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第48話 砲花、王都へ


挿絵(By みてみん)



男は、何もない荒野を歩いていた。


リンドヴァル王国軍の斥候として南東部へ派遣され、三日をかけて周辺を調べた。だが、アーキテクトの魔導ゴーレムは一機も見つからない。

遠くに見えるのは、風に揺れる枯れ草と崩れかけた岩山だけ。


敵軍はさらに南東へ撤退した。

十分な検討の末そう判断し、男は王都へ戻ろうとしている。

自分のすぐ後ろに、数千体のゴーレムが整列していることにも気づかずに。


男の視界には、何も映っていなかった。

巨大な重装型も、空を旋回する飛行型も、地面へ固定された砲撃型も、全て認識の外へ追いやられていた。


見えているはずのものが見えない。

聞こえているはずの駆動音が聞こえない。

踏み荒らされた大地さえ、男の認識の中では風の吹き抜ける平原へ置き換えられている。

やがて斥候の姿が地平線の向こうへ消えた。


「認知偽装、安定。記憶改変にも異常なし」


第三席次ミリアが、男の感覚との接続を切る。


「彼は王都へ戻り、この一帯には何もなかったと報告するでしょうね」


機械化された瞳の中から、斥候が最後に見ていた景色が消えた。



ミリアがいるのは、荒野へ築かれたアーキテクトの仮設再編拠点だった。

周囲にはヴァレリアから撤退した魔導ゴーレムが、見渡す限り並んでいる。損傷した機体は中央へ集められ、修復不能と判断された個体は既に解体されている。


回収された装甲、取り外された魔力炉、武装、駆動軸、感覚器。

それらは新たな魔導ゴーレムを作るための部品へ変えられていく。


ミリアの十本の指先が開き、内部から細い複数の機械端子が伸びていた。

端子は足元の制御盤へ接続され、そこから拠点全体へ枝分かれしている。


認知干渉盟装コードフリーク


その権能の一端により、ミリアの意識には数百体の魔導ゴーレムが見ている景色と機体情報が同時に流れ込んでいた。

損傷率、残存魔力、兵装の状態、交換すべき部品。

個体ごとに異なる情報を高速並列処理しながら、修復と再編の命令を下していく。


「第三十八区画、重装型二機の脚部交換を優先。飛行型は外周警戒へ。修復を終えた砲撃型は北側へ移動しなさい」


ミリアが指を動かすたび、複数のゴーレムが一斉に動く。

その上空では、デルタバーテックスが浮遊機構を明滅させていた。ヴァレリアで失った外装も修復され、今は第三席次の目として周辺を監視している。

一方、拠点の端にはアトラス・ドレッドノートが停車していた。損傷していたパルスシールド発生器と武装の修復は終わっている。


命令を送れば動くし、敵を指定すれば砲撃する。

それでも、ベイカーが生きていた頃とは何かが違った。

無限軌道は沈黙し、巨体に搭載された感覚器も光を落としている。主人を失った魔導機兵は新たな命令を待ちながらも、動かない。


ミリアは一瞬だけアトラスへ視線を向けたが、感傷に処理能力を割くことはしなかった。

ベイカーが残した戦力を無駄にはしない。彼の戦いを礎にすると決めたのだから。


『南西監視網に反応』


デルタバーテックスから情報が届く。

その先で重い足音に一定の間隔で響く金属音。魔導ゴーレム軍のものではない。

ミリアは接続端子の一部を引き戻し、南西方向へ視界を切り替えた。


荒野の彼方から、一体の四脚獣が歩いてくる。亀を思わせる、低く幅広い機体だった。

脚は短いが太く、一歩ごとに大地へ深い足跡を残す。頭部の大半は頑丈な装甲で覆われ、背中には甲羅のような巨大構造物を備えていた。


しかしただの装甲ではない。内部に詰め込まれているのは、砲弾、弾帯、徹甲杭、炸裂弾。種類も口径も異なる大量の実体弾だった。


戦場随伴給弾機兵マックス・アモー


その威容の背甲の上に、一人の少女が座っている。

荒野を渡る風に白っぽい銀髪を揺らし、楽しそうに両脚を動かしていた。

遠足から帰ってきた子供のような屈託のない笑顔を浮かべている。


拠点を守る魔導ゴーレムが、一斉に二体へ感覚器を向けた。

それに気圧された様子もなく、少女は笑顔のまま大きく手を振った。


「ミリアー!久しぶり!」


緊張感とは無縁の声が、荒野へ響く。

亀型の魔導機兵マックス・アモーも低い駆動音を鳴らした。少女の挨拶へ合わせているらしい。

ミリアは立ち上がって拠点の前まで進み、腰へ片手を当てた。


「遅かったわね、リリエル」


「ごめんね。マックスにいっぱい弾を積んでたら、重くなっちゃったの」


少女――アーキテクト第四席次リリエルが、マックスの背甲から飛び降りる。

着地するとすぐに振り返り、亀型機兵の頭部装甲を両腕で抱き締めた。


「長い旅だったね。偉い、偉い」


マックスが頭部を嬉しそうにわずかに上下させる。

装甲同士が擦れる鈍い音さえ、リリエルには甘える鳴き声として聞こえているらしい。


「砲弾の輸送状況は?」


「全部持ってきたよ。徹甲弾も炸裂弾も、頼まれてた大きいのも。ね、マックス?」


背甲内部から、砲弾が移動する重い音が返ってきた。


「お腹いっぱいだって」


「そう」


ミリアは背甲の各部を機械化された瞳で走査した。

弾薬は十分量。給弾腕にも異常はない。長距離移動後としては、マックス・アモーの状態は非常に良好だ。


リリエルは周囲を見回した。デルタバーテックスを見つけると、嬉しそうに手を振る。

続いて、拠点の端に停車しているアトラス・ドレッドノートへ視線を向けた時、その笑顔が初めて硬直した。


「あれ?」


リリエルはアトラスとミリアを交互に見る。


「ベイカーは?」


ミリアは、すぐには答えなかった。問いかけられるだろうことは分かっていた。

それでも、その名を口にするたび、爆縮によって抉られた大地が脳裏へ浮かぶ。


「第五席次ベイカーは、ヴァレリアで戦死したわ」


リリエルが驚き、瞬きをする。


「死んじゃったの?」


「ええ。ミスリル級冒険者ユズリハ・カゲツキと相打ちになった。闘神装アダマント・レギオンも失われたの」


「そっか」


それは小さな声だった。

リリエルはアトラスへ歩み寄り、冷たい前面装甲へ手を触れた。


「ベイカー、帰ってこないんだね」


アトラスは答えない。マックス・アモーがリリエルの後ろまで歩き、頭部を彼女の肩へ慰めるように寄せ、リリエルはその装甲を撫でた。


「寂しいね、マックス。ベイカー、あなたの上に乗ろうとして、いつも怒られてたもんね」


マックスの感覚器が一度だけ明滅する。リリエルはしばらくアトラスに触れていた。

悲しみは本物だ。仲間の死を理解できないわけでも、何も感じていないわけでもない。


それでも、彼女の中で悲しみと現生種殺滅の使命は矛盾しなかった。

ベイカーが死んでも、神代から続いてきた約定は終わらない。


人の手で積み上げられた石、切り拓かれた道、鍛えられた鉄。都市、城壁、塔、兵器。

この世界エルディアを覆う、あらゆる人工物を破砕する。それが第四席次リリエルに与えられた役割であり使命だった。

リリエルがミリアへ振り返る。その顔には、もういつもの笑みが戻っていた。


「それで、次はどこを壊せばいいの?」


あまりにも明るい声だったが、ミリアは表情を変えない。


「その前に、貴女とマックス・アモーの戦闘機能を確認するわ。長距離移動後に、いきなり本格戦闘へ投入するつもりはないもの」


「試し撃ち?」


「そうよ。標的も用意してあるわ」


「やった!」


リリエルはマックスの頭部を軽く叩いた。


「行こう、マックス。久しぶりのお仕事だよ」


マックス・アモーが、先ほどまでより力強い駆動音を響かせた。



▲▽▲―――▲▽▲



仮設拠点から数キロ離れた丘陵地帯に、放棄された石造城塞があった。かつて周辺の領主が国境防衛のために築いたものらしい。

今は門も閉ざされ、内部に人の気配はない。それでも城壁や塔、地下施設の大部分は原形を保っている。

人工物を標的とする訓練には十分だった。


「今回は照準機構、給弾速度、転移後の砲撃精度だけを確認するわ」


ミリアが淡々と告げる。


「盟装出力は最低限。全砲門の展開も許可しない」


「何発撃っていいの?」


「三発まで」


「少ないなあ」


「試射よ。城塞を更地にすることが目的ではないわ」


「はあい」


リリエルは残念そうに返事をし、それから城塞へ向き直って両腕を左右へ広げた。


「盟装展開」


少女の背後で空間が歪む。

細い金属骨格が翼のように伸び、いつの間にか現れた複数の魔力供給管がリリエルの肩と背中へ接続された。


続いて虚空から砲門が現れる。

本来なら空を埋め尽くすほどの火砲群。そのごく一部だけが、花弁のように少女の周囲へ展開された。


滅都盟装カラミティ・ブルーム


過去に数多の都市群を灰塵に帰してきた、破滅を告げる至高の兵装。


リリエルの足が地面からわずかに浮き上がる。

可憐な少女の背後で、城壁を穿つための長大な砲身が旋回した。


「マックス、最初は硬いのを」


指示に合わせてマックス・アモーの背甲が左右へ開く。

内部から複数の給弾腕が飛び出し、鈍重な外見からは想像できない速度で一発の徹甲弾を選び、リリエルの右側に浮かぶ砲門へ運ぶ。

口径と砲身規格を確認、装填、閉鎖。装填作業完了まで、わずか数秒の早業。


「ありがとう」


リリエルが嬉しそうに笑い、砲口が城塞正門へ向けられた。

轟音とともに砲弾が放たれ、分厚い鋼鉄の正門へ小さな穴が開いた。


一拍遅れて、門の内側から爆発音が響く。

徹甲弾は正門だけでなく、その奥にあった中庭を横断し、中央塔の基部までを貫いていた。

正門が内側へ崩れ落ち、遅れて中央塔が傾き、石材を撒き散らしながら城塞内部へ倒れ込んだ。


「弾道安定。貫通力も想定値以上ね」


ミリアが冷静に記録を入力する。

その横でリリエルの姿が掻き消えた。淡い光の残滓だけをその場へ残し、城塞の右側へ空間転移する。

転移の距離自体は短いが、リリエルに照準を合わせた敵から見れば、射線上から突然消失したのと変わらないだろう。


「次は、下を壊すね」


マックスはすでに動いていた。

リリエルの転移先を予測し、四脚で大地を蹴る。

背甲を揺らしながら最短距離を進み、別種の砲弾を給弾腕で持ち上げた。

リリエルの左側へ展開された短砲身へ装填する。


二発目の砲弾が城壁の下部へ突き刺さった。

爆炎は小さいものの、人工的に組み上げられた石材の接合部へ破砕が連鎖していく。

一つの亀裂が二つへ、二つが四つへと広がりゆき、城壁を支えていた構造そのものが内側から崩れ、長大な壁面が地鳴りを上げて沈んだ。


「二発目、正常」


ミリアの瞳に、城塞内部の解析結果が流れる。

城塞周囲の自然石には、ほとんど砲撃の影響がない。

一方で、人の手で加工され積み上げられた箇所だけが、異常な速度で原形を失っている。


リリエルは、もう一度だけ短距離空間転移した。

城塞を正面から見下ろせる、空中の一点へ。


「最後は大きいのにしよう」


マックス・アモーの給弾腕が、背甲最深部へ格納されていた大型砲弾を持ち上げる。

脚部が沈み、亀型の巨体がわずかに軋んだものの、給弾腕は揺れない。

リリエルの背後に、他の砲門より一回り大きな主砲身が形成された。

そこへ給弾腕が大型砲弾を押し込む。装填が完了すると、マックスは砲撃の衝撃へ備えて四脚を地面へ固定した。


「マックス、少し下がっててね」


そう言われても亀型機兵は岩のように動かなかった。

リリエルと砲身の間へ入らない範囲で、主人のすぐ近くに留まる。


「もう。心配性なんだから」


リリエルは機嫌よく笑いながら、城塞へ指を向けて一言だけ唱える。


「破砕せよ」


三発目は大気を震わす。大型砲弾が中央塔の跡を通り過ぎ、地下深くへ突き刺さる。

一瞬の静寂の次の瞬間、城塞全体が下から強引に持ち上げられた。


地下施設を走る亀裂が、基礎、支柱、壁、塔へ急速に伝播する。

地下で大爆発が起き、爆炎と、空を覆うほどの煙が行き場を探してほとばしる。

城塞を城塞として成立させていた全ての構造が、同時に支えを失った。


正門が沈み、残っていた塔が倒壊する。

城壁は内側へ崩れ、石材の波となって中庭を埋め尽くす。


数十秒後。そこにあったはずの城塞は、巨大な瓦礫の山へ変わっていた。


リリエルが撃ったのは、わずか三発の砲弾。

しかしそれによって、人工物だけが徹底的に破砕されていた。


「もっと撃っていい?」


「駄目よ」


ミリアは困ったように即答した。


「必要な数値は取れたわ」


「まだいっぱい残ってるのに」


リリエルが地上へ軽やかに降り立つ。

彼女が盟装を解除すると、周囲へ展開されていた複数の砲塔が虚空へ消えた。

そうして真っ先にマックスへ駆け寄り、その頭部装甲を両手で撫でる。


「給弾、すごく速かったよ。上手だったね」


マックスの感覚器が嬉しそうに明滅した。



ミリアは崩壊した城塞を静かに見つめる。

第五席次ベイカーは近接戦闘において、アーキテクト席次の中でも屈指の破壊力を持っていた。

闘神装アダマント・レギオンを展開した彼なら、この城塞も正面から打ち砕けただろう。


だが、リリエルは敵の反撃が届かない場所から、わずか三発で同じ結果を生み出した。

完全な盟装展開すら行っていない、試し撃ちにすぎない児戯で。


ベイカーが敵陣を穿つ闘神ならば、リリエルは戦場そのものを消し去る砲火。

個人を打倒するための兵ではなく、都市の終焉を告げる魔導工兵だ。



▲▽▲―――▲▽▲



仮設拠点へ戻ると、ミリアは作戦卓へリンドヴァル王国の地図を投影した。

光で形作られた地形の上に、都市、街道、砦、王国軍の駐屯地が表示される。

リリエルはマックスの背甲へ腹這いになり、地図を覗き込んだ。


「ここが、ベイカーの死んだ街?」


指先が交易都市ヴァレリアへ触れる。


「ええ」


「大きいね」


「交易都市としては、王国最大級よ。あの都市を落とせなかったことで、王国はアーキテクトに抗戦できると考え始めている」


「じゃあ、もう一回壊しに行く?」


「いいえ、そうはしないわ」


ミリアが地図を動かす。ヴァレリアから街道と大河を遡った先。

王国の中心に築かれた、巨大な都市が拡大表示される。


幾重もの城壁に囲まれた王城。冒険者ギルド本部。魔道具師協会。

工房、商会、兵舎、倉庫。無数の家屋と、地下を走る魔力導管。


その大都市の名は、リンドヴァル王国王都、グランベル。


リリエルの瞳が輝いた。


「建物が、いっぱい」


「王国の政治、軍事、物流、技術。その全てが集められた都市よ」


「ヴァレリアより大きい?」


「比較にならないほどに」


リリエルが堪らず身を起こす。

マックスも地図を見ようとするように、頭部を作戦卓へ近づけた。


「見て、マックス。大きな街だって」


背甲の内部で無数の砲弾が触れ合い、重く低い音が響いてくる。

それはまるで亀型機兵が返事をしたかのように聞こえた。


「ここを壊したら、リンドヴァル王国は困る?」


「ええ、とても」


ミリアは淡々と答えた。


「城壁を砕き、工房を焼き、地下の魔力網を断つ。王城と各組織の本部を失えば、王国は長期間にわたって指揮機能を回復できないでしょう」


「そっか」


リリエルは、王都を示す光へ指を置いた。

その顔には、砲撃訓練を喜ぶ時と変わらない、屈託のない笑みが浮かんでいる。


「じゃあ、次はここにしようよ」


ミリアは答えず、第四席次を怜悧な機械眼で見つめた。


特殊従魔ルクスとその指揮者、リネア・ギアライト。

ユズリハ・カゲツキが命と引き換えに守った者たち。

彼らが王都へ戻ったことはすでに確認している。


ミリアの機械化された義手から伸びる接続端子が、冷たい光を放った。


「敵戦力の再調査を開始しているの。魔導ゴーレムの進軍経路も確保し、王都周辺の防御施設と警戒網を把握するわ」


「まだ撃っちゃ駄目?」


「ええ。私が許可するまで待ちなさい」


「分かった。待つのも得意だよ」


リリエルはマックスの背甲を撫でる。


「ね、マックス?」


亀型機兵が低く鳴いた。

その甲羅の中には、一つの城塞を瓦礫へ変えてなお、数え切れないほどの実体弾が残されている。


デルタバーテックスが浮遊機構のブーストを吹かし、上空へ舞い上がった。

再編を終えた魔導ゴーレムが、一体ずつ北東方向へ機体を向ける。

主を失ったアトラス・ドレッドノートも、わずかに遅れて無限軌道を動かし前進した。


遠く離れた王都グランベルでは、夜を迎えた街に無数の明かりが灯っている。

人々は働き、語らい、食事を取り、それぞれの日常を生きていた。

その一つ一つが、紛れもなく人の手によって築かれたものだった。

家も。工房も。街路も。城壁も。誇りをかけて守るべきものだ。


しかしリリエルにとっては、その全てが壊すべきものだった。


海へ流された《白雨》に見送られ、残された者たちが再び歩き始めた頃。

遠い荒野で咲いた砲花の牙が、リンドヴァル王国の中心へ向けられる。


第四席次リリエルと、戦場随伴給弾機兵マックス・アモー


王都を破砕するための砲花が、静かに動き始めていた。



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