第55話 砲火の花は散らない
本作の小説家になろうでの累計11000PV突破、及びカクヨムでの5100PV突破を確認しました!いつもリネアたちの物語をご愛読くださる皆様、誠にありがとうございます。これからも執筆に励んで参ります。
【挿絵→ミスリル級冒険者《未来穿ち》トワ・アマギリ】
崩れた街路を四脚が蹴り、黒い機体が瓦礫を飛び越える。
ルクスが速度を落としたのは、白地に金の鎧を纏う国王の背が、声の届く距離まで近づいたときだった。
「陛下!」
砲声の合間を縫ってリネアが叫ぶ。ローデリック王は振り返らなかった。
正面では、無数の砲塔を従えたリリエルが、瓦礫の上で今なお無邪気な笑みを浮かべている。
「戻ったか、リネア・ギアライト」
「はい。まだ、戦えます」
「ならば頼む」
なぜ戻ったのかも、何があったのかも問わない。戦場に帰ってきた者へ、王は戦場で果たすべき役目だけを託す。
「ルクス、走って!」
『命令受諾』
ルクスが再加速するその背で、《レーザーディスチャージャー》の連装砲身のすぐ後ろに跨ったリネアは、《バイナリーライフル》の銃床を肩へ押し当てた。
もはや立ち止まって撃てるような戦況ではない。空には十基の副砲が旋回し、地上では二門の主砲が次の砲撃に備えている。足を止めた瞬間、照準を重ねられてしまう。
なればこそ、走りながら撃つしかない。
「あはっ!狙撃手さん、また戻ってきた!」
リリエルが嬉しそうに両腕を広げる。
「今度は逃げないでね!リリエルは、あなたの中身も見てみたいの!」
副砲の一基が旋回する。その砲口がこちらを捉えるより早く、ルクスは石畳を蹴って横道へ跳んだ。
直後、背後で爆炎が立ち上がり、押し寄せた衝撃がリネアの外套を激しくはためかせる。
視界が揺れ、照準が跳ねる。それでも、リネアの右眼だけは標的を見失わなかった。
義眼の黒い眼球に、碧い菱形の光彩が幾重にも浮かび淡く輝く。
それぞれが異なる深度へ焦点を合わせ、砲身の旋回速度、装甲の厚み、内部機構の配置を次々と解析していく。
副砲の装甲が透けて見えるわけではないが、継ぎ目の位置、放熱孔の形、給弾時に生じるわずかな振動、砲身を支える骨格と、そこへ走る魔力伝導路。
それら無数の情報を積み重ねた先に、副砲塔の制御基盤が存在するはずの極めて高精度な予測上の一点が浮かび上がる。
ルクスの背が沈み、次に跳ね上がるまでのわずか一瞬の時が流れる。
リネアは揺れを押さえ込もうとはしなかった。四脚の歩調に呼吸を重ね、銃口が標的を横切る瞬間だけを待つ。
その狙撃を前に、世界から砲声が遠のいた。右眼の奥に焼けつくような痛みが走る。それすらも、今だけは意識の外へ追いやる。
引き金を絞り、銃声が轟く。放たれた徹甲狙撃弾は、走行中の狙撃とは思えぬ精確な軌道で副砲へ吸い込まれた。
制御基盤を覆う前面装甲、その一点だけを穿つ。
弾丸は内部の駆動部を掠め、配線の束を裂き、機構の奥に隠された制御基盤を正確に粉砕した。
浮遊を失った副砲が傾き、明滅する火花を引きながら、鉄塊となって街路へ墜落した。
「……また!?」
リリエルの笑みが、ほんのわずかに引きつった。しかし一発で留められる時間はそう長くないだろう。
義眼を酷使すれば右眼の痛みは頭蓋の奥へ広がり、集中もいずれ途切れてしまう。それでも短時間の狙撃戦に限れば、今のリネアはすでに卓越の域へ足を踏み入れつつあった。
そして、彼女が穿った副砲一基分の穴を、王は見逃さなかった。
「道は開いた!続け!」
ローデリック王が地を蹴る。掲げた長剣へ、赤金の炎が渦を巻いて集った。炎は刀身を覆うだけでは収まらず、その切っ先を遥かに越えて伸びていく。
十メートルを超す獄炎の刃が瞬く間に鍛えられ、その熱に晒されただけで石畳が赤熱し、周囲の大気が悲鳴を上げる。
「【ブレイズ・スロウ】!」
王が魔導詠唱とともに炎剣を振り下ろす。巨大な炎刃の軌跡から、三日月状の巨大な炎の斬撃波が飛翔した。
その進路上の二基の副砲が回避に移るが遅い。炎の斬撃は一基目を斜めに断ち、その奥にいた二基目までまとめて切り裂いた。切断面へ流れ込んだ炎属性魔力が、一拍遅れて膨れ上がる。
連なる二度の爆発が起き、砕けた砲身と装甲片が、炎を纏ったまま雨のように降り注いだ。
「王様まで、リリエルの砲花を散らすの?」
リリエルの頬がぷくーっと膨らむ。
残る七基の副砲が一斉に高度を変え、互いの射線を塞がぬよう広がり、ローデリック王へ砲口を向ける。
その未来を、トワの両眼はすでに見ていた。
「陛下。そのまま、三歩だけ右へ」
それはいつも通りの穏やかな声だった。
場違いなほど柔和な微笑みを浮かべ、トワ・アマギリは魔導和弓へ矢をつがえる。
「三つほど、先に落としておきますね」
未来視が映すのは、数十秒先までに起こり得る無数の軌道。
その中からトワは、三基の副砲が必ず通過する座標だけを選び取った。
弦が鳴り、続けて三射が放たれる。だがそれでは終わらない。指先が霞むほどの速さで矢をつがえ、一矢ごとに濃密な魔力を注ぎながら、異なる角度へ放ち続ける。
矢が辿るのはあまりにも素直な軌道だった。リリエルが片手を振ると、狙われた副砲が散開する。矢は虚空を通り過ぎ、誰もいない空間へ消えていく――はずだった。
「逆巻け、時の流れ――【タイムリバーシング・アロー】」
最初の矢が、消えた。いや、直前に通過した座標へと時間を遡っているのだ。
二本目は一度。三本目は二度。後続の矢はそれぞれ異なる瞬間に過去の座標へ引き戻され、同じ加速区間を再び駆け抜ける。
放たれた順番も、現在の位置も、もはや見た目からは判別できない。
そして遡行のたびに矢へ込められた魔力が重なり、その速度と貫徹力だけが際限なく高まっていく。
「なに、それ……どこにあるの?」
リリエルが初めて、迫りくる攻撃を見失った、次の瞬間。
凄まじい加速を得た全ての矢が、別々の過去から現在へ帰還した。大気が大きく揺らぎ弾ける。
三方向から飛来した矢群が、未来視によって定められた座標へ一斉に突き刺さった。
一基目の砲身が根元から折れ、二基目の浮遊機構が貫かれ、三基目は装甲を穿たれ、立て続けに三基の副砲塔が内部から爆ぜた。
未来における命中を先に定め、そこへ至る矢の時間だけを撹乱する絶技であった。
「お見事です、トワ様!」
スズネの声に、しかし返事はなかった。トワの手から魔導和弓が力なく滑り落ちる。
「トワ様!」
駆け寄ったスズネが、その身体を抱き留めた。未来視の魔眼を限界まで酷使し、すべての矢へ時間遡行の術式を刻んだ代償に、トワの魔力は急激に失われていた。
「すみません、スズネ。少しだけ……立てそうにありません」
「謝る必要などございません!今の御業を前にして誰が――」
そこまでで言葉が止まる。四基の副砲と二門の主砲が、こちらへ向きを揃えていたのだ。
トワを抱えて退くか、それともこの場に残り砲撃を阻むか。
その迷いが生まれるより早く、《ソル・ブレイズ》の騎士二人が駆け込んだ。
「彼女をお預かりする!」
赤金の盾がトワの前へ重なる。スズネは一瞬だけ、腕の中の温もりを手放すことを躊躇ったが、トワが薄く目を開ける。
「スズネ。皆を、お願いします」
「……御意」
その一言で十分だった。スズネはトワを騎士たちへ託し、リリエルへ向き直る。
直後、残された主砲と副砲、六つの砲口に破滅の光が灯った。
「みんなまとめて、消えちゃえ!」
二門の主砲が大火を噴き、続けて四基の副砲が実体弾を斉射した。
大通りを埋め尽くす六条の砲火。そのどれもが、城壁を砕き、建物を呑み、人間など痕跡すら残さず消し飛ばす威力を秘めている。
逃げ場はなく、防ぎ切れる盾もないが、スズネは決して退かなかった。両手を胸元で組み、目まぐるしく印を結ぶ。
「来たれ、常夜。現を呑みて、影に写せ」
足元から急速に黒い影が広がり、夜そのものを磨き上げたような漆黒の鏡面が、スズネの前方へ立ち上がる。そこに映ったのは、迫り来る六条の砲火。
数も、威力も、内包する魔力も、破壊をもたらす質量さえも。寸分違わぬ姿で夜闇の鏡に写し取られ、ただ進行方向だけを反転させる。
「忍魔導術奥義――【映し夜返し】!」
鏡面から、もう一つの斉射が放たれた。六条と六条、正反対の方向に猛進する破壊が、大通りの中央で正面から激突する。
光が世界を白く塗り潰し、音すら遅れて届くほどの衝撃が弾け、王都を揺るがす。相反する力は一歩も譲らず押し合い、互いを削り、最後には同じだけの破壊を喰らい尽くした。
爆風が抜けたあと、砲火は一本たりとも残っていなかった。完全な相殺、その完成である。
「うそ……」
リリエルが、笑うことさえ忘れて唖然と呟いた。その姿を確かめたところで、スズネの膝が石畳へ落ちる。
「っ……」
身体の芯が急速に冷えていく。激しい耳鳴りが砲声を遠ざけ、指先から感覚が失われていく。視界の端が黒く翳り、胃の奥から込み上げた吐き気に呼吸が浅くなった。
この感覚をよく知っている。保有魔力が底を突く直前に現れる、魔力欠乏症の予兆だった。
【映し夜返し】は、敵の攻撃が強大であるほど、それを映し取る側にも莫大な魔力を要求する。
今の一度の行使で、スズネは保有魔力のほぼすべてを支払っていた。
故にもう術は使えない。これ以上無理に一滴でも搾り出せば、今度こそ意識を失うだけでは済まない。
それでも砲火は止めた。トワへ届くはずだった破滅を、ただの一筋も通さなかったのだ。
「よく返した、スズネ!」
爆煙の中から、アルズが飛び出した。砲撃を相殺されたリリエルには、次弾を装填するまでの空白の時間がある。
その一瞬へ、歴戦の槍使いは躊躇なく己のすべてを叩き込んだ。愛槍の穂先に、荒れ狂う風が収束する。
「貫き、穿て――【ピアシング・ストーム】!」
一突きが十へ。十の刺突が百の残像へ。嵐を纏った連続槍撃が、リリエル目がけて降り注いだ。
一撃ごとに装甲を穿つ重さがありながら、その狙いにはわずかな乱れもない。頭部、胸部、肩、そして《マックス・アモー》との接続部。致命点だけを選び抜いた槍の嵐が、少女の姿をずたずたに引き裂こうと迫る。
「させない!」
その直前で、残る四基の副砲のうち、二基が槍撃の嵐へ割り込んだ。
砲身を畳み、厚い底部装甲を前へ向け、即席の盾となる。そこへ槍撃が殺到した。
急速に装甲が抉れ、砲身が千切れ、内部機構が次々と弾け飛ぶ。それでもアルズの穂先は止まらない。
二基の副砲はリリエルへ届くはずだった連撃を受け切り、原形を失った鉄塊となって地へ落ちた。
アルズは着地と同時に槍を振り払い、鋭く舌打ちする。
「身代わりにしたか」
これで十基あった副砲は、残り二基。主砲二門と機関砲塔群はいまだ健在とはいえ、空を埋め尽くしていた砲列は見る影もない。
リリエルの周囲には、砕けた花弁のように無数の残骸が散らばっていた。その小さな肩が震える。俯いた顔から、笑顔が消えていた。
「負ける……?」
零れた声は、ひどく幼い。
「リリエルが?約定を果たせない?ベイカーもいなくなって、ミリアが見守っているこの戦場で……?」
やがて、リリエルは両手で頬を叩いた。顔を上げると、そこには再び笑みがある。
無邪気さを無理やり貼りつけ、その奥で敗北への恐怖を燃やす、歪な笑顔が。
「違う!」
少女の絶叫とともに、《マックス・アモー》の四脚が石畳を踏み砕いた。
「リリエルは誇り高き約定の戦士!決して負けたりなんかしない!」
亀を思わせる巨大な背甲が、左右へ展開する。内部に格納されていた砲弾庫が露出し、無数の給弾腕が生き物の手足のように伸びた。
残る二門の主砲が空中で高速分解され、砲身、冷却器、反動吸収機構、それぞれが回転しながら《マックス・アモー》の背へ接続され、中央で並び立つ巨大な二枚の花弁へ姿を変えた。
残る二基の副砲も折り畳まれ、左右から合体する。小口径機関砲塔群も次々と基部へ集まり、花弁の外側を埋める鋭い花の《がく》となる。
やがて給弾路が一つに結ばれ、冷却機構が連結された。
分散していたすべての照準器が、中央の一点へ収束していく。
「総員、下がれ!」
ローデリック王の命令が飛ぶが、変形は止まらない。
《マックス・アモー》の脚部が深く地面へ食い込み、王都近郊の大地そのものを砲座として固定する。背甲の装甲板が幾重にも開き、砲弾と魔力のすべてを中央へ送り込む巨大な花を形作っていく。
その花芯に生まれた座へ、リリエルは軽やかに腰を下ろした。
これは砲列ではない。もはや、それ自体が一輪の超大型砲撃機構だ。
散らされたはずの砲火の花が、すべての花弁を一つへ束ね、より禍々しく咲き直す。
リリエルが両腕を天へ掲げた。
「咲き誇れ!砲火の花よ!今こそ人界に終焉をもたらして!」
巨大砲の最奥に、太陽を思わせる光が灯る。
空気が震え、大地が軋み、そこにいる誰もが本能で理解する。あれを撃たせてはならない。
ローデリック王が長剣を構える。アルズが《ストームピアサー》を引き戻す。
魔力をほぼ失ったスズネでさえ、震える脚へ力を込めようとする。
誰もが急速に組み上がった巨大砲へ目を奪われていた。
その目まぐるしい戦況の中でただ一人、リネアだけは砲撃機構を見ていなかった。
ルクスはすでに足を止め、崩れかけた建物の陰で低く身を伏せている。その背で、リネアは次弾を装填していた。
《アルゴス・レプリカ》に浮かぶ碧い菱形光彩が、一つ、また一つと重なっていく。
狙うべきは主砲ではなく、副砲でもない。
無数の装甲と火器を従え、砲火の花の中心に座す少女。
リネアは次弾の照準を、リリエル本人へ合わせていた。
いよいよクライマックスだァぁぁっ!




