第65話 巨獣は宴に変わる
【挿絵→ビーストフロンティアに佇むサレオス】
森の上層を渡っていた風が、不意に途切れた。代わりに頭上から、鋭い声が降ってくる。
「止まれ! そこで――」
声は途中で途切れる。大樹の幹へ組み付けられた見張り台。その上から身を乗り出した鳥獣人が、琥珀色の瞳を大きく見開いている。
視線の先にいるのは、先頭を歩き見張り台へ手を振っているリリベルとナージャ。その後ろには、見慣れない三人の女性。
さらに黒い四脚機兵と、鋼線で牽引される十三トン超の巨獣が続いていた。
「リリベルとナージャだ! 生きてるぞ!」
安堵の声を上げた直後、鳥獣人はもう一度、巨獣へ目を向ける。
「いや、待て! なんだ、後ろのアレは!?」
「ハンマーヘッドライノセラスです!」
リリベルが両手を振りながら、嬉しそうに答えた。
「見れば分かる! どうして丸ごと持ってきたんだ!」
「運べたので!」
「誰が!?」
リリベルが満面の笑みで、後方のルクスを指差す。その瞬間、見張り台に設置された木製の警鐘が激しく打ち鳴らされた。
澄んだ音が、森の奥まで響き渡る。木々の隙間から次々と獣人の武人たちが姿を現した。
弓を手に樹上を渡る鳥獣人。匂いを確かめながら前へ出る犬獣人。長槍を構えた鹿獣人や、幅広の剣を肩へ担ぐ猪獣人。
その誰もが、確かな練度をもって驚くほど素早く戦闘態勢を整えている。
「歓迎されているようには見えないわね」
シゼが周囲を油断なく見回しながら呟く。
「最初は、いつもこんな感じ」
「いつも十三トンの魔獣を引いて帰るの?」
「それは初めてです!」
「でしょうね」
リリベルとシゼが話している間にも、入口へ集まる獣人の数は増えていく。
やがてその人垣が、左右へ大きく割れた。奥から現れたのは、周囲の誰よりも大柄な熊獣人だった。
立ち上がれば二メートル半を超える巨躯。褐色の毛に覆われた太い腕は、リネアの胴ほどもある。右肩には特大の戦槌を担ぎ、左眼には古い爪痕が縦に走っていた。
熊獣人はリリベルとナージャを見下ろし、次にルクスが牽引する巨獣へ視線を移した。
「随分と遅い戻りに、かなりデケェ獲物。そしてお客人までご一緒とは――知らねぇうちに出世したもんだな、リリベルとナージャの嬢ちゃん」
「サレオスさん、これは――」
「ちゃんと説明する」
ナージャが口を開く。しかし、サレオスは大きな片手を上げ、二人の言葉を遮った。
「話はお客人方から聞くことにしよう。二人とも自分の足で立ててるなら、ひとまずそれでいい」
鋭かった眼光が、わずかに和らぐ。それからサレオスは、大戦槌を肩へ担ぎ直した。
「立ち話もなんだ。我らがキャンプ地、《ビーストフロンティア》へご案内するぜ」
そして警戒のために集まっていた獣人の戦士たちへ、太い腕を振る。
「敵じゃねぇ!武器を下ろせ!それと手の空いてるヤツは、あの馬鹿デケェ獲物を解体場へ回せ!」
熊獣人の号令を受け、獣人たちは一斉に動き始めた。
戦闘陣形が、瞬く間に荷運びと解体のための集団動線へ変わる。
「ルクス、解体場まで運んで」
『了解』
「喋ったぞ!」
「機械獣が喋った!」
「それより、あの巨体を一機で引いてるぞ!」
四脚の機械獣の怪力に、あちこちから驚きの声が上がる。ルクスはそれらを意に介さず、案内役の猪獣人に続いて歩き出した。
リネアたちもサレオスに促され、キャンプの入口をくぐる。そこは、リネアが想像していた野営地とはまるで違っていた。
太い樹木の間を縫うように、大小様々な天幕が並んでいる。樹上には見張り台と住居が設けられ、それらを吊り橋が繋ぐ。
地上では水路が張り巡らされ、集められた雨水が砂や炭の詰まった濾過槽を通って、大きな水瓶へ流れ込んでいた。
燻製小屋からは白い煙が上がり、風通しのよい物干し台には肉や薬草が吊るされていた。
地下へ続く扉には冷気を保つ魔導術式が刻まれ、その近くでは毛皮や骨、牙といった魔獣素材が種別ごとに山のように積み上げられている。
通路は曲がりくねり、荷箱や道具が無造作に置かれていた。頭上を誰かが走るたびに吊り橋が軋み、尻尾の長い獣人が器用に枝から枝へ飛び移っていく。
なんとも雑然としている場所。
それでも、何がどこにあるのかを住人たちは全員把握しているようだった。
「キャンプというより、集落みたい」
リネアが所感を呟く。
「ここに住み着いて長い連中も多いからな」
サレオスが溜息まじりに答える。
「森の外へ戻るより、ここを起点に動いた方が都合がいい。獣人には、石壁に囲まれた街より森の中の方が落ち着くってヤツも多いしな」
「私はどちらでも眠れます!」
「お前はどこでも寝るだろうが」
謎に胸を張るリリベルに、サレオスが冷静に返した。
やがて一行は、キャンプ中央に立つ大きな天幕へ辿り着く。
集会や作戦会議に使われるらしく、中には長机と椅子が並び、壁には大森林周辺の地図が幾つも貼られている。
「従魔の旦那には、外で待っててもらっていいか?」
「ルクスは私の随伴魔導機だよ」
「そいつは失礼した。だが、中へ入ると天幕の方が無事じゃ済まなそうだ」
「それは確かに否定できない」
『外部にて待機します』
ルクスは天幕の横へ移動し、四肢を折り畳んで伏せた。
その周囲へ、早くも好奇心旺盛な獣人たちが集まり始める。
『装甲部に触れる場合、リネアの許可を得てください』
「やっぱり喋るぞ……」
「礼儀正しいな、こいつ」
「後で見せてもらってもいいか?」
『リネアの許可を得てください』
何を尋ねられても同じ返答を繰り返すルクスを残し、リネアたちは天幕へ入った。
席に着くと、木の実とドライフルーツが盛られた皿が運ばれてくる。
リネアが今朝の出来事を簡潔に説明し、シゼが水場の位置やハンマーヘッドライノセラスの状態、戦闘経過を補足した。
リリベルとナージャも、巨獣と遭遇するまでの経緯を報告する。
ザラはというと、細かな報告は二人に任せ、差し出されたドライフルーツを黙々と食べていた。
「それで、ルクスが正面から突進を受け止めて――」
リネアが身振り手振りを加えつつ言う。
「――その直後にザラが背を砕き、私が頭蓋を貫いた、という流れよ」
シゼが過不足なく補足を続ける。
「その通りだ!」
最後にザラが口を挟む。だが、すぐに次のドライフルーツへ手を伸ばした。
報告が長引くほど、ザラの前に置かれた皿だけが目に見えて空になっていく。
途中で獣人が新しい皿を運んできてくれたものの、それも話が終わる頃には半分ほどになっていた。
よほど木の実とドライフルーツが美味しかったのだろうか。
サレオスは太い腕を組み、最後まで口を挟まずに聞いていた。やがて全てを把握すると、ゆっくりと席を立つ。
熊獣人の巨体が、リネアたち三人へ向けて深々と頭を下げた。
「仲間が大変世話になったようだ。本当にありがとうな。あんたらが通りかからなけりゃ、この二人は戻ってこなかったかもしれねぇ」
「こっちも情報が欲しかった。助けたのは偶然」
「だとしても、命を救われた事実は変わらねぇよ」
サレオスは顔を上げると、どこか清々しい表情をしている。
「礼といっちゃなんだが、あの獲物の解体はこっちで済ませておく。外皮も頭骨も魔石も、素材は全部あんたらのものだ。持ち運びやすいように加工するところまで引き受けよう」
「それはとても助かるわ」
シゼが満足げに頷く。
「ただし、だ」
そこでサレオスの空気が変わった。
片方しかない眼が、獲物を睨む猛獣のように鋭く細められ、天幕の中に一瞬の緊張が走る。
「ヤツの肉は全部、こっちに譲ってもらえないだろうか?」
「肉?」
「もうな、引き締まってて美味いんだよ、あいつの肉は!」
先ほどまでの威厳はどこへ消えたのか。
サレオスは両手を机へ置き、身を乗り出した。
「硬そうに見えるだろ? ところが焼くと、口の中でほろっとほどけやがる! 脂は濃いのにしつこくねぇ。噛めば噛むほど旨味が出る! 分かるだろ!?」
「食べたことがないから分からないよ」
「そいつぁ人生の半分は損してるぞ!」
「そこまで?」
「そこまでだ!」
鋭い眼光の正体は、ただ旨い肉にありつきたいだけの食欲だった。
リリベルは慣れているのか、長い耳を揺らしながら笑っている。ナージャは恥ずかしそうに片手で額を押さえていた。
シゼが小さく息を吐き、サレオスへ向き直る。
「あれだけの量では、持ち帰るだけでも一苦労だもの。むしろ引き取ってほしいくらいよ」
「おお!」
「でも、仕留めたのは私たちよ。代価はきちんと払って頂戴ね」
「そうこなくっちゃな! 話が分かる。さすがは高ランク冒険者だぜ!」
サレオスは懐から小さな計算板を取り出した。解体後の正味重量を予測し、一キロ当たりの買取額を提示する。
先ほどまで豪快に肉を語っていた腹ペコ熊獣人とは思えない、素早く正確な計算だった。
シゼは提示された額を眺め、細い指で計算板の端を叩く。
「森の外へ運ぶ手間がないのは、こちらにとっても利点ね。でも、これだけ新鮮な大型魔獣肉が手に入る機会は少ないでしょう?」
「まぁな」
「それに、今夜の分は私たちにも振る舞うつもりなのでしょう?」
「もちろんだ」
「なら、この額にもう少しだけ上乗せしてもらえれば、全部譲るわ」
「抜け目ねぇなぁ、嬢ちゃん」
「魔術師は術式を組む前に、損得も組み立てるものよ」
短い交渉の末、双方が満足できる額で商談は成立した。
サレオスは満面の笑みを浮かべ、天幕の入口を勢いよく開く。
「野郎ども! 今夜は宴だぁ! 肉がたらふく食えるぞぉ!」
一拍置いて、キャンプ全体が揺れるほどの歓声が上がった。
「誰が野郎だ、この馬鹿熊!」
どこかから女性の元気な怒鳴り声が飛んでくる。
「細けぇことは気にすんな!」
サレオスはそう返し、何事もなかったかのようにシゼへ向き直った。
「それでは肉一キロ当たり、こちらの額で奮発させていただきます~♪」
「どうして急にその喋り方になるのよ」
▲▽▲―――▲▽▲
昼を過ぎる頃には、キャンプ総出で巨獣の解体が始まっていた。
太い木材で組まれた解体設備へ、ハンマーヘッドライノセラスの巨体が滑車で吊り上げられる。
獣人たちは役割ごとに分かれ、厚い外皮を剥ぎ、頭部と胴を切り分け、肉と内臓を手際よく処理していく。
その間、リリベルとナージャがリネアたちにキャンプ内の案内をしてくれた。
「こっちは燻製小屋です! 奥には干し肉を作る場所があって、その隣が薬草の乾燥場で、それから――」
「先に情報を集めるのではなかったか?」
「あっ」
気になるものを見つけるたびに進路を変えるリリベルを、ナージャが本来の目的へ引き戻す。
リネアたちは二人の案内で見張り番や狩人、採取を専門とする冒険者たちから話を聞く。そこで得られた証言は、どれも似通っていた。
本来は中層に縄張りを持つはずの大型魔獣が、浅層側で目撃されるようになった。
群れを作らない魔獣が、何かから逃れるように複数で徒党を組み移動していた。獣や鳥が、特定の方角を避けている。
リリベルとナージャが調査した水場も、少し前まではハンマーヘッドライノセラスの縄張りではなかったという。
「森の環境が、間違いなく変わってる」
地図に新たな印を書き加えながら、リネアが呟く。
「そう考えた方がいいわね」
すぐ横でシゼが納得とともに頷く。
「何かが中層から魔獣を押し出しているのか、それで奥から逃げてきているだけなのか。今の情報では断定できないけれど」
「中層へ進めば分かる!」
ザラが迷いなく言い切る。いっそ潔い。
「それを確かめるために来たのだものね」
シゼは漆黒のスペルバイブルを閉じた。一通り情報を集めた後、リネアはルクスの状態を確認する。
右前脚部の装甲を外し、突進を受け止めた際にずれた部品を調整した。可変盾にはわずかな歪みが生じていたものの、幸い現地で修復できる範囲だった。
リリベルはその作業を間近で見つめ、長い耳を何度も動かしていた。
「戦った後は、いつもこうして直すんですか?」
「そう。損傷は小さいうちに直す」
『リネアによる定期的な整備は、当機の継続稼働に不可欠です』
「ルクスは大切な仲間だから」
リネアは調整を終えた装甲を戻し、表面を軽く叩く。
碧い単眼が、それに応えるように一度明滅した。
『右前脚部、正常稼働を確認しました。ありがとうございます、リネア』
「どういたしまして」
その信頼に満ちたやり取りを見たリリベルの耳が、嬉しそうに揺れた。
▲▽▲―――▲▽▲
日が傾く頃、キャンプ中央の広場へ大きな鉄板が運び込まれる。
その下で火が焚かれ、解体を終えたばかりの赤身肉が次々と鉄板に並べられていく。
頭に鉢巻を巻いて肉を焼いているのは、サレオス本人だ。
分厚い肉を豪快に鉄板へ置きながらも、焼き加減を見る眼差しは真剣そのものだった。部位によって厚さを変え、火の通り方に合わせて置く場所を調整する。
片面が焼けると絶妙な頃合いで裏返し、木の実や香辛料を発酵させた秘伝のソースをハケで塗っていく。
熱せられた鉄板から、肉の焼ける音が上がった。
脂が弾け、焦げたソースの芳醇な香りが広場中へ漂う。
「仕切りも解体も商談もできて、料理までできるのね」
シゼが少し感心したように言う。
「肉を一番旨く食うために必要なことを覚えてたら、いつの間にかこうなった!」
なんとも多芸な熊獣人の集大成だった。
「焼けたぞ! 皿を持って並べ!」
サレオスの声を合図に、宴が始まる。
獣人たちは酒樽を開け、楽器を持ち出し、焚き火の周囲へ次々と集まった。
リネアたちも香りに耐えきれず、焼きたての肉を受け取る。
大きく切り分けられた一片を、リネアは恐る恐る口へ運んだ。
硬そうに見えた肉は、歯を立てた瞬間に繊維がほどけていく。
濃厚な肉汁が溢れ、香辛料の刺激と木の実の甘味を含んだソースが重なる。赤身の強い旨味を残しながら、後味にはほとんど脂っぽさがない。
「美味しい!」
「だろぉ!?」
少し離れた鉄板の前から、サレオスが勝ち誇った声を上げた。
リネアは返事をすることも忘れ、二口目を頬張っていく。
その隣ではザラが、すでに三皿目を平らげている。
「これは酒に合うな!」
「分かってるじゃねぇか!」
大柄な牛獣人が、ザラへ酒の入った杯を渡す。
二人はすぐに肩を組み、競うように杯を傾け始めた。
「いい飲みっぷりだ!」
「お前もな!」
種族も、出会ってからの時間も関係ない。
ザラは昔からの仲間に囲まれているかのような笑顔で、宴を満喫していた。
リネアもまた、気づけば幾人もの獣人に囲まれている。
最初に声をかけてきたのは、灰色の毛並みを持つ狼獣人だ。
「あんた、綺麗な右眼だな。碧い光は、あの機兵とお揃いなのか?」
リネアは己の右眼にそっと触れる。
「機能上、この色になった。お揃いなのは素敵な偶然だね」
『当機はリネアとの共通点を好ましく評価します』
少し離れた場所に伏せているルクスが淀みなく答えた。
リネアはその碧い単眼を見つめ、わずかに表情を和らげる。
「私も、気に入ってる」
「やっぱり仲がいいんだな! ただの主従とは思えん」
狼獣人が快活に笑う。
続いて、弓を背負った狐獣人の女性が、興味深そうにリネアのバイナリーライフルを覗き込んだ。
「狙撃手だけでも珍しいのに、女性ならなおさら珍しいわ。その上プラチナ級で、しかもこんなにも可憐な容姿……ちょっと嫉妬しちゃう」
「可憐?」
「そこに疑問を持つの?」
「私はそもそも修理師だから」
「プラチナ級の狙撃手より、そっちを先に名乗るのね」
狐獣人の女性は楽しそうに微笑みを深くする。
「でも、どうやってあの巨獣の突進を逸らしたの? リリから聞いたけれど、肩の一点を撃ったのでしょう?」
「オリジナルの狙撃魔術で強引に衝撃を内部へ通した。倒すためじゃなく、突進の軌道を変えるために撃った感じで」
「それを高速で走ってくる大型魔獣に? 狙い違わず?」
「そうだけど」
「やっぱり嫉妬するの、やめておくわ。真似できそうにないもの」
他にも次々と向けられる質問に、リネアは短い言葉で答えていく。
最初こそ戸惑っていたものの、ルクスや狙撃、整備の話になると、自然に言葉が続いた。
一方、シゼの周囲だけは不自然なほど空いていた。
シゼは肉を頬張りつつ、肉などの買取金の記された契約板を眺めている。
「クフフ……」
口元が満足そうに歪み、口角が上がる。
「クフフフフッ……!」
酒にはまだ一滴も手をつけていない。
完全なしらふであるにもかかわらず、怪しさに満ちた笑い声を絶え間なく漏らしていた。
近くを通りかかった獣人が一瞬だけ声をかけようとしたものの、シゼの不気味な笑みを見るなり、何も見なかったことにして進路を変えた。
その夜、黒衣に身を包んだシゼに自ら話しかけようとする者は最後まで現れなかった。
「リネアさん、もっと食べましょう!」
肉を山盛りにした皿を持ち、リリベルが駆け寄ってくる。
「まだあるの?」
「一頭で十三トンですよ! 食べても食べてもなくなりません!」
「全部は今夜食べない。半分以上は保存する」
ナージャが後ろから冷静に訂正した。
「分かってるって!」
リリベルはそう答えながら、自分の皿に載っていた肉を一切れ口へ放り込む。
長い耳が、幸せそうに左右へ揺れた。ナージャもリネアの隣へ腰を下ろし、焼きたての肉を受け取る。
「改めて礼を言う。私たちを助けてくれて、ありがとう」
「もう聞いたよ」
「何度でも言わせてほしい。それだけのことをしてもらった」
ナージャの猫耳が、穏やかに前を向いていた。
「それに、あなたたちが来てくれたおかげで、キャンプの皆も随分と楽しそうだ」
焚き火の周囲では、獣人たちが歌い、踊り、酒杯を打ち鳴らしている。
ザラの笑い声が、その中心からひときわ大きく響いていた。
シゼの怪笑も、少し離れた場所から途切れることなく聞こえてくる。
巨獣の肉が焼ける香りに包まれながら、リネアはその光景を静かに眺め、どこか満たされる思いだった。
今朝まで、ハンマーヘッドライノセラスは水場を支配し、二人の冒険者の命を奪おうとしていた。
その巨体は今、素材となり、金銭となり、大勢の腹を満たす料理となっている。
危険さえも暮らしの糧へ変える。それが、この大森林で生きる者たちの逞しさなのだろう。
夜が更けても《ビーストフロンティア》の明かりは消えなかった。
大森林に響いているのは、魔獣の咆哮でも、戦いの轟音でもない。
肉の焼ける音。杯を重ねる音。
そして、獣人たちの尽きることのない笑い声だった。
つい数時間前まで命を脅かしていた巨獣は、今や一夜の盛大な宴へと変わり、多くの生命の糧となっている。
熊くまっくまま!この熊獣人、只者ではない予感!




