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第三十二話 金剛騎士団への挑戦


ギアライト修理店に、冒険者ギルドから正式な封書が届いたのは、オルギス商会の報復騒動から数日後のことだった。

朝の受付をしていたセアが、その封書を両手で持って固まっている。


「リネアさん……これ、冒険者ギルドの正式印です」


「正式印?」


リネアは修理途中の魔導ランタンから顔を上げた。

封書の蝋には、王都グランベル冒険者ギルドの紋章が押されている。依頼票ではなく通知書だ。

少し緊張しながら開くと、そこには短い文面が記されていた。


銀級冒険者リネア・ギアライトに、金級昇格試験の受験資格を付与する。


リネアは、しばらくその文字を見つめて硬直していた。


「……金級?」


思わず声が漏れる。鉄級でも銅級でもなく、銀級になった時でさえ信じられなかった。

だが、今度は金級である。かつて《暁の剣》が到達し、リネアが遠くから見上げていた等級。

依頼の幅も、報酬も、社会的な信用も大きく変わる階級だ。



その日の昼、リネアはルクスと共に緊張しつつ冒険者ギルドを訪れた。

待っていたのは、討伐担当官のロイド・バルカスと、従魔試験官のガレス・オーウェンだ。

ロイドはいつもの険しい顔で、けれどどこか満足げに言った。


「驚いている顔だな」


「驚きますよ。私が金級なんて……」


「まだ金級ではない。受験資格だ」


ガレスが柔らかく笑う。


「だが、資格を与えるに足る実績は十分にある。グレイブバーナー討伐、ライトブレーダー戦での功績、アルカ・フォモス探索、デッドエンド撃破。それに、修理師として王都内外へ与えている貢献も無視できない」


「修理の方も、評価に入るんですか?」


「当然だ」


ロイドは書類を机に置いた。


「冒険者とは、魔物を倒すだけの者ではない。依頼を達成し、人と土地を守り、次の仕事に繋げる者だ。お前の修理は、壊れた装備を戻し、工房を立て直し、村の柵を補強し、戦える者をまた戦場に立たせている。十分な貢献だ」


リネアは掛け値なしの現実的な肯定を受け、胸の奥が熱くなるのを感じた。

修理師だから役に立たない。かつてそう言われた自分が、今は修理師としての働きまで評価されている。


「試験内容は、通常の討伐ではない」


ガレスが厳かに言った。


「君たちは、もう普通の魔物討伐試験で測れる段階ではないからね」


「え?」


ロイドは淡々と告げる。


「金剛騎士団から、ネームド個体討伐を想定した実戦形式訓練への協力依頼が出ている。三日間、ルクスを高機動・高火力のネームド個体役として扱い、騎士団側が攻略訓練を行う。お前はルクスの指揮と安全管理、非殺傷制御を担当する」


リネアは目を瞬かせた。


「つまり……ルクスが、騎士団の訓練相手になるんですか?」


「そうだ」


「しかも、それが金級昇格試験?」


「そういうことになる」


虚を突かれた。

魔物討伐や護衛依頼なら想像していたし、難しい遺跡探索もあるかもしれないと思っていたが、王都防衛の要である金剛騎士団の訓練相手になるとは思っていなかった。

リネアは、隣に立つルクスを見る。黒い四脚の相棒は、静かに碧い単眼を光らせている。


『リネアの金級昇格は、当機の社会的保護にも寄与すると推定』


「ルクス……」


『特殊従魔としての信用向上。活動範囲拡大。星紋部品探索に有利』


「…うん、そうだね」


金級になれば、受けられる依頼が増える。危険な遺跡や重要任務にも、正当な立場で関われる。

何より、ルクスがただ危険な兵器ではなく、王都に認められた特殊従魔として扱われる可能性が高まるのだ。

リネアは顔を上げた。


「受けます」


ロイドが想定通りといった表情で頷く。


「では明朝、金剛騎士団詰所へ向かえ」



金剛騎士団の詰所は、王都中枢にほど近い堅牢な施設だ。

厚い石壁。大型魔物の侵入にも耐えられそうな鉄門。広い訓練場には、対大型魔物用の柵や土嚢、魔術障壁付きの観覧台まで用意されている。


リネアとルクスが門をくぐると、若い騎士たちの視線が一斉に集まった。

緊張、好奇心、期待、そしてわずかな畏怖。

それらの視線を浴びながら、リネアは少しだけ背筋を伸ばす。


「来てくれたか、リネア殿。ルクス殿」


迎えたのは、副団長バルグ・レイノルドだ。

以前、金剛騎士団への勧誘に来た騎士である。

今日は礼装ではなく、実戦用の鎧を身につけていた。背には巨大なバトルアックスがある。


「お世話になります、バルグさん」


「こちらこそ。今回の訓練を受けてもらえたこと、感謝する」


バルグはリネアたちを訓練場の中央へ案内した。

そこには、一人の騎士が立っていた。

銀灰色の髪を後ろへ撫でつけた、長身の男。纏っている鎧は派手ではないが、一目で分かるほど上質だった。

静かな佇まいなのに、周囲の空気が自然と引き締まる。


「金剛騎士団長、アーヴィン・グランシルトだ」


男は穏やかに名乗る。


「リネア・ギアライト殿。そしてルクス殿。今回の協力、心より感謝する」


「こ、こちらこそ。よろしくお願いします」


アーヴィンはルクスを見上げた。


「我々が知りたいのは、ルクス殿を倒す方法だけではない。届かぬ相手に出会った時、騎士がいかに民を逃がし、時間を稼ぎ、被害を抑えるかだ」


その言葉に、リネアは吃驚を禁じ得ない。

単にルクスに勝ちたいわけではない。金剛騎士団は、勝てない相手に出会うことまで想定している。本物の王都防衛組織なのだ。


「三日間、実戦形式で訓練を行う。装備も可能な限り本格的なものを使う。ただし、非殺傷が前提だ」


バルグが補足する。


「リネア殿に頼みたいことは一つ。ルクス殿に、手加減をさせすぎないでほしい」


「手加減を、させすぎない……」


「そうだ。傷を負わぬ訓練では、誰も強くなれん。もちろん危険と判断した時は止めてくれ。だが、我らは本気でルクス殿に挑む」


リネアはルクスを見た。


『非殺傷制圧設定、可能』


「分かった。お願い、ルクス。危ない時は止める。でも、できる範囲で本気に近く」


『了解。訓練戦闘、開始準備』



そうして始まった一日目の第一戦。

ルクスの前に立ったのは、金剛騎士団の中堅を担う四人の騎士だった。

槍。両手剣。ハルバード。片手剣と盾。


全員が歴戦の風格をまとっている。若手騎士たちは観覧席から熱のこもった視線を向けていた。

中には、手帳や魔道具を構えて記録の準備をしている者までいる。


開始の合図が鳴った瞬間、四人は同時に動いた。

片手剣と盾の騎士が正面に入り、槍の騎士が間合いを管理する。ハルバードの騎士はルクスの脚部を狙い、両手剣の騎士が側面から重撃を入れる構えを取る。

その連携は見事だった。正面で受け、横から削り、脚を止め、隙を作る。大型魔物を相手にするための訓練が染みついている。


だが、今回の相手は単なる魔物ではなかった。


『包囲戦術を確認。突破開始』


ルクスの四脚が地面を掴む。

次の瞬間、黒い機体が包囲の隙間へ突っ込んだ。無理やりではない。わずかな間隔、槍と盾の呼吸がずれる一瞬を選び、そこへ一気に重い機体を滑り込ませる。


「速い!」


盾役の騎士が叫ぶ。

間髪入れずルクスのクリードディフェンダーが振るわれた。

殺傷力を落とした、刃の角度を寝かせ、武器を叩き落とすための一撃。それでも尋常ではない剛撃である。

槍と両手剣の騎士が二人がかりで受け止める。金属音が訓練場に響き、二人の足が地面を削った。


「止めたぞ!」


その掛け声に合わせ、残りの二人が迫る。

ハルバードがルクスの脚部へ伸びた。片手剣盾の騎士も正面を取り直す。

だが、ルクスの左腕側面で可変盾が展開した。

その盾は守りのためではなく、攻めのために振り上げられる。


『シールドバッシュ』


鈍い音が響く。

片手剣盾の騎士が盾ごと弾き飛ばされ、訓練場の砂上に転がった。

魔術障壁付きの鎧が衝撃を受け止めているため怪我はない。だが、立ち上がるまでには時間がかかる。

ハルバードの騎士が戦況と間合いを見て後退しようとした。

しかしその足元に、アンカーショットのワイヤーが走る。


「しまっ――」


杭が地面に刺さり、ワイヤーが脚と武器に絡みつく。ハルバードの騎士は身動きを封じられ、その場に膝をつくしかない。

残る二人。槍と両手剣の騎士は、なおもルクスの両刃剣を受け止めていた。だが、決して押し返せない。クリードディフェンダーの重圧が、じわじわと二人の腕を下げていく。


『出力、上昇。非殺傷範囲内』


「くっ……!」


次の瞬間、ルクスは剣の軌道を滑らかに変えた。

真正面から押すのではなく、斜め下から跳ね上げる。そうして槍が弾き飛ばされ、続いて両手剣が宙を舞った。


『対象四名、非殺傷無力化完了』


訓練場が静まり返る。若手騎士たちの視線は、今やルクスに釘付けになっている。

アーヴィンは静かに手を叩いた。


「見事だ。どうやら数を頼みにしても、決して届かない高みにある従魔のようだ」


敗れた四人は息を切らしながら立ち上がった。悔しさはある。だが、折れた様子はない。

アーヴィンは彼らにも声をかける。


「よく粘った。だが、囲むだけでは足りない。逃げ道を塞ぐのではなく、選ばせるべきだったな」


「はい!」


四人は力強く返事をして、次に備えることとした。



続く第二戦。

アーヴィンが視線を向けた先で、二人の副団長が前へ出た。

一人はバルグ・レイノルド。巨大なバトルアックスを構えている。

もう一人は、長い黒髪を束ねた女性騎士。青い外套をまとい、手には三叉槍を持っていた。


「副団長、セリカ・ヴェインだ。よろしく頼む、リネア殿、ルクス殿」


「よろしくお願いします」


二人の装備は、先ほどの中堅騎士たちより明らかに格が違った。

魔術耐性付きのマント。物理軽減の付与が施された騎士鎧。武器にも特殊な魔力処理が施されている。


開始の合図と同時に、バルグが先に踏み込んだ。

戦斧の重撃がルクスの両刃剣へ叩きつけられる。真正面から受けないルクスと、軌道をずらすような一撃を見舞うバルグ。

続けてセリカのトライデントが、ルクスの脚部と腕部の隙間を狙う。


「連携が、さっきと全然違う……!」


リネアは思わず呟いた。バルグの重撃は重く強い。セリカの三叉槍は鋭く素早い。

どちらかに意識を向ければ、もう一方がすぐに隙を突く。

ルクスは可変盾で三叉槍を逸らし、クリードディフェンダーで戦斧を受ける。だが、攻め込む隙を与えられない。


『敵二名、連携精度高。地上間合い管理、巧妙』


「無理に詰めないで。相手はルクスの重さを利用しようとしてる!」


バルグの戦斧が振り下ろされる。ルクスが避けた先へ、セリカの三叉槍が伸びる。トライデントの穂先が可変盾の基部を掠め、火花が散った。

観覧席の若手騎士たちが息を呑む。初めて、ルクスが防戦に回っているように見えた。

しかし、ルクスは退いていたのではない。手札を切るタイミングを測っていたのだ。


『地面衝撃による姿勢攪乱を実行』


ルクスが両前脚を高く上げる。そして、地面へ勢いよく叩き落とす。

訓練場の砂が跳ね、鈍い衝撃が地面を伝った。重装の騎士鎧をまとったバルグとセリカの足元が、ほんの一瞬だけ乱れる。

その一瞬で十分だった。ルクスが鋭く踏み込み、クリードディフェンダーが閃き、セリカのトライデントの柄を正確に叩き割った。穂先が宙を舞う。


「っ!」


セリカが後退しようとする。

だが、ルクスはすでにバルグへ向かっていた。

戦斧の振りかぶりが見えた、その前へ。ルクスが身体ごと押し込む。巨大な戦斧は振り下ろされる前に封じられ、バルグの腕が機械腕に掴まれた。


『対象確保』


次の瞬間、バルグの巨体がルクスの片腕で持ち上げられ無防備になった。

訓練場が再び沈黙に包まれる。バルグは空中で一拍固まり、それから苦笑した。


「……参った」


セリカも折れたトライデントを見て、静かに息をつく。


「こちらも戦闘不能です」


『副団長二名、非殺傷無力化完了』


誰も、すぐには言葉を発しなかった。

中堅騎士四人を圧倒的に制圧しただけでも十分に異常だった。

だが、副団長二名を相手にしてもなお、ルクスは決定的な負傷を負っていない。


対人制圧能力。

その言葉の重さを、その場にいる全員が理解していく。

アーヴィンがゆっくりと頷いた。


「一日目はここまでとする」


そして、ルクスへ深く礼をした。


「素晴らしい。ルクス殿、リネア殿。今日だけで、我らは多くを学ばせてもらった」


リネアは慌てて頭を下げる。


「いえ、こちらこそ。騎士団の皆さん、本当にすごくて……」


バルグは腕を回しながら笑った。


「物理的に持ち上げられた後に言われると、少し慰められるな」


セリカも折れたトライデントを見下ろしながら言う。


「脚を狙ったつもりが、こちらの足を崩されました。いい勉強です」



一日目の訓練が終わっても、訓練場の熱は冷めなかった。


若手騎士たちは集まり、口々に議論を始める。


「包囲は駄目だ。あの機動力なら隙間を抜けられる」


「盾で受けるな、逸らせ。まともに受けたら腕が死ぬ」


「可変盾を防具だと思うな。あれは鈍器でもある」


「アンカーショット対策が必須だ。足元を取られたら終わる」


「両刃剣の射程外から拘束するしかないのでは?」


「いや、あの従魔の判断は的確だ。魔物と同列には考えられない」


リネアは、その光景を高揚感とともに見つめていた。

負けたのに、誰も心折れていない。悔しがっていて、だからこそ思慮を巡らせている。

どうすれば届くか。どうすれば同じような魔物の脅威から民を守れるか。どうすれば次は一秒でも長く粘れるか。


これが、金剛騎士団。王都を守る最精鋭。


アーヴィンが静かに告げる。


「一日目は、我々がルクス殿の力を知る日だった」


騎士たちが一斉に団長を見て、傾聴する。


「二日目は、我々がどう抗うかを試す日とする」


その言葉に、訓練場の空気がさらに熱を帯びた。

リネアはルクスの隣に立ち、そっと胸に手を当てる。


金級昇格試験は、まだ始まったばかりだ。



王都最精鋭が、黒き従魔の規格外を測る回でしたね!思うに、リネアとルクスはもう、ただ強敵を倒すだけの存在ではなく、彼ら自身が「強敵役」として教導を依頼される立場になってきているのでしょう。

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