第43話 砲火、ヴァレリアを焼く
襲撃予告の日が来た。
王都南部衛星都市ヴァレリアは、夜が明ける前から息を潜めている。
普段なら荷馬車の車輪と商人たちの声が絶えない大通りに人影はなく、露店も工房も固く扉を閉ざしている。
住民の多くはすでに地下避難所や北部街区へ移され、街路には王国兵と冒険者、物資を運ぶ職人たちだけが残っていた。
外壁には補強用の鋼板が打ちつけられ、各塔には大型弩砲と魔導砲が据えられている。
城門前には幾重もの防柵。堀の内側には土属性魔術師が築いた防塁が並び、その後方では負傷者を収容するための天幕が風に揺れていた。
襲撃予告から一週間。誰もが、できる限りの準備をした。
それが分かっていても、リネアの胸から不安が消えることはなかった。
東外壁上から見渡す平原には、まだ敵の姿はない。
ただ、夜明け前の青黒い空と、風に揺れる草原が続いている。
ルクスは城壁のすぐ内側に待機していた。黒い四脚を低く構え、碧い単眼を地平線へ向けている。
整備を終えたクリードディフェンダー、補強した可変盾、交換したアンカーショットのワイヤーを装備し、背部のレーザーディスチャージャーもいつでも発射できる。
リネアは最後の点検を終え、ルクスの胸部装甲へ手を置いた。
「調子は?」
『全機能、正常。星紋動力環、安定稼働中』
「無理はしないでね」
『戦況に応じ、適切な出力管理を実行します』
「それ、無理をする人の言い方なんだけど」
少し離れた場所では、アルズが長槍の穂先を確認している。左腕の盾には幾つもの修復痕が走り、腰と盾裏には《プリズム・スモーク》と《演算阻害弾》が収められていた。
ユズリハは外壁の縁に腰掛け、正刀《白雨》の刃を布で拭っている。まるで、これから始まるのが戦争ではなく、いつもの稽古であるかのように。
「師匠、緊張感がなさすぎませんか」
アルズが呆れたように言う。
「緊張したところで、敵が弱くなるわけではあるまい」
「だからって城壁から落ちそうな場所に座らなくても」
「落ちたとしても、この高さなら問題ない」
「そういう話じゃありません」
二人のやり取りに、リネアはわずかに肩の力を抜いた。その直後。ルクスの単眼が鋭く明滅する。
『地平線上に多数の魔力反応を検出』
外壁上の空気が一斉に変わる。
監視兵が望遠鏡を覗き込み、すぐに鐘へ手を伸ばした。
「敵影確認!」
警鐘が鳴り響き、都市全体へ敵の到来が告げられる。
リネアは外壁の向こうへ目を凝らした。
地平線に、黒い線が現れていた。最初は、遠くに広がる森のようにも見えた。
だが、それは少しずつ形を変え、数を増しながら近づいてくる。
人型、獣型、巨大な盾を持つ重装型、蜘蛛のような多脚型。
その上空には、無数の飛行型ゴーレムが黒い雲のように広がっている。
ざっと見て数千体はいるだろうか。それだけの軍勢が、同じ速度で、同じ方向へ進んでいた。
敵勢に掛け声や咆哮はなく、兵士を鼓舞する号令もない。聞こえるのは、大地を踏み鳴らす規則正しい足音と、魔導機関の低い駆動音だけ。
数千の身体がありながら、そこにある意思は一つ。
まるで、巨大な一体の怪物が無数の手足を得て、ヴァレリアへ迫っているかのようだ。
「敵軍、推定三千以上!」
「上空にも多数!飛行型、少なくとも四百!」
監視兵たちの報告が飛び交う中、リネアは軍勢の奥へ視線を向けた。そこで、四つの巨大な影が停止する。
『超大型敵性個体、四機を確認』
それらは、周囲のゴーレムよりも二回り以上大きかった。
六本の太い脚に大地を押し潰すような低い胴体。
機体正面には幾重もの傾斜装甲が重なり、その背部から空を穿つほど長大な砲身が伸びている。
攻城砲型魔導ゴーレム《シージ・ベヒモス》
四体はゴーレム軍の中に広く分散し、互いを補う位置へ展開していた。
「全魔術師部隊、防御障壁を最大展開!」
ヴァレリア外壁上で、王国軍の指揮官が叫ぶ。魔術師たちが一斉に魔導杖を掲げる。
幾重もの魔術紋が空へ広がり、都市全体を覆う半透明の障壁が形成された。
その間にも、シージ・ベヒモスは整然と砲撃姿勢へ移行していく。
六本の脚部から巨大な固定杭が伸び、大地へ深々と打ち込まれた。
衝撃が平原を伝わり、背部の砲身がゆっくりと持ち上がり、その砲身周囲へ複雑な魔術紋が展開される。
赤、黄、青、紫。
複数の属性魔力が圧縮され、砲身内部へ流れ込んでいく。
『高密度物理弾体および複合属性魔力を検出』
ルクスが解析結果を伝える。
『物理・魔術複合式攻城砲弾と推定』
リネアは息を呑んだ。物理と魔術の複合砲撃。片方だけに備えた防壁では、止められないということではないのか。
「総員、衝撃に備えろ!」
四体のシージ・ベヒモスが同時に砲撃した。大気が大きく震え、耳を塞ぐ暇さえない。
腹の底を殴りつけるような重低音とともに、四つの巨大な弾体が空へ打ち上げられる。
砲弾は黒煙と魔力光を引きながら高く上昇し、頂点で軌道を変えた。ヴァレリアへ向けて豪速で落下してくる。
「障壁へ魔力を集中!」
魔術師たちが叫び、一発目が都市上空の防御障壁へ衝突した。
巨大な金属弾体が、光の壁へ食い込む。瞬く間に障壁が大きく歪んだ。
「押し返せ!」
魔術師部隊がさらに魔力を注ぎ込むが、砲弾は障壁に阻まれながらも、少しずつ都市側へ押し込まれてくる。
その瞬間、弾体外殻に刻まれた術式が激しく発光した。
「離れろ!」
砲弾内部に封じられていた属性魔力が盛大に爆発する。
障壁が内側へ弾けて消失させられた。無数の魔力片と金属片が、外壁上へ降り注ぐ。
爆風を受けた魔術師たちが薙ぎ倒され、数人が城壁の内側へ投げ出された。
二発目は外壁上部へ直撃した。補強鋼板と石材がまとめて砕け、監視塔の半分が吹き飛ぶ。
兵士たちが瓦礫とともに落下し、その下で怒号が上がった。
三発目は障壁の薄い部分を貫き、倉庫街へ落ちた。直後、都市内部から巨大な火柱が立ち上がる。
積み上げられていた木箱と荷車へ炎が広がり、黒煙が空を覆った。
「倉庫街で火災!」
「消火班を向かわせろ!西側の備蓄倉庫へ燃え移らせるな!」
四発目は都市を外れたものの、北側へ続く避難路の脇へ着弾し、地面を大きくえぐった。
土砂が街道を塞ぎ、避難を続けていた荷車が横転する。
この第一射だけで、ヴァレリアの各所に大きな被害が広がった。
一週間かけて築いた防御が、たった四発で大きく揺らいでいるのは否めない。
そして、敵軍は止まらなかった。シージ・ベヒモスの砲撃と同時に、前衛のゴーレム群が一挙に走り出す。
重装盾型が巨大な盾を並べ、王国側から放たれる矢と魔術を受け止め、その背後から人型ゴーレムが投槍と魔術弾を放った。
さらに獣型ゴーレムが地面を這うように加速し、外壁と城門へ突進する。
「射撃開始!」
王国軍の号令が響き、大型弩砲が一斉に矢を放ち、巨大な鉄杭が重装型ゴーレムの盾へ突き刺さる。魔導砲が火を噴き、敵軍の中で爆発が連続した。
それでも、ゴーレムたちは足を止めない。前列が倒れれば、後列がその残骸を踏み越える。
四肢を失った個体さえ、残された腕で地面を這いながら都市へ進み続けていた。
上空では編隊を組んだ飛行型ゴーレムが段階的に高度を落とし、城壁上の魔術師部隊へ向けて魔術弾を降らせ、数体は胸部のコアを限界まで輝かせながら急降下してきた。
「自爆攻撃だ!」
攻撃の正体をいち早く看破した冒険者が叫び、弓使いたちが一斉に射る。
一体目は空中で撃ち抜かれ、その場で爆発。二体目は城壁へ到達する直前、槍を持った兵士が身を乗り出して突き落とした。
爆風が外壁を揺らし、兵士は血を流しながらも再び槍を構える。
「次が来るぞ!持ち場を離れるな!」
城壁内部へ侵入した飛行型を、冒険者たちが迎え撃つ。剣が閃き、魔術が弾ける。
傷ついた魔術師が膝をつきながら障壁を張り直す。砲撃で歪んだ大型弩砲には職人たちが駆け寄り、飛び交う破片の中で修理を始めた。
「留め具を持ってこい!」
「右側の軸が曲がってる!応急補強でいい、次を撃てるようにしろ!」
誰もが必死だった。兵士も、冒険者も、職人も。都市を守るため、自分にできることへ食らいついている。
だが、敵軍の奥でシージ・ベヒモスが再び動き始めた。
砲身後部が開き、修復用の小型ゴーレムが巨大な弾体を装填していく。それは第二射の準備に他ならない。
「あれをもう一度受ければ、障壁が持ちません」
指揮所に戻ったリネアは、焼ける倉庫街を見ながら言った。魔術師部隊の多くが、先ほどの爆発で負傷している。
外壁にも複数の亀裂が走り、火災への対応で守備隊は分断されつつある。
本来、リネアたち精鋭はデルタバーテックスとアトラス・ドレッドノートが現れた時のために温存される予定だった。
しかし、敵主力の姿を確認する前に、都市そのものが破壊されようとしている。
ユズリハは軍勢の奥を見ながら呟いた。
「あの攻城砲は、街を焼くだけのものではない」
アルズが頷く。
「私たちを城壁から引っ張り出すための餌でしょうね」
リネアは四体のシージ・ベヒモスを睨んだ。敵の狙いは分かっている。
城壁から出れば、デルタバーテックスとアトラス・ドレッドノートがどこかで待ち構えている可能性は高い。
でも現状では攻城砲を迅速に黙らせなくては、ヴァレリアが先に壊されてしまう。故にリネアは決然とした瞳で告げる。
「行きます。砲撃を止めてきます」
防衛指揮官が一瞬だけ目を閉じた。そして決断する。
「精鋭迎撃班、出撃を許可する」
広げられた戦場図の上で、四体のシージ・ベヒモスが示される。
「東側二体をリネア・ギアライト、ルクス、アルズ・カスケード、ユズリハ・カゲツキが担当」
反対側の駒へ指が移る。
「西側二体は、金級冒険者パーティ《暁の剣》が破壊する」
呼ばれた《暁の剣》の面々が、武器を手に近づいてきた。
かつてリネアを無能修理師と軽んじ、追放した者たち。
だが今は、禍根を水に流し、同じ都市を守るために戦場へ立っている。
カイルが弓を肩へ担ぎ、明るい声を出した。
「アーキテクトとかいう野郎どもに、一泡吹かせてやろうぜ!」
リーダーのレオンはリネアを真っ直ぐに見る。
「リネア、こっちは任せておけ。そっちは目の前のことに集中するんだぞ」
過去の記憶が胸を掠めるが、今それを言葉にする時間はない。リネアは短く頷く。
「……うん。そっちも無事で」
「当然だ」
二つの部隊は、城門前で左右へ分かれた。だが城外には、すでに幾重もの魔導ゴーレム群が押し寄せている。
このままでは、城門を出た瞬間に包囲されるかと思われた、その時。
銀級冒険者パーティ《鋼の絆》が前へ躍り出た。
先頭に立つガンド・ローバーは、使い込まれた剣を抜き、仲間たちを振り返る。
彼らは、かつてリネアとルクスに窮地を救われた冒険者たちである。
「俺たちじゃ、あの攻城砲は壊せねえ」
ガンドは豪快に笑う。
「だから俺たちは、壊せる奴らを送り届ける!」
《鋼の絆》の盾役が城門の正面へ立つ。魔術師が杖を掲げ、弓使いが矢をつがえる。そしてガンドが剣を敵軍へ向けた。
「突破口は俺たちが切り拓く!」
城門が開くと、盾役が真っ先に飛び出し、押し寄せる獣型ゴーレムの突進を受け止めた。
そして即座に魔術師が地面を隆起させ、敵の隊列を左右へ分断する。
弓使いの矢が飛行型の翼を射抜き、ガンドと前衛たちができた隙間へ斬り込んだ。
「行け、リネア!」
ガンドがゴーレムの剣を受けながら叫ぶ。
「立ち止まったら、俺たちまで格好がつかねえ!」
「ルクス!」
『了解』
リネアが背部搭乗席へ飛び乗れば、ルクスの胸部で星紋動力環が輝いた。
《フィジカル・ブースト》
黒い四脚が地面を蹴る。
《鋼の絆》が作り出した僅かな進出路へ、ルクスが猛然と突入した。
ルクスの左右に《フォースフィールド》が展開されると、アルズが右側の青い足場へ跳び乗り、長槍を構える。ユズリハは左側へ降り立ち、白雨を抜いた。
「左を塞いで!正面を抜ける!」
リネアの指示は短いが、正確に意図を理解したルクスが可変盾を斜めに展開し、左から迫る人型ゴーレムを進路ごと押し退ける。
そこで正面の重装型が巨大な戦斧を振り上げた。以前なら、盾で受けていたところだが。
「受けないで、外して!」
ルクスは前方へ小さなフォースフィールドを展開し、その縁を蹴ることで機体を半歩分だけ横へずらす。
戦斧が空ぶって地面を叩いた隙に、ルクスは敵の懐へ入り込み、クリードディフェンダーの柄で重装型の腕部を弾き上げた。
ユズリハの白雨が追撃に装甲の継ぎ目を走り、両腕を切り落とす。
「悪くない!」
その声を背に、ルクスはさらに突き進む。飛行型が上空から魔術弾を放ってくる。
アルズが盾で一発を逸らし、ストームピアサーの魔力槍撃で二体のセンサー部を連続して貫いた。
「右上から三体くるよ!」
「ルクス、視線だけ誘導して!本体はそのまま!」
『《ミラージュ》限定展開』
碧い残影が右へ走る。敵の魔術弾が残影へ集中し、本体のルクスは正面を突破した。
守るために前へ立つだけではない。敵の攻撃を受け止めるだけでもない。敵に望む攻撃をさせ、その隙に進む。
ユズリハの特訓で覚え始めた戦い方が、初めて大規模な実戦の中で形になっていた。
やがて三人と一機はシージ・ベヒモスに近づく。
その周囲には、重装盾型と多数の直衛ゴーレムが配置されていた。
砲塔後部では小型作業ゴーレムが、第二射の装填作業を続けている。
リネアは巨大な機体の構造を見上げた。正面装甲は厚く、砲身周辺には簡易障壁が展開されているようだ。
だが、砲撃の反動を受け流すため、後部の固定脚と魔力供給管が外部へ露出している。
「あそこ!」
リネアが指を差す。
「後部固定脚の内側!魔力管を切れば、構造上砲撃姿勢を保てない!」
『攻撃目標を設定』
アルズが直衛魔導ゴーレムのセンサー部を潰す。ユズリハが盾型の前へ躍り出る。
ルクスがアンカーショットを構え、シージ・ベヒモスの後部へ回り込もうとした、その瞬間。
赤橙色の火線が大地をえぐりつつ横切った。
連結式十二銃身チェーンガンの弾幕が、ルクスの進路を削り取る。
「来た!」
ルクスが急停止する先に、続けて巨大なレーザーが側面から放たれた。
アルズが盾を斜めに構え、直撃を逸らす。散った光が地面を焼き、周囲のゴーレムごと薙ぎ払った。
土煙の向こうでは、無数の眼を輝かせて脚のない浮遊機体が姿を現す。
《デルタバーテックス》
その隣では、無限軌道が大地を踏み砕いていた。
戦車型脚部に重装人型上半身を備え、両腕の巨大エネルギー砲をこちらへ向ける移動要塞。
《アトラス・ドレッドノート》
二機の後方には、第三席次ミリアと第五席次ベイカーが立っている。
ミリアは激戦の最中とは思えないほど穏やかな笑みを浮かべていた。
「一週間、よく備えたわね。リネア・ギアライト」
ベイカーが機械腕を鳴らす。
「だが、街一つ守るには足りねえ」
リネアはシージ・ベヒモスと二機の魔導機兵を交互に見る。そこで、敵の狙いを改めて完全に理解した。
攻城砲は都市を壊す兵器であると同時に、自分たちを城壁の外へ引きずり出すための餌だったのだ。
「最初から、私たちが出てくるのを……」
「ええ」
ミリアが微笑む。
「あなたたちは必ず来ると思っていたわ」
背後では、シージ・ベヒモスの装填作業が続いている。
巨大な砲弾が砲身へ収まり、固定脚へ再び魔力が流れ始めた。
デルタバーテックスのチェーンガンが回転を始める。
アトラス・ドレッドノートのプラズマキャノンへ、青白い光が集束していく。
アルズが長槍を構えた横で、ユズリハが白雨を正眼に置く。リネアはルクスの装甲を強く握った。
「人類種は互いの脆弱性を相補する為に、愚かにも更なる脆弱性を露呈させる」
ミリアが冷徹にそう告げる遠方では、二射目の装填を終えた攻城砲が、再び砲身を持ち上げていた。
都市を焼く砲火を止めるためには、目の前の二機を越えなければならない。
『デルタバーテックス、アトラス・ドレッドノートを捕捉』
ルクスがクリードディフェンダーを構える。
『最優先脅威二機――迎撃を開始』
交易都市ヴァレリアの命運を懸けた戦いが、ついに始まった。




