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第三十六話 魔導ゴーレムの覇者


二連装の砲口に、碧光が集束する。


城塞都市レグナードの東門前には、ゴブリンと魔狼の群れが折り重なるように押し寄せていた。門を守る兵士たちは矢を放ち、魔術を撃ち込み、槍衾を組んで必死に耐えている。

だが魔物の数が多すぎた。倒しても倒しても、後方から新たな影が現れる。


『レーザーディスチャージャー、低出力拡散照射。照準補正完了』


「城壁と味方を巻き込まないで。門前だけを薙いで!」


『了解』


碧光がほとばしる。二本のレーザーは空中で分岐し、扇状に広がりながら地上へ降り注いだ。

碧い光の奔流が、ゴブリンと魔狼の群れを横一線に呑み込む。直撃した個体は吹き飛び、避けようとした魔狼も広がった光の端に触れて地面を転がった。

門前を埋め尽くしていた敵の群れが、一度の照射で大きく削り取られる。

守備兵たちが、一瞬、何が起きたのか理解できずに立ち尽くした。


「道が開いた!今のうちに押し返せ!」


指揮官の怒号で、ようやく我に返った兵士たちが忙しなく動き出す。

ルクスは速度を落とさず、東門へ向かって駆けた。


「ルクス、城壁上へ!」


『アンカーショット、射出』


左腕側面から放たれた杭が、城壁上部の石造りの張り出しへ突き刺さる。

ワイヤーが巻き取られ、ルクスの巨体が一気に宙へ持ち上がった。四脚が城壁を蹴り、黒い機体が防壁上へ躍り出る。

守備兵たちが驚いて道を空けたそこで、ルクスが低く身体を伏せる。

リネアは固定具を外し、城壁の床へ降り立った。


「リネア・ギアライト殿ですね!」


鎧姿の兵士が駆け寄ってくる。肩章から見て、防衛司令部付きの伝令だろう。


「グラン・バスティオン中央機関までご案内します!」


「お願いします!」


リネアは工具鞄を掴み、ルクスの装甲へ手を当てる。


「私は防壁機関を直す。ルクスは外をお願い」


『了解。リネアの安全確保を最優先しつつ、防衛戦闘を継続』


「無理はしないで」


『当機に可能な範囲内で善処』


その返事に少しだけ不安を覚えたが、今は立ち止まっていられない。

リネアが伝令と共に城壁内へ走り出すと、ルクスは再びアンカーショットを放った。


今度は城壁の外側へ。

黒い機体が防壁を飛び越え、魔物の群れの中へ落下した。

着地の衝撃で、数体のゴブリンが吹き飛ぶ。


『防衛行動を再開』



クリードディフェンダーの双刃が振るわれた。

両刃剣の横薙ぎが、東門前へ再び集まり始めた魔狼の群れを薙ぎ払う。

背後から飛来した投石は可変盾を傾けて受け流し、城壁へ向かって突進する大型の猪型魔物にはニードルキャノンの砲口を向けた。

轟音の直後に巨大な杭が猪型魔物の肩を貫き、巨体を地面へ縫い止める。


だが、救援を必要としているのは東門だけではなかった。

城壁北側から、緊急を告げる赤い魔力弾が上がる。


『北東防衛線、戦力低下を確認』


ルクスは四脚で地面を蹴り、魔物の群れを跳び越え、城壁沿いを疾走する。

北東部では、飛行型の魔物が城壁上へ低位魔術を浴びせていた。兵士たちは盾を掲げているが、上空から降り注ぐ火球と風刃に防衛陣形を崩されている。


ルクスはフォースフィールドを空中へ展開した。青い足場を蹴り、城壁より高く跳ぶ。

合わせてレーザーディスチャージャーが低出力で掃射され、飛行型の魔物の翼を次々に焼く。落下してきた個体をクリードディフェンダーで叩き落とし、そのまま城壁の外側へ着地する。


「東門を救ったばかりだろう!?」


守備兵の一人が吃驚して声を上げた。


「もう北東塔に来ているぞ!」


ルクスは答えの代わりに絶えず演算を巡らせる。

次の救援地点を探して、すでに単眼を動かしていた。



レグナードの地下深く。

グラン・バスティオン中央機関は、巨大な円形空間の中に存在していた。

中央には青白い魔力を湛えた大型炉。そこから四方の防壁塔へ向かって、太い魔力伝達管が伸びている。


本来なら都市全体へ力を送り続けているはずの施設。

だが今は、中央魔力炉だけが虚しく動き続け、四方の伝達管は沈黙している。


「中央炉は正常に稼働しています」


案内役の主任魔道技師が説明した。


「貯蔵量も安定していますが、どこにも魔力が流れない。何度起動し直しても同じです」


リネアは炉の周囲を回り、伝達管へ手を当てた。

確かに、中央炉は正常そうだ。魔導機関特有の拍動にも乱れはないし、制御盤も致命的な故障を起こしていない。

それなのに、魔力の流れだけが四方で不自然に途切れている。


「図面を見せてください」


技師から受け取った構造図を床へ広げる。

北、南、東、西。四本の主要伝達路。

その全てが、中央機関から少し離れた場所で断絶している。


「同じ場所じゃない……」


「はい。ですから原因が分からないのです」


リネアは報告書と構造図を見比べた。自然故障なら、一つの破損が周辺系統へ波及する。

だが、これは違う。四本の伝達路が、それぞれ別の場所で切断されているようだ。

しかも、中央炉に異常が返らないよう、安全回路だけが選択的に残されていた。


「壊れたんじゃない」


リネアの確信の込められた呟きに、主任技師が顔を上げる。


「何ですと?」


「壊されたんです。中央炉を暴走させず、防壁だけを機能停止に追い込むように。しかも、修理に時間がかかる場所を選んで」


この人為的な破壊は偶然ではあり得ない。

犯人はグラン・バスティオンの構造を知っている。

そして、魔物氾濫が到達する時刻も知っていた可能性が高い。


リネアは立ち上がった。


「四本を全部、同時には直せません。まず東側を復旧させます。今、一番攻撃が激しい場所です」


「しかし、完全な障壁には四塔全てが必要です」


「分かっています。だから一つずつ戻します。部分防壁でも、ないよりはずっといい」


リネアは工具鞄を開いた。


「切断想定箇所まで案内してください」



城壁外の戦闘は、終わりなく続いていた。

ルクスは横に広い防衛線を駆け回る。


東門。北東塔。南側外壁。再び東門。


押されている場所へ現れ、魔物を蹴散らし、兵士たちが陣形を立て直す時間を作る。

クリードディフェンダーが小型魔物を薙ぎ払い、可変盾が火球を受け流す。大型個体にはニードルキャノンを撃ち込み、飛行魔物にはレーザーディスチャージャーを短く照射する。


ルクスが来れば、戦線は持ち直せる。

だが、ルクスが去れば、また別の場所が押される。


敵を倒せないわけではないが、防衛側が倒す速度より、押し寄せる勢いの方が強い。

それでも、斥候と呼ばれていた魔物たちは、少しずつ数を減らしていた。


最後の魔狼がクリードディフェンダーに弾き飛ばされると、飛行型の魔物の残党も、森の向こうへ逃げていく。

外壁上から、初めて歓声が上がった。


「押し返したぞ!」


「やった!」


兵士たちの顔に、ようやく安堵が浮かぶ。

その歓声の中で、ルクスだけは動かなかった。

碧い単眼を、東の地平線へ向けている。


『地鳴りを検出』


最初は誰にも聞こえなかった。

やがて、水面の波紋のように、城壁の足元が小さく震え始める。


規則正しい音。獣の群れが走る、乱雑な地響きではない。

一定の間隔で、無数の硬いものが大地を叩いている。


兵士たちの歓声が困惑とともに止まる。

地平線の向こうに、黒い線が現れた。

それは森の影や霧が生み出した錯覚ではなかった。


魔導ゴーレムの軍勢だ。人型。獣型。飛行型。

小型から中型まで、数え切れない機械仕掛けの魔物が、整然と隊列を組んで進軍してくる。


斥候として現れた魔物たちには、飢えも咆哮もあった。

だが、今迫ってくる無機質な軍勢には何も生物的な揺らぎがない。

ただ、何らかの命令に従って前進しているかのようだ。


「……あれが、本隊?」


城壁上の若い兵士が震える声で言った。

それを聞いていた別の兵士が首を振る。


「これは魔物の氾濫じゃない」


その声には、恐怖が滲んでいた。


「軍勢の侵攻だ……」


やがて先頭の獣型ゴーレム群が一斉に速度を上げる。

狼や獅子を思わせる四脚機体が、地面を削りながら外壁へ突進してくる。

それと同時に、飛行型ゴーレムが隊列を離れて上昇した。腹部や翼の発振器が光り、火球、氷弾、風刃といった低位魔術が一斉に城壁へ降り注ぐ。


「魔術防御!」


兵士たちが盾を掲げ、魔導士が防御魔術を展開する。

ルクスは城壁前へ飛び出し、可変盾を最大まで展開した。

魔術の雨が盾にぶつかり、無数の火花が散る。


『飛行型個体、攻撃周期を確認』


レーザーディスチャージャーが空を薙ぐが、敵は散開する。

前列が撃たれれば後列が間隔を埋め、損傷した個体は高度を下げ、無傷の個体が上へ出る。

その一連の陣形整理には迷いがなく、効率的で洗練されているが故に対処に窮する。


地上では、中型ゴーレムが東門前の堀へ到達した。

守備兵たちは、敵が足を止めると思ったのだが、先頭の小型ゴーレムたちが自ら堀へ飛び込んだ。


「何を……?」


次々と小型ゴーレム群が、重なり合うように堀へ落ちる。

そして脚部と背部装甲が変形し、互いに噛み合って空間を効率的に掌握していく。

壊れた個体すら資材にしながら、ゴーレムたちは堀の中で積み重なっていった。

気が付いた時には、対岸まで届く即席の橋がゴーレムによって形成されていた。


「あいつら、自分たちを橋にしている!」


中型ゴーレムが巨大な拳や杭状の腕を構えながら、正門へ向けて橋の上を行軍し始める。

どうにか門への到達を阻止すべく守備隊が矢と魔術を集中させるが、攻撃を受けた個体は胸部装甲を閉じ、コアを内部へ隠した。

そこへ別のゴーレムが前へ出て、損傷した仲間を庇う動きを徹底している。


通常なら、魔導ゴーレムはコアを狙えば倒せる。

しかし、この軍勢はその定石を見抜いているかのように動いていた。


クリードディフェンダーが中型ゴーレムの肩から胸部までを斬り裂く。

だがルクスほどの剛撃をもってしても、一撃では止まらない。

露出しかけたコアを別の個体が身体で隠し、損傷個体を後方へ引かせる。


『敵個体、相互防御および損傷管理を徹底』


ルクスは次々に敵を倒すものの、ゴーレムの軍勢の歩みは止まらない。

まるで、あらかじめ書かれた脚本をなぞるように、防衛線は追い詰められていく。


獣型が守備隊を引きつけ、飛行型が城壁上を攻撃する。

小型ゴーレムが橋を作り、中型ゴーレムが門へ迫る。

全てが、一つの意思によって統率されているようだ。


その意思の主が、地平線の向こうから姿を現す。

それはあまりに巨大だった。

城塞をそのまま歩かせたような、分厚い多層装甲。大地へ深く沈む巨大な脚。

背部には複数の魔力発信塔が立ち、規則正しく光を明滅させている。正面中央には城門のような発光部があり、そこから冷たい青紫色の光が周囲を見渡していた。


十メートルを優に超える大型魔導ゴーレム。

あれこそが災害級指定個体。


《デルタフォートレス》


魔導ゴーレムの覇者と呼ばれ、畏敬される存在。

それが一歩進むたびに、周囲のゴーレムたちの陣形が変わっていく。


背部発信塔が光ると、一拍遅れて、飛行型が降下する。

別の塔が明滅すれば、今度は獣型が左右へ展開し、正門以外の外壁を狙い始める。


『指揮信号を検出』


ルクスの単眼が細く光る。


『全敵性魔導ゴーレム、デルタフォートレスより統制信号を受信』


城壁上の指揮官がルクスの言葉を理解する。


「なるほど、あの大型個体が敵軍の指揮中枢ということか」


「なら、あれを倒せば……」


『全個体の停止は保証されないものの、統率能力の大幅低下を予測』


統率が崩れれば、守備隊にも勝機が生まれる。

個々のゴーレムは強くても、今ほど精密に庇い合い、橋を作ったり陣形を変えることはできなくなるだろう。


ルクスは都市内へ意識を向けた。

地下ではリネアが防壁機関を修復している。


修理にはまだ時間が必要だ。

このまま軍勢の進撃を許せば、リネアが修理を終える前に門が破られてしまう。


都市も、リネアも守る。

その両方を同時に実現するには、敵軍の中枢を叩くしかない。

ルクスは城壁上の兵士たちへ通信を開いた。


『守備隊へ通達。現防衛線の死守を提案』


指揮官が目を見開く。


「お前はどうするつもりだ?」


ルクスはクリードディフェンダーを構えた。

背部のレーザーディスチャージャーが光り、可変盾が開く。


『敵指揮個体を破壊する』


「待て!単機であの軍勢を抜ける気か!」


返答の代わりに、ルクスは地面を蹴った。

フォースフィールドが空中へ展開される。

黒い四脚の機械獣が、城壁を越えて戦場へ飛び出した。


眼前には、無数の魔導ゴーレム。

その最奥には、城塞のような巨体を進めるデルタフォートレス。

ルクスの胸部で、星紋動力環が碧く脈打った。


『最優先護衛対象、リネア・ギアライト』


四脚が大地を掴む。


『護衛対象への脅威を、根本から排除する』


次の瞬間、黒き従魔は魔導ゴーレムの軍勢へ単身突入していった。



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