第64話 巨獣の向こうで耳が揺れる
【挿絵→エルディア大森林を進むルクス】
森が震えた。
大気を押し潰すような咆哮が、日の出前の大森林を駆け抜ける。
木々の枝葉が一斉に揺れ、小川の水面に幾重もの波紋が広がった。周囲で眠っていた鳥たちが飛び立ち、暗い樹冠の向こうへ逃げていく。
リネアは外套を跳ね除け、上体を起こした。
「今のは……」
「近いな」
隣では、ザラがすでに戦斧へ手を伸ばしている。
少し離れた場所で眠っていたシゼも、胸元に抱いていたスペルバイブルを手に立ち上がった。
もう眠気の残っている者は一人もいない。
夜通し焚き火の傍で寝ずの番をしていたルクスが、咆哮の響いた方角へ碧い単眼を向ける。
『大型生物の音声を分析。推定距離、一・七キロメートル。咆哮に加え、金属同士の衝突音および複数の魔力反応を検出』
「魔物同士の喧嘩じゃねぇのか?」
『可能性は低いと判断。金属音には一定の周期性が存在します。武器による攻撃と推測』
「誰かが戦ってる!」
リネアはバイナリーライフルを手に取った。
ルクスが検出した距離を考えれば、咆哮の主は相当な巨体だ。戦っている者が優勢ならよいが、そうでなければ一刻を争う。
「助けに行こう」
「おう!助太刀とは腕が鳴るじゃねぇか」
ザラが即座に頷き、快諾する。
「急ぎましょう」
続いたシゼの言葉に、リネアはわずかに目を見開いた。
昨日までの彼女なら、危険を冒して見知らぬ誰かを助ける理由について尋ねていたかもしれない。
だが、今は違った。シゼはすでにスペルバイブルを開き、野営地跡を隠蔽するために風と土を操作している。
三人は手早く荷物を纏めた。
ザラが天幕の杭を引き抜き、リネアが寝具を巻き取る。シゼの風が布を畳むと同時に焚き火を消し、残った荷物をルクスの背部へ固定した。
野営の撤収に要した時間は一分にも満たない。
『進路を算出。リネア、搭乗してください』
「分かった、お願いするね」
リネアがルクスの背へ飛び乗る。四脚が地面を蹴り、暗い森の中へ飛び出した。
ザラが戦斧を背負ってその後を追い、シゼも風属性魔術で宙を滑るように滑空移動する。
木の根を飛び越え、垂れ下がる蔓を潜り抜けながら、三人と一機は咆哮の響いた方角へ急いだ。
近づくにつれて、戦闘音が鮮明になっていく。
硬い物体同士が衝突する轟音。大地を踏み砕く蹄音。何かが倒れ、草木が押し潰される音。そして、短い悲鳴。
「見えた!」
先頭を走っていたルクスが、絡み合う枝葉を装甲で押し退けると、視界が開けた。
鬱蒼とした大森林の中では珍しく、そこ一帯だけ木々が途切れ、広大な草地が広がっている。
中央には澄み切った水場がある。夜明け前の薄明かりを映した水面は、森の中に現れたオアシスのように青白く輝いていた。
その静謐な景観を巨大な影が踏みにじっている。全長十メートルを超える四足の魔獣。
岩塊のように盛り上がった胴体を灰褐色の外皮が覆い、四本の脚は大木の幹にも劣らない太さを誇っていた。
何よりも異様なのは、その頭部だった。左右へ長く張り出した形状は、巨大なハンマーにも、海に棲む肉食魚の頭にも見える。
前面は黒い角質に覆われ、幾つもの傷を刻まれながらも、欠けた様子すらない。
「ハンマーヘッドライノセラスね」
シゼが魔獣の名を告げる。
「知っているの?」
「水場を縄張りにする上位魔獣よ。左右へ広がった頭部で周囲の振動を捉える。正面からの攻撃には特に強いわ」
「あれにはね飛ばされたら、ルクスでも無事じゃ済まなそうだな!」
『衝突時の予測運動エネルギーは極めて高い。正面からの攻撃を推奨しません』
「でも、もう戦ってる人がいる」
リネアは義眼の倍率を上げた。巨獣の周囲を、二つの小さな影が駆け回っている。二人とも深いフードを被り、外套で全身を覆っていた。
一人は長柄の狩猟槍を操っている。風をまとった穂先で巨獣の注意を引きつけ、突進を紙一重で回避しては側面へ回り込む。
もう一人の武器は湾曲した双短剣だった。水場から汲み上げた水を刃へまとわせ、槍使いが作った隙へ斬撃を重ねている。
二人の連携は巧みだ。一人が危険に陥れば、もう一人が必ず死角から牽制する。
互いの動きを目で確かめることもなく、どちらが囮となり、どちらが攻撃するべきかを瞬時に入れ替えていた。
しかし攻撃力が足りない。風を纏った槍も、水刃を重ねた短剣も、分厚い外皮の表面へ浅い傷を刻むだけ。
対するハンマーヘッドライノセラスは、攻撃を受けるほどに苛立ちを増している。
「右へ避けて!」
短剣使いが叫ぶ。槍使いが横へ跳んだ直後、魔獣の巨大な頭部が地面すれすれを薙ぎ払った。
暴風が草地を走り、掠めただけで外套が大きく翻る。
「これ、いつまで続ければいいの!?」
「私に聞くな! 目か腹を狙え!」
「さっきから狙ってるってば!」
槍使いが頭部を飛び越え、巨獣の眼球へ穂先を突き出す。
だが、ハンマーヘッドライノセラスは首をわずかに傾けただけで致命打を避ける。
黒い角質に槍が弾かれ、体勢を崩した槍使いへ、巨獣の前脚が振り下ろされた。
「危ない!」
短剣使いが地面を滑り、仲間を抱えて転がる。直後、二人がいた場所を蹄が踏み砕いた。
土砂が噴き上がり、水場へ降り注ぐ。
その様子を、リネアの狙撃銃が捉えていた。
「間に合った」
「まだよ。どうやら何かするみたいね」
シゼの言葉と同時に、ハンマーヘッドライノセラスが四肢へ力を込めた。
蹄から流れ出した黄緑色の魔力が、草地を波紋のように広がっていく。
「下!」
短剣使いが叫んだ時には、すでに遅かった。周囲の草が魔術によって急激に成長する。
太く束ねられた草が二人の足首へ巻きつき、互いに反対方向へ引っ張った。
「【グラスバインド】……!」
双短剣が草の蔓を切り裂くものの、一本を断つ間にも、二本、三本と新たな草が絡みつく。
槍使いが無理やり跳ぼうとして体勢を崩し、短剣使いを巻き込んで倒れた。
二人を捕らえたことを確信した巨獣が、大きく後退する。
巨大な頭部が低く下がり、四本の蹄が地面を掻き、土煙を上げる。
「まずい!」
「解けない……!」
ハンマーヘッドライノセラスが猛然と走り出した。
十数トンの巨体が一歩進むたびに、草地全体が揺れる。左右へ張り出した頭部が障害物を薙ぎ払い、二人を圧し潰すため一直線に迫る。
ここにきて、リネアは迷わなかった。
「ルクス! 止めて!」
『了解』
リネアが背から飛び降りると同時に、ルクスが急加速する。
『《フィジカルブースト》高出力稼働』
四脚の各関節から青白い魔力光が噴き出した。
草地を抉りながら突進し、倒れた二人と巨獣の間へ割って入る。
リネアは着地と同時に片膝を地面に突いた。
バイナリーライフルの銃床を肩へ固定し、照準をハンマーヘッドライノセラスの側面へ重ねる。
硬い頭部は最初から狙わない。標的は、前脚と胴体を繋ぐ肩部。
外皮の下で骨格と筋肉が集中し、突進の力を生み出している一点。
「【ハンマーダウン】」
引き金を絞る。銃口から放たれた濃密な魔力を帯びた実体弾が、夜明け前の草地を貫いて、青白い軌跡が巨獣の側面へ命中する。
外皮を撃ち抜くのではない。着弾した瞬間、圧縮されていた魔力が巨大な槌を振り下ろしたかのような、莫大な衝撃となって炸裂した。
ハンマーヘッドライノセラスの右肩が沈み、怯んだ巨獣の突進の軌道が逸れる。その正面へ、ルクスが躍り出る。
『衝撃に備えてください』
四本の脚を大きく開き、爪を地面へ深々と突き立てる。次の瞬間、巨獣の頭部とルクスの可変盾が激突した。
轟音が森を揺らす。衝撃波が草地を走り、水場の表面が大きく持ち上がった。
ルクスの巨体が後方へ押し込まれ、爪が地面を引き裂き、四本の長い溝を刻んでいく。
各関節から火花が散り、可変盾の表面が軋む。それでも防御姿勢は一切崩さず、倒れもしない。
『突進速度、低下』
「止めた……?」
地面に倒れていた槍使いが呆然と呟く。十数トンの巨獣と黒い機械獣が、真正面から力をぶつけ合っていた。
完全な拮抗による静止ではなく、ルクスは少しずつ押されているが、その数秒の隙があれば十分だった。
「よくやった、ルクス!」
ザラが咆哮を上げ、戦斧を構える。全身に身体強化魔術が顕現し、赤色の魔力オーラが溢れ出した。
踏み込むたびに速度を増し、巨獣の側面へ一直線に迫る。
「【ドーンブリンガー】!」
身体強化魔術によって増幅された力が、両腕、腰、脚へ連鎖する。ザラは走りながら戦斧を横へ振り抜いた。
一回転、二回転と巨大な斧頭に遠心力と加速が重ねられ、刃が低い唸りを上げる。
ザラの肉体そのものが、一振りの戦斧を完成させるための機構となっていた。
三回転目でザラが鋭く地面を蹴る。巨獣の背よりも高く跳躍し、空中で戦斧を大上段へ構え直した。
「ぶっ潰れろぉぉぉッ!」
全身の回転と落下速度を乗せた斧が、ハンマーヘッドライノセラスの背へ叩きつけられる。
超重量の剛撃が、分厚い外皮を通して骨格を揺さぶった。
巨獣の四肢が否応なく沈む。草地へ腹部が叩きつけられ、衝撃地点から放射状の亀裂が走った。
ルクスと押し合っていた巨大な頭部が、堪らず地面へ落ちる。
「シゼ!」
「ええ、もう終わりよ」
シゼは漆黒のスペルバイブルを開いていた。幾重もの術式が宙へ浮かび、黒い光を放ちながら一つに重なる。
魔力が巨獣の遥か頭上へ集束し、空に現れたのは、一本の巨大な逆十字架。
闇属性魔力を圧縮して作られた黒い杭が、天上からハンマーヘッドライノセラスへ狙いを定める。
「【ジャッジメントクロス】」
静かな宣告と共に、黒き逆十字架が落ちた。
凄まじい速度で撃ち下ろされた闇の杭が、巨獣の頭頂へ突き刺さる。
最も硬いはずの頭蓋が乾いた音を立てて砕け、逆十字架は頭頂から顎までを一直線に貫き、さらに地面へ深々と突き立つ。
巨獣の身体が一度だけ大きく痙攣し、動かなくなった。
風が止み、草地に立ち込めていた土煙が、ゆっくりと薄れていく。
やがて黒い逆十字架も無数の粒子となり、朝の空気へ溶けていった。
『対象の生命反応消失』
ルクスが可変盾を戻し、巨獣の遺骸から距離を取る。
ザラはハンマーヘッドライノセラスの背から戦斧を引き抜いた。
「よし!」
「ルクス、損傷は?」
『右前脚部および可変盾に軽微な負荷を検出。戦闘行動に支障なし』
「後で確認する」
『後ほど整備を要請します』
「任せて」
リネアは狙撃銃を下ろし、地面へ倒れている二人へ駆け寄った。
「大丈夫ですか? 怪我は?」
「え……」
「立てるかしら?」
シゼがスペルバイブルを片手に低位魔術を巡らし、二人の足へ絡みついていた草を解いて消し去る。
槍使いと双短剣使いは、しばらく言葉を失っていた。二人の視線が、リネアからルクスへ移る。
ルクスからザラへ。ザラからシゼへ。最後に、頭部を貫かれて絶命した巨獣へ向けられた。
「あれを……倒した?」
「助かったの、私たち?」
「そうみたいだよ?」
リネアが何故か疑問形で答える。
「痛む場所は?」
「あ、脚を少し捻ったかも……」
「見せて」
シゼが槍使いの足首へ手をかざした。
淡く黒い光の粒子が患部を包み、赤く腫れ始めていた箇所が元へ戻っていく。
「これで問題ないはずよ」
「治った……」
槍使いが恐る恐る立ち上がる。足を動かして痛みがないことを確認すると、慌てて頭を下げた。
「ありがとうございました!」
勢いよく下げた頭から、フードが滑り落ちる。その頭頂から、長い二本の耳が現れた。
淡い茶色の毛に覆われたウサギの耳。感謝と興奮を表すように、真っ直ぐ上を向いている。
「耳?」
リネアが驚きのまま、思わず呟く。
「あっ」
槍使いは耳を隠そうとして、途中で手を止めた。
「別に隠す必要なかったんだった」
「今さらね」
双短剣使いも諦めたようにフードを脱ぐ。黒髪の間から、三角形の猫耳が覗いた。
こちらはわずかに後ろへ伏せられ、まだ警戒を残している。二人とも若い女性だった。
ウサギ耳の少女は十代後半ほどで、快活そうな琥珀色の瞳をしている。猫耳の女性は彼女より少し年上に見え、青緑色の瞳を静かに細めていた。
「改めまして、オリラガス族のリリベル・ハーゼンです! リリって呼んでください!」
ウサギ耳を揺らしながら、少女が元気に名乗る。
「フェリカトゥス族のナージャ・フェルミナ。助力に感謝する。あなたたちが来なければ、二人とも無事では済まなかった」
ナージャも深々と頭を下げた。
「リネア・ギアライト」
「ザラ・バルガだ!」
「シゼ・ナイトフォールよ」
『リネアの随伴魔導機、ルクスです』
「ルクス……」
珍しい四脚の機械兵に、リリベルの瞳が輝いた。
彼女は遠慮がちにルクスへ近づき、その黒い装甲を見上げる。
「この子が、ハンマーヘッドライノセラスの突進を止めたんですよね!?」
「そうですよ」
「すごい! あんなの、砦の門だって壊されるのに!」
『高出力の《フィジカルブースト》を使用しました』
「また喋った!」
『音声による意思疎通が可能です』
「格好いい……!」
リリベルの長い耳が、興奮しているのか、これ以上ないほど真っ直ぐに立つ。
その視線が、今度は戦斧を肩へ担いだザラへ向けられた。
「それに、今の斧!どうやったんですか!?ぐるぐる回って、飛び上がって、どーんって!」
「見たいか?」
「見たいです!」
「なら、もう一回――」
「やらなくていいからね?」
冷静にリネアがザラの肩を掴み、制止する。
「地面がもっと割れて収拾がつかなくなっちゃう」
「だよな!」
「どうして少し残念そうなのよ」
シゼが呆れたように息を吐く。ナージャは巨獣の頭部に開いた穴を覗き込み、次にシゼのスペルバイブルへ目を向けた。
「最後の魔術も初めて見た。あれほど硬い頭骨を、一撃で……」
「構造を破壊することに特化した術式よ」
「それに、あの距離から肩へ重い魔力弾を当てて突進を逸らした……」
ナージャの視線がリネアのバイナリーライフルへ移る。
「あなたたちも、冒険者なのか?」
「識別証は金級とプラチナ級」
「!? 聞きたいことが増えた」
ナージャの猫耳が、興味を抑えきれないように小さく動く。
「ねえ、ナージャ」
リリベルが巨獣の死骸を見上げる。
「これ、どうする?」
「どうするも何も、解体しなければ持ち帰れない。だが、私たち二人では何日かかるか……」
二人はもともと水場周辺の調査を目的として、この場所を訪れたという。
ハンマーヘッドライノセラスの討伐までは依頼に含まれていなかったそうだ。
本来なら縄張りを避ける予定だったが、以前にはなかった痕跡を水辺で発見した直後、森の奥から戻ってきた巨獣と鉢合わせたらしい。
「ハンマーヘッドライノセラスは、捨てるところがほとんどありません」
リリベルが嬉しそうに説明する。
「外皮は重装防具になりますし、頭部は盾や打撃武器の素材になります。肉も食べられますし、大きな魔石も取れます」
「私たちのキャンプには大型魔獣を解体する設備がある」
ナージャが続ける。
「ここから半日もかからない、獣人族の冒険者が集まっている場所だ。よければ、あなたたちを案内させてほしい。助けてもらった礼もしたい」
「獣人族のキャンプ……」
リネアはザラとシゼを見る。大森林内部の情報を集めるには都合がよく、物資を補充できる可能性もある。
何より、この二人はこの先の水場や魔物の分布に詳しいようだった。
「私は賛成だ!」
「異論はないわ」
「私からも、お願いするね」
「決まりですね!」
リリベルのウサギ耳が軽妙に揺れる。
「問題は、これをどうやって運ぶか」
ナージャが再び巨獣を見上げた。
「必要な部位だけ切り分けても、相当な重量になる。キャンプから人手を呼ぶしか――」
『牽引対象の重量を測定』
ルクスが巨獣の周囲をゆるりと一周する。
碧い単眼から走査光が放たれ、全身の形状と体積を読み取った。
『推定重量、十三・二トン。運搬可能です』
「……可能?」
「ルクスなら運べるってこと」
リネアは腰に手を当て、少しだけ誇らしげに答えた。
『牽引用固定具の装着を要請します』
「分かった、ちょっと待ってね」
リネアが荷物の中から太い鋼線を取り出す。ザラが巨獣の胴体を少し持ち上げ、シゼが風魔術で鋼線を下へ通す。
数分後には、ハンマーヘッドライノセラスの巨体がルクスの後部牽引装置へ固定されていた。
「戦うだけじゃなくて、荷物も運べるの?」
「馬車も引ける。魚も捕れる」
「魚も!?」
『当機は漁業用機体ではありません』
「でも捕れる」
『捕獲自体は可能です』
「本当に何でもできるんだ……」
リリベルが純粋に感嘆の声を漏らす。ナージャも警戒することを忘れ、ルクスの機構を熱心に観察していた。
そうしているうちに、東の空がわずかに白み始める。木々の隙間から差し込んだ朝日が、草地に残る戦いの跡と、澄んだ水場を照らした。
『牽引を開始します』
ルクスが力強く歩き出す。十三トンを超える巨獣の身体が牽引されてゆっくりと動き、草を押し倒しながら引きずられていく。
その光景を見たリリベルの耳が、確信とともにまた大きく跳ねた。
「こっちです! 私たちについてきてください!」
「リリ、走りすぎるな。巨獣を引いているんだぞ」
「分かってるって!」
口ではそう答えながらも、リリベルの足取りは明らかに弾んでいる。
隣を歩くナージャの猫耳も、何度もリネアたちの方角へ向きを変えていた。
大森林へ足を踏み入れてから、初めて出会った他の冒険者。この出会いが何をもたらすのかは、まだ分からない。
やがて木々の向こうから、幾つもの話し声が聞こえてきた。風に乗って、焚き火と焼いた肉の匂いが漂ってくる。
魔物の咆哮と木々の軋みばかりが支配していた大森林の中で、そこには確かに人々の営みがあった。
巨獣を牽引するルクスを先頭に、リネアたちはさらに森の奥へ進んでいく。
揺れるウサギ耳と猫耳に導かれながら、獣人族冒険者の集うキャンプ地を目指して。




