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第二十九話 灰貨商会の護衛依頼


灰貨商会の地下工房に、青白い光が走った。


ルクスの背部ユニットが開き、そこに新たな兵装が固定されていく。二本の砲身を持つ、黒銀の背部搭載型星紋兵装。

アルカ・フォモスの兵装保管室で発見した、二連装拡散レーザーキャノン《レーザーディスチャージャー》

リネアは息を詰めながら、最後の接続線を星紋追加兵装統御器へ繋いだ。


「ルクス、反応は?」


『背部兵装、レーザーディスチャージャー登録完了』


ルクスの単眼が静かに明滅する。


『拡散照射、収束照射、低出力掃射に対応。星紋追加兵装統御器との同期、安定。ただし、連続使用時の冷却負荷、大』


「やっぱり……強いけど、好き勝手に振り回せる武器じゃないね」


リネアは測定器の数値を確認しながら呟いた。

レーザーディスチャージャーは、ニードルキャノンとは根本的に違う兵装だ。巨大杭を射出するニードルキャノンは、構造が単純で、弾さえあれば扱いやすい。

対してレーザーディスチャージャーは、出力、照射範囲、冷却、反動だけではなく熱負荷をも管理しなければならない。


高火力、高消費、高負荷。

使いどころを間違えれば、敵ではなくルクス自身を傷める結果になる。


「ルクス、これは切り札寄りだよ。雑に撃たず、冷却を挟んで、必要な時だけ使うようにね」


『了解。レーザーディスチャージャーを高負荷兵装として登録』


「うん。それでいい」


リネアが工具を置いた時、工房の奥から拍手の音がした。

見れば、ヴィオラ・レイスが、いつもの黒いドレス姿で立っている。


「見事ね。まさか神代の背部兵装まで載せてしまうなんて」


「まだ調整段階です。実戦で使えるかは、もう少し試してからじゃないと」


「それでも十分よ」


ヴィオラはルクスの背部兵装を眺め、それから意味深に微笑んだ。


「そろそろ頃合いね」


「頃合い?」


リネアが首を傾げる。

ヴィオラは黒い手袋の指で、懐から一枚の契約書を取り出した。最初に灰貨商会と結んだ契約書、その写しだ。


「忘れてはいないでしょう? 最初の契約には、一度だけ私からの護衛依頼を優先して引き受けてもらう条項があったわ」


「あ……」


そういえば、あった。

あの時のリネアは、ルクスを隠し、守り、直すだけで精一杯だった。

ヴィオラの出資を受け入れる代わりに、いくつかの条件を飲んだ。その一つが、灰貨商会からの護衛依頼を一度だけ優先して引き受けること。

リネアは少し考え、それから答える。


「それなら、その条項は使わなくていいです」


ヴィオラの眉がわずかに動く。


「どういう意味かしら」


「ヴィオラさんからの依頼なら、私は優先して受けます。何度でも」


リネアは真っ直ぐにヴィオラを見る。


「ルクスをここまで直せたのは、ヴィオラさんが手を貸してくれたからです。地下工房も、素材も、情報も、星紋部品も。契約だからじゃなくて、恩返しとして受けたいんです」


ヴィオラは一瞬、言葉を失ったようだった。

そして、いつもの商人めいた笑みではなく、飾りのない笑みを浮かべた。


「困った子ね。商人相手に、そんな高値のつく言葉を簡単に渡すものじゃないわ」


「高値なんですか?」


「ええ。少なくとも私は、今かなり得をした気分よ」


ヴィオラは契約書をしまい、表情を引き締める。


「では、依頼内容を話すわ」



地下工房の机に、王都の地図が広げられた。

赤い印がいくつも付けられている。倉庫街、外縁商路、裏通りの集積所、表向きには存在しない地下搬入口。


「オルギス・ヴァレンが、王都の裏で動きを強めている。灰貨商会の販路を、集中的に攻撃してきているわ」


「地下競売の時の……」


「ええ。あの男は根に持つ方なの。倉庫襲撃、輸送妨害、取引先への脅迫、偽装通報。こちらの動脈を潰す気で来ている」


ヴィオラの声は冷静だったが、その冷静さの奥に、鋭い怒りがある。


「だから、こちらも反撃する。狙うのは民家でも表の店でもない。オルギス商会の裏帳簿にしか存在しない兵站倉庫、襲撃部隊の拠点、違法魔導兵器の保管庫よ」


「破壊工作……ですか」


「そう。灰貨商会の工作部隊が、同時に複数の施設を無力化する」


リネアは地図を見つめた。

裏社会の争いは、彼女が本来好んで関わるものではない。

だが、ヴィオラは続ける。


「あなたに頼みたいのは、爆破ではないわ。守ることよ。工作部隊が仕事を終えるまで、阻止に来るオルギス側の後ろ暗い戦力を迎撃してほしい」


「護衛ですね」


「ええ。敵は傭兵や小型ゴーレムだけではない。オルギスは必ず隠し玉を出してくる」


ヴィオラは地図の隅に、別の紙を置いた。そこには粗い絵が描かれている。

蜘蛛のような中型魔導兵器。八本脚で、背部に長い砲身。そして腹部に環状の魔力中枢らしきもの。


「これは?」


「こちらの密偵が見たものよ。最新鋭の魔導ゴーレムらしいわ。屋根も壁も走り、背中の砲で実体弾を撃つ。さらに、星紋部品らしき反応もあった」


「星紋部品……」


リネアの表情が変わった。

ルクスも単眼を細めるように光らせる。


『星紋反応搭載個体。警戒対象』


「詳しい部品名は?」


「そこまでは不明。ただ、魔導ゴーレムの動力系に組み込まれている可能性が高い」


リネアは、ルクスの胸部を見た。

今のルクスは、星紋同期核、星紋出力増幅器、星紋追加兵装統御器によって大きく強化されている。

だが、動力安定の核となる部品は、まだ完全ではない。仮設安定環を改良し、だましだまし出力を整えている状態だ。

もし、その蜘蛛型魔導兵器に搭載されているものが、星紋動力環なら。

それはルクスにとって、欠かせない部品になる。


「戦いたくて戦うわけじゃありません」


リネアは静かに言った。


「でも、ヴィオラさんの依頼で、しかもそれが星紋部品に関わるなら……避けては通れません」


『リネアの判断を支持』


ヴィオラは頷いた。


「作戦決行は今夜よ。準備をお願い」



夜の王都は、昼とは別の顔を持っていた。

表通りの灯りが落ち、店の戸が閉まり、人々が家へ帰った後。倉庫街の影では、音もなく黒い人影が動いていた。

灰貨商会の破壊工作部隊である。彼らは黒い外套に身を包み、余計な言葉を発しない。

地図に記された裏倉庫へ向かい、扉を開け、見張りを眠らせ、内部の魔力炉や兵站箱に小さな魔導爆薬を仕掛けていく。

リネアとルクスは、その作戦行動領域の外縁で待機していた。


「今回は村でも遺跡でもない。人間同士の争いなんだね」


『護衛対象、灰貨商会工作部隊。敵戦力、予測不能』


「うん。だから余計に、街の人を巻き込まないようにしないと」


最初に妨害に来たのは、裏社会の傭兵たちだった。

倉庫の屋根から魔導弩が放たれ、路地の奥から小型魔導ゴーレムが三体、鈍い音を立てて走ってくる。

さらに火炎瓶と拘束網を持った男たちが、灰貨商会の工作員へ向かって突っ込んできた。


「ルクス、味方の前に出て!」


『了解』


ルクスが前面へ展開する。魔導弩の矢は可変盾で受け流し、小型ゴーレムはクリードディフェンダーの峰で叩き伏せる。

拘束網はアンカーショットで絡め取り、火炎瓶を持った傭兵は足元を払ってそのまま気絶させた。

レーザーディスチャージャーはまだ使わない。市街地で使うには、火力も熱も過剰だ。


そうして、遠くで低い爆発音が響いた。

一つ目のオルギス商会の倉庫が無力化された合図。


「第一班、工作完了」


灰貨商会の工作員が短く告げる。

続けて第二、第三の施設へ部隊が散る。

オルギス側の妨害戦力も増えていくが、ルクスは冷静に迎撃した。

敵の命を無闇に奪わず、武器を壊し、足を止め、工作部隊への道を塞ぐ。


その時だった。

王都の屋根の上で、何かが跳ねる。

瓦が砕け、八本の脚が石壁を叩く音。そして、低い駆動音。


リネアが見上げた時、黒灰色の蜘蛛型魔導兵器が、倉庫の屋根に張り付いていた。

複眼型のセンサーが赤く光り、背部の長い砲身がゆっくりとルクスへ向けられる。


『中型蜘蛛型魔導兵器を確認』


「……あれが、隠し玉」


背部レールキャノンが火を噴いた。

実体弾が豪速で滑空し、ルクスの可変盾に命中する。盾が大きく弾かれ、ルクスの脚が石畳を削った。


『高威力実体弾。防御姿勢修正』


「ルクス、大丈夫!?」


『損傷軽微。ただし直撃は危険』


蜘蛛型魔導兵器は屋根から屋根へと機敏に移動した。

八本脚が壁面を掴み、信じられない角度で走る。背部レールキャノンが再びルクスを狙う。

その腹部奥で、碧い環状の光が脈打っていた。


リネアの目がその部品を前にして見開かれる。


「あれ……星紋動力環?」


『高密度星紋反応を確認。動力系中枢と推定』


その瞬間、蜘蛛型魔導兵器の複眼が明滅した。

外部音声が、割れた声で響く。


『標的確認。黒色四脚兵器。排除命令、実行』


ヴィオラから渡された資料の断片が、リネアの脳裏をよぎる。

蜘蛛型魔導兵器。背部レールキャノンに加えて星紋部品搭載。

オルギス商会の誇る最新鋭強襲機。


ルクスが短く告げる。


『敵性識別名、デッドエンド』


デッドエンドは、王都の壁面を再び蹴った。

それに合わせて地面が隆起する。

土石魔術の発動だ。石畳が裂け、岩の杭がルクスの足元から突き上がっていく。

ルクスは跳んで回避するが、デッドエンドはその動きを読んだようにレールキャノンを撃つ。


「盾、斜めに構えて!」


可変盾が弾丸を辛うじて逸らす。だが衝撃は殺し切れず、ルクスの機体が倉庫の壁へ叩きつけられた。

さらに、デッドエンドの前方に土塊の盾が隆起する。ルクスが距離を詰めようとした瞬間、その盾を足場にして、デッドエンドは横の建物へ飛び移った。


「速い……!」


『八脚機動および土石魔術により、市街地地形を高度に利用』


背部レールキャノンに加えて八本脚の高機動。さらに土石魔術の巧みな活用。

そして星紋動力環による高出力。

デッドエンドは、市街地で戦うには最悪の敵だ。


岩の杭が路地を塞ぎ、土塊の盾が民家の壁際に隆起する。

レールキャノンの弾が外れれば、倉庫や住居を貫くかもしれない。

だがルクスがレーザーディスチャージャーを使えば、周囲を巻き込む危険がある。


「ここで戦ったら、街が壊れる!」


『市街地戦闘、民間被害拡大の可能性、高』


リネアは歯を食いしばった。

オルギスの狙いは、灰貨商会の工作部隊を潰すこと。

だが同時に、王都内で被害を出せば、灰貨商会にもリネアにも責任を押し付けられる。

ならば、ここで受けてはいけない。


「ルクス、外へ誘導する!」


『王都外壁外、荒野を戦闘候補地として選定』


「デッドエンドはルクスを狙ってる。なら、こっちが餌になる」


『危険度、高』


「でも、街中でやるよりずっといい」


ルクスは迅速に後退した。

ただ逃げるのではなく、デッドエンドの注意を引くように、低出力のレーザーディスチャージャーを屋根の端へかすめるように撃つ。

青白い拡散光が走り、デッドエンドの前脚をわずかに焼いた。


『標的脅威度、上昇。追撃継続』


デッドエンドがすぐ後ろへ迫ってくる。

リネアとルクスは倉庫街を抜け、外壁沿いの搬入口へ向かった。

背後では灰貨商会の工作部隊が残りの施設へ突入している。遠くで二つ目、三つ目の爆発音が響いた。


ヴィオラの作戦は順調に進んでいる。

なら、自分たちは自分たちの役目を果たすだけだ。

ルクスは外壁脇の傾斜路を駆け上がり、閉鎖された荷馬車用搬出口をアンカーショットで引き開けた。夜の荒野の風が吹き込む。


「そのまま外へ!」


『了解』


黒い四脚の従魔が王都外へ飛び出す。

背後から、デッドエンドが外壁を蹴って跳んだ。八本脚が夜空を裂き、蜘蛛型魔導兵器は荒野へ降り立つ。


王都の灯りが背後に遠ざかる。ここなら、民家はない。

人通りもないので、思い切り戦える。


リネアはルクスの背で息を整えた。

デッドエンドの腹部で、星紋動力環が碧く脈打っている。

背部レールキャノンが展開し、八本の脚が荒野の地面を掴む。

周囲の土が魔術で盛り上がり、岩の杭が牙のように生えた。


ルクスはクリードディフェンダーを構え、背部のレーザーディスチャージャーを低く唸らせた。

左腕の可変盾が開き、アンカーショットの杭が装填される。


『敵性個体デッドエンド。星紋動力環搭載可能性、高』


「うん。あれは、ルクスに必要な部品かもしれない」


『戦闘不可避』


「だったら、倒す。二度と街には戻さない」


夜の荒野で、二つの魔導兵器が向かい合う。


黒い四脚の従魔ルクス。

八脚の蜘蛛型魔導兵器デッドエンド。


灰貨商会の護衛依頼は、王都の闇を抜け、兵器同士の一騎打ちへと姿を変えようとしていた。



恩返しとして、闇の戦場に立つ。契約ではなく自分の意志で依頼を受ける。そこにリネアらしさが出ていましたね。デッドエンドは強敵です!決着は次回に持ち越された!なんてこったルクスなんとかしてくれ!ということで次回もお楽しみに~。

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