第53話 もう一度立つ理由
リリエルの浮遊副砲が、再び王都防壁へ砲口を向けた。
白い砲身を取り巻く環状機構が高速で回転し、空気中の魔力を貪るように吸い上げていく。収束していく破滅の光が、炎上する王都を青白く照らした。
「リネア、援護を」
アルズの声に、リネアは理由を尋ねず、ただ信頼を胸に《バイナリーライフル》を抱えたまま横へ跳ぶ。
直後、アルズの放った演算阻害弾が増速しつつ副砲へ向かって滑空する。演算阻害弾は副砲まで届かず、その手前で炸裂した。
銀色の粒子が空中で幕のように広がり、浮遊副砲の照準をしばらく狂わせる。
砲口が揺れ、放たれた閃光は防壁を外れて石塔の先端を掠め、夜空の果てへ消えた。
そのわずかな隙に、アルズが愛槍を全身の力と魔力を込めて投擲する。
風を纏った槍は、浮遊副砲の装甲を貫こうとはしなかった。砲身の側面を掠め、姿勢制御用の翼を強引に跳ね上げる。
たまらず副砲が傾き、装甲の継ぎ目が開いて砲身と浮遊機構をつなぐ環状の接合部が露出する。
そこへ、タイミングを合わせてリネアの碧い義眼の右眼が狙いを定めた。
距離、風向、射線上を落下する瓦礫、回転する接合部が、次に最も大きな隙間を見せる瞬間。
義眼が瞬時に無数の数値を並べる。だが、引き金を引く時を決めるのは義眼ではない。
何百、何千と繰り返してきた訓練と、アルズが作った一瞬を信じるリネア自身だ。
「狙撃術式梱封――【ハンマーダウン】」
バイナリーライフルの内部で、狙撃魔導術の発動とともに二重の魔導回路が重なった。
銃声と同時に肩を打つ重い反動。夜気を裂いた弾丸が副砲の接合部へ吸い込まれ、刻み込まれた術式を解放する。
見えない巨槌が上空から振り下ろされたかのような轟音と剛撃に、浮遊副砲が大きく沈む。
歪んだ環状機構へ、遅れて弾丸の衝撃が内側から激しく弾けた。
白い装甲が砕け散り、回転軸が折れる。制御を失った巨砲は黒煙を噴きながら落下し、無人となった街区へ突き刺さった。
「命中です」
「見事だね、流石は私の妹弟子」
アルズが短く笑い《ストームピアサー》を手元へ呼び戻す。
その時、王都中央から再び軍鼓が鳴り響いた。炎に照らされた大通りを、赤金色の鎧に身を包んだ一団が進んでいく。
王国最精鋭騎士団、その先頭には、国王ローデリックの姿があった。
王は燃え盛る王都を背に、郊外へ陣取るリリエル本体へ向かっている。左右にはトワとスズネが続き、後方では冒険者と兵士たちが紅蓮の軍旗のもとへ集まり始めていた。
恐怖を知らない者たちではなく、傷つき、倒れ、それでも守るべきもののために立ち上がった者たちだ。
「陛下が道を開くおつもりだ」
アルズは遠ざかる軍旗を見つめた。
「私も行く。あの御方を、リリエルのもとまで無事に送り届けないとね」
「私も――」
「君はルクスと合流した方がいい」
それは穏やかな言葉だったが、判断に迷いはなかった。
「これから先、砲撃はさらに激しくなる。君たちは二人で一つの戦場を駆けるんだろう?」
リネアは、遠く離れた場所にいる相棒の視界へ意識を伸ばすと、一瞬だけ視界が二つに分かれる。
燃える建物の間を駆け抜ける黒鋼の四脚。碧い単眼が崩落した街路を見渡し、リネアとの合流経路を探しているところだった。
こめかみに鋭い痛みが走り始めたので、リネアはすぐに視界の接続を切る。
「……南側の大通りで合流できます」
「なら、行っておいで」
アルズは《リフレクトバックラー》を構え、防壁から飛び降りる直前に振り返った。
「また後で、リネア」
「はい。アルズさんも、ご無事で」
これが今生の別れになってもおかしくない切迫した戦況にあるからこそ、アルズは普段通りに頷き、王の軍旗を追って振り返らず炎の中へ消えていった。
リネアも《バイナリーライフル》を背負い直し、防壁の階段を駆け下りる。
次の狙撃地点へ。そして、ルクスのもとへ。
その途上で、彼女の碧い義眼が大通りの外れに残された血痕を捉えた。
▲▽▲―――▲▽▲
「西へ退け!そこにいると次が来るぞ!」
カイルは声を張り上げ、上空へ狼煙矢を放った。
赤い光の尾を引く矢が、瓦礫に塞がれていない退路を《暁の剣》の仲間たちへ伝える。
斥候として先行していたカイルと、後方のレオンたちの間には、崩落した建物が横たわっていた。
先ほどの砲撃で道が分断されたのだ。
「カイル!そこから離れて!」
炎の向こうで、ミーナの切羽詰まった声がする。
「分かってる!お前らは先に負傷者を――」
言葉の途中で、周囲から音が消えた。強い違和感にカイルは反射的に空を見上げると、夜空に白い破滅の光があった。
リリエルの周囲を飛び交う無数の砲塔。その一つが放った凶弾が、尾を引きながらこちらへ迫ってくる。
もう回避は間に合わないと本能で察し、カイルは弓を構えた。撃ち落とせるとは思っていない。
それでも、後方には仲間がいる。せめて砲撃の軌道を逸らそうと、残った魔力を一本の矢へ注ぎ込んだ。
「させるかよ……!」
白い光を宿した矢が放たれ、それは空中で凶弾と接触し、弾道をわずかにずらした。
直撃だけは免れたが、地面へ落ちた砲弾は、カイルのすぐ傍で強かに炸裂する。
白光が視界を塗り潰す間に身体が宙へ投げ出され、何度も石畳を転がった。
ようやく音が戻ってきた時、耳を満たしたのは遠い鐘のような耳鳴りだった。
「……っ」
起き上がろうとして、身体が動かないことに気付き、腰から下へ力を込める。
しかし何の反応もなかったので、カイルは震える腕で上体を起こし、自分の身体を見た。
両脚の感覚がないのではない。両脚そのものが、なかった。
砲撃に抉られた石畳へ、夥しい血が広がっていく。
「嘘、だろ……」
弓を握ろうとした指が思わず震える。ずっと、この脚で戦場を駆けてきた。
足場を選び、敵の死角へ回り、誰よりも早く危険を見つける。それが《暁の剣》における自分の役目だった。
もう立てない。もう走れない。もう、冒険者ではいられない。
そう自覚した瞬間、弓使いの斥候として追い続けてきた道が、あまりにも唐突に途切れた。
「レオン……ミーナ……エリス」
確かに呼んだはずの声は、か弱い息にしかならない。離れた場所で仲間たちが自分を呼んでいるのが聞こえる。
しかし、崩れた街並みと炎が互いの姿を遮っていた。
カイルは腕だけで仲間達のもとへ進もうとし、石畳に爪を立て、身体を引きずる。わずかに動くたび、失われた脚から血が溢れた。
だが数歩分にも満たない距離で、腕から力が抜ける。燃える王都の真ん中にいるはずなのに、身体の内側から凍っていくように冷たさが広がっていく。
そうして視界が暗くなり始めた、その時だった。
「――カイル?」
聞き覚えのある声がしたが、すぐに幻聴だと思った。
今、この場所にいるはずのない声だったからだ。
「カイル!」
瓦礫を蹴る足音が近づいてくるので、カイルが辛うじて顔を上げると、炎の向こうから一人の少女が駆けてきていた。
煤で汚れた外套。背に負った、見慣れない大型の狙撃銃。そして、夜の中で鮮やかな碧い光を放つ右眼。
「リネ、ア……?」
「喋らないで。すぐ止血するから」
リネアはカイルの傍らへ膝をついた。血に怯むことも、失われた両脚から目を逸らすこともない。
腰の救急具から二本の止血帯を抜き、傷口より上へ巻きつける。細い腕で締め上げ、出血が弱まったことを義眼で確認すると、残った治癒薬を迷わず使った。
「カイル。私を見て」
頬をぺちぺちと軽く叩かれる。
「目を閉じないで。私の声、聞こえる?」
「聞こえ、てる……」
「もうすぐ運ぶから。少しだけ我慢して」
その顔を見ているうちに、カイルの脳裏へいくつもの光景が蘇った。
銅級だった頃のこと。慣れない依頼で傷だらけになり、野営地へ戻った夜。
リネアは皆が眠った後も、一人で欠けた剣と傷んだ防具を直していた。
銀級へ上がった頃。戦闘に加われない彼女へ苛立ちをぶつけた。
『修理しかできないなら、せめて足を引っ張るなよ』
『また俺たちに守られてたのか』
『お前がいても、戦える奴が一人減るだけだろ』
何年も吐き捨ててきた言葉が、今になって一言残らず自分へ返ってくる。
守られていたのは、どちらだったのか。
折れた弓を直してもらった。裂けた革鎧を、次の戦いに間に合うよう繕ってもらった。
命を預ける道具を何度も救われながら、その価値を一度も見ようとしなかったのは自分ではないのか。
そして今、立つことさえできなくなった自分を助けようとしているのも、あれほど見下してきたリネアだ。
「……すまねぇ」
声が震える。
「リネア……本当に、すまねぇ……」
リネアの手が一瞬だけ止まった。
「俺は何年も、お前に嫌味ばかり言って……仲間みたいな顔をしながら、ずっと……」
知らず涙が頬を伝う。そこに込められていたのは脚を失った恐怖だけではなかった。
取り返せない言葉の重さを、カイルは初めて心の底から理解したのだ。
「それでも、お前は俺を助けてくれて……どう罪を償えばいいのか、分からねぇよ……」
「カイル」
リネアは静かに彼の名を呼んだ。責める声音ではない。
かといって、過去の全てを簡単に水へ流す言葉でもない。
「その話は、生きて帰ってから聞くよ」
「でも、俺は――」
「今は死なないで」
リネアはバイナリーライフルを胸側へ回し、応急運搬用の帯をカイルの身体へ通して背を向ける。
「私の肩につかまって」
「無理だ……俺を置いてけ。このままじゃ、お前まで」
「置いていかない」
短い断言だった。リネアはカイルの両腕を自分の肩へ回し、全身へ力を込める。
膝が石畳へ沈みかけるが、それでも歯を食いしばり、血に濡れた青年の身体を背負って立ち上がる。
「だってカイルは、今も私の幼馴染だから」
その一言に、カイルはもう何も返せなかった。リネアの背に額を押しつける。涙が、煤と血に汚れた外套へ染み込んでいった。
砲火の絶えない大通りを、リネアは歩き始める。背負った身体は重く、石畳に散らばる瓦礫が何度も足を取ろうとする。遠くで砲撃が起こるたび、爆風が二人を揺さぶった。
「悪かった……」
リネアの背中で、カイルは何度も繰り返した。
「ずっと、俺が悪かった……」
「うん」
「俺は、お前が何もしてないって……役立たずだって……」
「喋ると体力を使うよ」
「今、言わなきゃ……もう言えないかもしれねぇ」
リネアはもう返事をしなかった。ただ、彼の言葉を遮ることもしない。
やがて、頭上で砲弾が空気を裂く音がした。しかしリネアは足を止めない。
足を止めるより先に、二人の背後へ巨大な影が躍り出ると知っていたからだ。
黒鋼の四脚が石畳を踏み締める。碧い単眼が一度だけリネアを見つめ、人型の上半身に備わる左腕を掲げた。
腕の側面に格納されていた鋼鉄の可変盾が展開する。一枚だった装甲板が幾重にも広がり、二人の背中を覆う防壁へ変わった。
その直後、砲弾が着弾する。可変盾の表面で爆炎が弾けた。
ルクスの四脚が石畳を削りながらも、その巨体は一歩も退かない。
降り注ぐ破片を盾で受け止めると、何事もなかったようにそのまま二人の後ろへついた。
「ありがとう、ルクス」
碧い単眼が静かに明滅する。
リネアはカイルを背負う。ルクスは、その背中を守る。
かつて誰かに守られるばかりだった少女は、もうそこにはいなかった。
▲▽▲―――▲▽▲
救護所となった大神殿の前庭には、負傷者が溢れていた。
「両脚欠損!意識混濁、出血は止血帯で抑えています!」
リネアの声に、治癒術師たちが担架を運んでくる。
背から降ろされたカイルは、それでもリネアの外套を離そうとしない。
「カイル、大丈夫。ここなら治療してもらえるから」
「リネア……」
「約束したでしょう。話は、生きて帰ってから聞くって」
それを聞いたカイルの指から、ゆっくりと力が抜ける。
治癒術師たちが彼を神殿内へ運ぼうとした時、前庭の入口から三つの人影が駆け込んできた。
「カイル!」
炎魔導士のミーナだった。片腕に火傷を負い、赤い髪は煤に汚れている。その後ろでは、血の滲んだ法衣を纏うエリスと、欠けた剣を握ったレオンが肩で息をしていた。
ミーナは担架へ駆け寄り、そこに横たわるカイルの凄惨な姿を見て足を止めた。
「そんな……脚、が……」
口元を押さえた指が震える。エリスも一瞬だけ立ち尽くした。
しかし、次の瞬間には神官の顔へ戻り、治癒術師とともに傷口を確認する。
「脈が弱いです。止血術を重ねます、急いで中へ」
治癒魔術は傷を高速で塞ぐことができるし、失われかけた命をつなぎ止めることもできる。
だが、完全に失われた両脚を元へ戻すことはできない。誰よりも治癒術を知るエリスだからこそ、それを理解していた。
ミーナは唇を噛み、震えを押し殺してカイルの手を握った。レオンだけが、何もできずに立ち尽くしている。
彼は担架の上のカイルを見て、その次に背中を血で真っ赤に染めたリネアを見る。
かつて自分が《暁の剣》から追放した少女が、仲間の命をここまで繋いできたのだ。
「リネア……」
ショックで掠れた声が出る。
「俺は……」
その先に続く言葉は、どうしても見つからなかった。
謝るべきなのか。それとも礼を言うべきなのか。
ただ何を口にしても、今さら過ぎるように思えた。
そしてリネアは答えを待たなかった。
「カイルをお願いします」
それだけを告げると、踵を返す。
前庭の外ではルクスが可変盾を格納し、四脚を折って彼女を待っていた。
リネアは迷わずその背へ乗り、バイナリーライフルを構え直す。
「行こう、ルクス。陛下たちを追わないと」
黒鋼の四脚機兵が立ち上がる。碧い単眼を戦場へ向け、ルクスは砲声の鳴り止まない夜の街へ、両刃剣クリードディフェンダーを抜いて駆け出した。
レオンたちを遥か後方に残して。一度救った命を振り返ることなく、まだ救える誰かのもとへ。
▲▽▲―――▲▽▲
―――王都防衛戦から四年後。
王都冒険者ギルドの弓術訓練場に、弦の鳴る音が響いた。
放たれた矢は的を大きく外れ、土の上を跳ねる。
「あっ……」
慣れない魔導弓を構えていた少年が、恥ずかしそうに俯いた。
そのやや意気消沈した様子に、周囲の訓練生から笑い声が起こりかける。
「笑うな」
しかし低い声が、それを止めた。
訓練場を歩いてきた男は、少年の傍らで立ち止まる。
元金級冒険者パーティ《暁の剣》の斥候兼弓使い。現在は、王都冒険者ギルドの弓術指導官。
両脚は義足へ変わっていたが、慣れた様子の歩みに不自由は感じさせない。通常の長弓や短弓だけでなく、扱いの難しい魔導弓まで教えられる腕利きとして、カイルは若い冒険者たちから慕われていた。
「今のは魔力を流しすぎただけだ。弓に全部を任せようとするな。弦を引くのはお前だし、矢を飛ばすのも最後はお前の意志だ」
カイルは少年から魔導弓を受け取った。左右の義足で土を踏み締め、滑らかな動作で矢をつがえる。
魔力を流し、弦を引き絞り、矢を放つ。魔力光を帯びた矢は訓練場を豪速で滑空し、最奥の的の中心へ突き立った。
「すげえ……」
「感心するのは後だ。魔力を半分に抑えて、もう一度やってみろ」
カイルが魔導弓を返すと、少年は力強く頷いた。
気さくで面倒見がよく、初心者の失敗を決して笑わない。
そんな指導官が決まって複雑な表情を見せるのは、失った両脚について尋ねられた時だった。
「指導官」
訓練を終えた一人の少女が、カイルの義足へ視線を向ける。
「その脚って、四年前の王都防衛戦で……?」
「ああ」
カイルは自分の脚を見下ろした。
「砲撃に巻き込まれて、両方まとめて持っていかれた」
「その状態で、どうやって生きて帰ったんですか?」
「俺一人じゃ無理だったさ。立てもしなけりゃ、這って逃げることもできなかった」
少しの沈黙を置き、カイルは一人の冒険者の名を口にした。
「リネア・ギアライトを知ってるか?」
訓練生たちが一斉に顔を上げ、目を輝かせる。
「もちろんです。ミスリル級上位の――」
「黒い四脚の従魔を連れた、あの狙撃の名手ですよね?」
「そうだ。今じゃ、知らねぇ奴の方が少ないよな」
カイルは苦笑した。そこには誇らしさがあり、悔恨があり、四年を経ても言葉にしきれない複雑な感情がある。
「俺はあいつと二年間、同じパーティで戦ってた。銅級だった頃から、銀級になるまでずっとな」
訓練生たちが驚きの声を漏らす。
「けど俺は、あいつを仲間だと思っちゃいなかった」
未熟だった自分たち。依頼から戻るたびに積み上がった、壊れた武器と傷ついた防具。それらを黙って直し続けていた少女。
「戦えない。守られてばかりいる。足手まといだ。そう決めつけて、何度も嫌味を吐いた。何も悪くない時まで、苛立ちをぶつけた」
無論リネアは何もしていなかったのではない。
修理師として一流の仕事を通じて、次の戦いでも皆が生きて帰れるよう、誰にも見えない場所で命をつ繋いでいたのだ。
ただ、カイルたちはその価値を見ようとしなかった。
「そんな俺を、あいつは助けたんだ」
目を閉じれば、今でも克明に思い出せる。
燃え上がる王都に漂う血と硝煙が運ぶ、濃密な死の気配を。
遠のく意識の中、何度も自分の名を呼び続ける声を。
専用の狙撃銃を背負い、義眼となった右眼に碧い光を宿したリネアが、血まみれの自分を背負って歩いていたその背の体温を。
その背後では、黒鋼の四脚機兵ルクスが迫りくる砲火から二人を守り続けていたことも。
「俺は、あいつの背中で泣いて謝ったよ。何年も嫌味ばかり言ってきた俺を、どうして助けるんだってな」
あの夜の謝罪に、嘘はなかった。しかし、謝ったから過去が消えたとは思っていない。
「たぶん、あいつはもう気にしてないって言う。昔のことだからって、笑うかもしれねぇ」
カイルは静かに首を振る。
「でも、だからって俺まで忘れちゃいけねぇんだ」
扱い慣れない魔導弓を構え、少年がもう一度矢を放った。今度の矢は、的の端へ突き立つ。
「当たった……!」
「ほら、できるじゃねぇか!次は中心へ寄せていくぞ!」
カイルは笑い、少年のもとへ歩き出した。
「俺はもう、変わった武器を使ってるからとか、今は上手くできないからとか、そんな理由で誰かを役立たずだと決めつけたくねぇ」
それが罪滅ぼしになるのかは、今も分からない。
何人の冒険者を育てても、リネアへ吐き捨てた言葉が消えることはない。
「償ってるなんて、立派なことを言うつもりもねぇよ」
それでも、救われた命で選び直せるものは確かにある。
「俺はただ、あいつに救われたこの命で、今度は誰かの可能性を折らないようにしてる」
カイルは義足で地面を踏み締めた。そして、照れくさそうに鼻を擦る。
「俺の脚を奪ったのは、あの夜の砲撃だ」
訓練場の先で、少年が新しい矢をつがえる。もう一度、感覚を研ぎ澄まして的へ向かって弓を引く。
「けど、俺がもう一度立つ理由をくれたのは――リネア・ギアライトなんだ」
そうです、そういえばこの物語、追放系だったんです......




