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第三十七話 赤き砲火、碧き残影


黒き従魔が、魔導ゴーレムの軍勢へ単身突入する。

その動きを、デルタフォートレスは正確に捉えていた。


城塞を思わせる巨体の頭頂部で、大型砲塔が低い駆動音を響かせながら旋回する。巨大な砲口の奥に、赤い光が灯った。


『高出力エネルギー反応を検出』


ルクスが警戒して進路を変えた直後、戦場を赤色の閃光が貫き焼き払う。

極太のレーザーが大地へ突き刺さっていた。


土砂と岩盤が瞬時に焼け、爆ぜ、一本の深い溝となって吹き飛ぶが、赤い光線はそれだけでは止まらない。

照射を続けたまま砲塔が横へ旋回し、地形そのものを切り裂きながらルクスを追尾する。


その間に、都市を包囲していた小型ゴーレムが数十体、レーザー砲撃へ巻き込まれて溶断された。

しかしデルタフォートレスは全く意に介さない。

配下の損失よりも、都市防衛を支える黒い機械獣の排除を優先しているのだ。


ルクスは前脚で大地を掴み蹴る。

空中に碧い《フォースフィールド》が展開され、その足場をさらに踏み抜いた巨体が急角度で跳び上がり、赤い光線が数瞬前までルクスのいた場所を焼き払う。

そして、レーザーはそのまま城塞都市レグナードへも迫った。


「伏せろ!」


外壁上で守備兵の怒号が響く。

赤い奔流が外壁の上部を掠めた。


高熱のレーザーの奔流に厚い石壁が飴細工のように抉られ、監視塔の一角が吹き飛ぶ。

瓦礫と武具が都市側へ降り注ぎ、高熱に追われて一部の兵士たちが壁上から身を投げ出す。

もし防壁機関グラン・バスティオンが稼働していれば防げた一撃だったが、レグナードを守る障壁は失われている。


『都市外壁への被害を確認』


ルクスの碧い単眼が細く絞られる。

頭頂部の主砲塔が次弾の充填へ入るのと同時に、デルタフォートレスの側面で無数の装甲板が開いた。

その奥から姿を現したのは、大小の魔導副砲塔群だ。


赤、青、緑、黄褐色。

異なる属性を示す魔力光が一斉に灯る。

最初に放たれたのは、高圧の水弾だった。


複数の水塊が空中で細長く形を変え、鞭のようにルクスの四脚へ絡みつく。

姿勢を崩そうとする水圧へ抗った直後、足元に土属性の魔術弾が着弾した。

着弾点の大地から急速に岩杭が突き上がる。


さらにはルクスが飛び退いた先へ、風刃が軌道を曲げながら迫った。

可変盾を展開して受けるが、渦巻く風圧が盾の角度をさらって押し広げる。

そうして生まれた死角へ、火球が撃ち込まれた。


爆炎がルクスの黒い機体を包む。


『外装温度上昇。損傷、軽微』


煙の中からルクスが飛び出し攻勢に転じる。

副砲塔の攻撃は、ただ同時に放たれているのではない。

水で姿勢を乱し、土で退路を制限する。風で防御を崩し、火で止めを刺す。

複数の魔術師部隊を、巨大な一機へ詰め込んだような連携がこの攻撃の本質だ。


そこへ再充填を終えた頭頂部主砲の砲口が再び赤く輝く。


『対象デルタフォートレス。砲撃戦能力、当初予測を大幅に超過』


周囲では、魔導ゴーレム群がルクスに対して包囲を狭めている。

人型ゴーレムが脚部へ取りつこうと迫り、中型の防御ゴーレムが盾を構えて道を塞ぐ。頭上では飛行型が旋回し、回避経路まで埋めていた。

明らかにすべての戦況が指揮個体であるデルタフォートレスの盤上で推移している。


『脅威度を上方修正』


ルクスの胸部で、星紋動力環が強く明滅した。


『通常機動による突破は非効率』


四脚の各関節へ、碧いエネルギーが流れ込む。


『《フィジカル・ブースト》起動』


クリードディフェンダーの両刃に、碧色の光がまとわりついた。

刃の輪郭を覆うエネルギーがさらに長く、鋭く伸びる。


『《エナジーブレード》展開』


次の瞬間、ルクスの姿が急加速で掻き消えた。足場になった地面が爆ぜる。

正面を塞いでいた中型ゴーレムを、碧い斬撃が薙ぎ払う。クリードディフェンダーの実体刃だけでは届かない装甲の奥まで、伸長したエネルギー刃が焼き切る。

可変盾が最大まで広がり、左右から迫った小型ゴーレムをまとめて弾き飛ばす。さらにアンカーショットを前方の防御型ゴーレムへ突き刺し、巻き取りの勢いを加速へ転用した。


デルタフォートレスの赤い主砲レーザーが背後を薙ぎ払う。

飛行型と副砲塔の魔術弾が頭上から降り注ぐ。

ルクスは止まらず、包囲網を一直線に切り裂き、ついにデルタフォートレスの懐へ入り込んだ。


眼前には、巨大な前脚。

城塔を支える柱のような脚部が大地を踏みしめている。

ルクスは四脚を沈め、クリードディフェンダーを大きく引いた。


『高出力斬撃を実行』


碧い刃が振り抜かれると同時に巨大な火花が咲いた。

デルタフォートレスの前脚へ、クリードディフェンダーが確かに食い込む。


しかし、浅い。削れたのは最表層の装甲だけだ。

剣圧で外殻の一部が剥がれ落ちたものの、その下からさらに厚い装甲層が姿を現す。脚部の駆動にも、目立った変化は見られない。


デルタフォートレスの前脚が不意に持ち上がるので、ルクスは直前で後退した。

数十トンはあろう脚部が地面を踏み砕き、凄まじい衝撃波が走る。


『装甲厚、想定以上』


第二撃による破壊に必要な出力を演算するが、結果は非効率を告げる。

装甲を正面から破壊して中枢へ届くまでには、時間もエネルギーもかかりすぎる。

その間に、レグナードの外壁が持たない。


『外部装甲からの中枢破壊を断念』


ルクスはデルタフォートレスを見上げた。

どれほど頑丈な機体であっても、全てを装甲で覆うことはできない。

敵を攻撃する砲口。魔力を放出する発振器。回転し、狙いを定める砲塔の基部。

外部へ力を放つ箇所は、必ず内側へ繋がっている。


かつてリネアが、壊れた機械を前に何度も口にしていた。

大きな機械ほど、力の通り道を見なければならない。


『攻略方針を変更』


頭頂部の大型主砲。及び、側面の魔導副砲塔群。

まず、都市へ被害を及ぼす全遠距離武装を破壊する。


ルクスはデルタフォートレスの側面へ走った。

傾斜した巨大装甲の前方に《フォースフィールド》を形成する。

一枚目を蹴る。さらに上方へ向けて二枚目。続けざまに三枚目。


碧い足場を階段のように駆け上がり、ルクスは城塞の壁面を登っていく。


デルタフォートレスの背部発信塔が明滅した。

周囲を旋回していた飛行型ゴーレムが、一斉に進路を変える。

今度は魔術弾は撃たない替わりに、胸部のコアを限界まで発光させ、自らの機体を自爆弾としてルクスへ突撃してきた。


『自爆攻撃を確認』


先頭の一体目をクリードディフェンダーで両断する。

切断と同時にコアが爆発し、爆風がルクスの機体を煽る。

二体目を可変盾で強かに弾き返す。飛ばされた機体は後続へ衝突し、連鎖的な爆発を起こした。

三体目が死角から迫る。ルクスはフォースフィールドを横向きに展開し、空中で強引に方向を変えた。飛行型ゴーレムは残された碧い足場へ激突し、虚空で爆ぜる。


だが、その間にも主砲の充填は進んでいた。

砲口の奥で、再び赤い破滅の光が限界まで膨れ上がる。

ルクスは果敢に左腕を伸ばした。


『アンカーショット、射出』


杭が主砲塔側面の装甲継ぎ目へ突き刺さる。

ワイヤーが巻き取られ、ルクスの巨体が砲塔へ向かって一気に引き寄せられる。

それに呼応して、デルタフォートレスの主砲周辺に半透明の魔導障壁が形成され始めた。


ルクスは構わずクリードディフェンダーを砲塔基部へ突き立てる。

実体刃とエナジーブレードが装甲の継ぎ目を裂く。

そのままルクスは、流れるように背部のレーザーディスチャージャーを主砲塔側面へ向けた。


『収束照射』


至近距離から放たれた碧い光の奔流が、主砲塔内部へ流れ込む。

形成途中だった魔導障壁が弾け飛び、内部で赤と碧の光が混ざり合い、次の瞬間、主砲塔全体が大爆発を起こす。

巨大な砲身が根元から折れ、赤熱した部品を撒き散らしながら地上へ落下していく。

デルタフォートレスの頭頂部から、黒煙が噴き上がる。


赤き主砲はついに沈黙し、城壁上の兵士たちから、歓声が上がる。


しかし、デルタフォートレスの反撃は止まらない。

左右の副砲塔群が一斉に回転し、全ての砲口が主砲塔の残骸に立つルクスへ向けられる。


土、水、風、火。

四属性の魔力光が満ち、デルタフォートレスの副砲塔から無数の魔術弾が放たれた。

正面だけではない。左右、背後、上方。

砲塔が互いの死角を補完するように、全方位から弾幕がルクスへ殺到する。

ルクスの胸部で、星紋動力環がこれまで以上に強く輝いた。


《フィジカル・ブースト》

《フォースフィールド》

瞬間加速と、急角度の方向転換。

さらに展開したフォースフィールドの表面へ、意図的な光学屈折を発生させる。


『新規複合回避機動を実行』


ルクスの輪郭が、碧い光に包まれた。


呼称ミラージュ


四属性の魔術弾が、主砲塔上の黒い機体へ殺到する。

直撃し、爆炎と水柱、岩杭と風刃が一つの地点で炸裂した。

だが、その中心にあったルクスの姿は、光の粒子となって崩れていく。


残影。


副砲塔群の照準機構は、碧い光が作り出した偽りの輪郭を実体と誤認したのだ。

本物のルクスは、すでにデルタフォートレスの左側面へ移動していた。


そうして一時的にでも優位を得たルクスは副砲塔群へ淀みなく反撃を開始する。

風属性砲塔をクリードディフェンダーで切断し、水属性砲塔へ可変盾を叩きつけ、回転基部ごと押し潰す。

土属性砲塔の砲口が向けられる前に、アンカーショットの杭を内部へ撃ち込み、ワイヤーの巻き取りで砲身を引き千切った。

そこへ火属性砲塔群が集中砲火を浴びせてくる。


ルクスは再び《ミラージュ》を発動し、虚空に漂うルクスの残滓が敵の照準を引き付ける。

残影を貫いた火球が、反対側に残っていた副砲塔へ直撃する爆炎を抜け、ルクスはレーザーディスチャージャーを横薙ぎに照射する。

碧光がデルタフォートレスの側面を薙いだ。


並んでいた魔導副砲塔が、次々に破壊されていく。

最後に残った砲塔を、クリードディフェンダーが基部から斬り落とした。

これにより、デルタフォートレスの頭頂部主砲及び四属性副砲塔群が完全に沈黙し、レグナードへ壊滅的な砲撃を浴びせていた全遠距離武装の破壊に成功した。


城壁上の兵士たちが歓声を爆発させる。


「武装を全部潰したぞ!」


「あの災害級を一機で丸裸にした!」


デルタフォートレスはそこで動きを止めた。

周囲の魔導ゴーレム軍団への指揮にも、わずかな乱れが生まれる。


ルクスは剣を下ろさず、油断なく要塞を睨んでいた。

碧い単眼が、城塞形態の内側から膨れ上がる異常なエネルギーを捉えている。


『敵機内部出力、上昇』


低い音が響いた。

金属同士を繋いでいた固定具が、次々に解除されていく音。

デルタフォートレスの全身で、巨大な装甲板が浮き上がった。


『装甲結合解除を確認』


装甲板の一枚目が落ち、大地が揺れた。続いて二枚目、三枚目。

城壁のように分厚い多層装甲が、周囲の小型ゴーレムを押し潰しながら次々に地面へ落下する。


頭頂部の主砲残骸。側面の副砲塔基部。背部の指揮塔。

城塞を形作っていた全てが、不要な外殻として切り捨てられていくかのよう。


土煙の中で、巨大な影が姿を変えた。

分厚い装甲に覆われていた胴体が細く絞られる。

内部から長い腕部が展開され、脚部の構造が複雑に組み替わる。

鈍重な歩行を支えていた部品が外れ、高速機動のための脚のない浮遊型フロート脚部が露出した。

頭部と思われる箇所で、複数の青紫色の眼が一斉に点灯する。


それは、もはや動く城塞ではなかった。

城塞という鎧の内側に隠されていた、純粋な戦闘機兵。


『敵機重量、大幅減少』


細身を浮かべるフロート脚部が、その推力で砂塵を散らす。


『機動出力、急速上昇』


デルタフォートレスが頭を上げた。

無数の眼が、主砲塔の残骸に立つルクスを捉える。


『戦闘形態への移行を確認』


外殻を失った魔導ゴーレムの覇者が、初めて明確な敵意を示すように身を沈めた。

城塞形態は、倒されたのではない。脱ぎ捨てられたのだ。



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