第47話 狩人の眼
王都へ戻ってから、リネアは灰貨商会所有の地下工房に籠もりきりになった。
交易都市ヴァレリアを守り抜いた代償は、あまりにも大きい。
リネアは右眼の視力を失い、ルクスの全身にも激戦の傷跡が残されていた。
大きく歪んだ可変盾。亀裂の走った左腕部接続機構。表面装甲の剝離。
《フィジカル・ブースト》を限界稼働させたことで蓄積した四脚部の負荷。
星紋動力環にも、通常値を上回る摩耗が確認されている。
本来なら数人の魔導技師が手分けして修復するほどの損傷だったが、それでもリネアは自分の手でルクスを直すことを選んだ。
地下工房の中央で、ルクスは胸部と左腕の装甲を外した状態で伏せている。
リネアはその正面の足場の上に立ち、細い工具を使って関節基部の魔力回路をつなぎ直していた。
「そこ、もう少し明るくして」
『照明角度を調整』
ルクスの単眼から補助光が伸びる。
「ありがとう」
リネアは断線箇所へ工具を近づけるが、先端が狙っていた位置からわずかに外れる。
金属同士が触れ、乾いた音がした。
「あ……」
以前なら、考えなくても正しい位置へ手を運べたのだが、今は違うようだ。
右眼を失ったことで、物までの距離や奥行きを正確に捉えるのが難しくなっている。
手前にあると思った部品へ指が届かない。
まだ距離があると思って工具を動かし、部品へぶつけてしまう。
右側から落ちてきた小さなネジにも、気づくのが遅れた。
さらに、床へ落ちた部品を拾おうとして、足場の段差を踏み外しかける。
『リネア』
ルクスが即座に腕を伸ばし、彼女の身体を支えた。
「大丈夫。少し距離を間違えただけ」
『作業開始から二時間十三分。休息を推奨』
「まだ、この回路が終わってない」
『疲労による作業効率低下を確認』
「片眼になったせいだよ」
思った以上に強い声が出てしまっていた。
リネアは工具を握ったまま俯く。
「今までなら、とっくに終わってた」
ルクスの単眼が静かに明滅した。
『作業速度は以前の六十八パーセントまで低下しています』
「やっぱり……」
『ただし、修復精度に重大な変化はありません』
リネアが顔を上げる。
「慰めてる?」
『観測結果を報告しています』
ルクスは淡々と続けた。
『距離認識の誤差は増加。しかし、回路構造の分析、修復手順の選択、接続後の安定性は以前と同等です』
「私の腕は、落ちてない?」
『肯定』
それを聞いて少しだけ、胸の奥が軽くなる。
失ったものは確かにあるが、自分が修理師として積み重ねてきた全てまで消えたわけではない。
リネアはため息をついて工具を置いた。
「少し休む」
『適切な判断を支持』
「ちょっと悔しい気もするけどね」
その時、地下工房の扉が開いた。
ハイヒールの足音を響かせながら、灰貨商会長ヴィオラ・レイスが入ってくる。
相変わらず隙のない黒いドレスの着こなしに、値踏みするような鋭い眼差し。
しかし、包帯で覆われたリネアの右眼を見た時だけ、わずかに表情を曇らせた。
「休んでいるようで安心したわ」
「ヴィオラさん」
「戻ってきたその日から工房へ籠もるなんて、相変わらずね」
ヴィオラはルクスの損傷を一目見る。
「修理は進んでいる?」
「時間はかかっていますが、じきに直せます」
「あなたなら、そう言うと思っていたわ」
リネアは一度息を整え、ヴィオラへ向き直った。
次会ったら頼もうと決めていたことがある。
「ヴィオラさん。探してほしいものがあります」
「聞きましょう」
「義眼型の魔道具です。できれば、普通の眼に近い視界を得られるものを」
ヴィオラはすぐには返答しなかった。
腕を組み、リネアをじっと見る。
「それだけでいいの?」
「え?」
「単なる視力補助では、金級以上の戦場で弱点を補うことさえできないわ」
それは予想さえしていなかった野心的な言葉だった。
ヴィオラはリネアの正面へ立つ。
「失った視力を元に戻す。それだけでは、また同じ弱点を狙われる」
「でも、右側が見えるようになれば――」
「日常生活は楽になるでしょうね。修理にも戻れる。でも、あなたが求めているのはそれだけ?」
リネアはすぐには答えられない。
ヴァレリアの川辺で、ルクスとアルズに誓った。
守られるだけでは終わらない。同じ戦場へ立つための方法を探すと。
ヴィオラは言葉を続ける。
「せっかく身体へ補助機を埋め込むのよ。もっと先を見据えなさい」
彼女の視線が、作業台に並ぶ精密工具へ移る。
「あなたには、一流の修理師として培った手先の器用さがある」
次に、分解されたルクスの関節部を見る。
「わずかな損傷から、機械全体の構造を読み取る観察力もある」
最後に、ルクスとリネアを交互に見た。
「戦場で敵の動きを読み、特殊従魔へ細かく指示を与えてきた判断力も磨かれている」
そこまで言って、ヴィオラの口元に小さな笑みが浮かぶ。
「あなた、狙撃手に必要な資質を半分くらいは、もう持っているわよ」
「狙撃手……」
これまで考えたこともなかった。リネアが握ってきたのは工具であり武器ではない。
戦場でも、自分が直接敵を攻撃することはほとんどなかった。
「もっと先を見据えて、これから身につける戦闘技能に直結する義眼を望むべきよ」
ヴィオラは、意味ありげに告げた。
「そうね。例えば――狙撃向けの望遠義眼とか」
▲▽▲―――▲▽▲
それから六日後。
ヴィオラが地下工房へ持ち込んだのは、豪華な装飾箱だった。
だが、中に収められていた品は豪華とはほど遠い。
くすんだ黒色をした金属製の義眼。
表面には細かな傷が走り、中央の碧い菱形が幾重にも重なった人工瞳孔も濁っている。
複数の導線が切れたまま垂れ下がり、魔力を通しても一切反応しなかった。
「これが……高性能義眼?」
リネアは思わず尋ねた。
「正確には、性能不明の起動不能品よ」
ヴィオラは平然と答える。
「王都西部の骨董商が、神代遺物の模造品として長年保管していたものなの」
「動かないから、価値が分からなかったってこと?」
「何人もの魔道具職人が調べたけれど、内部構造すら理解できなかったそうよ。粗悪な複製品だと判断されていたわ」
リネアは黒い義眼を持ち上げた。見た目以上に軽い。
外殻を固定しているネジにも、現代では使われていない特殊な形状が採用されているようだ。
ルクスが単眼を向けて走査する。
『微弱な未知術式反応を検出』
「やっぱり、中に何か仕組みがあるね」
リネアは作業台へ運び、その日のうちに義眼の分解を始めた。
外殻を外すと内部には、髪の毛よりも細い魔力導線が立体的に組まれていた。
平面へ術式を刻む現代の魔道具とは違う。小さな球体内部に、幾層もの魔術回路が緻密に美しく重ねられている。
リネアはその威容に息を呑んだ。
「これ……模造品なんかじゃない」
『分析を強化』
「本物ではないかもしれないけど、本物の構造を知っている誰かが、できる限り正確に再現しようとして丁寧に作ったもの」
神代の戦闘兵が使用していたとされる視覚補助装置。その精巧な複製品として、リネアは義眼へ仮の名称をつけた。
神代複製義眼
その義眼が起動しない原因は一つではなかった。
動力経路が複数箇所で断線している。焦点制御機構は劣化で固着。
神経伝達部の魔術膜も劣化し、情報処理術式の一部も休眠状態に陥っていた。
普通の職人なら、壊れていることは分かっても、どこから直せばよいか判断できない。
だがリネアには見えた。
ルクスを夢中で直した時と同じように、どの部品が何を支え、どの回路がどの機能へつながっているか。
修理すべき順番が、少しずつ頭の中へ組み上がっていく。
「ルクス、ここの回路を拡大して見せて」
『投影します』
工房の壁に、義眼内部の構造図が映し出される。
リネアは右側の死角を補うように身体を動かしながら、一本ずつ導線を接続した。
立体回路を固定するため、細い支持具を自作する。
固着した焦点環を分解し、微量の魔鉱油で動きを取り戻す。
失われた部品は現代の素材で代用し、神経接続部にはルクスの星紋技術から着想を得た中継回路を追加した。
無論、何度も失敗した。
魔力を流した瞬間に回路が焼けたことがあり、焦点機構が暴走し、人工瞳孔が高速で開閉を繰り返したこともあった。
それでも、リネアは諦めず根気強く修復作業を続ける。
自分の右眼となるものだからこそ、誰かへ任せきりにはしたくない。
三週間後。
作業台の上で《アルゴス・レプリカ》の菱形人工瞳孔が淡い碧色に輝いた。
『起動を確認』
ルクスの報告とともに、義眼内部に複数の術式が連続して立ち上がる。
通常視覚補完。暗所補助。望遠観測。距離測定。対象構造解析。そして、外部情報接続。
リネアはようやく息を吐いた。
「直った……」
失った眼を補う魔道具を、自分自身の手で蘇らせた瞬間だった。
▲▽▲―――▲▽▲
義眼の移植は、ヴィオラが手配した治癒魔術師の立ち会いのもとで行われ、施術には数時間を要した。
義眼と視神経を直接つなぐのではなく、治癒魔術によって形成した疑似神経膜を間に挟み、魔術信号を脳へ伝達する。
万が一接続が不安定になれば、激しい頭痛や意識障害を引き起こす危険もある。
施術を終えてから数日間、リネアは右眼を包帯で覆ったまま過ごした。
そして、地下工房の椅子に座り、治癒魔術師とヴィオラ、ルクスが見守る中で包帯が外される。
「ゆっくり眼を開けてください」
治癒魔術師に促され、リネアはまぶたを上げた。
最初に見えたのは、ぼんやりとした光だった。
人工瞳孔が焦点を調整する。右眼に映る世界の輪郭が次第に明瞭になる。
失明してからずっと欠けていた、右側の世界が戻ってくる。
そこにはルクスが佇んでいた。
碧い単眼をリネアへ向け、静かに立っている。
「……見える」
声が震えた。
「ルクスの顔が、右側でも見える」
『義眼の焦点反応を確認』
しかしその瞬間、視界の中に無数の表示が殺到するように浮かんだ。
ルクスまでの距離。装甲表面温度。推定重量。胸部魔力反応。損傷箇所。
さらに周囲の工具や机にまで、距離や推定重量を示す数字が無数に重なる。
「な、何これ……!」
さらに外部情報接続機能が自動的に起動した。
ルクスが見ている映像が、リネアの視界へ重なる。
正面に立つルクスと、ルクスの視界に映る椅子へ座った自分。
二つの視点が同時に脳へ流れ込んだ。そのせいでやがて上下も左右も分からなくなってくる。
「止めて……!」
激しい眩暈に襲われたリネアは椅子から落ちそうになり、ヴィオラに肩を支えられた。
『視界接続を切断』
ルクスが即座に同期を停止する。視界が通常状態へ戻った。
リネアは息を荒らし、額を押さえる。
ヴィオラが呆れたように言った。
「高性能すぎる義眼も考えものね」
「でも、機能は正常に動いてるみたいです」
「今の状態で戦場へ出たら、敵を見る前に倒れるわよ」
「……はい」
当然のことではあったが、義眼を手に入れただけでは使いこなせない。
そこからさらに数日間、リネアは視覚機能の調整に取り組んだ。
最初は望遠倍率を二倍にしただけで足元が揺れた。
遠くの物へ焦点を合わせたまま歩き、壁へぶつかったこともある。
構造解析を同時に複数対象へ使えば、視界が線と数字で埋め尽くされた。
また、ルクスとの完全視界共有はリネア側の負担が大きすぎたため、必要な情報だけを送る方式へ変更する。
標的の位置、距離、移動方向と速度、ルクスが指定した識別印。
それらだけを義眼の視界へ重ねる。
余計な機能を削り、必要なものだけを残す。
その過程は修理と同じだった。
機能が多いから優れているというわけではない。
目的に合うよう、正しく組み合わせなければ意味がない。
やがてリネアは、歩きながら望遠と通常視界を切り替えられるようになった。
それに加えて簡単な構造解析なら、頭痛を起こさず使える。
ルクスの送る標的情報も、視界を妨げず受け取れるようになった。
その頃には、リネアの中で次の目的もはっきりしていた。
「ヴィオラさん」
商会執務室を訪れたリネアは、机の向こうに座るヴィオラへ告げた。
「私、狙撃術を学びたいです」
ヴィオラは驚かなかった。
むしろ、待っていたように微笑む。
「ようやく決めたのね」
「教えてくれる人を、探してもらえませんか」
「もう見つけてあるわ」
「もう?」
ヴィオラが手を叩くと、執務室の扉が開いた。
廊下から義足の硬い足音が聞こえてきて、肩に細長い荷物を担いだ、無愛想な男が入ってくる。
「久しぶりだな、嬢ちゃん」
「バルドさん?」
王都冒険者ギルド倉庫番、バルド・ハーキン。
かつてルクスを直す部品を集めていた際に、力になってくれた人物である。
「どうしてバルドさんがここに?」
「狙撃を習いたがっていると聞いた」
バルドは担いでいた荷物を机の上へ置く。
布を解いて現れたのは、一丁の銃身の長い銃だった。
木製の銃床には数え切れない傷。
黒い銃身も色褪せ、最新型のような華やかな術式や自動装填機構はない。
それでも、金属部分には錆一つなかった。
可動部は丁寧に油が差され、照準器にも曇りはない。
長い年月をかけて使い込まれ、同じだけ手入れされてきた武器。
旧式魔導狙撃銃
「バルドさんが、これを?」
バルドは自らの義足を軽く叩いた。
「俺の脚がこうなる少し前まで、野山で獲物を追って仕留める仕事をしていたのでな」
「猟師だったんですか?」
「昔の話だ」
言われてみれば、思い当たることはいくつもあった。
倉庫へ誰かが近づけば、バルドは姿が見える前に足音で気づいていた。
荷物の陰に残った足跡だけで、侵入者の人数を言い当てたこともある。
リネアが危険な依頼へ向かう時には、天候だけでなく、風向きや魔物の移動時期まで気にしていた。
「銃を撃つだけなら、その眼に任せても当たるかもしれん」
バルドは碧い菱形の多重瞳孔を備えた黒目を見る。
「だが、それでは狙撃手にはなれん」
「違うんですか?」
「まるで違う」
彼はロングファングを持ち上げた。
「狙撃は、遠くの敵を殺す技じゃない」
節くれだった指が、銃身をなぞる。
「味方が死ぬ前に、何を最初に止めるか決める技だ」
その淀みない言葉は、リネアの胸へまっすぐ届いた。
「習います」
その宣言に迷いはなかった。
「教えてください、バルドさん」
バルドはしばらくリネアを見た。
その碧い右眼、背後に立つルクス、握られた拳を。
やがて、短く頷く。
「いいだろう。だが、俺の訓練は甘くないぞ」
「ユズリハさんの修行よりは、優しいですか?」
「誰だ、それは」
「……何でもありません」
▲▽▲―――▲▽▲
最初の一週間、バルドはリネアに一発も撃たせなかった。
その代わり徹底的に教えられたのは、各種狙撃姿勢の保ち方と呼吸法だ。
「肩を上げるな」
「はい」
「頬を銃床から離すな」
「はい」
「引き金に指をかけるな。撃つと決めるまでは、銃の外へ置け」
「はい」
同じ姿勢を長時間維持する。
肺の動きで銃口がどれほど揺れるかを覚える。
風の音を聞く、草の倒れる向きを見る、雲の流れを読む。
「いつ撃つんですか?」
「撃つ必要がある時だ」
「標的は目の前にありますけど」
「なら、今すぐ撃たなければ誰かが死ぬのか?」
「……死にません」
「なら撃つな」
リネアは何度も銃を構え、何度も下ろした。
ようやく初めて実弾を撃たせてもらったのは、十日目だった。
義眼に距離を表示する。続いて風向き、弾道予測、照準補助枠。
全てが揃っていて、狙いは完璧だと思った。
しかし乾いた銃声の直後、弾丸は標的の端を掠め、背後の土壁へ突き刺さった。
「外れた……?」
「当たり前だ」
バルドは冷淡だった。
「でも、照準は合ってました」
「数字を見るのに夢中で、銃を見ていなかっただろう」
「銃を?」
「引き金を引く瞬間、右肩が逃げた。反動を恐れたな」
次の射撃では、呼吸の安定を意識しすぎて身体が固くなり、弾は標的の下へ外れた。
三発目は照準枠へ意識を集中するあまり、横から別の模擬標的が近づいていることに気づかなかった。
バルドが杖で横から銃身を叩く。
「死亡だ」
「え?」
「お前が一体に夢中になっている間に、別の敵が首を取った」
「でも、義眼には――」
「見えるものが増えただけだ」
バルドの声が低くなる。
「どれを撃つかは、お前が決めろ」
「……はい」
「眼が答えを出すと思うな。義眼はどこまでも道具だ」
リネアは無意識に銃の機構を確認し始めた。銃床を削れば肩へ合わせやすくなる。
引き金の重さも少し変えたい。銃の改造に乗り出そうとしたその手を、バルドが止める。
「道具を直す前に、撃つ側を直せ」
返す言葉もなかった。
特訓が始まり一か月目。
リネアは固定標的へ安定して弾を当てられるようになった。
二か月目には的の中心ではなく、標的の接合軸を狙う訓練へ移る。
装甲板を撃つより、固定している一本の軸を撃つのは、大きな魔力炉ではなく、そこへ魔力を送る細い導管を断つのと同じである。
修理師としての構造分析が、狙撃へつながり始めた。
「的の中心へ当てるだけなら、誰でも練習すればできる」
バルドが決然と言う。
「お前は、どこへ一発入れれば機能が止まるかを見ろ」
三か月目には、動く標的が導入された。木々の間を走る模擬魔導獣。それらは一定の速度では動かない。
急停止、方向転換、障害物の陰への退避などをランダムに行うため、義眼で追うだけでは決して狙撃タイミングに間に合わない。
標的を見てから引き金を引けば、弾が届く頃には位置が変わっているのだ。
「今いる場所を撃つな」
バルドが告げる。
「次にいる場所を撃て」
リネアは何度も外した。動きを読み違えたり、焦って引き金を引いたり。
倍率を上げすぎて、標的を視界から見失うこともあった。
それでも少しずつ、敵の動きではなく、敵が選べる進路を見るようになっていく。
そして、訓練にルクスが加わり、黒い四脚が森を駆ける。
ルクスは模擬標的へ攻撃はしない。
可変盾、フォースフィールド、アンカーショット。
それらを使って、標的の逃げ道を減らして狙撃を支援する。
リネアの義眼へ、ルクスからリアルタイムに情報が送られる。
標的位置、移動速度、選択可能な進路などのいずれも重要な情報である。
「ルクス、右を塞いで」
『了解』
ルクスがフォースフィールドを展開すると、標的は右の道へ逃げられなくなり、左の岩場へ向かう。
ここで、リネアは標的を愚直には追わない。岩陰から出てくるはずの場所へ、先に照準を置いた。
標的が岩陰から現れ、発砲すると、弾丸が駆動部の外装を掠める。
「今のは惜しかったですか?」
「外れは外れだ」
「はい……」
だが、バルドの声は以前よりわずかに柔らかかった。
季節が一つ移り変わる頃。
森の訓練場に、最後の試験が用意された。
標的は三体で、いずれも高速移動型。
木々と岩場の間を不規則に動き、一体だけを追えば、残る二体が射手へ接近する仕組みになっている。
リネアは丘の上で伏せ、ロングファングを構えた。
右眼の《アルゴス・レプリカ》が碧光を放って起動する。
以前なら、使える全ての情報を視界へ表示していたが、今では必要のないものは削ぎ落している。
その中でも残したのは、距離と風向。そして、ルクスが送る標的印だけ。
森の中をルクスが駆けるのに合わせて、一体目が右へ向かう。
「追わなくていい。中央を左へ逃がして」
『了解』
ルクスは右の標的を見逃し、中央の個体へ可変盾で圧力をかけ、進路を塞ぐ。
標的は岩場の左へ逃げた。その場所には、既にリネアの照準が置かれている。
標的の後方から別の一体が重なるが、まだ撃たない。
ここで撃てば、弾道がずれた場合に二体目の動きを見失うからだ。
「待つんだ」
遠くで、バルドの声がした気がした。リネアは呼吸を整える。
標的同士が離れ、風が一瞬だけ弱まったタイミングで引き金へ指をかける。
ルクスが最後の逃げ道を塞ぎ、標的が岩陰から飛び出す。乾いた銃声が響いた。
弾丸は標的の中央へは向かわなかった。
脚部駆動を支える、僅かに露出した一本の接合軸。そこだけを正確に射抜く。
標的が勢いを失い、前方へ前かがみに倒れ、地面を滑りながら沈黙する。
『目標の機能停止を確認』
ルクスが森の奥から姿を現した。
残る二体の標的も、彼の足元で動きを止めている。
リネアは銃口を下げ、義眼の望遠機能を解除する。
高台から見える世界が、いつもの広さへ戻った。
「ありがとう、ルクス」
『リネアが指定した進路への、対象誘導に成功』
「うん。狙った場所に、ちゃんと来てくれた」
バルドが杖をつきながら歩いてくる。
彼は倒れた標的の前へしゃがみ、撃ち抜かれた接合軸を確認した。
彼がそのまましばらく何も言わないので、リネアは少し不安になった。
「まだ、駄目ですか?」
バルドは立ち上がり、リネアを見る。
「ようやく、撃つ前に獲物の倒れる場所を決められるようになったな」
それは、初めて聞く明確な評価だった。
リネアはロングファングを胸の前に抱える。
「まだ、教えてもらうことは多くあります」
「当然だ」
バルドは即答した。
「狩りに終わりなどない。風も、地形も、獲物も毎回違う」
それから、ルクスへ目を向ける。黒鋼の四脚に碧い単眼。
獲物を追い、逃げ道を奪い、狙撃手の弾道へ導く猟獣。
「だが――」
バルドはリネアへ向き直った。
「今日からお前は、銃を持った修理師ではない」
リネアの右眼で、碧色の光が明滅する。
「狩人だ」
その言葉を、リネアは静かに受け止めた。
かつての自分は、ルクスの後ろから戦場を見ていた。
彼に指示を出し、修理し、守られていた。
しかし今ではルクスが敵を追い、リネアが逃げる先を読む。
相棒が作った一瞬の隙を、遠方から一発で射抜く緊密な連携が築かれている。
どちらかが守り、どちらかが戦うのではない。
二人で一つの戦場を狩って行くのだ。
「ルクス」
『はい、リネア』
「これからは、私も一緒に戦うよ」
ルクスの単眼が、リネアの義眼と同じ碧光を返した。
『新戦闘連携を登録』
『狙撃支援および対象誘導を、当機の標準戦術へ追加します』
リネアはロングファングを背負い、森の先を見つめた。
義眼によって拡張された視界が遠くの木々を捉える。
風に揺れる枝、地面に残された足跡、ルクスが見ている景色の視界リンク。
以前よりも遥かに多くのものが見えるが、今は全てを見る必要がないことも知っている。
何を見て、何を見送って、何を撃つのか。
それを決めるのは、いつも自分自身だ。
こうしてリネア・ギアライトは、黒鋼の従魔を指揮するだけの者から、ルクスを猟獣として従え、遠方から戦場の急所を射抜く狙撃手へと生まれ変わった。
リネア「初の挿絵投稿が作品の顔である私の顔だなんて、なんか照れるね♪」
ルクス『自意識の肥大化を検知、リネアの言動記録と照会、不一致率57%、要請、リネア本人である早急な証明』
リネア「レーザーディスチャージャーこっちに向けながら言うのやめて!?」




