第三十話 荒野のデッドエンド
都外壁の外に広がる荒野は、夜風に冷えていた。
遠く背後には王都の灯りがあるが、ここには人家も倉庫もない。石畳も、屋根も、逃げ惑う人々もいない。
あるのは乾いた大地と、低い草と、月明かりだけ。
そこで黒い四脚の従魔ルクスと、八本脚の蜘蛛型魔導兵器デッドエンドが向かい合っていた。
デッドエンドの腹部奥で、碧い環状の光が脈打つ。星紋動力環が放つその光は、ルクスの胸部中枢に似ていて、けれどどこか歪んでいる。
リネアはルクスの背で息を整えた。
「あれは、ルクスに必要な部品かもしれない。でも、まず倒さないと街に戻られる」
『敵性個体デッドエンド。戦闘不可避』
「うん。ここで止めるよ」
デッドエンドが先に動く。八本脚が荒野の地面を叩き、不規則な軌道で横へ跳ぶ。
蜘蛛のようでありながら、ただの機動兵器ではない。八本の脚それぞれが別々の角度で地を掴み、次の瞬間には別方向へ弾ける。
ルクスが追おうとするが、その足元が、にわかに隆起した。
「ルクス、跳んで!」
地面から鋭い岩の杭が突き上がる。ルクスは四脚で跳び、ぎりぎりで回避した。だが着地先には、すでに土の壁が生えている。
『土石魔術、連続発動』
「魔術の構築が速い……!」
デッドエンドの星紋動力環から、腹部と脚部へ細い魔導回路が脈動している。
あれが土石魔術の発動を補助しているのだ。少ない消耗で、強い魔術を何度も撃てる。
岩杭。土塊の盾。地面の隆起。回避方向を塞ぐ障壁。足元を崩す陥没。
一つ一つは単純な土石魔術だ。しかしデッドエンドの八脚機動と組み合わさることで、荒野そのものが罠に変わっていく。
ルクスは可変盾を展開しながら進む。正面から飛んでくる岩片を受け流し、クリードディフェンダーで土壁を斬り裂く。
その隙を、デッドエンドは待っていた。
背部レールキャノンが狙いすまして展開される。
『高威力実体弾、被照準』
「盾、斜めに構えて!受け止めないで流して!」
弾丸が放たれる。魔力加速された実体弾が荒野を裂き、ルクスの可変盾に衝突する。
盾の角度調整で直撃は逸れたが、衝撃までは殺しきれない。ルクスの機体が横へ滑り、四脚が地面を深く抉った。
『左腕盾基部、負荷上昇』
「まだいける?」
『修理可能範囲。継戦可能』
「その言い方、安心しきれないんだけど……!」
ルクスは距離を詰めようと足掻く。
クリードディフェンダーを構え、アンカーショットを近くの岩へ打ち込み、巻き取りの勢いで一気に接近する。
その時、デッドエンドの複眼が赤く光った。口部が開き、次の瞬間、猛烈な火炎が吐き出された。
「っ、熱……!」
炎が夜の荒野を赤く照らす。ルクスは盾を前に出し、即座に姿勢を低くした。
火炎は装甲を舐め、視界を揺らし、熱で空気を歪ませる。
燃焼ダメージそのものも厄介だが、それ以上に視界を奪われる。
デッドエンドは火炎の幕の向こうへ後退し、再び距離を取っていた。
『敵機、接近拒否手段を保有』
「近づけば火炎。離れればレールキャノン。地上にいれば土石魔術で足場を取られる……」
リネアは歯を食いしばる。地上戦に付き合えば不利だ。
デッドエンドは大地を使って戦っている。星紋動力環に接続された魔導回路で、地面を盾にし、槍にし、檻にしている。
ならば。
「ルクス、上を取ろう」
『フォースフィールド足場による空中機動を提案』
「うん。土石魔術の射程と地形妨害から外れる。地上戦に付き合わないようにしなきゃ」
『了解。フォースフィールド展開』
ルクスの足元に、青い六角形の光が現れていく。
一枚。二枚。三枚。空中に足場が連なる。
ルクスは四脚でそれを蹴り、荒野の上へ駆け上がった。黒い機体が夜空へ跳ね、月明かりの下で青い光を踏む。
デッドエンドが土石魔術を放つ。岩の杭が地面から伸びる。
だが、届かない。土壁がせり上がる。それも、空中の射線は塞ぎきれない。足場崩しも、地面に足を置いていない相手には効きが薄い。
『地上妨害効果、低下』
「よし。レールキャノンだけ警戒を続けて!」
デッドエンドは背部レールキャノンで空中のルクスを狙う。だが、地上で足場を乱されていた時とは違い、今のルクスには回避の余裕がある。
青い足場を蹴り、横へ跳ぶ。次の足場へ着地し、さらに斜め上へ。
豪速で滑空した実体弾が空を裂き、背後の岩山へ突き刺さった。
「レーザーディスチャージャーを使って」
『高負荷兵装。冷却限界に注意』
「今回は拡散じゃない。二門同時収束で、チャージ砲撃。狙いは直撃じゃなくて、熱を蓄積させること」
『了解。レーザーディスチャージャー、収束照射準備』
ルクスの背部で、二連装砲身が展開した。
碧いラインが灯り、砲身内部の結晶板が光を集めていく。二本の砲口にエネルギーが収束し、夜気が震えた。
デッドエンドはそれを察知し、土塊の盾を何枚も立てる。
「撃って!」
『発射』
極太のレーザー光線が狙い違わず放たれた。
二本の青光は途中で絡み合い、一つの太い奔流となって荒野を貫く。デッドエンドが築いた土塊の盾に命中した瞬間、盾はただ砕けるのではなく、内部から白熱した。
行き場を失ったエネルギーが爆ぜる。巨大な爆発が起き、熱波がデッドエンドの機体を包んだ。
デッドエンドは八本脚機動で横へ逃げ、直撃は避けた。だが、装甲表面が赤熱し、脚部の一部から煙が上がっている。
『敵機、熱損傷を確認』
「効いてる。もう一発いける?」
『冷却負荷上昇。ただし短時間であれば可能』
「無理はしない。一撃ごとに位置を変えて」
ルクスは空中足場を蹴り、別角度へ移る。デッドエンドがレールキャノンを撃つが、射線は読める。地上の障壁で追い込まれない分、回避に余裕がある。
そこで二発目を放つ。デッドエンドは岩杭を伸ばして射線を乱した。レーザーは岩杭を焼き切り、地面に着弾する。そこでもエネルギーが爆発し、土砂と熱波がデッドエンドの側面を叩いた。
続いて三発目を撃ち込む。今度は土塊の盾ごと貫通し、デッドエンドの右側脚部を焼いた。
『敵機、脚部三番、駆動不全』
デッドエンドの動きが明らかに乱れている。
それでも止まりはしない。八本脚のうち一本が鈍っても、残りの脚で無理やり機動を維持する。だが、その無理がさらに機体を傷つけていく。
急旋回。土壁生成。レールキャノン照準。火炎放射。
すべての行動が僅かに遅れる。
「もう一押し……!」
デッドエンドは最後の抵抗のように、荒野全体を揺らした。
ルクスの着地予定地点に、岩杭が群れとなって伸びる。空中の足場へ向けても土石の槍を放ち、同時にレールキャノンを構える。
リネアは、その挙動の癖を見ていた。
土石魔術を大きく使う時、星紋動力環の光が強まる。
その瞬間、背部レールキャノンの照準がわずかに遅れる。
「ルクス、次で決める。上へ!」
『了解』
ルクスは空中の足場を蹴って、さらに高く跳んだ。
レーザーディスチャージャーの砲身は熱を持ち、冷却音を立てている。もう連射はできない。ならば、最後はルクス自身の刃だ。
「正中を狙って、星紋動力環は外す斬撃を。機体だけを断って!」
『クリードディフェンダー、エナジーブレード高出力展開』
ルクスの両刃剣に青白い光が走る。
デッドエンドがレールキャノンを撃った。
ルクスは空中のフォースフィールドを一枚、盾のように展開してその弾道をずらした。
完全には防げない。衝撃で背部装甲が削れる。だが、落下軌道は変えられない。
黒い四脚の従魔が、夜空から急降下する。
デッドエンドが火炎を吐こうと口部を開く。だが遅い。
ルクスはその正面に勢いよく落ちた。
同時にクリードディフェンダーが、上段から振り下ろされる。
高出力エナジーブレードがデッドエンドの機体正中を斬り裂く。
腹部奥の星紋動力環を避け、左右の中枢フレームだけを断つ。
一瞬の沈黙を経て、次の瞬間。デッドエンドの機体が左右に割れた。
魔導回路が暴れ、残った弾薬と魔力炉が誘爆する。蜘蛛型魔導兵器は荒野の上で爆発四散し、八本脚の残骸が月明かりの下に散らばる。
リネアは衝撃に耐えながら叫んだ。
「ルクス、星紋動力環を!」
『確認。対象、爆心より左後方』
煙の中、碧い環状部品が地面に転がっていた。
あれほどの爆発に巻き込まれたにもかかわらず、星紋動力環はほぼ完全な形を保っていた。
表面に煤は付いているが、黒銀の輪郭に歪みはない。碧いラインも弱く脈動している。
リネアは慎重に近づき、耐熱布でそれを包んだ。
「すごい……あれだけ爆発したのに、ほとんど傷がない」
『星紋動力環、状態良好。高耐久構造。当機動力系への適合可能性、高』
リネアは胸の奥が震えるのを感じた。
これがあれば、仮設安定環でだましだまし整えていたルクスの出力を、もっと根本から安定させられるかもしれない。
レーザーディスチャージャーも、フォースフィールドも、フィジカルブーストも、今より長く安全に扱えるようになるかもしれない。
けれど、その前に。
リネアはルクスの装甲を見る。
可変盾にはレールキャノンの痕。背部装甲には破片傷。レーザーディスチャージャーの砲身は熱を持ち、脚部関節にも負荷が残っている。
「帰ったら、まず修理だね」
『星紋動力環の組み込み、急務』
「その前に修理。相棒を壊したまま強化なんてしません」
『了解』
ルクスの単眼が、少しだけ穏やかに光った気がした。
◇
王都へ戻る頃には、夜明けが近づいていた。
灰貨商会の破壊工作作戦は、概ね成功だという。
オルギス商会の裏倉庫は三つが機能停止。違法魔導兵器の保管庫は焼け落ち、襲撃部隊の拠点も無力化された。販路攻撃の指揮系統は混乱し、オルギス・ヴァレンの影響力は一夜にして大きく削がれた。
表の街は、何も知らないまま朝を迎えようとしている。
灰貨商会地下工房に戻ったリネアとルクスを、ヴィオラ・レイスが迎えた。
彼女は報告書を手に、満足げに微笑んでいる。
「上出来よ。いえ、予想以上と言うべきかしら」
リネアは疲れ切った顔で答える。
「街を壊さずに済んでよかったです」
ヴィオラは一瞬きょとんとし、それから楽しそうに笑った。
「本当に、あなたらしい感想ね」
「デッドエンドは倒しました。星紋部品も回収できました。でも、ルクスもかなり傷んでます。しばらく大修理です」
「もちろん、工房も素材も好きに使いなさい。今夜の働きへの報酬としては安すぎるくらいだわ」
ヴィオラはリネアとルクスをつぶさに見た。
いつもの商人の顔ではなく、どこか誇らしげな表情だ。
「本当にありがとう、リネア、ルクス。灰貨商会は今夜、息を吹き返したわ」
リネアは星紋動力環を抱え直し、少し微笑む。
「私も、恩返しができてよかったです」
『護衛依頼、完了』
ルクスの言葉に、ヴィオラは満足そうに頷いた。
王都の闇で始まった護衛依頼は、荒野の一騎打ちを越えて終わった。
そしてリネアの腕の中には、ルクスをさらに先へ進めるための新たな星紋部品が残されている。




