。

恐怖を増幅し、逃走方向を限定し、別の群れと合流させる巧妙に計算された仕組み。


それはもはや単なる魔物の暴走ではない。

小さな逃走を束ね、巨大な大氾濫へ成長させるための機構だった。


『当該装置は森全域の生体群を段階的に誘導しています。予測進路上に、複数の開拓集落および王国南西部の都市を確認』


「そこまで分かっていて、続けるのか?」


ガロムが低く問う。


「はい」


機械兵は静かに答えた。迷いのない声ではあったが、黄緑色の瞳がほんのわずかに伏せられたのを、リネアは見逃さなかった。


「これは《獣禍連鎖》の準備工程です。停止することはできません」


「何のためにこんなことを?」


「古の約定を履行するために」


どうやらそれ以上を語る意思はないらしい。サレオスが一歩前へ出る。


「名前くらいは教えろ。誰を相手にするのか分からねぇままじゃ、気分が悪い」


それを聞いた白い機械兵は、胸元へ片手を添えた。


「私はネメシス。アーキテクトに属する第二席次の魔導工兵です」


その名乗りによって、場の空気が一気に張り詰めた。

第三席次ミリアと第四席次リリエルでさえ、王国を滅亡寸前まで追い詰めた難敵である。


今目の前にいるのは、その上に位置する存在。

サレオスの額を、一筋の汗が伝う。それでも彼は気丈に戦槌を構えた。


「第二席次だろうが何だろうが、見逃す理由にはならねぇ」


「戦闘を選択されるのですね」


「森一つを兵器に変えようとしてる奴が、何を他人事みてぇに言ってやがる」


ザラが戦斧を構え、ガロムも大剣の切っ先をネメシスへ向ける。


ネメシスは六人を順番に素早く観察し、最後にリネアの傍らで可変盾を展開するルクスへ視線を止める。


「皆様を殺傷する意思はありません。今からでも退去されるのであれば、追撃しないとお約束します」


「退かないよ」


リネアは決断とともに答えた。


「あなたが《獣禍連鎖》を止めないなら、私たちが止める」


「……そうですか」


ネメシスは、寂しげに目を細めた。


「では、皆様を安全な状態へ移行させ、その後に計画を遂行します」


そう宣言するとともに白銀の長棒を瞬時に生成し、地面へ突き立てる。


「《アーキテクト・フィールド》――展開」


黄緑色の光が、窪地全体を呑み込んだ。

地面へ巨大な幾何学模様が浮かび上がり、白い杭同士を結ぶ無数の魔力流路が形成される。


それに連動して足場が持ち上がるが、土が割れたのではない。

白い構造材が木々の根の隙間から滑り込み、大地そのものを幾つもの区画へ分割しているのだ。


「散らされるぞ! 固まれ!」


各個撃破を恐れたサレオスが叫ぶ。


「《ケージ・ピラー》」


直後、白い魔導杭群が地面から一斉に射出された。

ルクスがリネアの前へ躍り出て、可変盾を広げる。杭の群れが盾へ激突し、重い金属音が連続した。


『フォースフィールド展開』


ルクスの築いた碧い半透明の防壁が一行を包む。しかし、杭は防壁を破壊しようとはしなかった。

左右へ広く展開し、互いの先端から白い障壁を伸ばしながら、六人の間へ波状攻撃の要領で入り込んでくる。


「斬るぞ!寄せ付けるな!」


ガロムの大剣が白い障壁を叩き割る。

ザラの戦斧が別の杭を根元から砕き、サレオスが開いた隙間を駆け抜けて戦槌を振るった。


ゼヴァンの二挺拳銃が鋭く火を噴く。

銃弾は杭の表面で二度、三度と跳ね、障壁を発生させている小さな制御部を正確に撃ち抜いていく。


「右から三本! 次は後ろだ!」


ゼヴァンの耳が、地中を走るわずかな駆動音を正確に捉えていた。

杭が飛び出す直前に位置を告げ、それに呼応したシゼが土壁を生み出して射出角度を逸らす。

ネメシスはその光景を、中央制御装置の前から静かに見つめていた。


「優れた役割分担です。即席の集団とは思えません」


「褒めてる暇があるなら――」


サレオスが障壁を蹴り、ネメシスへ肉迫する。


「さっさと降参しろ!」


振り下ろされた戦槌を、白い棒が正面から受け止めた。甲高い衝突音が森へ響く。

ネメシスは片手で戦槌の軌道を外し、返す棒術でサレオスの肩へ触れようとする。

それを読んだサレオスは身を捩って回避したが、その足元からさらに二本の白杭が射出される。


「させない!」


そこでリネアの銃声が轟いた。弾丸が間一髪で一本目の杭を撃ち抜き、二本目はルクスのアンカーショットに貫かれた。

巻き取られた鋼索が杭を横倒しにし、サレオスの退路を作る。ネメシスの黄緑色の瞳が、わずかに見開かれた。


「素晴らしい連携です」


「だったら、少しは困りなさいよ!」


シゼが両手を地面へ叩きつけた。闇属性魔術が魔力流路へ瞬く間に侵入する。

黄緑色の光へ黒色の亀裂が走り、リネアたちを分断しようとしていた障壁が一斉に明滅した。


「やっと見つけた! この術式、地中の流路を止めれば――」


「はい。それが正しい判断です」


ネメシスの機械の尻尾が地面を打つと、遮断されたはずの魔力が、古木の幹へ敷設されていた別の流路を通って迂回接続した。

シゼの周囲へ、カウンターとばかりに黄緑色の帯が降り注ぐ。


「シゼ、離れて!」


リネアが叫び、シゼは飛び退こうとした。しかし、降り注いだ帯に触れた足から急激に力が失われる。


「なに、これ……身体が……」


「《グリーン・ステイシス》です。運動エネルギーと魔力循環を減衰させています。抵抗しなければ、痛みはありません」


ルクスのアンカーショットがシゼの傍らへ突き立った。彼女に鋼索を掴ませ、引き寄せようとする。

だが次の瞬間、ネメシスの機械の尻尾が閃いた。尻尾先端の刺突刃が、アンカーショットの鋼索と先端杭の接合部だけを正確に切断する。

シゼには傷一つつけないまま、救出の目だけを確実に潰された。


「そちらの立派なスペルバイブルをお持ちの御方、見事な術式干渉でした。ですから、最初に保護します」


地面から白い部材がせり上がり、動けないシゼの身体を包み込んだ。


「《セーフティ・バンカー》起動」


半透明の白い防護殻がシゼを閉じ込める。内部へ柔らかな固定具が伸び、シゼの身体を傷つけぬよう支えた。

防護殻には外部からの衝撃を遮断し、魔力暴走を防ぐ術式まで組み込まれている。


「シゼ!」


「大丈夫よ! 動けないけど、怪我は――」


声が途切れ、防護殻の表面が淡く曇る。

もう、中に誰が囚われているのかは判らなくなった。


「一名の保護を完了しました」


ネメシスは淡々と無感動に告げる。


「保護だと?」


ゼヴァンが歯を剥く。


「檻に閉じ込めただけだろうが!」


二挺の拳銃が連続して火を噴いた。発砲音の反響音から杭の位置を読み、出現前の杭の制御部を撃ち抜いていく。

魔導杭によって白い障壁が形成されるよりも早く制御部が破壊されていき、その間にゼヴァンはシゼの防護殻へ向かって駆けた。


「聴覚による空間把握。非常に高い精度ですね」


ネメシスが白銀の長棒を傾けると、障壁の角度が変わった。

ゼヴァンの放った弾丸が障壁の表面で跳弾し、別の障壁へ衝突する。何度も反射した末に狙った制御部へ届くはずだった銃弾は、白い柱の間へ吸い込まれていく。


その時ゼヴァンの耳が捉えたのは、背後から迫る微かな風切り音だった。

振り返りざまに右手の拳銃を向けるが、引き金を引くより早く機械の尻尾、その刺突刃が撃鉄を弾き飛ばした。

返す刃が狙い違わず左手の拳銃の弾倉だけを抜き落とす。


「《ディスアーム・テイル》」


「っ、この……!」


ゼヴァンは銃を捨て、腰の短刀へ手を伸ばす。そこへ黄緑色の帯が手首へ絡みついた。

魔力阻害の帯によって指先から力が失われ、短刀の柄を握ることさえできなくなる。


「射線の構築も、状況判断も見事でした。武器は後ほどお返しします」


「誰が、そんなことを頼ん――」


白い防護殻がゼヴァンの全身を挟んで閉じた。


「二人目の保護を完了しました」


「舐めやがって!」


ザラが雄叫びを上げて突貫するとともに戦斧が横薙ぎに振るわれ、並んでいた三本の《ケージ・ピラー》をまとめて粉砕した。

その隣ではガロムが大剣を地面へ突き立て、せり上がろうとする障壁を力任せに押さえ込んでいる。


「道を開ける! サレオス、行け!」


「お前たちも止まるな!」


ガロムの号令と同時に、ルクスが可変盾で障壁を押し返した。

ザラ、ガロム、ルクス、三者の力が一点へ集中し、白い包囲網が大きく歪む。

間髪入れずにザラとガロムが並んで突進し、戦斧と大剣が左右からネメシスへ迫る。


「正面突破を選択されましたか」


ネメシスはその場から一歩も退かなかった。

黄緑色の魔力帯が、迫りくる二人の前へ幾重にも展開される。

戦斧が帯へ触れた瞬間、その速度が目に見えて落ちた。


「ぬ、ぐ……!」


ザラの両腕が震え、ガロムの大剣も、ネメシスへ届く寸前で停止していた。

全力を込めるほど魔力帯が運動エネルギーと循環魔力を奪い、武器も、腕も、踏み込んだ脚も重くなる。それでも二人は止まらなかった。


「まだだ!」


ガロムが咆え、わずかに大剣を前進させる。ネメシスの頬近くまで、切っ先が迫った。


「優れた膂力です。ですが、このままでは筋肉を損傷します」


「知るか!」


「……申し訳ありません。少し痛みます」


平坦な声で告げるネメシスの手元で、白銀の長棒が流麗に回転した。

ザラの手首へ強かな一撃が見舞われ、痛みに表情を歪める彼女の手から戦斧が離れる。


次いで肘、肩、脇腹、膝と連撃が叩き込まれる。

一つ一つは骨を折るほど強くない。だが筋肉と神経の働きだけを正確に奪い、ザラの体勢を効果的に崩していく。


ガロムが大剣を振り直そうとした瞬間、機械の尻尾が柄頭を横から突いた。

握りが少し外れたところへ、白棒が手首を打つ。


さらに肘、鎖骨の下、大腿、膝裏と次々に打撃がもたらされていき、致命部位を完全に避けながらも、戦うために必要な箇所だけを順番に奪っていく。


非殺傷棒術、《チェリッシュライフ》


五百年以上にわたって積み重ねられた濃密な戦闘経験と、戦闘用に最適化された全身機械化義体が、二人の抵抗を一つずつ迅速に解体していった。


ザラの身体が後ろへ倒れ、しかし地面へ頭を打ちつける直前、白い防護殻の一部が柔らかく形を変えてザラの頭部を受け止める。


「これで……優しくでもしてるつもりか……!」


ザラが顔を歪めながら睨み上げる。


「はい、その通りです」


ネメシスはどこまでも真っ直ぐに答えた。


「可能な限り、生命体を大切に扱っています」


そうしてさらに二つの《セーフティ・バンカー》が閉じ、ザラとガロムがその中に消える。


「累計四名の保護を完了しました」


その言葉を聞きながら、リネアは呼吸を整えていた。

ネメシスは間違いなく強い。しかもただ強いのではない。

こちらの目的も、役割も、次に選ぶ行動さえ把握したうえで、誰一人殺さずに封じ込めている。


それでも、四人の決死の抵抗は無駄ではなかった。

シゼが遮断した地中流路。ゼヴァンが撃ち抜いた白杭の制御部。

ザラとガロムが破壊した白杭。


それらの功績により《アーキテクト・フィールド》の一角に、ほんのわずかな空白が生まれている。


「ルクス」


『共有情報を確認』


リネアの義眼の視界と、ルクスの視界が重なる。

リネアには見えない障壁の境界線をルクスが捉え、ルクスには判別できない魔力の揺らぎをリネアが補う。

碧い線と黄緑色の線が、重なった視界の中で一本の道を描き出した。


「サレオス! 前へ約八歩、そのあと右に向かって!」


リネアは引き金を絞る。


「【リミナル・スプリッター】!」


放たれた弾丸が、複数の障壁の継ぎ目を射抜いた。

不可視の境界線が断ち切られ、白い障壁が左右へ分かれる。


その間をサレオスが走った。

持ち上がった足場へ飛び乗り、傾斜を滑り降りる。

その行く手を塞ごうとした杭は、ルクスの可変盾が横から弾き飛ばした。


ネメシスとサレオスとの距離が一気に縮まる中、リネアは次弾を装填する。

次に狙うのは、ネメシスではない。彼女が回避した先にある、中央制御装置の接続部。


狙いを定め、引き金を引く。

ネメシスの機械の尻尾が弾丸を迎撃しようと伸びたその瞬間、弾道がわずかに変化する。

ルクスが展開した局所的な《フォースフィールド》が、弾丸の進行方向を押し曲げたのだ。


「――!」


弾丸が機械の尻尾の刺突刃をすり抜ける。

ネメシスは制御装置を庇い、初めて自らの身体を弾道上へ滑り込ませた。


黒いタクティカルマスクへ細い傷が走り、切れた留め具の一部が宙を舞った。

黄緑色の瞳が、改めてリネアを見つめる。やはりそこに怒りはない。


「今の狙撃は、とても美しかったです」


「それは、どうも!」


リネアが次弾の狙いを定めるが、そこで足元が大きく傾いた。


『リネア!』


狙撃位置として使っていた足場が、地面から切り離されて持ち上がる。

ルクスが身を翻し、崩れ落ちるリネアを可変盾で受け止めた。

その動きを待っていたように、八本の《ケージ・ピラー》がルクスの周囲へ突き立った。


『包囲を確認』


ルクスは両刃剣と可変盾を振るい、二本を瞬時に粉砕する。

しかし残る杭が互いを連結し、幾重もの障壁を形成した。

ルクスは一瞬の演算の後、リネアを安全な地面へ降ろすことを選んだ。

白い障壁が閉じ、黒い四脚機体を隔離する。


「ルクス!」


『当機の活動に支障ありません。リネアは後退を――』


だが、黄緑色の魔力帯がリネアの両脚へ絡みついた。力が抜け、膝が地面へ落ちる。

狙撃銃を杖代わりに立とうとした瞬間、機械の尻尾の刺突刃がその吊り帯を断ち、ボルトの接続部だけを破壊した。

機能不全に陥った狙撃銃が手から離れ、ネメシスは倒れたリネアの前へ歩み寄った。


「あなたは、とても多くのものを見ていますね」


黄緑色の双眸が、リネアの義眼を覗き込む。


「一つの目だけではなく、あの方の目をも通して」


「だったら……分かるでしょう」


リネアは動かない腕へ力を込める。


「私たちが、諦めてないことくらい!」


「はい。ですから、これ以上傷つく前に保護します」


白い防護殻が、リネアの周囲へせり上がった。


「ルクスとの接続は切断しません。精神状態の安定に有用だと判断するからです」


防護殻が閉じ、視界の半分が白く覆われた。

それでも義眼の奥には、ルクスの単眼が捉えている戦場が映り続けている。


「五名の保護を完了しました」


残されたサレオスが、ネメシスへ戦槌で殴りかかった。戦槌と白棒が激突する。

サレオスは受け流された勢いを殺さず、動く足場へ片足を乗せた。そのまま敢えて横へ運ばれ、ネメシスの死角へ回り込む。


機械尻尾の刺突刃を戦槌の柄で逸らし、肩からネメシスへぶつかると、白い機体が半歩後退した。

《ケージ・ピラー》が不意打ちで地面から飛び出すものの、サレオスはその側面を蹴り、頭上から戦槌を振り下ろした。


ネメシスの白棒が剛撃を受け止めるとともに、地面へ円形の亀裂が走った。


「この領域が動くなら、それごと足場に使えばいい」


「わずかな攻防で、こちらの誘導を見抜かれましたか」


ネメシスの瞳が、どこか好ましそうに細められる。


「現代にも、これほどの方がいらっしゃるのですね」


「一体何年生きてるか分からん奴に褒められるとは、光栄だな!」


サレオスが戦槌を引き、四度目の攻撃を放つ。今度はネメシスが先に動いた。

白棒が戦槌の柄へ触れると、振り抜こうとした力の方向を巧妙に逸らされ、サレオスの体勢が崩れる。


白棒の先端が手首を打ち、痺れた手から戦槌が落ちる。

サレオスは即座にメリケンサックの嵌められた拳を繰り出すが、脇腹へ棒術の二撃目が入った。


一瞬サレオスの呼吸が止まる。

三撃目は膝裏を捉え、片膝をついたサレオスの首元へ、機械尻尾の刺突刃が迫った。


しかし刃は皮膚へ触れる寸前で停止する。いつでも殺せた。それを証明するような、完璧な間合いだった。

しかる後に刃は引かれ、代わりに白棒が肩を押した。


「ぐっ……!」


サレオスの身体が仰向けに倒れる。

やはり地面へ打ちつけられることはなく、白い障壁が途中で熊獣人の背中を受け止めた。


「古の約定とやらは……森を、人界を滅ぼしてまで、守る価値があるのか?」


荒い息の合間に、サレオスが問う。

そこで不意にネメシスの動きがほんの一瞬だけ止まった。


「私には、履行する義務があります」


「価値があるかって聞いてるんだ」


「……申し訳ありません」


それは質問への答えにはなっていなかった。

サレオスを捕らえた最後の《セーフティ・バンカー》が閉じる。


「六名の保護を完了しました」


六つの白い防護殻が、中央制御装置を囲むように並んでいた。

内部に閉じ込められている全員の意識はあるし、骨折も、致命傷もない。

それでも手足は動かず、武器も奪われ、戦いへ戻ることはできなかった。


それは人界の命運を背負って戦った戦士たちの完敗を意味する。


ネメシスは六人の生体反応を一人ずつ確認すると、中央制御装置へ向き直った。

停止していた黄緑色の光が、再び脈打ち始める。


『《生態誘導杭》再同期開始』


無機質な音声が響く。


『《獣禍連鎖》臨界到達まで――』


その瞬間、鈍い音がそれを遮った。ネメシスが咄嗟に振り返る。

ルクスを閉じ込めていた白い障壁へ、一本の亀裂が走っていた。

再び、障壁内部からの衝撃が伝わり、二本目の亀裂が広がる。

《ケージ・ピラー》が出力を上昇させ、障壁を幾重にも重ねる。だが、内側から加えられる力は止まらない。


『拘束構造を解析』


黒い腕が、亀裂の隙間から現れた。


『魔力結合部の位置を特定』


右腕の《クリードディフェンダー》が、障壁の接続点へ叩き込まれると同時に、白い檻が砕け散った。

破片と黄緑色の燐光の中から、黒い四脚獣がゆっくりと歩み出る。

その装甲には無数の擦れ傷が刻まれていたが、それでも碧い単眼の光は、少しも揺らいでいない。


『拘束された六名の解放、および生態災害誘発行為の停止を要求します』


「皆様の生体反応は安定しています。外部の魔物が戻った場合にも、あの防護殻が守ります」


『当機は、これを保護とは定義しません』


「あなたを壊したくはありません」


ネメシスは白銀の長棒を正中に構えた。


「どうか、そこで停止してください」


ルクスが《クリードディフェンダー》を展開する。

両刃剣と盾を兼ねる黒い武装が、黄緑色の光を反射した。


『要求を拒否する』


四本の剛脚が大地を踏み締める。


『戦闘行動を再開します』


白き魔導工兵と、黒き守護機兵。


命を慈しむがゆえに、全てを檻へ収めようとする者。

守るべき命のために、自ら壊れることさえ選べる者。


二機の視線が、黄緑色の光に満ちた森の最奥で交差する。


戦いは今、誰一人として殺さないためのものへと変わった。



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