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第三十九話 人類なき世界の設計者


リンドヴァル王国南西部。


人の通う街道から遠く離れた山岳地帯に、その施設は隠されていた。

切り立った岩壁。深い森林。年中晴れることのない濃霧。

外から見れば、そこにあるのは長い年月をかけて崩れた岩山だけだ。

だが、夜の闇の中で岩壁の一部が音もなく割れ、巨大な門が姿を現す。


青紫色の光を噴き上げながら、一機の魔導兵器が谷間へ滑り込んできた。

脚を持たず、無数の眼を備えた浮遊機体。


《デルタバーテックス》


かつて城塞を思わせる装甲と無数の砲塔を身にまとっていた災害級魔導ゴーレムは、見る影もなく損耗していた。

まず外部装甲は全て失われている。頭頂部に搭載されていた大型主砲も、四属性魔術を放つ副砲塔群ももはや存在しない。

第二形態の主力兵装である連結式十二銃身チェーンガンも、右腕の接続部から切断されて失われていた。

残された二枚の盾にも深い斬撃痕と焦げ跡が刻まれ、フロート機構から噴き出す光は不規則に揺れている。


それでも機体は墜ちず、命令に従い、製造者のもとへ戻ってきた。

巨大門が閉じると、地下格納施設の照明が順番に灯りゆく。

岩盤を掘り抜いて造られた広大な空間には、修復用の魔導機械と無数の作業腕と資材が並んでいた。

床や壁には太い導管が走り、施設の奥には複数の大型機を収容できる格納区画が設けられている。


その中央で、一人の女性が帰還した機体を待っていた。

淡い銀灰色の長髪。白を基調とした作業外套。細身で、物腰も柔らかい。

年齢は二十代後半ほどに見える。都市の研究所や工房にいても、誰も不審には思わないだろう。

ただ、その薄い紫色の瞳だけが、人間らしい温度をほとんど宿していなかった。


「お帰りなさい、デルタ」


女性――ミリアは、降下してくるデルタバーテックスを見上げた。


普段と変わらない穏やかな声。

しかし、その瞳が機体各部を追うにつれて、わずかに見開かれていく。


「……ここまで壊されたの?」


デルタバーテックスの予定されていた任務は、城塞都市レグナードの陥落だった。

内部協力者によって広域防壁機関グラン・バスティオンを停止させ、大規模魔物氾濫に紛れて魔導ゴーレム軍を投入する。

そして都市の防衛線を破壊し、住民と守備隊を可能な限り排除する。


難しい作戦ではないはずだ。リンドヴァル王国の東部防衛戦力は把握している。

デルタフォートレスの城塞形態を正面から破壊できる兵器も、第二形態の機動に追随できる戦力も、現地には存在しない。

少なくとも、作戦開始前までは。


「王国軍に、あなたをこんな姿にできる戦力はないはずなのに」


ミリアは修復槽へ誘導されたデルタバーテックスへ近づいた。

その右手を、損傷した装甲へ触れる。白い指先が音もなく割れた。皮膚の内側から、銀色の細い端子が五本伸びる。

同時に、ミリアの右目の瞳孔が幾重もの機械絞りへ分裂した。首筋の皮膚が開き、埋め込まれていた接続口から淡い魔導光が漏れる。


普通の女性に見えた姿は、ただの外殻にすぎない。

度重なる肉体改造と機械化。神経、骨格、筋肉、臓器の置換。

ミリアという存在のどこまでが生来の人間だったのか、そもそも人として生を受けた存在であったのか否か、もはや本人にも明確ではなかった。


五本の端子がデルタバーテックスの接続口へ差し込まれる。

膨大な戦闘記録が、言葉ではなく感覚としてミリアの内部へ流れ込んだ。


燃える城塞都市。押し寄せる魔導ゴーレム軍。

そして、その軍勢へ単身突入してくる黒い四脚の機械獣。


「この子が……」


武装の一つ一つは、アーキテクトが保有する兵器技術から大きく逸脱しているようには見えない。

異常なのは、使い方だった。黒い機械獣は、戦況に合わせて武装の用途を変えている。

アンカーショットを拘束だけでなく、移動や急旋回へ転用する。

フォースフィールドを足場として立体的に機動する。

デルタフォートレスの装甲を正面から破れないと悟るや、砲塔群だけを狙う戦術へ切り替える。


そして、全方位からの砲撃を前にした瞬間。機械獣は、自ら新たな回避機動を構築した。

碧い残影ミラージュ

既存機能を複合し、敵の照準機構を欺く機動を戦闘中に編み出している。


ミリアの口元から、僅かに笑みが消えた。


「自律学習型……いいえ、それだけじゃない」


与えられた選択肢から最適解を選んでいるのではない。

必要に応じ、自ら選択肢を作り出している。学び、組み替え、発展させる。

そして戦闘記録の随所に、機械獣単体の判断では説明しきれない調整が残されていた。


熱管理。出力制御。補修された関節。

本来の規格とは異なる部品を成立させるための繊細な加工。

戦闘が始まる以前から、この機体には誰かの手が加えられている。


やがて記録の中に、一人の少女が映った。

浅い色の髪を束ね、工具鞄を抱えた若い修理師。


リネア・ギアライト。


黒い機械獣を発見し、修復し、名を与えた人間。

星紋系統と思われる部品を次々に組み込み、眠っていた能力を引き出している。


「この修理師が、あなたを育てているのね」


ミリアは記録の中のリネアを拡大した。

機械獣へ語りかける表情。損傷を心配する声。兵器へ向けるものとは思えない信頼。

そして、機械獣の側もまた、彼女の安全を最優先している。


「面白い関係」


ミリアの目に、研究者としての興味が灯る。


「兵器を従わせているのではない。明確な命令系統でもない。相互の意思決定へ影響を与え合っている」


それは危険な存在だった。

黒い機械獣だけなら、まだ兵器として対処できる。

だが、それを修復し、強化し、未知の機能へ到達させる人間が傍にいる。

放置すれば、次はどこまで進化するか分からないということだ。


「計画への干渉度を再算定」


ミリアの機械瞳に、複数の数値と予測線が浮かぶ。

レグナード作戦への妨害。魔導ゴーレム軍の損失。

デルタバーテックスの兵装喪失。今後の都市攻略作戦へ機械獣と修理師が介入する可能性。


最終算定結果が、赤く表示された。機械獣及び修理師、最優先排除対象。


ミリアは接続端子を引き抜いた。


「特殊従魔ルクス。あなたは、私たちの再設計を狂わせる」


《アーキテクト》


それが、ミリアたちの属する組織の名だった。

国境も、王権も、宗教も、彼らには意味を持たない。

彼らが見ているのは、この世界エルディアそのもの。


そして世界の中で増え続け、争い、奪い、壊し、全てを自らの都合に合わせて塗り替えてきた人類種。

アーキテクトは、人類を世界の支配者とは認めていなかった。

彼らにとって人類とは、エルディアの構造に発生した欠陥である。


故に排除し、世界を再設計する。


王国も、帝国も、辺境の小村も。

一つ残らず人類種を根絶し、その後に機械兵と魔導ゴーレムと魔物が自由に闊歩する新たな世界を築く。


人類のための都市も、街道も、畑も必要ない。

人類が定めた秩序そのものを解体し、世界を本来あるべき姿へ設計し直す。


そのための設計者であり、アーキテクトなのだ。


その思想が、いつ、誰によって生み出されたのか。

なぜ彼らが人類を欠陥と断じたのか。その答えを知る者は、組織内部にもほとんどいない。

だが、第一席次から第五席次までの称号を与えられた五人の《魔導工兵》は、疑うことなく計画を遂行していた。

彼らは兵器を作る技術者であり、自らもまた兵器だった。


生体改造。魔導機械化。魔物因子の移植。

人としての限界を遥かに越え、世界を変える力を得た超越者たち。


ミリアは、その第三席次。

《デルタフォートレス》を作り《デルタバーテックス》へ至る二段階戦闘機構を完成させた魔導工兵だ。

そして今、その傑作を追い詰めた存在を破壊するため、別の席次を動かそうとしている。


ミリアは施設の通信端末へ手を置いた。皮膚の下から伸びた端子が、端末と直接接続される。


「第三席次権限により、第五席次へ共同作戦を要請」


暗号化された魔力信号が、山岳地帯の奥深くへ放たれた。返答は短かった。


『座標を送れ』



数時間後。


地下施設の巨大門が、再び開いた。最初に響いたのは、重い駆動音だ。

地面が震え、無限軌道が岩床を噛み砕きながら、巨大な影を施設内へ進めてくる。


戦車型の下半身。その上に載せられた、重装甲の人型上半身。

全高だけならデルタバーテックスに及ばない。だが、横幅と重量感は、城塞形態のデルタフォートレスさえ思わせる。

右腕には長大なレーザーキャノン。

左腕には、青白い稲光を内部へ溜めるプラズマキャノン。

左肩には半透明の防壁を展開するパルスシールド発生ユニット。

右肩には、巨大な弾倉と直結した大型グレネードキャノン。

前面装甲は幾層にも重ねられ、胸部の奥では複数の魔力炉が赤く明滅している。


装制圧型大型魔導機兵アトラス・ドレッドノート


それは、敵の攻撃を避けるための兵器ではない。

攻撃を受け止めながらも前進し、逃げ場ごと戦場を焼き払う移動要塞だった。


その肩部装甲の上に、一人の大柄な男が立っていた。

短く刈られた灰色の髪。厚い胸板を包む黒い作業服。

右腕は肩から指先まで機械化され、外套の隙間から覗く胸部にも金属骨格が走っている。


第五席次、ベイカー。


「ずいぶん派手に壊されたじゃないか」


ベイカーは修復槽のデルタバーテックスを見て、愉快そうに笑った。


「第三席次殿の傑作が、右腕を落として帰ってくるとはな」


「だから、あなたを呼んだのよ」


ミリアは感情を乱さず、戦闘記録を空中へ投影した。

映し出されたのは、ルクスとデルタバーテックスの戦闘。

赤橙色の弾幕を抜ける黒い機体。碧い残影。チェーンガンの切断。


ベイカーは腕を組み、黙って記録を見続けた。

やがて、低く鼻を鳴らす。


「速いな」


「それだけではないわ。戦闘中に学習している。こちらの弱点を見つけ、新しい機動まで創出した」


「成長型か」


「現時点でもデルタと互角に近い。放置すれば、次に遭遇した時は上回られる可能性がある」


ベイカーの視線が、記録の中のルクスへ固定される。


「なら、成長し切る前に破壊すればいい」


単純で、迷いのない剛毅な結論だった。ミリアは映像を切り替える。

次に映ったのは、リネアだった。


「この修理師は生かして回収する」


「機械獣ごと吹き飛ばした方が早い」


「駄目よ」


ミリアの機械瞳が細く絞られる。


「あの機体が、発見時から現在の性能を持っていたとは考えにくい。彼女が修復し、星紋部品を組み込み、成長を促している。ルクスの構造を理解する手掛かりが、彼女の中にあるかもしれない」


「女を拾い、獣は砕く。それでいいんだな?」


「ええ。知識を取り出すまでは、可能な限り損傷させないで」


ベイカーは肩を竦めた。


「注文が多いな」


「第五席次なら可能でしょう?」


挑発とも取れる言葉に、ベイカーは笑みを深めた。


「俺を呼んだことを後悔させない程度にはな」


ミリアは作戦卓へ向き直る。そこには、レグナード周辺の地図と、王都へ続く街道が映し出されている。

当初の目的は城塞都市の陥落だが、ルクスが存在する限り、同じ作戦を繰り返しても妨害される可能性が高い。

レグナード一都市を落とすことより、今後の全作戦を狂わせかねない敵を排除する方が優先される。


「城塞都市レグナード陥落作戦は、一時凍結する」


ベイカーが片眉を上げた。


「都市より、あの一機を優先するのか」


「都市を守った機体は、次の都市も守る。ならば先に壊すべきでしょう?」


《アトラス・ドレッドノート》の背部で、補助炉が起動する。

赤い魔力光が導管を走り、レーザーキャノンとプラズマキャノンへ供給されていく。


一方、修復槽では無数の作業腕がデルタバーテックスへ取りついていた。

切断された右腕の接続部を整形し、新たなチェーンガンの部品を運び込む。

損傷した盾の表面へ、レーザー撹乱層を再形成する。

フロート機構の出力試験が始まり、青紫色の光が格納区画を照らした。


ミリアは修復槽の中にいるデルタバーテックスへ歩み寄った。

透明な槽壁越しに、静かに手を触れる。


「今度は、あなた一機では行かせないわ」


隣の格納区画で《アトラス・ドレッドノート》の巨大な魔力炉が唸りを上げた。

ベイカーが豪快に笑う。


「速い獣には、逃げ場を消すほどの砲火をくれてやる」


ミリアの右目が機械絞りへ変わる。

その瞳の中に、戦闘記録から切り取られたルクスとリネアの姿が映った。


「作戦目標を変更。城塞都市レグナードの陥落は一時凍結」


修復槽の中で、デルタバーテックスの無数の眼がミリアの瞳と同期して点灯する。


「最優先目標――特殊従魔ルクスの完全破壊」


アトラス・ドレッドノートの両腕が持ち上がり、二門の巨大砲が暗闇の先へ向けられた。


「修理師リネア・ギアライトは、生存状態で回収する」


二機の魔導兵器が、地下施設の暗闇の中で目覚める。

それらを従えるのは、アーキテクト第三席次ミリア。第五席次ベイカー。


世界を人類なき姿へ設計し直す者たちは、最初に、自分たちの設計を狂わせた黒き従魔を消すことにした。



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