第54話 破滅は二度花開く
今回少し長めの一話となります。ご休憩など挟みつつお読み頂けますと幸いです。
【挿絵→プラチナ級冒険者スズネ・クロバネ】
王都郊外では、いまだ滅都の花が咲き誇っていた。
アーキテクト第四席次リリエルの砲撃によって抉られた大地には無数の魔導ゴーレムが転がり、その残骸を踏み越えて赤金色の騎士たちが前進している。
王国最精鋭騎士団
炎を纏う軍旗の先頭で、国王ローデリック・リンドヴァルは馬上から炎剣を振るった。
「左翼、重装型を押し留めよ!中央は足を止めるな!敵本体まで一息に駆け抜けるぞ!」
号令とともに、幾重もの炎槍が夜空を駆けた。
迫り来る人型ゴーレムの胸部を貫き、獣型ゴーレムの脚部を焼き切り、飛行型の翼を溶かして地上へ墜とす。
その合間を縫うように、一筋の矢が走った。トワ・アマギリの放った矢が、炎槍を免れた飛行型ゴーレムの眼部へ吸い込まれる。
機体が傾いた瞬間、地上を駆ける黒い忍び装束の少女がその影へ短刀を突き立てた。
「【影縫い】」
スズネ・クロバネの足元から走った亀裂が、飛行型ゴーレムの影と重なる。
落下しかけていた機体が、空中で不自然に静止し、そこへ後続の炎槍が殺到する。爆炎の中で、金属の翼が砕け散った。
「次は正面、もうすぐ砲撃が来ます」
トワが弓へ新たな矢をつがえながら告げる。
その両眼の魔眼には、まだ起きていない未来の光景が映り続けていた。
「右へ散開してください。左へ避けると、二基目に狙われます」
「全軍、右へ!」
ローデリック王が即座に命令を重ねる。直後、白い閃光が騎士団の左方を薙ぎ払う。
轟音とともに大地が弾け、土砂とゴーレムの残骸が夜空へ舞い上がった。
トワが未来を読み、ローデリック王が軍を動かし、スズネがわずかな隙を影で現実へ縫い留める。
さらに後方から追いついたアルズ・カスケードが《リフレクトバックラー》を掲げて騎士たちの側面へ滑り込んだ。
小口径機関砲塔から放たれた無数の弾丸が、湾曲した小盾の表面へ殺到する。
アルズは腕力で全てを受け止めようとはしなかった。盾の角度を細かく変え、衝撃を受け流す。
火花が咲くたびに跳弾が軌道を変え、進路を塞ぐゴーレムの関節へ突き刺さった。
「陛下、右側の機関砲は私が引き受けます!」
「任せる!だが、決して無理はするな!」
「承知しました!」
アルズは砲弾の雨へ怯むことなく踏み込み愛槍を振るう。
風を纏った穂先が人型ゴーレムの胸部を貫き、その背後の機体までまとめて吹き飛ばした。
そうして冒険者たちの加勢を得つつ、国王の軍勢は確実にリリエルへ近づいていた。
立ち塞がる魔導ゴーレムの数も、既に当初の半分以下まで減っている。
リネアの狙撃とアルズの援護によって破壊されたものを含め、多重砲撃空間陣を形成する浮遊副砲も四基しか残されていない。
ここにきて戦場にいる誰もが、わずかな希望を抱き始めていた。
だが、その希望を嘲笑うように、軽やかな声が戦場全域で響く。
「魔導ゴーレムちゃんたちも減ってきちゃったし、そろそろもっかい主砲、出しちゃおっか!」
屈託のない喜声だった。大勢の兵士を殺してきた者の言葉とは思えないほど、明るく、幼く、楽しげだ。
浮遊する花を模した椅子に腰掛け、リリエルは両手を合わせる。その左右で、戦いが始まってから一度しか動いていなかった二基の巨砲が目を覚ました。
白い装甲が、花弁のように大きく開いていく。
内部に折り畳まれていた長大な砲身が伸長し、幾重もの環状機構と魔導術式が砲身を取り囲んだ。
これまで国王軍を苦しめてきた副砲とは、比較にもならない。砲口だけで人間の背丈を上回るだろう。
それが空中で左右から首をもたげ、ゆっくりと国王軍へ向けられていく。
次の瞬間には大気中の魔力が長大な砲身へと吸い寄せられた。凍えるほど冷たい魔力と、皮膚を切り裂くように鋭い魔力。
二つの異なる属性が渦を巻き、王都郊外の空を二色に染め上げる。
さらに、大地が震え始めた。リリエルの背後で地面が割れ、土砂を押し退けながら六基の浮遊副砲が姿を現す。
白い砲塔が次々と上空へ昇り、残存していた四基とともに整然とリリエルを讃えるかのように周囲へ広がった。
「あ、勢い余って隠してた子たちも出しちゃった……失敗失敗ッ♪」
リリエルが舌をわずかに覗かせ、可憐な仕草で頭を小さく傾ける。
決死の思いで四基にまで減らしたはずの副砲は、これで十基となった。
さらに二基の大型主砲に加え、その隙間を埋める複数の小口径機関砲塔。
それらが一斉に位置を変え、上下左右から国王軍を包囲する。
砲塔の一つから逃れれば、別の砲塔の射線へ入るような隙のない布陣。
伏せれば上空から撃ち抜かれ、散開しても副砲によって分断される。
主砲を守り、最大の火力を発揮させるために築かれた、完成された多重砲撃空間陣。
そこへ、戦場随伴給弾機兵マックス・アモーが動き出す。砲弾を満載した巨体からは想像もできない速さだった。
大地を揺らして主砲へ駆け寄ると、装填腕で人間数人分もの大きさを持つ弾体を持ち上げる。
一発目が左の主砲へ。二発目が右の主砲へ。それぞれの装填機構が弾体を呑み込み、重々しい金属音を響かせて閉鎖される。
トワの顔から血の気が引いた。彼女の未来視に映る無数の砲口。その全てへ最善の対応をすることなど到底できない。
だが、それでも主砲の動向だけは見失わなかった。
環状機構の回転。装填された実体弾へ幾重にも重なっていく砲撃術式。照準を微調整する砲身の傾斜。
既に発射まで、十秒も残されていないだろう。
「陛下!敵主砲二基とも発射態勢に入っています!」
トワの警告に、ローデリック王は一瞬たりとも迷わなかった。
「全軍、二手に分かれよ!」
王剣が主砲を真っ直ぐに指す。
「半数は防御!炎壁を重ね、砲撃から後陣を守れ!残る半数は余とともに突撃する!」
赤金色の騎士たちが、迅速に左右へ分かれた。防御を命じられた騎士たちが盾を並べ、地面へ剣を突き立てる。
注ぎこまれた膨大な魔力の先で幾十もの炎が一本に結ばれ、巨大な紅蓮の障壁となって国王軍の前方へ立ち昇った。
攻撃を命じられた者たちはローデリックのもとへ集まり、馬を駆る王とともに前進する。
「主砲だけは撃たせるな!」
国王の叫びが戦場を震わせるのに合わせて、トワが鋭く矢を放つ。
その矢が狙うのは主砲の砲口ではない。その側面で回転する、属性魔力の制御環だった。
矢が環状機構の隙間へ突き刺さるが、主砲砲身を覆う分厚い魔力障壁に阻まれ、甲高い音とともに弾かれた。
「スズネ!」
「承知!」
今度はスズネが地面へ両手をつく。主砲が放つ青白い光によって、その巨大な影が大地へ伸びている。
練り上げられた土属性の濃密な魔力が地中を駆け、その影へ食らいついた。
「【影縫い】!」
右側の主砲が大きく揺れた。砲身を動かそうとする浮遊機構と、影を地上へ縫い留めるスズネの渾身の魔導術が拮抗する。
スズネの両腕が震え、指先からは血が滲む。それでも彼女は、短刀を握る手を地面から決して離さない。
「トワが示した道を……閉ざさせはしません!」
アルズが機関砲弾を盾で弾きながら、その横を駆け抜けた。身を低くし、砲撃と砲撃の間へ果敢に飛び込む。
「私が装填機構を止めます!」
腕を引き絞り《ストームピアサー》を剛腕で投擲する。風の螺旋をまとった槍が、マックス・アモーの装填腕へ迫った。
しかし投槍が直撃する寸前、浮遊副砲が軌道上に割り込む。副砲塔の魔導障壁が槍の側面へ衝突し、軌道を逸らした。
それでも《ストームピアサー》は回転しながら主砲の装填部を掠め、白い装甲へ深い傷を刻む。
先頭に立つローデリック王が馬をさらに加速させた。残った彼我の距離はわずか。
王剣へ炎をまとわせ、リリエルへ至る道を塞ぐ副砲を斬り払おうとするが、その眼前へ迎撃に三基の副砲塔が並んだ。
「陛下、止まってください!」
後ろから叫ぶトワの声に、ローデリック王は手綱を引いた。
次の瞬間、馬の鼻先を三条の閃光が横切る。あと一歩でも進んでいれば、王の身体は馬ごと消し飛んでいただろう。
国王軍の突撃は止められない。誰も怯んではいないし、誰一人として、役目を放棄してはいないからだ。
それでも、届かない。勇気も、忠義も、技量も、全てを尽くした上でなお、敵の火力と術はそれらを上回っていた。
リリエルが、楽しげに右手を上げる。
「それじゃあ、いくよ!」
十基の副砲が上空から一斉に大火を噴いた。国王軍の紅蓮の炎壁へ無数の砲弾が殺到する。
爆発が重なり、炎壁が大きく揺れた。騎士たちが魔力を込めて歯を食いしばる。
盾を支える腕が折れようと、鎧が砕けようと、決然として誰も退かなかった。
しかし、その副砲群の砲撃は、主砲を守るための攻撃ではなかった。
その本質は炎壁を維持する騎士たちの動きを封じ、逃げ道を奪うための準備砲撃に過ぎなかったのだ。
二基の主砲を取り巻く環状機構が、同時に停止する。
「主砲発射っ!えいっ!」
可憐な掛け声とともに、最初の破滅が花開いた。
左側の主砲が発射され、夜空を引き裂いたのは、光ではなかった。幾重もの氷属性魔力をまとった、巨大な実体弾だ。
砲口から吐き出された瞬間、空気中の水分が凍りつき、白い軌跡となって戦場を貫いていく。
豪速で飛翔した主砲弾が紅蓮の炎壁と衝突する。炎と氷が拮抗したのは、ほんの一瞬だった。
鋭い高位魔術同士の激突を意味する魔術干渉波が吹き荒び、高音が爆発的に響く。
次の瞬間には王国最精鋭の騎士たちが重ねた炎壁に、白い穴が穿たれた。
実体弾は魔導障壁に阻まれても勢いをまるで失わない。
盾を構えていた騎士を貫き、その後方の騎士を巻き込み、さらに後ろにいた者たちまで一直線に破滅の光へ呑み込んでいく。
砲弾に触れた鎧が凍りつく。炎を纏っていた剣が白く染まり、砕けた。
直撃を免れた者も無事ではなかった。
砲弾の周囲で爆発的に広がった冷気が、騎士たちの手足を、地面を、燃え盛る炎さえも凍結させていき、吐いた息が白く固まる。
赤金色の軍旗が凍りつき、風もないのに砕け落ちた。炎の騎士団が築いた防御陣の中央に、極寒の道が生まれていた。
「まだです!全員、伏せてください!」
トワが必死に叫ぶ。その魔眼に映る未来視が、次なる破滅を予見していた。
だが、凍りついた者たちは動けない。仲間を助けようと手を伸ばした者も、冷気に脚を奪われている。
「まだ、終わっておらぬ!散れ!」
ローデリック王が声を限りに叫んだその直後、二度目の破滅が花開いた。
右側の主砲が、風属性魔力を纏った大型実体弾を撃ち出す。
一発目が作り上げた白い氷の道。その中心を、二発目の砲弾が寸分違わず通過した。
その瞬間、凍りついた全てが激しく砕け散った。
盾が、剣が、鎧が、地面が、建物の残骸でさえも。
そして、逃げることさえできなかった騎士たちが。
砲弾の進路上に存在したものは、形を保つことを許されなかった。
風属性魔力が生み出した極大の暴風が、砕けた破片を巻き上げる。
白い吹雪の中へ赤金色の欠片が混じり、人であったものさえ見分けられなくなっていく。
追い打ちに爆風が国王軍へ襲いかかり、生気を失った兵士たちの身体が宙を舞う。
馬が悲鳴を上げ、冒険者たちが大地を転がる。さらに続いた副砲群の一斉砲撃によって、辛うじて保たれていた陣形は内側から引き裂かれるように崩壊した。
ローデリック王の乗っていた馬も暴風に煽られ、前脚を跳ね上げた。
「陛下!」
その馬体が横転すると、ローデリック王は地面へ叩きつけられ、何度も土の上を転がった。
白地に金色の全身鎧が砕けた石と氷に削られ汚される。王の剣が手を離れ、大地へ突き刺さった。
音が遠ざかっていく。視界を覆うのは、氷の白と、燃え残った炎の赤。
先ほどまで整然と並んでいた《ソル・ブレイズ》の姿は、もうどこにもなかった。
立っている者より、倒れている者の方が遥かに多い。
少女が放ったのはたった二発だ。
その二発だけで、国王軍の陣形は半壊していた。
ローデリック王は腕を地面へつき、どうにか身体を起こす。
胸当てに大きな亀裂が走っており、左肩の装甲は失われ、額から流れた血が片目へ入り込んだ。
それでも、王は自らの脚で立ち上がった。
「化け物め……」
そして忌々しげに吐き捨てる。
その遠くでは、リリエルが満面の笑みで手を叩いていた。
「わあ、きれいに咲いた!」
その声を聞き、ローデリック王は地面へ突き刺さった剣を引き抜いた。
周囲を見渡せば、凍りついた騎士、瓦礫の下でもがく兵士、折れた軍旗を握り締めたまま動かなくなった者が次々と目に入る。
彼らは数字ではない。一人一人に名があり、家族があり、守ろうとした暮らしがあった。
王の命令に従い、この場所まで勇気を持って来た者たちだ。
ならば、王が彼らより先に膝を屈することだけは許されない。
「生きている者は返事をせよ!」
ローデリック王の覇気ある声が、破壊された戦場へ響いた。
すぐに返事はなかったが、やがて、瓦礫の向こうから掠れた声が上がる。
「……ここに!」
「私も、まだ……!」
「第二隊、五名生存しております!」
声が一つずつ重なっていく。ここにきて、ローデリック王は再び剣を掲げた。
「陣形を捨てよ!」
生き残った者たちが王を真っ直ぐに見る。
「もはや整列する必要はない!互いに規則だった動きをすれば、再びまとめて撃ち抜かれる!」
炎を失った軍旗に代わり、王の剣が夜空の一点を指した。
「ここから先は軍勢としてではなく、一人の戦士として動け!傷ついた者を守り、己にできることをせよ!」
「陛下、しかし……」
「王命である!死者を悼むのは生きて帰ってからだ!」
ローデリック王は次なる一歩を踏み出した。その脚は震えている。
鎧の内側では、折れた肋骨が呼吸のたびに痛んだ。それでも歩みは止めない。
「余はここにいる!」
熱波で焼けついた喉を震わせ声を張り上げる。
「余が立っている限り、リンドヴァル王国は敗れておらぬ!王都も、そこに生きる民も、まだ滅びてはいない!」
視界の端で俯いていた騎士が顔を上げた。折れた剣を杖にして、立ち上がる。
別の兵士が瓦礫の下から仲間を引きずり出す。凍りついた軍旗を失った騎士は、残った炎を自らの剣へ灯した。
「化け物一匹に、この国の明日をくれてやるほど――余は寛容ではないぞ」
覚悟に生きるローデリック王の隣へ、三つの人影が集まった。
トワ、スズネ、アルズだ。三人とも当然無傷ではない。
トワの額からは未来視の酷使による血が流れ、スズネの両手は連続使用してきた【影縫い】の反動で裂けている。
アルズの《リフレクトバックラー》にも無数の亀裂が走り、鎧の脇腹は機関砲弾に抉られていた。
それでも、三人の目から戦意は失われていない。
「陛下」
トワが荒い息を整えながら口を開く。
「全員で進める道は、もうありません」
ローデリック王は黙って続きを促す。
「ですが、一人ずつなら通せます。砲塔の動きを読み、私が順番に道を示します」
「承知した。余にも遠慮なく指図せよ」
「よろしいのですか?」
「戦場で役目を果たす者に、王も冒険者もない」
トワはわずかに目を見開き、やがていつものように柔らかく微笑んだ。
「分かりました。それでは陛下も、私たちにお付き合いください」
スズネが短刀を構え、トワの半歩前へ立つ。
「トワが見つけた道は、私が必ず現実へ縫い留めます」
「では、動けなくなった砲塔は私が崩しましょう」
アルズが愛槍を手元へ呼び戻す。
凜とした眼差しをリリエルへ向け、盾を構え直した。
「今度こそ、装填機構を止めます。陛下、私が先陣をお預かりしても?」
「任せよう。三人が開いた道は、余が必ず焼き広げる」
軍の秩序は砕かれた。ならば、冒険者の戦い方へ切り替えるのみ。
魔物は陣形など待ってはくれない。地形も、天候も、依頼の条件も、そのたびに違う。
決められた手順ではなく、己の技量と仲間への信頼だけで窮地を切り抜ける。それが、冒険者だった。
「アルズさん、右へ五歩進んで、次の連射を受けたら、その場で伏せてください」
「承知しました!」
アルズが駆けるその死角を機関砲塔が追った。
背後から無数の弾丸が降り注ぎ《リフレクトバックラー》の表面が火花を散らす。
アルズが身を伏せると、直前まで頭のあった場所を砲弾が通過し、その先に浮かんでいた副砲へ直撃した。
そうして副砲の砲身が大きく傾く好機が訪れる。
「スズネ、今です」
「【影縫い】!」
傾いた砲身の影へ短刀が突き刺さり、空中で浮遊副砲が停止した。
アルズは地面を蹴り、立ち上がりざまに《ストームピアサー》を振るう。
風を纏った穂先が副砲の姿勢制御部を貫き、機体を別の砲塔へ叩きつけた。二基の砲門が絡まり合い、一時墜落する。
「陛下、左へ二歩!」
トワの声に従い、ローデリック王が機敏に身をずらす。
その頬の横を砲弾が掠めた。王は熱と痛みに顔を歪めながらも、前進を続ける。
正面に回り込んだ小口径機関砲塔を剣で下から斬り上げると、赤金色の炎が装甲の隙間へ入り込み、内部から機構を焼き尽くした。
「次だ!」
「前方、五秒後に副砲が交差します。少しだけ止まってください!」
左右から放たれた砲弾が、眼前で衝突した。爆炎が互いの軌道を逸らす。
「――今です!」
ローデリック王は迷わず炎の中へ飛び込んだ。白金の鎧を焼かれながら駆け抜け、その後ろへ生き残った《ソル・ブレイズ》が遅れず続く。
整列はせず、それぞれが異なる方向から敵へ迫り、負傷者を庇い、砲塔の死角を作る。
リリエルの浮遊砲塔群が、初めて標的を絞り切れずに揺れた。
「すごいすごい!」
花の椅子から身を乗り出し、リリエルが無邪気に笑う。
「軍隊だったのに、急に冒険者みたいになった!」
副砲の照準がさりげなくトワへ向く。未来視による指示が厄介だと理解したのだ。
スズネは迷わず、その射線へ身を投じる。
「トワには触れさせません!」
短刀を投擲すれば、その刃が副砲の影へ突き刺さり、砲口がわずかに下を向いた。
射線を逸らされて放たれた砲弾が地面を抉り、爆風が二人を吹き飛ばす。
スズネは背中から大地へ叩きつけられたが、それでもすぐに身を起こし、咳き込みながらトワを探す。
「トワ、ご無事ですか!」
「はい。ありがとうございます、スズネ」
「それなら何よりです」
トワの返事を聞いた瞬間だけ、スズネの表情が安堵に緩む。
次の砲撃が来るより先に、二人は再び走り出した。
その間にアルズは砲塔の間を抜け、マックス・アモーの足元へ到達していた。
巨体が主砲の次弾を取り出そうと動いている。
「させません!」
アルズは演算阻害弾を放った。銀色の粒子がマックス・アモーの頭部を包み、その動きを一瞬だけ鈍らせる。
その隙に踏み込み、全身の力を乗せて《ストームピアサー》を装填腕の関節へ突き立てた。
接触と同時に風属性魔力が内側で炸裂すると、重厚な装甲が歪み、関節部へ亀裂が走った。
だが、まだ破壊には至らない。マックス・アモーが腕を振り払う。
「くっ……!」
アルズの身体が宙を舞った。《リフレクトバックラー》から地面へ落ち、亀裂の入っていた盾が完全に割れる。
それでもアルズは槍を手放さなかった。片膝をつき、血の滲む口元を拭う。
「まだ……終わってはいない!」
三人が作り上げた隙へ、ローデリック王が突入する。残る副砲が王へ照準を集中させた。
王である自分が、最も目立つ標的であることは分かっている。だからこそ、ローデリック王は退かないのだ。
「余を見よ、王国の敵よ!」
王剣を掲げ、リリエルへ正面から迫る。
「貴様が狙うべきリンドヴァルの王は、ここにいるぞ!」
副砲が容赦なく火を噴いた。王は素早く身を捻り、一発目をかわす。
さらに二発目を剣で受け流し、三発目の爆風を背中へ受けながらも一気に前へ出る。
白金の鎧が砕けていくが、それでも足を止めない。
ローデリック王へ狙いが集まったことで、トワたちを追っていた砲口が減った。
生き残った騎士たちが負傷者を安全な場所へ運び始める。
王は自らを囮にして、彼らが生き延びる時間を作っていた。
そしてついに、その王剣がリリエルへ届く距離まで迫る。
「もらった!」
炎を濃密に纏った刃が振り下ろされる。しかし、そのタイミングで十基の副砲が一斉に位置を変えた。
砲塔群そのものが魔導障壁を展開した壁となり、ローデリック王の剣を受け止める。
副砲塔の白い装甲へ深い傷が刻まれたものの、リリエルには届かない。
「惜しいね!」
花弁の椅子に腰掛けたまま、リリエルが嬉しそうに笑った。
「じゃあ今度は、もっと近くから撃ってあげるね!」
浮遊砲群が再度配置を変える。先ほどよりも狭く、逃げ場のない多重砲撃空間陣へと。
ローデリック王たちを中心として、砲塔が巨大な花のように開いていく。
その背後で、マックス・アモーが再び動き出していた。
アルズに穿たれた装填腕から火花を散らしながらも、次なる主砲弾を持ち上げる。
そこでスズネがその影へ短刀を突き立てた。
「止まりなさい!」
影が縫われる強力な拘束力に、巨体の動きが一瞬止まった。
しかしマックス・アモーは力任せに腕を持ち上げ続ける。
やがて縫い留められた影が、地面ごと引き剝がされ、スズネの短刀が弾け飛ぶ。
トワは未来視を凝らした。主砲へ運ばれていく弾体、周囲を塞ぐ副砲、絶え間なく弾丸を吐き出す機関砲塔。
右へ避けても死ぬ、左へ逃れても間に合わない、伏せれば副砲に撃ち抜かれる。残された全ての道が、破滅へつながっていた。
「……道が、ありません」
トワの声が初めて震えたとき、スズネが彼女の前へ立つ。
アルズも割れた盾を捨て、《ストームピアサー》を両手で構えた。
ローデリック王はそんな三人を庇うように、主砲の正面へ進み出る。
もう防げないことは分かっている。
王国最精鋭の騎士たちが束になっても、最初の二撃を止められなかった。
傷ついた王一人の剣で受け止められるはずがない。
それでも、背を向けることだけはしなかった。
「よく戦った」
ローデリックは振り返らずに、王国を背負ってきたその大きな背で三人へ告げる。
「だが、まだ終わりではない。最後の瞬間まで目を開けよ。活路とは、探すことをやめた者から見えなくなるものだ」
マックス・アモーの装填腕が、砲弾を給弾口へ運ぶ。
アルズの攻撃で亀裂の入った関節が悲鳴を上げるが、巨大な弾体は主砲へ呑み込まれようとしていた。
それを満足気に眺めていたリリエルが、再び手を上げる。
「もう一回、きれいに――」
その時だった。一つの銃声が遅れて響く。
王都側から飛来した一発の弾丸が、碧い魔力光の尾を引いて戦場を一直線に貫いていた。
その弾丸が狙ったのは主砲でも、マックス・アモーの装甲でもない。
アルズの《ストームピアサー》によって亀裂の入っていた、給弾腕の関節だ。
弾丸はそのわずかな隙間へ吸い込まれるように直撃した。
内部で弾丸に込められていた術式が弾け、衝撃が亀裂を押し広げ、装填腕が肘から崩壊した。
それにより、巨大な主砲弾が給弾口の手前で落下する。
「えっ?」
リリエルが初めて、笑み以外の表情を浮かべた。
落下した砲弾が地面へ沈み、大地が揺れる。
誰もが狙撃弾の飛来した王都の方角を振り返った。崩落した城門から、黒鋼の四脚機兵が躍り出る。
四本の脚が大地を蹴るたび、その巨体が凄まじい速度で戦場を駆け抜けていく。
碧い単眼に人型の上半身をもつその機体は、左腕側面に格納された可変盾を展開し、追撃の機関砲弾を弾き返した。
戦場へ駆け付けるルクスの背には、煤と血で汚れた外套をまとう少女が乗っていた。
大型の専用狙撃銃を構え、碧い義眼でリリエルを見据えている。
「遅くなりました、陛下」
リネア・ギアライトは、銃口を敵から逸らさないまま告げた。
「リネア・ギアライト、ルクス――これより援護します」
ローデリック王は、傷ついた顔に不敵な笑みを浮かべた。
「よくぞ来た。待ちかねたぞ、王国の狩人よ!」
王は取り戻した覇気で再び剣を構える。
主砲の砲撃を止められたリリエルは、動揺していなかった。
むしろ花弁の椅子から身を乗り出し、心底楽しそうに目を輝かせる。
「あっ、来てくれたんだ!」
無数の砲塔が、一斉にリネアとルクスへ向けられる。
「私のお花をずっと折ってた、狩人ちゃん!」
リネアの碧い右眼と、リリエルの無邪気な機械眼が、砲火の向こうで初めて正面から交差した。
二度花開いた破滅のただ中へ。
ついに、その花を狩る者が辿り着いた。




