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第二十五話 星紋部品の設計思想


灰貨商会の地下工房には、三日続けて同じ灯りがともっていた。


作業台の上には、厳重な封印箱から取り出された星紋追加兵装統御器が置かれている。

ライトブレーダーの胸部中央に埋め込まれていた、ほぼ完全な星紋部品。黒銀の基材に碧いラインが幾重にも走り、中心部には小さな結晶孔がある。

周囲には追加武装を制御するためのものと思われる細密な流路が刻まれていた。


リネアは、それを前にしてほとんど動いていない。

食事は横に置かれたまま冷めている。睡眠も、作業台に突っ伏して短く意識を落とす程度。

工具、記録紙、測定器、星紋部品の写し図が周囲に散らばり、床には何度も書き直された設計案が積み重なっていた。


「リネア。昨日の朝食も、今日の朝食も、そこにあるわ」


ヴィオラ・レイスが呆れたように言う。


「ありがとうございます。あとで食べます」


「それはなんだか商人としても信用できない言葉ね」


整備架の上に伏せたルクスも、静かに単眼を光らせる。


『リネア、睡眠不足。作業精度低下の可能性』


「今寝たら、掴みかけてるものが消えそうで」


『同様の発言は過去三回記録。うち二回は、作業ミスに接続』


「今回は違う……と思う」


『信頼度、低』


「そこは信じて、相棒」


『相棒として休息を推奨』


リネアは苦笑したが、手は止めない。

星紋追加兵装統御器を、ただルクスの背部ユニットに組み込むだけなら、おそらくできる。

ライトブレーダーの胸部にあったものを、ルクスの背部兵装基部へ繋ぎ替える。星紋流路を合わせ、出力を調整し、背部兵装用の制御中枢として稼働させる。

だが、それだけでは足りない。汎用性や拡張性が乏しい仕様になってしまうからだ。


リネアが悩んでいたのは、そこだった。


「背部砲を固定で載せるだけなら簡単かもしれない。魔力砲でも、弩でも、杭射出器でも、防御用のシールド発生器でもいい。でも、その中から一つだけ選ぶのは違う気がする」


リネアは記録紙に並んだ案を見つめた。

火力重視の背部砲。大型魔物用の杭射出器。

防御用の展開盾。探索用の測定塔。牽引用の大型アンカー。


どれも役に立つが、どれか一つに固定すれば、ルクスの可能性を狭めてしまう。

ルクスはただの従魔ではない。壊れた神代兵器であり、リネアが直し続ける相棒だ。これからどんな遺跡へ行くか、どんな魔物と戦うか、どんな状況で誰を守るかは分からない。

ならば、必要なのは一つの目的に特化した背部兵装ではない。


任務に応じて付け替えられる背部武装でこそ、汎用性が確保できる。

その武装をルクス自身が機体の一部として直感的に認識し、制御できる仕組みが即ち必要だ。

星紋追加兵装統御器を、特定兵装専用ではなく、汎用の背部兵装制御中枢にすることが、リネアには求められているのだろう。


「それができれば、ルクスはもっと自由に戦える」


『該当する完全記録、欠損』


「うん。分かってる」


『星紋追加兵装統御器の規格情報、不完全。背部ユニット標準兵装情報、欠損。フォモス関連記録、断片のみ』


「大丈夫。足りないなら、一緒に考えるから」


そう言ったものの、研究は難航した。

星紋部品のカスタマイズは、リネアがこれまで行ってきた修理とは難易度の桁が違う。

壊れたものを直すのではない。正常に近い神代部品の性質を読み替え、役割を拡張しようとしているのだ。


流路を一つ削りすぎれば、出力が乱れる。

接点を一つ変えれば、星紋そのものの反応が鈍る。

通常武装の制御信号を通そうとすれば、星紋部品がそれを拒むような反応を返す。


「違う。これじゃ統御器が、これは自分の兵装じゃないって弾いてるみたい」


『認識照合失敗。追加武装登録不可』


「どうすれば登録できるの……」


リネアは椅子の背にもたれ、おもむろに目元を押さえた。

作業台には、これまで手に入れた星紋部品の写し図が並べられている。


星紋安定器。星紋同期核。星紋出力増幅器。

星紋追加兵装統御器。クリードディフェンダーの接続部。ルクス本体の胸部流路。


何度も見たし、何度も触れた。そして壊れかけるたびに何度も直した。

けれど、まだ何かを見落としている。

やがてリネアは部品そのものではなく、部品同士の共通点を見始めた。


黒銀の基材。発熱した時に碧いラインへ熱を逃がす構造。

負荷を一点ではなく複数方向へ分散する流路。

接続先に応じて、わずかに魔力の通り方を変える星紋。

完全固定ではない、微細に組み換わるような挙動。


「……同じだ」


リネアは天啓を授かったかのように呟いた。

ヴィオラが片眉を上げる。


「何が?」


「役割は違うのに、文法が同じなんです」


「文法?」


「星紋安定器は安定させる。同期核は拍動を合わせる。出力増幅器は力を押し上げる。追加兵装統御器は武装を制御する。全部、言っていることは違う。でも、使っている言葉は同じなんです」


リネアは記録紙に大胆に線を引いていく。

安定器の流路と、同期核の外縁。出力増幅器の熱逃がしと、クリードディフェンダーの接続部。

追加兵装統御器の登録用流路と、ルクス本体の背部基部。


よく見れば、似ているどころではない。

組み合わせることを前提にしている。


「星紋部品は、単独で完成する部品じゃない。最初から組み替えられることを前提にしてる。特化している方向性はあるけど、根っこには互換性があるんだ」


ルクスの単眼が明るくなった。


『仮説。星紋部品群は統合運用を前提とした技術体系』


「うん。部品ごとに違う機能を持ってるけど、細かい流路を読み替えれば、互いに接続できる。星紋はただの紋様じゃない。接続先に合わせて意味を変える制御式なんだ」


ヴィオラは黙ってリネアを見つめていた。


「それ、あなたが今言っていることが本当なら、神代技術の研究者が喉から手が出るほど欲しがる発見よ」


「研究者じゃなくても、修理師なら分かります」


リネアは星紋追加兵装統御器を手に取る。


「これは壊れていない。でも、今のルクスにはそのままじゃ合わない。なら、壊れたものを直す時と同じです。本来の形に戻すんじゃなくて、今必要な形に直す」


「神代部品を改造するのね?」


「そうなりますね」


「怖くない?」


「怖いです。でも、この神域に踏む込まないとルクスは先へ進めません」


リネアは作業灯を手元に近づける。

そこからの作業は、彼女自身にも長く感じられた。


星紋追加兵装統御器の外縁流路を、極細の工具で分岐式へ彫り替える。通常なら一つの兵装だけを読み込む登録部を、複数の武装プロファイルを保持できるように接点を増やす。

魔力伝導線の間に変換器を挟み、星紋兵装ではない通常武装の制御信号を、統御器が理解できる形へ翻訳する補助回路を作る。

背部ユニット側には、脱着式のマウント基部を増設した。


固定ではなく、交換できる背部兵装。

それは任務や戦況に応じて武装を載せ替えられることを意味している。

ルクスを一つの完成形へ閉じ込めるのではなく、これからも変わり続けられるようにするための改造なのだ。


何度も接続を切り替えたし、何度も流路が焼けかけた。

幾度となくルクスに出力を調整してもらいつつ、針の穴に糸を通すよりも緻密な作業を繰り返す。

そして、最後の接点が噛み合った瞬間。統御器の碧いラインが、静かに灯った。


『背部兵装制御中枢、接続』


ルクスの声が心なしか嬉しそうに響く。


『追加武装登録枠、生成。複数武装プロファイル登録可能。脱着式マウント基部を認識。機体兵装リンク、強化』


リネアは工具を持ったまま、信じられないとばかりに目を見開いた。


「……できた」


『リネアの改造方針、成功』


「できた……!」


今度こそ、リネアは椅子から力強く立ち上がる。

ヴィオラが目を細めて、小さく拍手をしてくれる。


「おめでとう。神代技術に喧嘩を売って、勝った気分はどう?」


「まだ勝ってません。読めたのは、最初の一行だけです」


「その一行を読む人間が、今の時代にどれだけいるのかしらね」



その数日後、ヴィオラの伝手で一つの武装が地下工房へ運び込まれた。


端的に言えば、三連装ニードルキャノン、そう呼ばれるであろう兵装だ。

本来は馬車に搭載するための大型自衛兵器であり、太い砲身が三つ並び、それぞれから巨大な杭を射出する。

杭は魔力推進で高速滑空し、標的を貫く。構造は原始的で、弾薬は重く、連射も利かない。

だが、構造が頑丈で、整備しやすく、威力が高い。


「安い、重い、頑丈、よく刺さる。裏市場では信頼される条件が揃っているわ」


ヴィオラが誇らしげに言った。


「褒めてるんですか、それ」


「最高に褒めているわ」


リネアは早速ニードルキャノンの基部を調べる。

馬車用のため、そのままではルクスの背部に規格が合わない。

射撃時の反動も大きい。だが、脱着式マウントと星紋追加兵装統御器があれば、制御そのものは可能なはずだ。


「少し重いけど、ルクスなら支えられる。射撃反動は四肢に逃がして、照準補助は統御器に任せる。弾薬は背部左側に固定して、装填は手動補助式……うん、いける」


『三連装ニードルキャノン、背部武装候補として登録可能』


「じゃあ、載せようか」


取り付け作業まで含めると半日かかった。

背部ユニットへマウントを固定し、ニードルキャノンを載せる。重量配分を調整し、反動を逃がす支柱を追加する。

砲身角度をルクスの姿勢制御と連動させ、射撃時には四脚が自動で反動吸収姿勢を取るよう設定する。

最後に、星紋追加兵装統御器へ武装プロファイルを登録した。


『背部武装、三連装ニードルキャノン登録』


ルクスの声が響く。


『照準補助、接続。反動制御、背部ユニットおよび四肢駆動系へ分散。弾体射出機構、認識』


「試射してみよう」


実用試験は王都郊外の廃採石場で行われた。

遠くの岩壁に標的を刻み、ルクスが背部の砲身を上げる。三つの砲口が低く唸り、巨大杭が装填される。

リネアは少し離れた位置で測定器を構えた。


「まず一発。出力は控えめ。反動制御を優先」


『了解。ニードルキャノン、一番砲口、発射』


魔術的な轟音が一帯に響く。

巨大な杭が砲口から射出され、魔力の尾を引きながら高速で滑空した。

その次の瞬間、遠くの岩壁に深々と杭が突き刺さる。石が割れ、亀裂が周囲へ走る。

ルクスの四脚は反動で大きく沈んだが、姿勢は崩れない。


『反動制御、成功』


「次、二番と三番を連続で」


『了解』


二発目、三発目が放たれた。

轟音が続き、岩壁に新たな穴が穿たれる。杭は標的を貫き、奥の岩盤まで食い込んでいた。

リネアは測定器の数値も見て、胸の奥が熱くなるのを感じていく。


「できた……背部兵装、動いた」


『背部ユニット、有効活用を確認』


「これで戦い方が増えるよ。近接だけじゃなくて、距離を取って牽制できる。大型魔物にも、飛行する相手にも、足止めにも使える」


『リネアの改造方針、戦術選択肢の増加に成功』


「まだ初歩だけどね」


リネアはルクスの背部に載った三連装ニードルキャノンを見上げた。


星紋兵装ではないし、神代の宝でもない。

原始的で、重くて、扱いも荒い武装だ。

しかし、今のルクスには必要な牙だった。


それをルクスと結び付け、照準も反動も演算も一体化できるようになった。

それこそが、星紋追加兵装統御器をカスタムしたことによる、最大の成果だ。


機体と装備兵装のリンクが、以前より明らかに強くなっている。

攻撃も、防御も、移動も、これからはもっと緻密に組み合わせられる。


「星紋部品は、ただの古代部品じゃない」


リネアは確信をもって呟いた。

星紋部品は組み換えられる技術体系であり、失われた神代の文法。


安定器は安定を語り、同期核は拍動を語り、出力増幅器は力を語り、追加兵装統御器は武装を語る。

そしてその文法を読めば、ルクスはもっと多くの形を取れる。


まだ読めたのは、最初の一行だけ。

けれど、その一行は確かな導きとなり、ルクスの背中に新しい武装を載せた。


『リネア』


「うん?」


『背部武装追加により、相棒としての支援能力が向上』


リネアは朗らかに微笑む。


「うん。これからもっと増やそう。ルクスに合う武装を、私が作る」


『了解。リネアの奮闘に期待』


「期待されると、頑張らないとね」


黒い従魔の背で、三連装ニードルキャノンの砲身が静かに持ち上がる。

それは完成ではなく、むしろ始まりである。


星紋部品の設計思想に触れた修理師は、相棒の背中に、新しい可能性を取り付けたのだった。



修理師は、神代技術の文法を読み解く。今回の話にサブタイトルをつけるなら、こうなるでしょう。職人であり、技術者であるリネアには、神代の考古技術学的な技能を開花させる素養がありました。新兵装が背部にも搭載され、ルクスの戦闘能力が向上していきます。リネアはルクスを戦わせる為ではなく、相棒として守りたい願いを叶えさせる為に強化修復していることを忘れないでいてほしいですね。

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― 新着の感想 ―
試行錯誤を繰り返して星紋技術体系を読み解く過程が正に修理師です。 「星紋部品は組み換えられる技術体系であり、失われた神代の文法。」 今回は神回でした!! 三連装ニードルキャノンが量子砲類じゃなく質量…
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