↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/62

第41話 名もなき剣聖


王都北西の小村からの依頼は、想定よりも穏やかに終わった。


内容は、村外れの水車小屋に組み込まれた古い魔導駆動軸の修理と、周辺に出没していた小型魔物の排除だった。

金級冒険者への依頼としては危険度が低い部類だが、村にとっては死活問題である。


リネアは半日かけて駆動軸を分解し、摩耗した魔力受けの部品を交換した。ルクスはその間、森から近づいてきた牙鼠や小鬼を追い払っていた。

水車が再び回り始めた時、村人たちは心底ほっとした顔で礼を言ってくれた。


「こういう依頼も、やっぱり大事だね」


帰り道、ルクスの背に乗ったリネアは、胸元の金級識別証に手を添えながら呟く。


『肯定。生活基盤の修復は、地域維持に寄与します』


「ルクス、そういう言い方もできるんだ」


『リネアの言動記録より、表現を調整』


「それ、ちょっと嬉しいかも」



夕暮れ前の旧街道は静かだった。

道の左右には深い森が広がり、王都へ向かう石畳はところどころ苔に覆われている。

かつては商隊も通ったらしいが、今では新しい街道が整備され、この道を使う者は少ない。

だからこそ、リネアはその人影に気づくのが遅れた。


街道の真ん中に、一人の女が立っていた。

旅装束をまとい、腰に二本の刀を差している。年齢は三十代半ばにも、四十を越えているようにも見えた。長い黒髪を高く結び、背筋はまっすぐ伸びている。

ただ立っているだけなのに、道そのものが塞がれているかのようだ。


ルクスが足を止める。


『前方に人影。敵性反応、不明』


リネアは手綱代わりの固定具を握り直した。


「すみません、通ります」


女は答えず、ルクスを見上げた。その視線は人が従魔を見るものではなかった。

武器を見定める目。あるいは、剣士が強敵の間合いを測る時の鋭い目だった。


「噂の黒い従魔か」


低く、よく通る声が瞬時に場を支配し、リネアの背筋に緊張が走る。


「あなたは……?」


「名乗るほどの者ではない」


そう言いながら、女の右手が腰の刀へ伸びた。

鞘から抜かれたのは、まっすぐで美しい太刀だった。

華美ではない。禍々しくもない。刀身には余計な揺らぎが一切なく、鍛え抜かれた実用品としての凄みが宿っている。


正刀《白雨》


女はそれを片手で構えた。


「少し、試す」


次の瞬間、女の姿が掻き消える。


「ルクス!」


『リネア、防護』


ルクスが即座に可変盾を展開する。

金属音がほとばしり、白い刃が盾の縁を滑り、火花を散らした。


受け止めきれていない。

盾に当たったはずなのに、力が別方向から加わり変わらず圧をかけられている。

ルクスはクリードディフェンダーを抜き、女へ向けて振るった。


女は一切退かなかった。代わりにただ一歩だけ、踏み込む。

それだけで、クリードディフェンダーの最も力が乗る軌道からその身が外れた。白雨の切先がルクスの腕部関節へ触れ、斬るというより、動きを止めるように叩く。


『腕部動作、一瞬の遅延』


ルクスが後退する。リネアはその背から飛び降り、街道脇へ下がった。


「この人、何者……?」


ルクスが強い一撃を出せば、女は常にその間合いの外側にいる。

可変盾を広げれば、盾が開き切る前に死角へ移動する。

アンカーショットを構えれば、射線上から消える。全ての動作が異常に速い。


いや、違う。リネアはすぐに違和感に気づいた。

女は、ルクスより圧倒的に速いわけではない。ただ、ルクスが動こうとする場所に、常に先んじている。

攻撃が始まる前に、もう勝ち筋のある位置へ足を置いている。驚異的な先読み技能とその制御。


『敵近接技量、極めて高』


「ルクス、正面から押さないで!あの人、受けるんじゃなくて踏み込みをずらしてる!」


『了解』


ルクスはクリードディフェンダーの振りを短くした。大振りではなく、小さな連撃で女剣士の退路を潰す。

それでも女剣士は白雨一本で攻撃を捌いた。刃と刃が触れるたび、クリードディフェンダーの重さが横へ逃がされる。女剣士は足を止めず、斬撃の外側を滑るように移動している。


ルクスがアンカーショットを放ち、杭が女剣士の背後の木へ向かって飛ぶ。

女剣士はやはりそこへは行かない。むしろ、アンカーショットを撃った瞬間に空いた左側の隙へ入った。

気が付けば白雨の峰がルクスの胴部装甲を叩く。殺傷の一撃ではないが、そこが本気の刃なら、装甲の継ぎ目を斬られていた。


「……殺す気じゃない」


リネアは息を呑んだ。女剣士の攻撃には、明確な殺意がない。

ルクスのどこを斬れば壊せるか分かっている。けれど、まだ斬っていない。

止め、崩し、測るに留めている。


「ルクス、剣だけを見ないで!足元をよく見て!あの人、踏み込む位置で次の攻撃を決めてる!」


『了解。脚部運動を重点観測』


女の目が、わずかに細くなった。


「ほう」


白雨が高速で閃く。ルクスは盾で正面から受けず、半歩下がって角度を変えた。そして女剣士の踏み込み先へクリードディフェンダーの柄を置く。

そこで初めて、女剣士の足が止まった。一瞬だけ、しかしその一瞬があれば十分だ。

ルクスは前脚を踏み込み、可変盾で退路を塞ぐ。クリードディフェンダーの切先が、女剣士の肩へ向かって伸びた。


両刃剣が遂に届く。そう思った瞬間、女剣士は不敵に笑う。


「黒い機械獣だけではないな」


白雨が小さく回り、ルクスの剣先が、女剣士の肩からわずかに逸らされた。


「後ろの娘も、ちゃんと見えている」


その左手が、腰の二本目の太刀へ伸びた。その刀は、鞘に収まっている段階で異様な存在感を放っている。

黒い鞘の表面に、幾重にも魔術紋が巻きついており、封印のようにも、呪いを閉じ込めているようにも見えた。

空気が緊迫感に満ち、ルクスの単眼が鋭く光った。


『第二武装より異常魔力反応』


女剣士の指が、柄にかかる。


『当機武装への構造破壊リスク、極めて高』


「構造破壊……?」


リネアの声が震える。


『リネア、後退を推奨』


二本目の太刀が抜かれようとした、その瞬間。

森の奥からよく通る声が飛んだ。


「そこまで!」


銀白色の影が、木々の間から飛び出してくる。

長槍を携えた女性が、リネアと女剣士の間へ割って入った。


アルズ・カスケード。


プラチナ級上位冒険者であり、少し前にリネアとルクスを救った先達だ。

アルズは槍は構えず、女剣士を睨んだ。


「師匠!いきなり斬りかかることがありますか!」


女剣士は二本目の柄から手を離す。


「あるだろう。今ここに」


「そういう意味ではありません!」


リネアは吃驚とともに瞬きをした。師匠。今、アルズは確かにそう呼んだ。

女剣士は白雨を鞘へ戻し、ようやくリネアへ向き直った。


「ユズリハ・カゲツキだ」


アルズが小さくため息をつく。


「現役ミスリル級冒険者《双神刀》ユズリハ・カゲツキ。私の師匠です」


「ミスリル級……」


リネアは思わず声を失った。

金級の上にプラチナ級があり、そのさらに上にミスリル級がある。

目の前の女剣士は、その頂に近い場所で今も剣を振るう冒険者だった。


ルクスがクリードディフェンダーを下げる。


『敵性反応を再評価。アルズ・カスケードの関係者と確認』


「敵ではないよ」


アルズはリネアに申し訳なさそうな顔を向けた。


「ただし、やり方は苛烈だけど」


「名乗ってから来る敵ばかりではない」


ユズリハは平然と言った。


「アーキテクトとやらは、依頼も身分も偽るのだろう?ならば、名乗らぬ相手にどこまで対応できるかを見る必要があった」


「それでも限度があります!」


アルズの声が少し大きくなる。


「黒喰に手をかける必要はありませんでしたよね!」


ユズリハは腰の二本目の太刀へ視線を落とした。


魔剣《黒喰》


敵の武器や装甲へ食い込み、その構造を内側から壊すことに特化していると言われる、いわくつきの刃。


「抜いてはいない」


「抜こうとしたでしょう!」


「抜く寸前で止めるつもりだった」


「それを信じてもらえると思いますか!」


二人のやり取りを聞きながら、リネアはようやく呼吸を整えられる。

怖かった。本当に怖かった。デルタバーテックスやアトラス・ドレッドノートとは違う恐怖だった。

巨大な火力でも、圧倒的な機体性能でもない。一本の刀と足運びだけで、ルクスの動きがほぼ完全に封じられた。

自分の指示がなければ、もっと早く崩されていたかもしれないし、二人合わせてもまるで届かなかった。


リネアは悔しさで反射的に拳を握る。

ユズリハはそんなリネアを見て、わずかに頷いた。


「悪くない」


「え?」


「恐れている。悔しがっている。それでもなお逃げず、見ていた。修理師としても、従魔使いとしても、その目は使える」


褒められているのか、試されているのか分からない。

ユズリハは今度はルクスを見上げる。


「黒い従魔も強い。だが、強いだけだ」


ルクスの単眼が静かに光る。


『評価内容の詳細を要求』


「速いし硬い。火力があって判断もできる。だが、間合いの作り方がまだ絶望的に粗い。しかも守る動きと攻める動きが分かれすぎていて単調だ。強い兵器を、さらに強い兵器で潰しに来る相手には、そのままでは到底足りん」


アーキテクト。ミリア。ベイカー。デルタバーテックス。アトラス・ドレッドノート。

リネアの脳裏に、先日の罠が蘇る。自分たちは、アルズが来なければ負けていた。

ルクスの演算でも、勝利確率は低いと出ていた。そして、その敵は必ずまた来る。

より入念に準備をして、もっとこちらに悪い条件で仕掛けてくるはずだ。今度こそ逃げ場を奪うように。


「……どうすればいいんですか」


リネアは尋ねた。


ユズリハは即答した。


「稽古をつける」


「稽古……?」


「格上を相手にした時の間合い。武器を壊さずとも使えなくする位置取り。守りながら攻める動き。お前たちはそれを死ぬ気で覚えろ」


アルズがリネアの横へ来て、小さく囁いた。


「師匠の稽古は厳しいよ。私は何度も泣かされた」


「泣いたか?」


「泣きましたよ!覚えていないんですか!」


「覚えている。言ってみただけだ」


リネアは師弟の軽妙な掛け合いに、少しだけ笑いそうになった。

けれど、胸の中にある悔しさは消えない。ルクスを守りたい。

ルクスに守られるだけではなく、ルクスが壊されないように戦い方を選びたい。

そのためには、自分も変わらなければならない。


「お願いします」


リネアは深く頭を下げた。


「私たちに、稽古をつけてください」


ルクスも静かに頭部を下げる。


『戦闘技術の向上は、リネアの安全確保に寄与します。訓練申請』


ユズリハは満足げに頷く。


「よし」


アルズがほっとしたように息を吐く。


「では、日程は王都に戻ってから――」


「明日からではない」


ユズリハが遮り、アルズの表情が気まずそうに固まる。


「師匠?」


ユズリハは白雨の柄に手を置き、当然のように言った。


「今からだ」


森の旧街道に、再び緊迫感が満ちる。リネアは思わずルクスを見上げた。

ルクスの碧い単眼が、静かに明滅する。


『訓練戦闘、再開準備』


金級冒険者リネア・ギアライトと、黒き特殊従魔ルクス。

アーキテクトに狙われる二人の前に現れた名もなき剣聖は、味方であると同時に、これまで出会った誰よりも厳しく高い壁になろうとしている。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。