第52話 狩人を狩る花
【挿絵→プラチナ級上位冒険者アルズ・カスケード】
墜ちていく第五副砲を、リリエルは見送らなかった。
その意識は残る七基の副砲の操作に向き、両腕を管弦楽団の指揮者のようにしならせると、副砲塔群が即座に動く。
一基が抜け落ちた砲撃空間を埋めるように左右へ展開し、高度と射角を調整。欠けた花弁を補い、盟装は再び完成された殺戮の形を取り戻す。
「砲撃継続。今のは、ちょっと驚いたけどね♪」
少女の弾んだ声が砲塔群の小型拡声器から反響する。
その直後、七つの砲口が光を放った。砲弾と魔力光が夜空を埋め尽くし、王都外縁部へ降り注ぐ。
「魔導障壁、展開!」
「負傷者を下げろ!」
「急げ!ダグラス殿を後方へ!」
魔力欠乏症で意識を失ったダグラスが、数人の兵士に抱えられて運ばれていく。
完全に消耗しきった彼に、もはや障壁を維持する力は残されていない。それでも、彼が最後まで守り抜いた時間は無駄ではなかった。
多くの負傷者が砲撃圏から退避し、崩走しかけていた兵士たちは紅蓮の軍旗の下へ集まりつつある。
「《ソル・ブレイズ》防御陣形!」
ローデリック王の堂々たる号令が響くと、赤金色の全身鎧の騎士たちが一斉に盾と武器を掲げた。
個々の魔力が見えない術式線を通じて結び合わされ、軍旗を中心に巨大な炎の障壁を瞬く間に形成する。
そこへ複数の砲弾が着弾した。炎と光が激突し、王都の夜を昼のように照らす。
爆風が街路を駆け抜け、割れた石畳と瓦礫を空高く巻き上げた。
騎士たちの足が地面を削り、何人かが膝をつくが、陣形は崩れない。
「前進せよ!敵の砲火を王都から引き離す!」
長剣を振り下ろしつつ指揮するローデリック王の命令に応えて、炎の障壁を維持したまま《ソル・ブレイズ》が崩落した防壁の外へ進み始める。
そして勇壮な国王の左右には、二人の高ランク冒険者がいた。
その片割れ、白蒼の巫女装束をまとったミスリル級冒険者のトワ・アマギリが足を止める。
柔和だった瞳から表情が消え、未来だけを見据える射手の眼差しへ変わった。
彼女の両目、未来視の魔眼が捉えているのは、今ではない。
旋回を始める七基の副砲塔、砲身内部を走る魔力、撃ち出される砲弾。
爆発によって吹き飛ぶ瓦礫、その間を進む味方の兵士たち。
視界に収め、意識を傾けたあらゆる物体の動きが、数十秒先まで無数の半透明の像となって重なり見える。
「陛下。十歩進んだ後、右へ」
「承知した!」
「前衛三列は伏せてください。左上から二発来ます」
伝令役の騎士が迅速にトワの指示を周囲へ飛ばす。
トワは魔力伝導線へ指を掛け、魔導和弓を引き絞った。
彼女の視線は、現在のリリエルへは向いていない。
十六秒後、砲撃の反動によって一基の副砲がわずかに高度を下げる。
その未来座標目掛けて炸裂の魔力を込めた矢を放つ。
空を切り裂いた一矢は、まだ何も存在しない場所へ吸い込まれていった。
その直後、未来視の結果に現在が追いつく。
予見通り降下してきた副砲の砲口へ炸裂矢が命中し、蒼白い爆発とともに内部へ流れ込んだ魔力が砲塔の発射術式を乱した。
結果、放たれかけていた砲撃が砲身内で爆ぜ、副砲は爆発四散した。
「へえ?」
リリエルの声が興味の色を帯びる。
「今度は弓使い。変わった眼をしているみたいだね♪」
別の副砲が旋回転移し、トワへ照準を合わせた。しかしトワは動かない。
「スズネ。二十秒後、右後方から小型機が来ます」
「承知しました」
付き従っていた黒い影が彼女の背後から消えたその瞬間、砲撃に紛れて接近していた二体の小型機が、炎上する瓦礫を飛び越える。
その足元へ、一寸の狂いもなくクナイが突き刺さった。
「【影縫い】」
地面を高速で伝った土属性魔術が影へ入り込み、小型機の四肢を拘束する。
そうして急停止した一体の背後に、影からスズネが現れた。
短刀が首の付け根へ滑り込み、中枢へ至る回路を的確に断つ。
もう一体が腕部の刃を振り下ろすものの、スズネは身を沈めてかわし、そのまま懐へ潜り込んだ。
装甲の隙間へ短刀を差し込み、内部機構を一息に切り裂く。二体がほぼ同時に崩れ落ちた。
「ありがとうございます、スズネ」
「礼には及びません。トワへ不埒な刃を向けた罪、五体を刻むのみでは到底足りませんが――」
「まだ砲撃が来ますよ?」
「……速やかに戻ります」
スズネが再びトワの背後へつく。その直後、二人がいた場所を砲撃が薙ぎ払ったが、土煙が晴れると二人は健在だった。
実体弾を伴わない魔力弾による砲撃の場合、スズネの影魔術が砲弾に込められた魔力を中和し、ある程度までなら相殺できるのである。
その後もトワの指示に従い、ローデリック王たちは砲撃が作るわずかな空隙を縫うように進んでいく。
未来が見えても、すべてを救えるわけではない。見える物体が増えるほど、意識へ流れ込む情報も増大する。
額から汗を流しながら懸命に未来を演算し、それでもトワは魔導和弓を下ろさなかった。
「次は、正面から複数です」
その言葉を聞いたローデリック王が長剣を掲げる。
「集束陣形!」
騎士団の炎が王の長剣へ集められ、迫る砲弾を迎え撃つ紅蓮の斬撃波が放たれる。
空中で切断された砲弾が爆発し、炎の奔流が夜空を染め上げた。
ローデリック王は爆風の中で雄々しく叫ぶ。
「我が国を焼きたくば、まず我らを退けてみせよ!」
「国王様が囮をするんだ。立派だけど、困ったものだね」
リリエルがくすくすと無邪気に笑う。
残り六基の副砲が、王都からローデリック王たちへ照準を移していく。
国王と直属の騎士団が防壁の外へ打って出たことで、王都へ降り注ぐ砲撃は目に見えて減少していた。
だが一方で、砲撃のすべてが国王のもとへ集中し始めている。
誰かが一歩踏み出せば、その者のもとへ死が集まるだろう。
それを知りつつも彼らは進み続ける。
砲火の花を、これ以上王都へ近づけないために。
▲▽▲―――▲▽▲
王都内部では、鋼と鋼が激突していた。
人型魔導ゴーレムが大剣を振り下ろし、その刃を金剛騎士団長アーヴィン・グランシルトの右手のソードブレイカーが受け止める。
ソードブレイカーの無数の突起が大剣を噛み、絡め取る。
「捉えたぞ!」
アーヴィンが腕をひねれば、刃を引き抜こうとしていた人型魔導ゴーレムの姿勢が崩れた。
すかさず左手の片手剣が肘関節へ叩き込まれ、武器を握っていた腕が地面へ落ちる。
その隣では、重装型魔導ゴーレムが巨大な盾を構えていた。
王国兵の槍を弾き飛ばし、重量に任せて街路を踏み砕きながら突進してくる。
「退け!」
金剛騎士団副団長バルグ・レイノルドがその正面へ進み出た。
両手で握った戦斧を大きく振りかぶる。
「ぬうんッ!」
大盾と戦斧が激突し、金属のひしゃげる音が街路へ響き、重装型の大盾が中央から陥没する。
なおも戦斧は繰り返し振るわれ、二撃目で盾に亀裂が走る。
三撃目で盾が砕け、戦斧の刃が重装型の胸部装甲へ食い込んだ。
その側面から、獣型魔導ゴーレムがバルグに飛びかかる。
同じく副団長のセリカ・ヴェインはトライデントの穂先を低く構えた。
突進の勢いへ逆らわず、三叉の刃で獣型の首を捉える。そのまま身体を回転させ、進行方向を鮮やかに横へ逸らされた獣型が建物の外壁へ衝突する。
「今です!」
街路の奥から黒鋼の巨体が地面を蹴り疾駆する。
四本の脚で一気に加速したルクスが、横転した獣型へ迫る。
人型の上半身から伸びる右腕を装甲の割れ目へ豪快に突き入れ、露出した中枢を握り潰した。
ルクスの碧い単眼が明滅する。
『敵性機体、機能停止』
「相変わらず頼もしいな、ルクス!」
団長アーヴィンが声を上げた。
『友軍識別。アーヴィン・グランシルト。バルグ・レイノルド。セリカ・ヴェイン』
「私たちのことを覚えていたのですね」
『記録は保持しています』
しかし再会を喜ぶ時間はない。複数の街路から、さらに数多の魔導ゴーレムが姿を現す。
飛行型が屋根をかすめ、人型と獣型が地上を進む。その後方には、分厚い装甲に覆われた重装型もいる。
セリカが冷静に周囲を見渡した。
「このままでは住民の避難経路へ入られます」
『阻止します』
ルクスの碧い単眼へ、複数の照準表示が浮かぶ。
『アーヴィン、右方人型の武装破壊を要請。バルグは重装型の正面装甲を破砕。セリカは獣型の進行方向を誘導してください』
「我々に命令するとはな」
バルグが戦斧を担ぎ直す。その口元には、獰猛な笑みが浮かんでいた。
「だが、悪くない!」
三人が同時に駆け出す。アーヴィンが人型の刃を封じ、バルグが重装型の装甲を砕く。
セリカのトライデントに進路を逸らされた獣型が、一か所へ集められていく。
ルクスはそのすべてを俯瞰していた。異なる三つの戦い方を、一つの戦術として統合する。
敵の陣形に生まれた空隙へ、黒鋼の巨体が飛び込んだ。
▲▽▲―――▲▽▲
防壁上で伏せていたリネアの右眼の義眼へ、別の景色が流れ込んだ。
石造りの建物、炎上する街路、迫り来るゴーレム、その中央で戦う、金剛騎士団とルクス。
《アルゴス・レプリカ》を介したルクスとの視界リンクである。
王都の建造物も、二人を隔てる距離も、この接続を遮ることはできない。
だが、リネア自身の視界へ、四脚で高速移動するルクスの視界が重なる。
瞬間的に上下左右の感覚が狂った。
「う……っ」
頭蓋の内側へ針を突き立てられたような痛みが走る。
胃の中身が持ち上がり、照準器を覗く自分の視界まで大きく揺れた。
『リネア。生体反応に異常を確認。視界リンクの解除を推奨』
「分かって、る……」
短く浅い呼吸を繰り返しながら、リネアは状況を確認する。
ルクスは無事だった。金剛騎士団と連携し、王都内部へ侵入した敵を食い止めている。
よって、今こちらへ呼び戻すべきではない。
「ルクス、そこをお願い」
呼吸を整え、リネアは告げる。
「今は、王都の中を守って」
二人の間にわずかな沈黙が降りる。ルクスもまた、防壁上にいるリネアの危険を把握していた。
『了解』
それでも黒鋼の機兵は、主の命令に従う。
『王都内部の敵性機体を排除します』
「うん。任せたよ」
リネアはそこまで穏やかに言うと、接続を切った。防壁上の景色だけが右眼へ戻る。
強烈な頭痛は残っているが、遠く離れたルクスが何を守り、どこで戦っているのかを知ることはできた。
それに、一緒にいなければ共に戦えないわけではない。
リネアは《バイナリーライフル》の銃床を肩へ当て直した。
照準器の向こうで、六基の副砲が国王軍を取り囲もうとしている。
最初のリネアの狙撃魔術によって生じた砲撃網の穴は、すでに塞がれていた。
リリエルは残った兵装の配置を変え、火力の低下を射角と密度の工夫で補っている。
左翼を進む騎士たちへ、二基。ローデリック王へ、二基。トワとスズネへ、一基。
残る一基は、空を滑るように移動を続けていた。副砲を破損させた狙撃手を探しているのだろう。
リネアが息を止めたその直後、防壁の左端が爆発した。小口径の魔力弾が、石壁を連続してえぐっていく。
小口径機関砲塔の放つ魔力弾一発ごとの威力は副砲に遠く及ばない。だが、着弾地点が少しずつ移動している。
左から右へ。防壁上を区画ごとに焼き払い、何かが潜んでいないかを探っていた。
「探り撃ち……」
リネアはバイナリーライフルを抱え、瓦礫の陰を這う。その頭上を魔力弾が通過し、石材が砕け、細かな破片が背中を打つ。
どうやらリリエルは最初の弾丸が飛来した方角を記録していて、それを基に狙撃手の所在を洗い出そうとしているようだ。
破損した第五副砲へ残された魔力、弾丸の侵入角度、着弾までに要した時間。
それらの情報を基に、防壁のどこかに狙撃手がいると見抜いたのだろう。
「向こうも、私を狩るつもりなんだ」
バルドの言葉が克明に蘇る。
狙撃は、遠くの敵を殺す技ではない。
味方が死ぬ前に、何を最初に止めるか決める技。
今一度その教えを心で噛み締め、義眼に勇気を込めた照準器の中で、再び砲塔が動く。
リリエルに発見されて命を狩り取られることへの恐怖は、不思議と霧散していた。
トワは国王軍を導くため、何度も足を止めて未来を見ている。
その間にもスズネが迫りくる周囲の小型機を排除しているが、砲撃そのものを防ぐことはできない。
トワを狙う副砲へ、魔力が集束し始めた。このままでは、砲撃まで二十秒もないだろう。
リネアが撃たなければ、トワたちが死ぬかもしれない。しかし次撃てば、自分の位置が間違いなく露見する。
それでも迷う時間はほぼなかった。瓦礫の上へ銃身を載せる。
《アルゴス・レプリカ》が距離、風向き、砲塔の移動速度を詳細に表示する。
狙うのは砲口ではなく、副砲下部。浮遊機構と旋回機構を接続する、構造上の境界。
呼吸を止め、銃弾と銃身に精密な魔力を込めて引き金を絞った。
「【リミナル・スプリッター】」
乾いた銃声とともにバイナリーライフルから放たれた弾丸が、戦場を一直線に貫いた。
砲撃を放とうとしていた副砲の下部へ命中した弾丸を起点に、装甲を構成する術式線が光を放つ。
接合、補強、魔力伝達。
異なる構造同士をつないでいた境界が、強制的に分離されていき、副砲の砲身が大きく傾いた。
それでも発射された破壊の光条がトワの頭上を通過し、遠方の地面を焼き払う。
頑強な砲塔そのものは墜ちていないが、旋回機構は完全に制御を失っていた。
「二基目をほぼ無力化」
リネアが呟いたその時、照準器の向こうでリリエルがこちらを向いた気がした。
そこにあったのは天真爛漫な少女の顔であり、戦闘開始からまるで変わらないその雰囲気自体が、初めて底知れず恐ろしく思える。
残り五基の副砲塔すべてが、一つの意思によって動く。先ほどまで防壁上を探り撃ちしていた副砲が停止し、その砲口がゆっくりと持ち上がる。
「弾道を逆算」
リリエルの声が、低く響いた。
「発射時魔力反応、確認。さっきの不思議な弾丸と同じだね」
副砲群の一部が国王軍への砲撃を止め、その砲口が一つずつ防壁へ、リネアの居る方へと向けられていく。
「見つけた!」
拡声器の向こう側で少女の高い声が弾んだ。
「そこにいたんだね、可愛い狙撃手さん♪」
声と同時に右眼の警告表示が、一斉に赤く染まる。リネアは即座に狙撃銃を抱えて立ち上がった。
しかし退避しようとした先へ、魔力弾が着弾する。足元の石材が砕け、衝撃に身体を投げ出された。
「うあっ……!」
肘を打ちつけながらも、狙撃銃だけは手放さない。だが起き上がろうとしたリネアの周囲へ、次々と副砲からの砲撃が落ちる。
前方の道が崩れ、後方も炎に塞がれる。砲火は獲物を追い立てるように、彼女の逃げ道を一つずつ奪っていく。
そして、ついにリリエルの主砲が動いた。
今まで国王軍へ向けられていた巨大な砲身が、ゆっくりと防壁上へ向けて旋回する。
大気が震え、砲身の奥へ周囲の光さえ吸い込むほどの魔力が収束していく。
遠方では、第三席次ミリアがその光景を見つめていた。
彼女はリリエルを止めることも、助けることもしない。
古の約定に従って戦場へ立った者の覚悟へ、別の戦士が手を差し伸べることはないのだ。
「今度は、君が避ける番だよ♪」
リリエルが遊戯に興じるかのように楽しげに告げる。
もう逃げられない。リネアは瞬時にそう理解した。
左右の道は砲撃で崩落し、背後には防壁の内側へ続く断崖がある。
断崖を飛び降りたところで、着弾より早く安全圏へは届かない。ルクスを呼ぶにもすでに遅すぎる。
リネアの怜悧な思考が詰みを浮き彫りにしていく間に、主砲砲口の魔力光が膨れ上がった。
「主砲、発射♪」
白い閃光が視界を埋め尽くす、その寸前。
リネアの身体を、横合いから何かが抱き上げた。
「え……?」
足が地面を離れ、風景が一瞬で流れた。
その次の瞬間、先ほどまでリネアがいた防壁へ主砲が直撃する。
轟音とともに積み上げられた石材が蒸発し、残った部分も爆風によって防壁内側へ激しく崩れ落ちた。
灼熱の風が背中を叩く。リネアは何者かに抱えられたまま、崩落する防壁から離れた場所へ着地した。
聞き覚えのある声が、すぐ近くから降ってくる。
「どうやら間に合ったみたいだね」
その人物は、舞い上がる粉塵の向こうにリリエルを鋭く見据えた。
「前にも、こんなことがあった気がするけど」
「アルズさん……?」
プラチナ級上位冒険者、アルズ・カスケードはリネアを地面へ下ろす。
アーキテクトの魔導機兵に襲われた時も、彼女はこうして窮地を救いに現れてくれた。
あの時のリネアはただ守られることしかできなかった。
しかし変わりたいと願ったからこそ、今の狙撃手としての自分がある。
リネアは手中にあるバイナリーライフルを決然と握り直す。
「……はい。でも、あの時とは違います」
崩れた防壁の向こうで、砲火の花が新たな獲物へ照準を合わせている。
リネアは、その中心を義眼の澄んだ碧光とともに見据えた。
「今度は、私も戦えます」




