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第51話 人間の形


挿絵(By みてみん)

【挿絵→ミスリル級冒険者《未来穿ち》トワ・アマギリ】



空を覆う砲塔群が、ゆっくりと向きを変えた。

多重砲撃空間陣の中心に捉えられているのは《煉獄の盾》ダグラス・ヴァーンだ。

第四席次リリエルは、浮遊する砲塔の一つへ腰掛け、楽しそうに足を揺らしている。


「あの大きな人を壊せば、後ろの人たちもまとめて壊せるんだね」


王国軍魔術師部隊を守る巨大な赤金色の魔導障壁。

それを統合し、維持しているのがダグラスであることを、第三席次ミリアはすでに見抜いていた。

指先から伸びる無数の機械端子を通じ、戦術情報がリリエルへ送られる。


ダグラスの推定魔力残量、魔導障壁の展開範囲、現在防御の薄い角度。

砲撃を受け止めた際に生じる、魔力循環の遅延。


リリエルが片手を上げれば、それに連動するようにマックス・アモーの給弾腕が動き、実体弾を次々と浮遊砲塔へ装填した。


「じゃあ、せーので撃とうか」


全砲門に破滅の光が集まる。


「ダグラスさん!」


魔術師の一人が反射的に叫んだ。ダグラスも、自分が狙われていることは分かっている。


「全員、私の後ろへ」


その声は変わらず穏やかだった。


「攻撃魔術を中断。残る魔力を防御へ回してください」


「ですが、この数の砲撃を受け止めたら!」


「私が持ち堪えなければ、皆さんへ砲火が届きます」


ダグラスは魔導杖を両手で握り、最外防壁へ突き立てた。

魔力の奔流が翻り、赤金色の魔導障壁が幾重にも重なる。


正面に厚く張れば、後方へ回った副砲に撃たれる。

上を重点的に守れば、防壁基部を狙う破城杭が通ってしまう。

全ての砲撃を防ぐには、あまりにも攻撃方向が多すぎた。


「それでも、やるしかありません」


ダグラスが濃密な魔力を解放する。

空に浮かぶリリエルの笑みが深くなる。


「撃――」


その可憐で冷酷な言葉が、最後まで続くことはなかった。

砲撃の直前で乾いた銃声が戦場を貫いたのだ。



▲▽▲―――▲▽▲



最外防壁の一角にそびえる監視塔。

その中でリネアは《バイナリーライフル》の銃床へ頬を当てていた。

義眼アルゴス・レプリカと専用照準器が無線接続され、遠方の砲塔群を解析している。


解析の結果が示している通り、リリエル本人を直接撃つことはできない。

少女の周囲には複数の防御用と思しき砲塔が浮遊し、射線へ捉えたとしても短距離転移で位置を変えて少女を護るであろうことは明白。

だからこそ、リネアは最初から彼女を狙っていなかった。


狙撃術の師匠であるバルドの言葉が脳裏をよぎる。


狙撃は、遠くの敵を殺す技ではない。

味方が死ぬ前に、何を最初に止めるか決める技だ。


そしてリネアが選んだのは、ダグラスの背後へ転移した第五副砲、その一点。

全方位一斉砲火を完成させるため、他の浮遊砲塔と射撃時機を合わせようとしている。その一瞬だけ、副砲は空間上の固定座標から動かない。


「ルクス、あの副砲を追跡して」


『標的指定』


リネアのアルゴス・レプリカの視界と同調したルクスから、砲塔の位置と動作情報が送られる。

そこに義眼の構造解析を重ねて狙いを精密に絞っていく。

砲身、浮遊機構、装甲板、回転軸、空間固定環。それぞれをつなぐ、不可視の構造境界。

強固な一枚の装甲に見えても、実際には複数の部品と素材が組み合わされている。


リネアには、その継ぎ目が見えていた。


「構造境界を捕捉」


弾丸へ細い術式を集中して付与する。

保有魔力の少ないリネアに、巨大な火球や雷撃を生み出すことはできない。

だが必要なのは大きな力ではない。壊れるべき場所へ、必要なだけの力を通す技量。

それは修理の手順を逆転させるようなものだった。


「狙撃術式――【リミナル・スプリッター】」


乾いた銃声が響き、黒い銃身から放たれた弾丸が第五副砲へ迫る。

そのまま正面装甲の中心ではなく、わずかに外れた位置へ浅く接触した。


通常なら、硬い表面装甲に弾かれて終わる角度だったが、弾丸は装甲から離れない。

淡い光を引きながら、砲塔の表面装甲を這うように駆ける。


装甲板と浮遊機構の境界、砲身と回転軸の接合線、異なる素材をつないでいた魔力回路。

その全てを順になぞり、切断していく。やがて第五副砲の表面へ、一筋の光が走った。


次の瞬間、装甲板がはがれ、砲身が基部から折れるように外れる。

浮遊機構と空間固定環が分離し、浮力を失う。

第五副砲は爆発すらせず、一つの兵器として成立していた構造だけが瓦解し、無数の部品となって地上へ落下していく。


『第五副砲、機能停止』


そうして間一髪で間に合った狙撃により、リリエルの全方位砲撃に一か所だけ穴が開いた。


「今です、後方以外に防御を!」


リネアの声が拡声器を通じて届くと、ダグラスは即座に状況を理解し反応した。

背後の魔導障壁を解除し、その分も正面と上空へ魔力を集中させる。


「総員、衝撃に備えてください!」


残された砲塔群が一斉に火を噴く。

魔力弾、徹甲弾、炸裂弾。

複数方向から降る砲火が、赤金色の障壁へ激突した。


轟音と光が防壁を覆うと、魔導障壁が大きく歪み、表面へ無数の亀裂が走る。それでも、辛うじて崩れなかった。

第五副砲が失われたことで生じた空間へ、衝撃の一部を逃がすことができたからだ。

ダグラスも、その後ろにいた魔術師たちも苛烈な砲撃を生き残っている。


「届いた……」


リネアは《バイナリーライフル》のボルトが動き、次弾を装填する音を聞いた。

自分で作った銃、自分で編み出した狙撃魔術。

それが訓練標的ではなく、今、初めて実戦で誰かの命を守った。


『狙撃術式の有効性を確認』


「まだ終わってないよ」


リネアは鋭い眼光で次の標的を探す。

その空中で、リリエルが空中分解して落下していく副砲を見つめていた。



▲▽▲―――▲▽▲



「五番副砲破損……か」


リリエルは動揺せず、むしろ目を輝かせる。


「面白くなってきたね♪」


少女の声が、戦場へ展開された全ての浮遊砲塔に搭載された拡声器から反響していた。

楽しげな声が何重にも重なり、戦場全体へ呪詛のように降り注いだ。


王国兵たちが赤黒い爆炎に覆われた空を見上げる。

砲撃と悲鳴に満ちた戦場には、あまりにも似つかわしくない幼い声。

人を殺すことにも、都市を壊すことにも、少女は一片のためらいも抱いていない。


「魚は泳ぐ形、鳥は飛ぶ形をしているよね?」


リリエルはスキップを踏むように新しい砲塔へ飛び移る。


「じゃあ人間はどんな形をしているの? って、ミリアに聞いてみたの♪」


浮遊砲塔群が旋回し、再び王都各所へ照準を合わせる。


「人間はね、戦うための形をしているんだって」


それは幼いが、硬質な声でもあった。


「戦い、滅ぼし合い、消え去っていく形」


少女の屈託のない笑顔に、嘘はない。

自分の言葉が人々へ恐怖を与えていることすら理解せず、面白い話を聞かせるように続ける。


「面白いよね。そんな滅びるべくして滅ぶ種族と、最後に戦えるなんて♪」


「化け物め……」


防壁上の兵士が呟いていた。その隣にいた魔術師の手も震えている。

恐ろしいのは、砲撃の威力だけではない。砲撃と惨禍の主に憎悪も、怒りもないことだった。


リリエルは人間を嫌っているから殺すのではない。

人界を破砕し尽くすことを、自分の存在理由として、使命として受け入れている。


「抵抗しても無駄だよ?」


リリエルが浮遊砲塔の上に立ち、両腕を広げる。


「リリエルはね、人工物に縋りつく脆弱な存在には、絶対に負けないんだから!」


マックス・アモーの背甲から、給弾腕が一斉に伸びた。

失われた第五副砲を除く全砲門へ、新たな実体弾が装填される。


「もう一回、咲いて」


熾烈な砲撃が再開された。先ほどよりも砲撃の密度が高い。

魔力弾が魔導障壁を削り、徹甲弾が防壁へ食い込んでいく。

さらに炸裂弾が壁上で爆発し、王国兵を吹き飛ばした。


「右上空、三門!」


「障壁を重ねろ!」


「防壁基部に破城杭!」


「止められません!」


ダグラスは魔導杖を掲げ、障壁を張り直した。赤金色の光が、魔術師部隊を包む。

だが砲撃を受けるたび障壁の亀裂が増え、ダグラスの顔から血の気が失われていく。


「ダグラスさん、もう限界です!」


「まだです!」


「もう魔力が残っていません!」


「後ろには、まだ避難中の人々がいるんです!」


防壁の内側の街路を、子供や老人を連れた市民が今も走っている。

ここで魔導障壁を消せば、砲撃は彼らへ届いてしまう。


「第三班を先に下げてください」


ダグラスは魔導杖を強く握り直す。


「私は最後に行きます」


リリエルが砲塔の一つを最外防壁の基部へ向け、マックス・アモーが大型の破城杭を装填する。


「そこ、壊れそうだね」


破城杭が豪速で発射され、赤金色の魔導障壁を貫き、防壁へ突き刺さった。

石壁が内側へ大きく膨らみ、縦へ亀裂が走る。続いて二発の実体弾が、狙い違わず同じ場所へ着弾した。


それにより、ついに耐え切れなくなった防壁の一角が崩落する。

巨大な石材が街路へ落下し、地面を揺らした。壁上に築かれていた迎撃塔も、基部を失って傾く。


「塔が倒れるぞ!」


王国兵が蜘蛛の子を散らすように同一区画から退避する。

その後ろで迎撃塔は防壁を巻き込みながら、壁の内側へ倒壊した。


内部に残存していた魔導具と弾薬が誘爆し、瞬く間に爆炎が立ち上り、周辺の軍事施設へ燃え移る。

王都の中から人々の耳に残る悲鳴が上がった。



▲▽▲―――▲▽▲



第三席次ミリアの機械化された瞳が、防壁の崩落を捉える。


「侵入路の開通を確認」


指先から伸びる接続端子を通じ、待機していた別動隊へ命令を送る。


「市街戦部隊、前進」


重装型を先頭に、王都近郊に潜伏していた魔導ゴーレムの一群が動き出した。

重装型の後ろに続くのは、小型高速機、人型近接機、飛行型、多脚型。

さらには狭い路地や建物内での戦闘へ適応した小型軽量機まで含まれている。


「崩落箇所を封鎖しろ!」


王国兵が並び立って瓦礫の前へ集まり、槍を並べ、盾を構える。

だが、奮闘も虚しく重装型の隊列突進を止め切れない。

魔導ゴーレム群の大盾が兵士たちを強引に押し退け、その背後から小型機が壁内へ雪崩れ込んでいく。


やがて王都の街路へ、鋼の足音が響いた。

住宅、工房、市場。人々が暮らしていた場所へ、魔導ゴーレムが侵入する。

戦場は、もはや最外防壁の外だけではなくなり、混沌としていく。


「壁内に敵侵入!」


「市民の避難を急げ!」


「予備部隊を崩落箇所へ!」


事実上の最終防衛ラインの瓦解を目の当たりにして、王国側の指揮系統が若干の混乱を呈する。

ダグラスは、侵入してきたゴーレムと避難する市民の間へ最後の魔導障壁を展開した。

赤金色の障壁が街路を塞ぎ、重装型の大盾が次々と障壁へ激突して魔力光を激しく明滅させる。


魔導杖を握る指から力が抜け、ダグラスの身体が揺れた。


「後ろの人たちを……先に……」


障壁を維持したまま、ついに巨体が膝をつく。


「ダグラスさん!」


周囲の魔術師たちが駆け寄る。

ダグラスは何かを言おうとしたが、もう声にならない。

そのまま魔力欠乏によって意識を失い、その場へ倒れた。


「運べ! 早く!」


魔術師が数人がかりで巨体を抱え、ダグラスが最後に残した障壁が消える前に、壁内奥へ退避していく。


 

壁外では、ザラ・バルガも限界を迎えていた。

褐色の肌には無数の傷を負い、防具は砕け、バトルアックスの刃も欠けている。

それでもなお、重装型の一体へ斧撃を叩き込んだ。


「まだ……終わってない!」


ザラに脚部関節を破壊されたゴーレムが倒れるが、その左右から別の重装型が迫った。

背後には小型機が回り込み、上空では飛行型が降下してきつつある。ザラは完全に包囲されているのだ。


「ザラ!下がれ!」


「先に行け!」


他の冒険者の制止も振り切り、飛来した槍を斧で弾く。

しかし別方向から振り下ろされた大剣が肩を掠め、また鮮血が舞った。

ザラが片膝をついた隙に、複数のゴーレムが同時に武器を構える。


「煙幕を張れ!」


もう見ていられなくなった周囲の冒険者たちが、連携して果敢に包囲へ飛び込んだ。

火炎魔術が地面で炸裂し、煙が敵の視界を奪う。土属性魔術で重装型の足場を崩し、その隙に数人がザラを抱え上げた。


「放せ!まだ戦える!」


「もう立てない奴が言うな!」


「壁まで運べ!」


ザラは抵抗しようとしたが、身体強化を維持する魔力も残っていない。

結局そのまま仲間たちに抱えられ、壁内へ撤収する。


防御の要だったダグラス。

攻撃の先頭に立ち続けていたザラ。


二人が戦線を離れたこの時。壁外防衛線は、事実上の瓦解を迎えた。



▲▽▲―――▲▽▲



魔導ゴーレムの別動隊が、崩落箇所から王都へ流れ込んでいる。

王国兵は後退しながらも応戦していたが、一度崩れた陣形を立て直す余裕がない。


このまま押し切られてしまうのかと思われた、その時。王都中央から、低く力強い軍鼓が響いた。

炎上する街路の向こうに、紅蓮の軍旗が現れる。旗の中央には、太陽と炎を組み合わせた王家の紋章が象徴的に映える。


「あれは……」


一人の兵士が目を見開く。


「《ソル・ブレイズ》!」


赤金色の全身鎧に身を包んだ完全武装の騎士たちが、崩落した防壁へ向かって整然と進んでくる。


王国最精鋭と名高い騎士団ソル・ブレイズ


一人一人が高位の炎属性魔術を操り、国王の命令に従って一個の生命体のように連携する王室直属の騎士団である。

そしてその先頭には、一人の壮年の男が馬上で背筋を伸ばしていた。


王冠ではなく兜。礼装ではなく、幾度も手入れされた完全武装の全身鎧。右手には炎をまとった長剣。

リンドヴァル王国国王、ローデリック・リンドヴァル、王自ら最前線へ堂々の参戦だった。


「国王陛下……」


「陛下が、王城を出られたのか」


ローデリックは燃える街路を泰然と見渡す。

逃げ惑う市民、負傷した兵士、崩れた防壁、王都へ踏み込んだ鋼の軍勢。

それらを目にした時、国王の長剣から紅蓮の炎が立ち上った。


「ソル・ブレイズ、前衛陣形」


騎士たちが一糸乱れぬ身のこなしで左右へ展開する。

全員の剣と槍へ炎が宿り、それぞれの魔力が見えない術式線でつながった。


王都に侵入した重装型魔導ゴーレムの一群が大盾を構え、王国兵の陣形へ突進する。

それをローデリックは正面から迎え撃つ構えだ。


「焼き払え」


王が長剣を振り下ろす。そこに騎士団の炎が一つになって重なり、巨大な火炎の刃となって街路を薙いだ。

重装型の大盾が瞬時に赤熱して割れ、装甲の隙間からは炎が侵入し、内部魔力回路を焼き切る。


巨体が次々に勢いを失い、国王の目前で倒れ伏していく。

その右後方から国王の隣へ、白蒼の装束をまとった若い女性が進み出る。


巫女装束の上には黒い胸当てを身につけ、艶やかな黒髪を後頭部で長いポニーテールにまとめている。

手にしているのは、魔力伝導線の張られた魔導和弓。


ミスリル級冒険者《未来穿ち》の異名で王国中に広く知られる弓の名手、トワ・アマギリである。

トワはまだ敵のいない空っぽの空間へ弓を向け、矢をつがえる。


「三呼吸後。左上」


誰に告げるでもなく呟き、引き絞った弦を放す。矢は、ただ空だけがある場所へ飛んだ。

外した。周囲の兵士の誰もがそう思った直後。一機の飛行型ゴーレムが回避機動を取り、矢の進路へ自ら飛び込んだ。

装甲板が開き、砲口を展開しようとした瞬間。先ほどの矢が、わずかに露出した内部中枢を射抜き当てる。

飛行型はそのまま一発も撃てず、一拍遅れて魔力爆発を起こした矢じりとともに地上へ墜落した。


トワは敵が弱点を見せてから射たのではない。弱点が現れる未来座標へ、先回りして矢を置いていたのだ。

彼女の碧い両目は未来視の魔眼であり、プラスの字の形状に刻まれた特徴的な瞳孔が淡く光るように巡る魔力が、数十秒先までの未来を絶えず予見し続けているからこその芸当である。


「次は、右後ろですね」


トワが次の矢を矢筒から取ろうとするその死角から、小型機が瓦礫を越えて迫った。

すぐ背後で刃が振り上げられるが、トワは振り返らない。

何故なら次の瞬間には黒い影が、小型機の足元を横切ると予見しているからだ。

黒い影は、高速でトワの背後を通り過ぎつつ数本のクナイを地面へ突き刺していった。


「【影縫い】」


瞬く間に土属性魔術が影を通じて広がり、クナイを起点にして小型機の四肢を拘束する。

動きを止めた敵の背後へ、影の中から一人のくノ一が現れる。

短刀が装甲の隙間へ滑り込み、中枢回路を切断された小型機が沈黙した。


プラチナ級冒険者《影縫い》の二つ名で裏社会にも浸透する女忍者、スズネ・クロバネである。


「ありがとう、スズネ」


トワは、更に二射してからようやく振り返って礼を述べた。


「いえ」


スズネは短刀の汚れを払い、トワの背後へ戻る。


「御身を守ることこそ、我が存在の全てにございます」


その声音こそ静かだったものの、トワを見る瞳の奥には、単なる仲間意識では説明できない熱が宿っている。

トワはその内なる危険性に気づいていないのか、穏やかに微笑むだけだった。


「それでは、いつものようにお願いします」


「命に代えましても」


「命には代えないでくださいね?」


「……善処いたします」


ローデリック王は二人のやり取りを背に聞き、どこか頼もしく思いながら前へ出た。

炎上する王都外縁部を背景に背負い、崩れかけた兵士と冒険者たちへ向き直る。


「リンドヴァル王国の勇敢なる戦士たちよ!」


戦場へ勇壮な声が響く。


「我らの真価が問われる時が来た!」


負傷者を運んでいた兵士が疲弊した顔を上げ目を開く。

魔力を使い果たしかけた魔術師が、魔導杖を握り直す。

撤退してきた冒険者たちも、紅蓮の軍旗をその目で見た。


「獰猛なる殺戮者どもに、我らが家族の暮らし、祖先の眠る平穏の国土を蹂躙させてはならない!」


ローデリックが長剣を掲げる。

王の炎へ呼応し《ソル・ブレイズ》の武器が一斉に夜闇を裂いて燃え上がった。


「武器を手に!」


国王の号声が、砲声を押し退ける。


「鋼の意志を持って、我に続け!」


最初に盾を打ち鳴らしたのは、一人の王国兵だった。次に、隣の兵士が槍を掲げる。

冒険者が剣を抜き、魔術師が杖を持ち上げ、職人たちは金槌を胸に当てる。


「陛下に続け!」


「王都を守れ!」


「奴らを一歩も先へ進ませるな!」


勇敢な声が重なり、退きかけていた人々が紅蓮の軍旗の下へ集まっていく。

《ソル・ブレイズ》が前進を開始し、ローデリック王も兵士たちの前に立って歩き出した。



▲▽▲―――▲▽▲



最外防壁上で、リネアは照準器越しにその光景を見ていた。

崩れた壁、炎上する街、倒れた者たち。それでも、再び武器を取る人々。


リリエルは、人間を自ら滅びるための形だと言った。

戦い、滅ぼし合い、最後には消え去る儚い種族だと。


「違うよ。全然違う」


リネアが狙いを定めつつ小さく呟く。


壁外では、ルクスが魔導ゴーレム軍の中を駆けている。

可変盾で攻撃を弾き、フォースフィールドで敵の進路を制限し、クリードディフェンダーで剛撃を繰り出す。

さらに背部のレーザーディスチャージャーが、浮遊砲塔を追って旋回する。


『次期狙撃標的を提示』


義眼の視界へ、ルクスから共有された複数の識別印が浮かぶ。

リネアは必要のない表示を消し、その中で次に止めるべき一体を探した。



遠方では、リリエルが紅蓮の軍旗をボーっと眺めている。


「もっと増えた~」


浮遊砲塔を通じ、嬉しそうな声が響く。


「まだ、いっぱい壊せるってことだね♪」


マックス・アモーが淡々と次の砲弾を給弾する。

その上の空へ、再び浮遊砲塔の群れが短距離転移を繰り返しつつ広がっていく。

その砲口の先へ、王国の戦士たちが立ちはだかった。


国王、騎士、冒険者、兵士、魔術師。その誰もが傷つき、真なる恐怖を知っている。

それでも、誰かを守るために武器を強く握り、その足を踏みしめる。


滅びるための形などではない。

その日、人々は。

守るために戦う者の形をしていた。



むむ!トワとスズネの間に百合百合の花が潜んでいる気配をそこはかとなく感じるぅ!

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