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第57話 永遠の17歳

厚いですね。すみません熱すぎて誤字りました。暑いですね。いつも読んでくださる皆様からのお気持ちも、篤いですね。好き夏の日々を過ごさせて頂いております。改めて感謝をぅ!


挿絵(By みてみん)

【挿絵→情報屋アール《永遠の17歳》】



王都防衛戦から、二日が経った。


勝ちどきの余韻はすでに消え、街のいたるところから再建の槌を振るう音が響いている。

崩れた家屋の瓦礫を退かす者。負傷者を治療院へ運ぶ者。行方の分からない家族を捜し、掲示板へ名前を書き込む者。大通りには炊き出しの鍋が並び、家を失った人々が身を寄せ合っていた。


王都は確かに守られたが、無傷で勝ち取った勝利ではないことは明らかだ。

街路の石畳には砲撃による亀裂が走り、焼け焦げた建物の間からは、今も細い煙が立ち昇っている。

外壁の崩落した方角へ目を向ければ、遠くに巨大な陥没地が見えた。リリエルと《マックス・アモー》が消えた場所である。


リネアは立ち止まり、無意識に右手の人差し指を握り込んだ。あの引き金の感触は、まだ指先に残っている。


『生体反応に変化を検出』


傍らを歩いていたルクスも足を止めた。

黒い四脚の装甲には砲煙と煤がこびりつき、細かな擦過傷も増えている。それでも歩行機能や戦闘機能に大きな異常は残していない。

碧い単眼が、心配するようにリネアへ向けられた。


『心拍数が上昇。休息を推奨』


「大丈夫。ちょっと思い出してただけだから」


『リリエルとの戦闘を想起していたと推測』


「……うん」


誤魔化しても、ルクスには通じなかった。

リネアは陥没地から目を逸らし、再び歩き始める。


「後悔してるわけじゃないよ。あのとき、私が撃たなかったら、王都はもっと酷いことになってた。ヴィオラさんも、マルタ婆さんも、たくさんの人が死んでたかもしれない」


『肯定。当該射撃は、王都に対する最大規模の攻撃を阻止した』


「それでも、忘れちゃいけないと思うんだ」


リリエルは、最後まで戦うことを選んだ。リネアもまた、彼女を撃つことを選んだ。

どちらが正しかったのかを、今さら考えるつもりはない。ただ、自分の弾丸によって失われた命があったことまで、勝利の歓声で塗り潰したくはないのだ。


「私が撃ったことも、その結果も、ちゃんと覚えておく」


『了解』


ルクスは否定も慰めもせず、リネアの歩調に合わせ、いつもよりわずかにゆっくりと隣を歩いてくれる。

そのことが、今はありがたかった。



▲▽▲―――▲▽▲



灰貨商会が見えてきたところで、リネアは思わず息を呑んだ。

正面の壁には大きな亀裂が走り、二階の窓はほとんど割れている。看板も片側の留め具が外れ、今にも落ちそうなほど傾いていた。

それでも、建物そのものは残っている。地下工房へ続く区画も、外から見る限り完全には崩れていない。


「よかった……」


リネアが安堵の息を吐いた、そのときだった。


「リネア……?」


聞き慣れた声に、足が止まる。

半壊した商会の入口に、ヴィオラ・レイスが立っていた。

普段なら美しく整えられている銀髪は少し乱れ、上等な衣服も煤と埃に汚れている。額には小さく包帯が巻かれていた。

その傍らには、杖をついたマルタの姿もある。二人は信じられないものを見たように目を見開き、通りの中央に立つリネアとルクスを見つめていた。


「ヴィオラさん……マルタ婆さん……!」


「リネア!」


ヴィオラが駆け出した。商会長としての落ち着きも、周囲の目も忘れ、真っ直ぐにリネアのもとへ駆け寄ってくる。

そのまま勢いよく抱き締められ、リネアの身体が小さく揺れた。


「よかった……本当に、無事だったのね」


耳元で聞こえた声は震えていた。背中へ回された両腕が、そこに確かにリネアがいることを何度も確かめるように強くなる。


「心配かけて、ごめんなさい」


「謝らなくていいわ」


ヴィオラはすぐに答えた。


「帰ってきてくれた。それだけでいいのよ」


「まったくだよ。こんな大騒ぎのど真ん中へ飛び込んでいって、また随分と無茶をしたもんだね」


少し遅れて歩いてきたマルタが、皺の刻まれた手を伸ばす。

最初に出会った頃と変わらない仕草で頭を撫でられた瞬間、リネアの胸に張り詰めていたものが崩れた。


「マルタ婆さんも、無事でよかった……」


「こっちの台詞だよ。まったく、酷い顔をして」


マルタの声も掠れている。リネアを叱るように眉を寄せながら、その瞳には涙が滲んでいた。


「けど、よく帰ってきたね」


「……うん」


「お帰り、リネア」


「ただいま、マルタ婆さん」


その言葉を口にした途端、ようやく帰ってきたのだという実感が湧いた。

戦場を生き延びたことではない。再びこの声を聞き、この手の温かさに触れられたことによって、リネアは初めて自分の帰還を知った。


ヴィオラが抱擁を解き、目元を拭う。

そして、リネアの背後で静かに立つ黒い機械獣を見上げた。


「ルクスも」


ヴィオラはその鼻先へ歩み寄り、煤に汚れた装甲へそっと手を触れる。


「リネアを守ってくれて、ありがとう。あなたも無事に帰ってきてくれて、本当によかったわ」


『礼には及ばない。リネアの生存確保は、当機の最優先事項』


「相変わらずだねえ」


マルタが涙の残る目で笑った。


「だけど、あんたが一緒なら安心できる。これからも、この子を頼んだよ」


『受諾。再要請の必要なく、当該任務を継続する』


「ふふっ。頼もしい返事だこと」


四人の間に、柔らかな笑いが生まれた。

失われたものは、あまりにも多い。それでも、守ることができたものも確かにここにある。


声を聞ける、触れることができる。互いに生きていると、確かめ合うことができる。

今は、それだけで十分だった。やがてヴィオラが、半壊した灰貨商会を振り返る。


「本当なら、このまま朝までだって話していたいところだけれど……まずは商会の被害を確認しないと。保管庫も地下工房も、まだ詳しく調べられていないの」


「私も手伝うよ。瓦礫の下から物を探すくらいなら、この年寄りにだってできるからね」


「助かるわ、マルタ婆さん」


「私も――」


リネアが申し出ようとすると、ヴィオラが人差し指を立てた。


「あなたは駄目。治療院から、しばらく安静にするよう言われているでしょう?」


「でも、歩けるくらいには回復しました」


「歩けることと、働いていいことは別よ」


『ヴィオラの意見を支持する』


「ルクスまで……」


『現在のリネアの身体機能は、平常時と比較して七十一パーセントまで低下している』


「だ、そうよ」


ヴィオラは有無を言わせぬ笑顔を浮かべた。


「積もる話は山ほどあるわ。落ち着いたら、今までのことを全部聞かせてちょうだい」


「はい。私も二人に話したいことが、たくさんあります」


「なら、約束よ。先に中を見てくるわね」


マルタとヴィオラが建物へ戻っていく。

傷ついた扉が閉まり、二人の姿が見えなくなってからも、リネアはしばらくその場に立っていた。


「二人とも、無事だったね」


『肯定。両名の生存を確認できたことは、極めて喜ばしい』


「うん。本当に――」


――ルクスの頭部が鋭く持ち上がり、碧い単眼が収縮する。

次の瞬間、巨体が滑るように移動し、リネアを庇う位置へ割り込んだ。


『警告。右後方に未登録反応を検出』


リネアも即座に振り返るが、そこには誰もいなかった。

崩れた石壁と、瓦礫の積まれた路地があるだけだ。人の気配も、魔力反応も感じられない。


「おっと。今ので気づくんだ」


すると、何もない空間から軽やかな少女の声が聞こえた。


「さすがはアークハウンド。それにしても随分と優秀な子だね」


『正体を開示せよ』


ルクスが重心を落とす。背部装甲の隙間で、戦闘機構が低い唸りを上げた。


「待って待って。今日は喧嘩を売りに来たわけじゃないよ。せっかく生き残ったのに、こんなところで壊し合うなんてもったいないでしょう?」


声とともに、空間へ二つの橙色の光が浮かび上がった。菱形の紋様が刻まれた、機械仕掛けの両眼。

そこから水面の波紋に似た歪みが広がり、銀色の髪が現れる。腰まで届く長い髪は左右で高く結ばれ、黒いカチューシャと複数のヘアピンで飾られていた。

続いて褐色の肌と、身体の線に沿う白いチャイナドレスが姿を見せる。ドレスの表面には淡い光の線が走り、袖や裾には見慣れない機械部品が組み込まれていた。

現れたのは、リネアとそう年齢の変わらないそんな美少女だった。そこに立っているはずなのに生物としての気配がひどく希薄で、呼吸による胸の動きさえ、注意深く見なければ分からない。


「光学迷彩……?」


「正解。やっぱり、お嬢さんもそっち方面には詳しいんだ」


少女は楽しそうに笑うと、ルクスの横からリネアの顔を覗き込んだ。橙色の機械眼に刻まれた菱形が、小さく回転する。

それに呼応するように、リネアの右眼――義眼の奥で、微かな熱が生まれた。


「へぇ~、その義眼、《アルゴス・レプリカ》って名付けたんだ。いいね。その義眼も、その名を誇りに思ってるみたいだよ」


「どうして、その名前を……?」


リネアとヴィオラしか知らないはずの呼称だった。しかも正式な名称ではない。

修復した義眼へ二人で与えた、便宜上の名前にすぎないはずだ。


「それに、義眼が名前を誇りに思ってるって……どういう意味?」


「質問が二つ。普通なら、それぞれ情報料を頂くところなんだけど」


謎めいた少女はリネアの困惑を楽しむように、口元へ人差し指を当てる。


「今は特別に一つだけ教えてあげる。あたしはその名前を読み取ったんじゃない。聞いただけ」


「義眼から?」


「さて、どうでしょう?」


まるで答えになっていない。それでも少女の視線は、単なる機械部品ではなく、その奥に宿る何かを見つめているように思えた。

少女は今度はルクスへ向き直る。


「それに、アークハウンドだなんて珍しい子を仲間にしてるんだね。しかも、相当慕われてるみたいだし」


『当機の識別名称はルクスである』


「ルクス。うん、いい名前。昔のアークハウンドは気難しい個体が多かったから、手なずけるのは大変だったでしょう?」


『訂正。当機とリネアの関係は、飼育および調教によって成立したものではない』


「ふふっ。そういうところまで変わらないんだ」


少女の言葉に、リネアは引っ掛かりを覚えた。


「昔の……?」


まるで、神代に存在したと言われる本物のアークハウンドを詳しく知っているかのような口振りだ。

少女がリネアへ視線を戻す。


「おっと。その先は高いよ、お嬢さん」


「あなたは、いったい何者なんですか?」


「いい質問だね」


待っていましたとばかりに、少女は白いチャイナドレスの裾を摘み、芝居がかった一礼を披露した。


「あたしは永遠の十七歳、天才情報屋兼一流ハッカー。その名も――アール。気軽にアールちゃんって呼んでね」


「永遠の、十七歳……?」


「何、その疑いの目。情報屋の自己申告は信用しておいた方がいいよ?」


『外見年齢と実年齢の一致を証明する根拠は存在しない』


「あははっ。正直な子だね、ルクスは」


アールは腹を立てるどころか、楽しそうに笑った。その所作には、偽れない老成が滲んでいる。


「まあ、身体機能の大半を義体化してるから、見た目で年齢を当てるのは難しいと思うけど」


気軽に語られた内容に、リネアは改めてアールの身体を見る。

今の時代、戦闘に携わる者であれば、義肢を備えた人間は珍しくない。リネア自身も右眼を失い、それを機械で補っている。

しかし、目の前の少女の動きはあまりにも滑らかだった。

どこからどこまでが生身で、どこからが義体なのか、リネアの義眼をもってしても判別できないほどに。


『照合を継続。該当する人物情報なし』


「当然。あたしの個人情報は最高級の機密商品だからね。本人の許可なく売ったりしないよ」


「自分のことなのに?」


「自分のことだからこそ、だよ」


アールは橙色の片眼を閉じた。なんとも茶目っ気すら感じさせる仕草である。


「さて、自己紹介も済んだところで本題に入ろうか。今日は、お嬢さんとルクスに売りたい情報があって来たの」


「私たちに?」


「安心して。今回の情報料は、初回だから無料にしてあげる。有益だと思ったら、次回から顧客に加わってくれると嬉しいな」


先ほどまでの軽い調子を保ったまま、アールは淡々と告げた。


「第三席次ミリア。彼女はまだ、王都陥落を諦めてないわ」


リネアの表情が瞬時に強張る。

リリエルの最期を遠くから見届け、残存するゴーレムを統率して撤退させたアーキテクトの魔導工兵。


「でも、敵のゴーレムは退いていきました。ミリア自身も、王都へ攻め込んではこなかった」


「あれは敗北を認めたんじゃない。あの場で戦い続ける価値がなくなったから、盤上の駒をいったん退かせただけ」


アールは傾いた灰貨商会の看板を見上げ、いかにもアーキテクトが考えそうな理屈を並べていく。


「損傷機を回収し、戦闘記録を解析して、次の手を組み立てる。あの子は感情に任せて戦力を浪費するような性格じゃない。リリエルの弔い合戦なんていう、分かりやすいこともしないでしょうね」


「次の手って……」


「数日後には、何らかの形で次の攻勢があるはずだよ。決して油断しないで」


予測される次の襲撃まで、たった数日しかないらしい。

王都は戦いを終えたばかりで、多くの兵士が傷つき、防壁も市街地も甚大な被害を受けている。今すぐ再び攻撃を受ければ、前回と同じように守り切れる保証はない。


「その情報は、確かなんですか?」


「情報の仕入れ先は秘密。でも、偽物を無料で配って信用を失うほど、商売下手じゃないつもりだよ」


『質問。アールはアーキテクトと敵対関係にあるのか』


ルクスの問いに、アールの笑みがわずかに薄くなった。


「少なくとも、あの子たちに王都を落とされるのは困る。敵の敵が味方とは限らないけど、今のあたしたちは利害が一致してると思ってくれていいよ」


「どうして私たちに教えるんです?」


「せっかく見つけた面白い顧客候補に、初仕事の前に死なれたら困るでしょう?」


それはなんとも軽妙な答えだった。ゆえに嘘ではないのかもしれない。

けれど、それがすべてではないだろうことだけは、リネアにも分かった。


「もっと詳しい情報は?」


「残念。今のところ、確実に売れるのはここまで」


アールが右手を持ち上げると、細い指先が淡い橙色に発光し、その周囲へ見慣れない術式のような文字列が展開された。


『警告。外部より暗号化通信を受信』


ルクスがアールからの未知の干渉に身構える。


「ただの連絡先だよ。安全な場所へ隔離して、好きなだけ解析してくれて構わない。正式に顧客になりたくなったら、そのアドレスを使って呼び出して」


『受信情報を独立記憶領域へ隔離。解析を開始』


「うんうん。用心深くて結構」


アールは満足そうに頷くと、リネアへ向かって小さく手を振った。


「それじゃあ、今日はこの辺で。また会おうね、お嬢さん」


「待ってください。まだ聞きたいことが――」


「次からは有料だよ」


アールの橙色の両眼が、悪戯っぽく細められる。


「忘れないで。情報は、命より安くて、命より高い。買う時期を間違えたら、どれだけお金を積んでも手遅れになるからね」


白いチャイナドレスの輪郭が揺らいだ。褐色の肌が透け、銀色の長いツインテールが空気へ溶けていく。

最後に残った二つの橙色の瞳の光も消え、そこには再び、誰もいない路地だけが残された。


『光学反応消失。熱源反応なし。音響探査、該当なし』


ルクスの碧い単眼が周囲を一通り走査する。


『対象を完全にロスト』


「本当に、消えちゃった……」


人通りのある街中で、あれほど目立つ姿の少女が痕跡一つ残さず消えたことの異常性。

いつから見られていたのか。どうやって《アルゴス・レプリカ》の名を知ったのか。

なぜルクスを古代の機体総称で呼べたのか。疑問ばかりが残されている。


『暗号化情報の一次解析が完了。悪性処理の存在は確認されず。内部に文章情報を検出』


「文章?」


『表示します』


リネアの義眼に、橙色の文字が浮かび上がった。


《顧客候補登録完了。またね、お嬢さんと忠犬くん》


「忠犬って……ルクス、怒ってる?」


『訂正要求を送信するための通信経路は、現在閉鎖されている』


「それ、怒ってるんだね」


思わず苦笑した直後、最初の文章が消えた。そして視界に新たな一文が表示される。


《追伸――第三席次は、もう君を観測している》


リネアの笑みが消えた。

顔を上げ、復旧作業の続く王都を見渡す。

瓦礫を運ぶ人々。傷ついた建物。再び会うことのできた、大切な者たち。

あの戦いで守り抜いたものすべてが、まだ第三席次の狙いから逃れられてはいないという事実に背筋が冷える。


「ルクス」


『待機中』


「このことを、みんなに伝えよう」


『了解。王国上層部および関係者への警告を推奨する』


勝利によって得られたのは、平穏だけではなかった。

これは次の攻勢が始まるまでの、わずかな猶予にすぎない。


王都に響く復旧の槌音を聞きながら、リネアは右眼に残る橙色の警告を決然と見つめ続けた。



「きゅぴーん!これからの後書き欄は、この天才情報屋兼一流ハッカーで、しかも超絶絶世の美少女なアールちゃんが務めちゃうよ♪あ、永遠の17歳でぴちぴちなんで、そこんとこも宜しくぅ!リア友のリネアっちに適宜どうでもいい情報と貴重な情報をないまぜにして流して、困惑するリネアっちを密かに眺めて楽しみつつ、解析はルクスどんに丸投げだぁ~♪」リネア「やりたい放題だ......誰かこの人を止めて......」

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