第42話 七日後の襲撃予告
ユズリハ・カゲツキの稽古は、翌日からではなかった。
本当に、その場で始まった。
王都近郊の旧街道。
森の中にわずかに開けた空き地で、リネアとルクスは何度も地面へ追い込まれていた。
「遅い」
ユズリハの正刀《白雨》が、ルクスの可変盾の縁を叩く。受けたはずの盾が外へ流される。
次の瞬間、白い刃はルクスの胸部装甲の継ぎ目へ置かれていた。
切られてはいない。ただ、切先がそこにある。
それだけで、もし実戦なら致命的な位置を取られているのだと分かった。
『防御姿勢、再構築』
ルクスが四脚を沈め、クリードディフェンダーを短く構える。
「その程度の技で、主人を護れると思っているのか、黒鋼の従魔よ」
ユズリハは容赦なく踏み込む。速さだけなら、ルクスの方が上だった。
出力も、重量も、攻撃範囲も、機械の身体を持つルクスが勝っている。
だがユズリハの剣は、速さでルクスを上回っているのではない。
ルクスが動き出す前に、その動きを殺す場所へ立っているのだ。
斬撃の始点。盾の開き始め。アンカーショットを構えるために左腕がわずかに浮く瞬間。
その全てを確実に読まれ、先に潰される。
「リネア!」
ユズリハの声が飛ぶ。
「お前はもっと視野を広く保て!ルクスを活かすも殺すもお前の指揮次第なのだぞ!」
「はい!」
リネアは息を切らしながら返事をした。戦っているのはルクスだが、無論見ているだけでは駄目だ。
ユズリハはリネアの立ち位置まで攻めてくる。ルクスが一瞬でも守りに偏れば、その隙に別方向から白雨が迫る。
リネアは自分の安全を確保しながら、ルクスの視界では拾いきれない情報を伝えなければならなかった。
ユズリハの淀みない足運び。その肩と刀の角度。次に踏み込めるであろう場所。逃げるべき方向。
「ルクス、盾で受けないで!右前に足場を出して、半歩外して!」
『了解』
ルクスは《フォースフィールド》を斜め前へ一枚だけ展開した。
それを起点にして正面から受けるのではなく、剣の軌道の外へ身体をずらす。
白雨が可変盾ではなく、空を斬ったが、それでも完全には避けきれない。
刀の先端がルクスの外装を薄く掠め、黒い装甲に細い傷を残す。
それでも、これまでのように姿勢を崩されることは避けられた。
一歩退いたユズリハの眉が、わずかに動く。
「今のは悪くない」
その一言だけで、リネアは膝から崩れ落ちそうになった。
アルズが少し離れた場所で苦笑する。
「師匠にしては、かなり褒めてる方だよ」
「そうなんですか……?」
「そう。私は昔、それを言わせるまで三日かかった」
「三日……」
「ちなみにその三日間、一度も寝かせてもらえなかった」
リネアの顔から血の気が引いた。ユズリハは平然と白雨を抜刀する。
「休憩は終わりだ」
「まだ休憩してません!」
「ならば、今の一呼吸を休憩とする」
アルズが肩をすくめた。
「ほらね」
それから数日、稽古は昼夜を問わず続いた。
朝は足運び。昼はルクスとの連携。夕方はリネアの指揮訓練。夜には、不意打ちへの対応。
ユズリハは常に白雨一本で挑んでくる。二本目の魔剣《黒喰》を抜くことはなかったが、鞘に手をかけるだけで、ルクスの警戒値は跳ね上がる。
「戦術が短絡的だぞ。もっと工夫しろ」
ユズリハの叱責が飛ぶ。
「強い攻撃を当てようとするな。当たる状況を先に作れ」
「ルクス、速さを逃げ道に使うな。相手を追い込むために使え」
「リネア、敵の武器だけを見るな。武器を向ける身体の使い方を見ろ」
リネアは何度も失敗した。指示が遅れ、ルクスが白雨に崩される。視界が狭くなり、ユズリハに背後を取られる。
ルクスの負荷を見落とし、連続機動の後に関節部の温度が上がりすぎる。
そのたびにユズリハは容赦なく指摘した。だが、不思議と理不尽ではなかった。
どの叱責にも理由がある。どの痛みも、次に生き延びるためのものだった。
アルズも合間に助言をくれた。
「長い指示は戦場で消えるよ。ルクスなら短い言葉でも拾ってくれる。だからどこを壊すか、よりも何をさせないか、を先に言うといい」
「何をさせないか……」
「そう。敵がアトラスなら砲口を向けさせない。デルタなら加速させない。敵の得意な形を作らせないこと」
リネアは頷き、息を整える。少しずつ、指示が変わっていった。
「受けて」ではなく、「外して」
「斬って」ではなく、「右を塞いで」
「守って」ではなく、「私への道を消して」
ルクスも変わり始める。可変盾を壁として使うだけでなく、敵の進路を限定する板として置く。
アンカーショットを移動だけでなく、相手の足元を崩すために放つ。
《フォースフィールド》を大きな足場ではなく、半歩分の角度変更に使う。
《ミラージュ》も、単なる回避ではなく相手の視線を誘導するための残影として転用し始めた。
しかしまだ粗く、ユズリハには何度も見抜かれる。それでも、以前とは明らかに違っていた。
リネアとルクスは、強い攻撃をぶつけるだけではなく、相手に強い形を取らせない戦い方を覚え始めていた。
そんな日々の中で、状況は急変する。
王都冒険者ギルド本部へ、差出人不明の書状が届いたのである。
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緊急会議室には、既に重い空気が満ちていた。
ギルドマスター、討伐担当官ロイド、従魔試験官ガレス、王国軍の将校、複数の上級冒険者。
そして、リネア、ルクス、アルズ、ユズリハが集まっている。
その会議卓の中央には、一枚の書状が置かれている。
そこに記された文章は、短く硬質で、冷たかった。
王都南部衛星都市ヴァレリアを、七日後に消去する。
商業機能、物流機能、兵站機能、居住区画、全てを破壊対象とする。
住民の年齢、性別、身分を問わず排除する。
避難、迎撃、籠城、いずれも許容しない。
人類種に、生存する権利はない。
《アーキテクト》
会議室の誰も、すぐには口を開かなかった。
ヴァレリア。
それは王都南部に位置する巨大な衛星都市であり、商業と物流の要だ。
周辺諸都市から集まる物資は、一度ヴァレリアを経由して王都へ送られる。戦時には兵站拠点にもなる。
そこを破壊されれば、王都の経済と補給に深刻な打撃が出ることは疑いようがない。
だが、それ以上にそこには数え切れないほどの人が暮らしている。商人、職人、荷運び、兵士、子ども、老人。
アーキテクトは、非情にもそれを全て消すと告げてきた。
ギルドマスターが低い声で言う。
「これは脅迫ではない。明確な宣戦布告だ」
ロイドがリネアへ視線を向ける。
「リネア・ギアライト。君は、アーキテクトの魔導兵器と直接交戦している。共有できる情報を」
「はい」
リネアは立ち上がったが、足がわずかに震えている。胸中を支配するのは拭い去れない恐怖だ。
レグナードで見たデルタフォートレスの紅蓮の主砲。デルタバーテックスのチェーンガンによる破滅の弾幕。アトラス・ドレッドノートの灼熱の砲撃。
あれが都市へ向けられる光景を想像するだけで、喉が詰まりそうになる。
それでも、黙っているわけにはいかなかった。リネアの言葉がもたらす情報が、急速に敵機体の解像度を上げていく。
「第三席次ミリアは、デルタバーテックスという高速戦闘型の魔導機兵を使います。常時浮遊していて、地面を滑るように移動します。右腕には連結式のチェーンガン、左腕には高出力レーザーブレード。背部コアは二枚の可動盾で守られていて、その盾にはレーザーを乱す加工があります」
会議室の全員が傾聴している。リネアは続けた。
「第五席次ベイカーは、アトラス・ドレッドノートという大型魔導機兵を使います。戦車型の脚部に重装甲の上半身。レーザーキャノン、プラズマキャノン、グレネードキャノン、パルスシールド発生ユニットを備えています」
王国軍の将校が顔をしかめる。
「それほどの相手なら、数で押し潰すしかないのでは?」
「それは危険です」
リネアは即座に断言した。自分でも驚くほど、はっきりした声が出る。
「生半可な大部隊をぶつけても、飽和させる前に壊滅します。アトラスは広範囲を制圧できますので、密集した部隊ほど、まとめて焼かれてしまうでしょう。デルタは陣形の隙間を抜けて指揮官や後衛を狙ってくるはずです」
王国軍の将校が沈痛な面持ちで少し俯いて黙る。リネアは拳を握って力説する。
「一番危険なのは、戦力を薄く広げてしまうことです。守るべき場所は多いですが、敵の主力に当てる戦力は絞るべきだと思います」
「つまり?」
ギルドマスターが促す。
「敵の主力である魔導機兵には、最精鋭を当てて各個撃破します。正規兵や中堅冒険者は、市民の避難、外周防衛、小型ゴーレムや魔物の対処に集中した方がいいです。デルタとアトラスを止める役割は、分けるべきじゃありません」
アルズが頷く。
「同意します。あの二機は、連携されると厄介です。逆に言えば、連携させない戦場を作れば勝ち筋はある」
ユズリハも腕を組んだまま言った。
「数を並べれば安心という相手ではない。強者を殺すには、強者を当てるしかない時もある」
ギルドマスターはしばらく目を閉じ、やがて、重く頷く。
「王国軍と協議の上、ヴァレリア防衛を最高優先の緊急依頼として発令する。対象は金級以上を主体に、防衛任務に適性のある全冒険者。王国軍も即時出動を要請し、市民避難と都市要塞化を開始する」
その宣言を境に、会議室の空気が大きく動いた。
命令が飛び交い、書記が記録を取り、伝令が走る。
冒険者ギルドと王国軍部が同時に動き始め、その総力を傾けていく。
「私も参加します」
勇ましく防衛作戦へ参加表明するリネアに、ロイドが眉を寄せる。
「君はアーキテクトに狙われている。参加すれば、危険はさらに増すぞ」
「分かっています」
怖くないわけがないし、また巧妙な罠に嵌められるかもしれない。
そして今度こそルクスを壊されるかもしれない。
もし自分が捕まれば、ルクスの情報を奪われるかもしれない。
「怖いです。でも、私たちが知っていることを活用せずに誰かが死んでしまう方が、もっと嫌です」
ルクスの碧い単眼が、静かに明滅する。
『リネアの参加意思を確認。当機は同行します』
リネアはルクスを見上げた。
「同行じゃなくて、一緒に守るんだよ」
『訂正。リネアと共に、交易都市ヴァレリアを防衛します』
アルズが緊張が解けたように笑う。
「もちろん、私も行くよ。アーキテクトの連中には、この前の続きがあるからね」
ユズリハは当然のように言う。
「私も参じよう」
アルズが堂々とした様子の師匠を横目で見る。
「師匠、理由は?」
「王国の交易路と兵站を断つ。敵ながら悪くない手だ。だからこそ、放っておけん」
そこでユズリハは、ほんの少しだけリネアを見る。
「それに、私が鍛え始めた弟子候補を、横から壊されるのは癪だ」
アルズが苦笑した。
「師匠、それは心配してるって言えばいいんですよ」
「違う」
「はいはい」
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その日から、王都南部衛星都市ヴァレリアは変わり始めた。
商人の荷馬車が行き交っていた大通りには、避難誘導の兵士が立つ。
広場には臨時救護所が作られ、倉庫街には防火水槽と消火用魔術具が運び込まれた。
外壁では職人たちが補強工事を急ピッチで進め、冒険者たちは小隊ごとに配置を確認する。
地下水路、廃倉庫、魔導通信塔。
そういった転移杭が仕込まれそうな場所には、探索班が派遣された。
アルズは対魔導機兵用の《プリズム・スモーク》と《演算阻害弾》の追加調達に走っていた。
ユズリハは、到着早々に城壁上の空き地を稽古場に仕立て上げる。
「一週間ある。まだ少しは鍛えられるな」
「師匠、普通は休ませる時間も計画に入れるんです」
「休息も稽古の一部だ。倒れる寸前で止める」
「寸前までやる前提ですか……」
リネアは苦笑しながら、ルクスの胸部装甲に手を置いた。
眼下の都市は慌ただしく、恐怖も怒りも空間に満ちている。だが、誰もただ怯えているだけではなかった。
兵士は見張りをしつつ武器を整え、職人は壁を直し、冒険者は配置について装備を調整し、商人は物資を運ぶ。
ヴァレリアは、交易都市から戦場へ姿を変えつつあった。
「今度は、罠にかかったんじゃない」
リネアは静かに言った。
「こっちが待ち構える番だよ、ルクス」
『肯定。アーキテクト主戦力の迎撃準備を開始します』
夕暮れの空の下、王国南部の要である交易都市ヴァレリアは、王国全土の怒りと恐怖を抱えながら要塞化されていく。
襲撃予告の日まで、残り七日。
リネアとルクスは、今度こそアーキテクトの主戦力を打倒するため、迫り来る決戦へ向けて歩き出した。




