第50話 王都に咲く砲花
お待たせしました!
(挿絵→アーキテクト第四席次リリエル)
グロムロードから出発した増援部隊が王都近郊へ差しかかった時、街道の前方から一騎の早馬が駆けてきた。
馬は全身を汗で濡らし、口元に白い泡を浮かべている。騎乗する兵士も泥と煤にまみれていた。
彼は王都正規軍の軽装鎧を身につけ、背中には斥候部隊の旗を差している。
「前方の部隊、停止せよ!」
斥候兵の声掛けに応じ、増援部隊長が片手を上げる。
それに合わせて兵士、冒険者、物資を積んだ馬車が次々と速度を落とした。
斥候兵はグロムロードの旗を確認すると、馬から転げ落ちるように急いで降りた。
「グロムロードからの増援部隊で間違いないか!」
「そうだ。兵士三百、冒険者百二十名、戦闘魔術師五十名。武器、治療物資、予備魔導具を積んだ輸送馬車が四十台」
部隊長が淡々と正確に答える。
「王都の状況は?」
斥候兵は答える前に一度だけ息を整えた。
「壁外第一防衛線、第二防衛線ともに突破されました!」
周囲の兵士たちが凶報に息を呑む。
「王国軍は最外防壁まで後退! 現在は防壁を挟み、正規軍、魔術師部隊、冒険者連合が抗戦しています!」
「敵の規模は?」
「確認できただけでも数千! 重装型、砲撃型、飛行型を含む魔導ゴーレム軍団です!」
「例の席次持ちは」
「敵後方に、少なくとも二名!」
斥候兵の声がわずかに震える。
「一人はヴァレリアで確認された第三席次ミリアと思われます。もう一人は、小柄な少女です。所属も能力も不明ですが、周囲のゴーレムとは比較にならない強大な魔力反応を確認しています」
第四席次リリエル。
その名を知らなくても、説明だけでリネアには危険な存在だと分かった。
ヴァレリアへ現れた第五席次ベイカーは、最初から人間の戦力を大きく逸脱していた。
もし新たに現れた少女も同じ席次持ちならば、最悪を想定しなくてはならない。
「最外防壁を破られた場合は?」
部隊長が尋ねる。
「市街地まで大規模防衛施設はありません」
斥候兵は王都の方角を振り返った。
「最外防壁が、最後の防衛線です」
地平線の向こうから、微かな砲声が響く。
まだ王都の姿は見えない。それでも、空へ上がる黒煙だけは遠くからも確認できた。
このまま増援部隊が到着するまで、防衛線が耐えられる保証はない。
「私たちを先に行かせてください」
隊列前方から、リネアが声を上げた。
ルクスの背部搭乗席に座り、完成したばかりの《バイナリーライフル》を背負っている。
「ルクスなら、増援部隊より早く戦場へ到着できます」
部隊長がリネアを見る。
「敵の規模は聞いただろう。単独で先行するのは危険だ」
「ヴァレリアで、アーキテクトの軍勢と戦いました」
リネアは金級冒険者の識別証を提示する。
「席次持ちの戦い方も知っています。敵の情報を集めながら、増援部隊が到着するまで防衛線を支えます」
部隊長は識別証とルクスを交互に見た。
黒い四脚獣。背部に搭載された二連装砲のような神代兵装。
右腕の両刃剣左腕の高度な可変盾。
「貴女が《黒鋼の双璧》か」
「その名前に見合うかどうかは、まだ分かりません」
リネアは正直に答えた。
「でも、王都に守りたい人たちがいます」
灰貨商会のヴィオラ、マルタ婆。
冒険者ギルドのバルド、魔導具師協会のセレス。
名前を知っている者も、知らない者も、王都には数え切れないほど暮らしている。
「行かせてください」
部隊長は数秒だけ考え、頷いた。
「許可する。敵戦力の把握と防衛線への合流を優先しろ。深追いはするな」
「ありがとうございます」
「先に伝えておく。すでに壁外へ展開している冒険者部隊との連絡は途切れかけている。独断で敵陣中央へ踏み込むなよ」
「はい」
部隊長が剣を抜き、王都の方角を指す。
「《黒鋼の双璧》王都防衛線へ先行せよ!」
「ルクス!」
『《フィジカル・ブースト》起動』
ルクスの四脚内部で魔力が巡り、装甲の継ぎ目に碧い光が走った。
次の瞬間、黒鋼の巨体が大地を蹴る。低い姿勢から一気に加速し、隊列の間を抜ける。馬車も、騎兵も、たちまち後方へ置き去りになった。
リネアは搭乗席の固定具を握り、身体を伏せる。
右眼の《アルゴス・レプリカ》を起動して望遠倍率を上げる。
街道、丘陵、森。それらの先に、王都グランベルを囲む巨大な外壁が見え始めた。
さらに倍率を上げると、防壁の向こうから立ち上る炎。
上空を飛ぶ無数の黒い影。大地を埋め尽くすゴーレムの軍勢まで視界に入り始める。
「見えた」
『戦場まで約三千二百メートル』
「今のうちに敵の配置を記録して」
『開始します』
ルクスから送られる情報が義眼へ重なる。
敵の数、移動方向、魔力反応、砲撃の発射地点。
けれど、リネアはその全てを表示させなかった。
必要な情報だけに絞って残す。
距離、敵部隊の進行方向、大型魔力反応。
今はそれだけでいい。
やがてルクスは丘陵を越え、王都外縁の戦場が一気に視界へ広がる。
「……ヴァレリアみたい」
焼けた大地、無数の砲撃痕、崩壊した壁外陣地。
折れた馬防柵、炎上する軍用馬車。負傷者を担ぎ、最外防壁へ後退する兵士たち。
転倒した魔導ゴーレムの残骸と、人間の遺体。
そこに旗を立てれば、数か月前のヴァレリアだと言われても信じてしまうところだが、今回の敵はヴァレリアへ攻め込んだ軍勢よりも遥かに統制されていた。
巨大な盾を持つ重装型が前列を形成し、その背後から砲撃型が射撃する。飛行型は防壁上の魔術師へ攻撃を集中させ、地上の小型機が退路を断つ。
王国軍が一体を破壊すれば、隣の個体が即座に穴を埋める。
損傷した魔導ゴーレムは無理に戦闘を続けず後退し、無傷の機体と位置を入れ替えていた。
『敵部隊間の情報伝達速度、ヴァレリア戦を上回っています』
「ミリアだ」
リネアは敵陣後方へ視線を向ける。
複数の機械端子を指先から伸ばし、機械化された瞳で戦場を見渡す第三席次。
彼女が全ての魔導ゴーレムの目となり、頭脳となっているのだ。
「ただ並べてるんじゃない。一体ずつが、他の全部を見ながら動いてる」
王国側の攻撃先も、防御の薄い場所も、負傷者の位置さえ共有されている。
高度に統制された軍団が、一つの巨大な生物のように王都へ迫っていた。
▲▽▲―――▲▽▲
最外防壁の上では、王国軍魔術師部隊が攻撃魔術を放ち続けていた。
炎弾、氷槍、雷撃、岩塊。
属性の異なる魔術が魔導ゴーレム軍へ降り注ぐ。
対する砲撃型も、壁外から一斉に魔力弾を撃ち返した。
空中で魔術と砲撃が交差し、瞬く間に空間を飽和させていく。
その渦中で防壁へ届いた数十発の魔力弾を、巨大な赤金色の魔導障壁が受け止めた。
障壁表面で連続する爆発とともに、おきびのような亀裂が走る。
防壁の中央に立つのは、一人の巨漢の魔術師だった。
くすんだ金髪に穏やかな顔立ち。屈強な身体は重戦士のものに見えるが、手にしているのは業物の魔導杖。
金級冒険者《煉獄の盾》ダグラス・ヴァーンである。
「第三班、障壁を解除してください」
爆発の衝撃や熱波が続く中でも、その声は穏やかだった。
「魔力を回復したら、第二班と交代を。こちらは私が受け持ちます」
「ですが、ダグラスさん一人では!」
「一人ではありません」
ダグラスが魔導杖を高く掲げる。
周囲の魔術師たちが展開していた小型魔導障壁が、彼の魔力によって一つにつながっていく。
薄く広く、されど攻撃の集中する場所だけは厚く、魔導障壁が生き物のように再構築される。
飛行型から放たれた魔力弾には、斜めの障壁を差し込み、受け止めるのではなく上空へ逸らす。
「皆さんの障壁は、まだここに残っています」
赤金色の光が周囲の防壁全体を包む。
「慌てなくていい。私の障壁がある間は、攻撃だけを考えてください」
その頼もしい防御魔術に、膝をつきかけていた魔術師たちが、再び魔導杖を握る。
「攻撃魔術、準備!」
「前列の重装型へ集中!」
ダグラスがいなければ、魔術師部隊はとっくに魔導ゴーレムによる砲撃で崩壊していただろう。
一方、壁外では別の金級冒険者が重装型ゴーレム群を食い止めていた。
「おおおおおおッ!」
小柄な女性が、大型のバトルアックスを振り抜く。
褐色の肌を赤い魔力光が走り、細い腕が常識外れの膂力を生み出す。
斧刃が重装型の大盾へ激突すれば金属が歪み、巨体が正面から押し返された。
そのまま後方にいた魔導ゴーレムまで巻き込み、数体が折り重なって倒れる。
金級冒険者《戦の咆哮》ザラ・バルガ。
「足を止めるな!」
ザラは戦斧を肩へ担ぎ、周囲の冒険者たちへ叫ぶ。
「壁の中には、オレたちが帰る場所がある!」
重装型の一体が槍を突き出したのを、ザラは穂先を戦斧の柄で受け、身体を回転させた。
敵の力を外へ流したまま懐へ潜り込み、戦斧の石突きを脚部関節へ叩き込んだ。
駆動軸が砕け、重装型が膝をつく。
「重いだけの鉄屑が、オレを止められると思うな!」
ザラの咆哮が戦場へ響く。
その声を耳にして、恐怖に足を止めかけていた冒険者が、武器を掲げた。
「ザラに続け!」
「前列を押し返せ!」
冒険者連合が反撃に転じる。
ザラは守るだけでは飽き足らず、重装型の隊列を突き崩し、そのまま敵陣へ突進しようとしていた。
だが、倒された機体の穴を別の重装型が即座に埋める。
左右から盾、正面から槍、上空から飛行型の魔力弾が殺到し、ザラが回避するより早く、赤金色の魔導障壁が頭上に展開された。
魔力弾が魔導障壁へ衝突して掻き消えていく。
「助かった、ダグラス!」
「前へ出すぎですよ、ザラ」
遠く離れた防壁上から、ダグラスの穏やかな声が魔導具を通じて届く。
「なら、あたしが前へ出なくていいくらい攻撃してくれ!」
「善処します」
防御の支点となるダグラスと、反撃の起点となるザラ。
二人がいるからこそ、王都防衛線は辛うじて形を保っている。
リネアには遠目からでも、その構図が理解できた。
そして、二人を失えば戦線が一気に崩れることも。
▲▽▲―――▲▽▲
『敵後方に、大型魔力反応』
リネアは義眼の焦点を、魔導ゴーレム軍の遥か後ろへ合わせた。
低く幅広い背部装甲をした、一体の亀型四脚機兵。その傍らに、可憐な少女が立っている。
「魔導工兵……」
『アーキテクト席次持ちと推定』
戦場随伴給弾機兵の背甲は閉じられたままだった。
大量の実体弾を搭載しているはずだが、給弾腕はまだ一つも展開されていない。
一方で少女――第四席次リリエルの周囲には、数門の砲塔だけが浮かんでいた。
その一門の砲身が、初めて王都へ向けられる。リリエルはマックスの頭部を撫でながら、片手を軽く上げた。
それを合図に、高密度の魔力砲弾が放たれる。砲弾は戦場の上空を越え、最外防壁へ飛来してくる。
「高エネルギー砲撃、来ます!」
魔術師部隊が警告とともに複数の魔導障壁を重ねる。
ダグラスも魔導杖を向け、赤金色の障壁を厚くした。
魔力砲弾が着弾すると、薄黄緑色のエネルギー爆発が轟音を鳴らし、王都の防壁全体が揺れたように錯覚する。
外側の魔導障壁が二枚、三枚と砕け散り、内側にいた魔術師たちが衝撃で後退し、数人が膝をついた。
ダグラスの障壁にも、かつてないほど大きな亀裂が走っている。
それほどの一撃を放ちながら、リリエルは砲撃の結果を見ていなかった。
マックスの頭を撫で、何かを楽しそうに話しかけている。
しばらくすると、思い出したように別の砲門を王都へ向け、二発目が放たれる。
再び魔術師部隊が総出で魔導障壁を重ねた。
「間隔十二秒!次弾にも備えろ!」
「防壁上部へ魔力を集中!」
守備隊は切迫しており、まさしく必死だったが、撃っている側からは戦意すら感じられない。
狙いも大まかであり、連射もしていない。しかも使っているのは魔力弾だけで、実体弾を使い始める気配がない。
ヴァレリアでアーキテクトの席次持ちと戦ったリネアには、その不自然さが分かった。
「ルクス。あの子の魔力残量は?」
『計測限界を超過。現在の砲撃による消費量は、全体の2パーセント未満と推定』
「やっぱり」
リネアの背筋を冷たいものが走る。
「あの子、まだ戦ってない」
あれほどの高威力を誇る砲撃が、準備運動にすらなっていない。
しかし王国側は、リリエルのやる気のない攻撃を断続的に止めるだけで魔力を消耗させられている。
少女の周囲に浮かぶ砲塔の数は、膨大な魔力反応と釣り合っていない。
より重要な局面へ投入するために、明らかに攻撃リソースを温存されているようだ。
「急いで、ルクス」
『機動出力を上昇』
ルクスの四脚機動が、さらに加速する。
だが、リネアたちが戦場へ到達するより先に、敵陣後方で第三席次ミリアが動いた。
▲▽▲―――▲▽▲
ミリアは指先から伸ばした機械端子を通じ、戦場全体を観測していた。
数千体の魔導ゴーレムが見る景色、王国兵の配置、魔術師部隊の消耗、冒険者たちの動き、そして最外防壁の損傷。その全てが、機械化された瞳へ流れ込んでいる。
前線は十分に押し込み、障壁魔術師たちの魔力も削った。王国軍の予備戦力も移動を始めている。
これ以上、通常戦力だけで時間をかける理由はない。
前方へおもむろに歩んだミリアは、やがてリリエルの隣へ立った。
「ねえ、ミリア」
リリエルが退屈そうに振り返る。
「まだ待つの? マックスも、早く撃ちたいって」
マックス・アモーの背甲内部から砲弾同士が触れ合う重い音が響き、リリエルは亀型機兵の頭を撫でる。
「もう少しだからね」
ミリアは少女の肩へ手を置いた。
「もういいわ、リリエル」
第四席次の瞳が期待に輝く。
「ちょっと我慢させすぎてしまったわね」
ミリアの機械化された瞳が、王都グランベルを再度捉える。
城壁、塔、兵舎、工房、家屋、街路。
そこは人の手によって作られた、数え切れないほどの人工物で溢れていた。
「焼き払って頂戴」
「うん!」
リリエルの顔に屈託のない笑みが広がり、マックス・アモーの背甲が開く。
分厚い装甲の下から現れたのは、種類も口径も異なる大量の実体弾。
徹甲弾、炸裂弾、破城杭。
背甲内部から無数の給弾腕が伸び、それら砲弾を持ち上げる。
リリエルは今一度王都へ向き直り、両腕をゆっくりと左右へ広げる。
「我、滅却する者リリエル」
少女の声が、魔力拡声によって戦場全体へ伝わっていく。
「古の約定に従い、人界のことごとくを破砕せん」
少女の周囲の空間が歪む。
「盟装――《カラミティ・ブルーム》」
リリエルの背後から細い金属骨格が伸び、肩、背中、腕へ無数の魔力供給管が接続する。
可憐な少女の身体を中心に、大小の浮遊砲塔が花弁のように開き配置されていく。
さらに二門の大型浮遊砲塔が展開された時、リリエルの足が地面から離れる。
次の瞬間にはその身体が短距離転移していた。少女の姿が一瞬だけ空間上から消失し、数十メートル先の空中へ現れる。
それと同時に、周囲の砲塔もそれぞれ目まぐるしく転移した。王都最外防壁を円形に包囲するように、砲塔が空間の各所へ配置される。
それはリリエルによって、多重砲撃空間陣、と名付けられた必殺の砲撃陣であった。
マックス・アモーによりすでに実体弾が給弾された砲塔にも、内部で魔力弾を形成する砲塔にも、砲口に光が集まり始めている。
「な……」
防壁上の魔術師が、空を見上げて絶句する。
視界を埋め尽くす砲口。その全てが、自分たちへ向けられているのだ。
リリエルは屈託なく笑った。
「砲花よ、咲いて」
最初の砲声に続いて、複数の砲塔が一斉に火を噴いた。
魔力弾が光の尾で空を染め、徹甲弾が音を置き去りにして飛来する。
炸裂弾が宙に弧を描き、破城杭が防壁基部へ直進していく。
それらが正面だけではなく、上からも、左右からも、魔導障壁の角度では受け流せない方向からも殺到していた。
「全障壁、最大展開!」
ダグラスが叫んで魔導杖を地面へ突き立てると、赤金色の光が最外防壁を覆った。
最初の魔力弾が着弾し、内側へ光の波紋を広げる。
続いて徹甲弾が障壁へ食い込み、巨大な亀裂を走らせる。
「第一班、右上空!」
「第二班は防壁基部を守れ!」
「間に合わないぞ!」
砲撃が絶えず雨となって降り注ぎ、最外防壁が揺れた。
防壁外で戦っていた冒険者たちも、頭上を通過する砲弾の嵐に思わず足を止める。
ザラが重装型を蹴り倒し、王都を振り返った。
「何だよ、あれは……!」
先ほどまでの散発的な砲撃とはまるで違う。
一人の少女が、砲兵隊を遥かに超える火力で王都全域を撃ち始めている。
リリエルの姿が再び消え、別の位置へ転移すると砲塔群も連続して配置を変える。
防御の薄い場所を見つけるたび、そこへ迅速に新たな射線が形成された。
「リリエル、左側の障壁が薄いわ」
ミリアから戦場観測情報がデータリンクで送られる。
「分かった!」
リリエルが砲口を振り向けた次の瞬間には、魔力砲が次弾の充填を始めていた。
▲▽▲―――▲▽▲
「間に合って!」
ルクスがやっとの思いで最外防壁前へ到達すると、すでに空は砲火で埋め尽くされていた。
しかもこのまま正面からリリエルへ向かうことはできない。
進路上には無数の魔導ゴーレムが健在であり、多方向から降る砲撃に掴まるわけにもいかない。
そしてなにより、まずはリネアの狙撃地点を確保しなければならない。
『防壁上部に狙撃適性地点を確認』
リネアの義眼へ、その位置が共有表示される。
ルクスが示すそこは最外防壁の角に設けられた監視塔であり、半壊しているが足場は残っていて敵陣後方まで見渡せるようだ。
「あそこへお願い!」
『了解』
ルクスが左腕の可変盾を掲げ、飛来した魔力弾を受け止めながら、右腕側面から《アンカーショット》を射出した。
鋼線を伴う杭が監視塔上部へ突き刺さる。
『固定を確認』
即座に巻き取り機構が起動し、ルクスが四脚で防壁上へ駆け上がる。
直後に砲弾が背後へ着弾し、大地が爆発したものの、その衝撃に押されながらアンカーの鋼線が巨体を支える。
「行くよ!」
リネアは固定具を外し《バイナリーライフル》を抱えて監視塔へ飛び移った。
片膝をつき、着地に成功すると、義眼が足場の傾きと損傷率を即座に解析する。
狙撃には耐えられそうな頑丈な足場だ。
「ルクス、私はここから撃つ!」
『了解。当機は壁外へ展開します』
アンカーが外れ、ルクスは防壁を蹴り、再び壁外へ降下した。
黒鋼の四脚獣が大地へ着地すると、衝撃で土煙が上がる。
「黒い従魔……」
その近くにいた王国兵が声を上げる。
「《黒鋼の双璧》だ!」
ルクスの左腕で可変盾が広がり、同時に周囲へフォースフィールドを展開する。
冒険者たちへ迫っていた魔力弾を逸らしながら、背部兵装を戦闘出力へ移行させる。
二連装拡散レーザーキャノンである、神代兵装
その冷却機構が開き、二門の集光部へ碧白い光が宿る。
『敵小型機および砲塔位置を捕捉』
最外防壁上では、リネアが半壊した監視塔へ身を伏せ《バイナリーライフル》の二脚を展開した。
銃床へ頬を当てると、右眼の《アルゴス・レプリカ》と専用照準器が無線接続し、視界が遠くへ伸びる。
眼下には無数の魔導ゴーレム。空中には短距離転移を繰り返す砲塔群。
そして多重砲撃空間陣の中心で、楽しそうに笑うリリエル。
ルクスから次々に標的位置、移動方向、砲撃間隔などの戦況情報が義眼に送られてくる。
リネアは心を落ち着かせ、冷静に情報を選別していく。
余計な表示は迷いなく切り、主に残すのは距離、風向き、標的印。そして、守るべき者たちの位置。
リネアは今一度呼吸を整えた。
「狙撃支援を開始するよ、ルクス」
『了解』
黒鋼の猟獣が、主の眼を背負って砲火の中を駆け始める。
『新戦闘連携――開始』
リネアの指が《バイナリーライフル》の引き金へ触れた。
いつも拙作小説をご愛顧いただきありがとうございます。どんどん盛り上げて参りますので、お楽しみに!




