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第三十一話 相棒を選ぶ修理師


デッドエンド撃破の報は、思っていたよりも早く王都グランベル中へ広まった。


もちろん、表向きには灰貨商会とオルギス商会の裏抗争について詳しく語られることはない。

ただ、王都外壁外の荒野で、黒い四脚の特殊従魔が蜘蛛型魔導兵器を撃破したこと。灰貨商会の販路を襲っていた後ろ暗い勢力が、一夜にして勢いを削がれたこと。

そして、その中心にいたのが銀級冒険者リネア・ギアライトと特殊従魔ルクスだったことなど。


噂は、尾ひれをつけて広大な王都中を巡っていく。

ある者は、ルクスが王都の外で百体の魔導ゴーレムを薙ぎ払ったと言った。ある者は、リネアが神代兵器を手なずけた魔女だと言った。

別の者は、黒い従魔の背に光の砲が生え、夜空を裂いたのだと語った。

その大半は誇張に過ぎなかったが、困ったことに、完全な嘘とも言い切れない。


ギアライト修理店の扉の鈴が、朝から何度も鳴っていた。


「リネアさん!またお客様です!」


受付台に立っていたセアが、声を上げる。


「修理依頼?」


「いえ、今回は……騎士団の方です」


「騎士団?」


リネアが顔を上げると、店の前には立派な馬車が止まっていた。表には、王都防衛の要として名高い金剛騎士団の紋章。硬質な盾と剣を重ねた、重々しい伝統ある紋だ。

入ってきたのは、白銀の鎧をまとった壮年の騎士だった。姿勢は正しく、声は落ち着いている。だが、店内を見回したその目は、裏庭に伏せるルクスへはっきりと向いていた。


「リネア・ギアライト殿。私は金剛騎士団副団長、バルグ・レイノルド。突然の訪問を詫びる」


「い、いえ。ご用件は……」


バルグは丁寧に頭を下げた。


「率直に申し上げる。我々金剛騎士団は、貴殿と特殊従魔ルクス殿を正式に迎えたい」


店内が静まり返った。

トマが持っていた部品箱を落としかけ、セアが受付票を握ったまま固まる。


金剛騎士団。それは王都防衛の中核であり、騎士を志す者なら誰もが憧れる精鋭組織。

そこからの正式なスカウトなど、普通の冒険者なら一生に一度あるかどうかの話だ。


バルグは続けた。


「ルクス殿の遊撃能力、機動力、瞬間的な破壊力、そして盾の運用を含めた防御技術は、王都防衛において極めて高い価値を持つ。貴殿自身も、単なる従魔使いではなく、高度な整備技術を持つ技術者だ。待遇は技術顧問兼特別従魔部隊所属。専用整備区画、俸給、素材供給、修理店への補助も用意できる」


条件はまさしく破格だった。

王都で生きていくには、十分すぎるほど安定した未来が約束されている。

修理師としても、冒険者としても、これ以上ないほどの評価だろう。


昔のリネアなら、震えて喜んだかもしれない。

修理師だから役に立たないと追い出された少女が、王都防衛の要から必要とされている。その事実だけで、胸の奥がとめどなく熱くなる。

けれど、リネアの視線は自然と裏庭へ向かった。そこにはルクスがいる。


黒い四脚の機械獣。

壊れた状態で遺跡に眠っていた、リネアの相棒。

今もまだ、直している途中の存在。


「評価していただけるのは、本当に嬉しいです」


リネアは深く頭を下げた。


「でも、申し訳ありません。お受けできません」


トマとセアが揃って目を見開いた。

バルグは眉をひそめたが、不快そうではなかった。


「理由を聞いても?」


「ルクスは強いです。でも、完全じゃありません。星紋部品も、神代兵装も、まだ分からないことだらけです。任務のために無理をさせれば、きっと壊れます」


リネアはルクスを慈しむように見た。


「ルクスを一番強く使える場所じゃなくて、ルクスを一番壊さずに済む場所を選びたいんです。今の私には、それがこの店と、灰貨商会の地下工房なんです」


バルグはしばらく黙っていたが、やがて静かに頷く。


「なるほど。貴殿は従魔を兵器ではなく、相棒として見ているのだな」


「はい」


「良い返答だ。残念ではあるが、無理に引き抜く話でもない」


バルグは再び頭を下げた。


「王都防衛に関わる緊急時には、改めて協力を願うことがあるかもしれない。その時は、依頼として話を通そう」


「はい。その形なら、内容を見てお受けします」



金剛騎士団の馬車が去った後、セアが息を吐いた。


「リネアさん、本当に断っちゃったんですか?金剛騎士団ですよ?」


トマも真顔で頷く。


「専用整備区画まで用意すると言っていました。普通なら迷うどころではありません」


「うん。すごくありがたい話だった」


リネアは苦笑する。


「でも、私はここの店主だから」


その後も、勧誘は続いた。新進気鋭の冒険者パーティが次々と訪ねてきた。

前衛不足の金級候補パーティ、遺跡探索専門の銀級上位パーティ、対魔物討伐に特化した大所帯の一団。彼らは口々に言った。


「うちに来てくれれば素材分配は優遇します!」


「リネアさんは修理担当兼切り札で!」


「ルクス殿専用の荷台も用意します!」


「いや、うちなら背部兵装用の弾薬費も出せます!」


あまりに勢いのある直談判に、リネアは完全に押されている。

三年前、リネアは修理師だから不要だと言われた。

今は、修理師ごと欲しいと言われている。


欲しがられている。必要とされている。そのこと自体は嬉しい。

しかし、同時に胸の奥が少しだけ痛んだ。


もし、追放されたばかりの自分がこの光景を見たら、きっと泣いただろう。

嬉しさで泣くのか、悔しさで泣くのかは分からない。


結局リネアは、すべての勧誘を丁寧に断った。

そして夕方、店をトマとセアに任せ、ルクスと共に灰貨商会の地下工房へ向かう。

今のリネアにとって、高名な騎士団や有名パーティからの所属オファーよりも大切なことがあるのだ。


星紋動力環の組み込み。

デッドエンドから回収したその部品を、ルクスの胸部中枢へ組み込む作業である。

地下工房の整備架にルクスが固定される。リネアは工具を並べ、深呼吸した。


まず外すのは、仮設安定環だった。

ルクスを連れ帰った後、初めて胸部中枢の揺らぎを抑えるために作った、自作の部品。

何度も改良し、何度も補修し、ルクスの無理な出力に耐えてきた小さな輪。

リネアはそれを丁寧に外した。


「これがなかったら、ここまで来られなかったね」


『仮設安定環、当機稼働維持に大きく貢献』


「うん。私の最初の大仕事だった」


『リネアの修理技術向上の起点と評価』


「そんなふうに言われると、ちょっと照れる」


仮設安定環は捨てなかった。リネアは役目を終えた部品を布で包み、作業台の奥に置いた。

いつかトマやセアに、最初の修理がどんなものだったか教える時が来るかもしれない。


そして、星紋動力環を取り出す。

黒銀の輪に碧いラインが走る。デッドエンドの爆発に巻き込まれたにもかかわらず、ほとんど歪みはない。

星紋部品らしい、異様なまでの頑丈さだった。


「ルクス、接続開始するよ」


『了解。胸部中枢、受け入れ態勢へ移行』


作業は、思っていたよりも滑らかに進んだ。

これまで星紋安定器、星紋同期核、出力増幅器、追加兵装統御器を扱ってきた経験があるからだろう。

星紋部品はそれぞれ役割が違うが、根底にある文法は同じ。リネアはその流路の癖を、少しずつ読めるようになっていた。


星紋動力環が胸部中枢に収まる。

接続線を合わせ、魔力流路を開き、同期核と増幅器、追加兵装統御器へ細い光を通す。

瞬間、ルクスの胸部から全身へ碧い光が巡った。

四肢。背部ユニット。クリードディフェンダー。可変盾。レーザーディスチャージャー。その全てが一瞬だけ淡く光り、そして静かに落ち着く。


『星紋動力環、接続完了』


リネアは測定器を凝視する。

数値が、今までとは明らかに違う。


『エネルギー伝達効率、飛躍的に上昇。機動力、兵装威力ともに強化。フィジカル・ブースト持続時間、推定二・七倍。レーザーディスチャージャー連射可能回数、増加。フォースフィールド維持安定性、向上』


「すごい……」


リネアは思わず感嘆の声を漏らした。ただ強くなっただけではない。

今まで無理やり流していた力が、ちゃんと滑らかに通るようになっている。

どこかで詰まり、熱になり、負荷になっていたものが、淀みなく全身へ届いている。


「強くなったっていうより、今まで無理して出していた力が、楽に出せるようになったんだね」


『肯定。機体状態、良好』


「嬉しい?」


少しからかうように尋ねると、ルクスはわずかに間を置いた。


『肯定。稼働効率改善は好ましい』


「ルクスが好ましいって言うの、珍しいね」


『リネアによる修理結果であるため、評価は上方修正』


「そっか。なら、頑張った甲斐があった」



その夜。リネアは久しぶりにギアライト修理店の自室で深く眠っていた。

地下工房での大作業を終え、ルクスの状態も安定している。トマとセアも帰り、店内は静かだ。


だが、深夜。裏口の鍵穴に、細い工具が差し込まれた。

黒装束の男が六人。遮音魔道具で足音を消し、催眠煙の小瓶を持ち、魔導拘束具と星紋反応を乱す簡易ジャマーを携えている。


オルギス商会の差し向けた報復の刺客だった。

彼らは音もなく店内へ侵入する。その瞬間、裏庭で碧い単眼が灯った。


『侵入者、六名。遮音魔道具、催眠煙、拘束具、妨害杭を確認』


刺客たちは凍りついた。月明かりの下、黒い四脚の従魔が立ち上がり、待ち構えていたのだ。

眠らない古代兵器。それが、この修理店の番人だった。


『殺傷許可、未確認。非殺傷制圧を開始』


そこから先は、刺客たちにとって悪夢でしかない。

催眠煙は、ルクスには効かない。遮音魔道具は、振動検知と魔力反応の前では役に立たず、拘束具を投げる前にアンカーショットで腕を絡め取られ、妨害杭を起動する前に可変盾で叩き落とされた。

一人は床へ押さえつけられ、一人は工具棚を傷つけないよう壁際に転がされ、一人は裏庭の水桶へ頭から突っ込まされた。


すべて非殺傷ではあるが、容赦はなかった。



翌朝。


リネアが店に降りてくると、床には六人の刺客がきれいに縄で縛られて転がされていた。

その横で、ルクスが静かに伏せている。


「……なにこれ」


『夜間侵入者を確認。非殺傷制圧済み』


リネアは額に手を当てた。


「起こしてくれてもよかったのに」


『リネアの睡眠回復を優先。脅威度、単独対処可能範囲』


「そういうところ、本当に頼もしいけど……」


ちょうど出勤してきたセアが扉を開け、固まった。

トマもその後ろから覗き込み、青ざめる。


「リ、リネアさん。この店の防犯対策はどうなってるんですか……?」


リネアは少し考え、裏庭のルクスを見た。

黒い四脚の相棒は、何事もなかったように単眼を光らせている。


「えっと……ルクスがいるかな?」


『防犯任務、継続可能』


セアは尊敬と恐怖の混じった顔で頷いた。


「最強の防犯ですね……」


リネアは苦笑しながら、拘束された刺客たちを見下ろした。


騎士団から誘われても。有名パーティから求められても。夜襲の刺客が来ても。

結局、自分が帰る場所はここなのだと思えた。


ギアライト修理店。灰貨商会地下工房。そして、ルクスの隣。

リネア・ギアライトは、今日も相棒を直しながら生きていく。



どんな名誉より、相棒を壊さない場所を選ぶ。それがリネアがルクスの修理師として相応しい資質だと感じております。

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