第二十四話 一刀の果て
旧採掘場跡に、静寂が落ちた。
先ほどまで飛び交っていた魔術も、矢も、怒号も消えている。
岩棚の上に並んでいた魔術師たちは杖を下ろし、傷ついた《暁の剣》の面々も場の緊迫に息を呑んでいた。
採掘場の中央では、黒い四脚機兵ルクスと、右腕に長大な刀剣を宿した人型自律兵器ライトブレーダーが向かい合う。
リネアは、ルクスの少し後ろに己を叱咤するように立っていた。
手には工具鞄の紐を握り締め、あまりの緊張に喉は乾き、逃げ出したいほど怖い。
しかし、決して目は逸らさず、戦況を左右するであろうルクスへの指示を熟慮する。
これは単なる討伐ではない。群れで追い詰める狩りでもない。
刃に命運を預ける者同士の、一騎討ちだ。
ライトブレーダーの横一文字の眼光が、ルクスを一切の油断なく見据える。
『ルクス。刃を構えよ』
『了解。決闘形式を受諾』
ルクスがクリードディフェンダーを両手で構える。両刃剣の刃に青白い光が走り、エナジーブレードが低く唸る。
ライトブレーダーも右腕の刀剣をわずかに下げた。刀身の縁に高密度のエネルギーが集まり、空気が細く裂けるような音を立てる。
どちらが先に動いたのか、リネアには分からなかった。
次の瞬間には、二つの刃が激突していた。青白いエネルギーと、白銀の切断光がぶつかり合い、小規模な爆発を起こす。
採掘場の砂利が吹き飛び、岩壁に細かな亀裂が走っていく。
「っ……!」
リネアは思わず腕で顔を庇う。
その間にも、二機はすでに達人の技量をもって次の間合いへ入っていた。
ルクスが低く踏み込み四脚が地面を掴めば、巨体が滑るように前進し、その勢いをのせてクリードディフェンダーが横薙ぎに振るわれる。
ライトブレーダーは、それを右腕の刀剣で受けるのではなく、刃の角度をわずかにずらして流す。直後、体を半歩沈め、下段から斬り上げ反撃した。
ルクスがそれを予測していたかの如く後脚を軸に素早く旋回し、凶刃が胴体装甲をかすめ、青い火花を散らす。
『敵機、接近戦技量、極めて高』
「見れば分かる……!」
袈裟斬り。横薙ぎ。刺突。一歩踏み込んでの柄打ち。
不意を突くような蹴り。刃を避けられた直後の肘打ち。
ライトブレーダーは人型であることの利点を最大限に活かしていた。右腕の刀剣だけで戦っているはずなのに、その全身が刃の延長のように自然に戦術に組み込まれている。
対するルクスは、四脚機動で地を這うように角度を変え、クリードディフェンダーで応じる。人型では不可能な低姿勢からの機敏な踏み込み。
巨体を支える四脚だからこそできる急停止と急旋回。刃の重さを機体全体で受け、返し、叩きつける。
二つの神代兵器が繰り広げる剣戟は、高度な戦術演算の下で人間の目で追える速度を遥かに超えていた。
誰も手を出せない。手を出すことを許されない。
レオンが剣を握ったまま、動けずにいた。
「これが……リネアの従魔なのか」
その声には、驚きと、わずかな悔しさが滲んでいる。
ミーナも、エリスも、カイルも、ただ見ているしかできない。
金級冒険者である彼らですら、あの剣の嵐に割り込めば一瞬で切り刻まれると本能で理解しているのだ。
やがて、強烈な一撃が交差した。
ライトブレーダーの凶刃と、ルクスの両刃剣が真正面から衝突する。衝撃が二機を引き離した。
ルクスは四脚で地面を抉りながら停止する。
ライトブレーダーは片膝をつくように着地し、静かに立ち上がった。
横一文字の眼光が、わずかに強くなる。
『好敵手、ルクス』
その声は、どこか満足げだ。
『実に好ましき剣士よ。我が失われし主君の御名を、託すに相応しき者か』
「主君……?」
リネアは小さく呟く。
ライトブレーダーは右腕の刀剣を掲げる。
『我が奥義にて、見極めさせてもらう』
次の瞬間、刀身全体に過剰なほどのエネルギーが流れ込んだ。
空気が震え、刀身の輪郭が白く滲み、抑えきれない切断光が刃の縁から漏れ出す。
ライトブレーダーの胸部中央ブロック、星紋追加兵装統御器が強く明滅していた。
「ルクス、来る!」
『高出力攻撃を確認』
そしてライトブレーダーが身体ごと大きく一回転した。
右腕の長刀剣が、水平に世界を薙ぐ。
前方二百七十度を覆う特大のエネルギー切断波が放たれ、白銀の奔流が採掘場を走り、岩棚を切断し、地面を深く抉っていく。
魔術師部隊が危険を察知して防壁を張るが、辛うじて間に合った防壁の表面がざっくりと裂けるのを目撃して、冒険者たちは恐怖とともに地に伏せた。
ルクスはクリードディフェンダーを構え、冷徹に切断波の軌道を見切って反撃に移ろうとする。
だが、ルクスの背後でライトブレーダーの影を注視していたリネアだけが気づいた。
この特大の切断波は本命ではない。ライトブレーダーの姿を切断波の光の奔流の中に溶け込ませるカモフラージュ。
次の瞬間、白銀の影が消える。
まるで影から影へ瞬時に渡ったかのように。
『秘剣』
声が、ルクスの背後から聞こえた。
『影渡り』
「ルクス、後ろ!」
凶刃がルクスの後背へ振り下ろされる。間に合わない。
そう思った瞬間、ルクスの左腕側面が展開した。
リネアが作った可変装甲盾。星紋兵装ではなく、神代の武器でもない。
ルクスを壊れにくくするために、リネアが熟考して取り付けた装備だ。
盾は真正面から刃を受けなかった。角度を変えて威力を逃がす。
凶刃の軌道に対し、斜めに滑り込ませて衝撃を緩和する。
白銀の刀剣が可変盾の表面を削り、火花とエネルギー粒子を散らしながら横へ逸れた。
受け止めたのではなく、見事に見切って受け流した。
ライトブレーダーの横一文字の眼光が、わずかに揺れる。
『見事』
その一言と同時に、ルクスが反転する。
『エナジーブレード、高出力展開』
クリードディフェンダーの刃が青白く燃え上がる。
ルクスは低く踏み込み、ライトブレーダーの脚部へ両刃剣を振るった。
一閃。白銀と黒鉄の脚部が、根元から断たれる。
ライトブレーダーの体勢が大きく崩れるが、彼は倒れ伏さなかった。
右腕の刀剣を地面に突き立て、それを支えに上体を起こす。脚を失った身でありながら、その姿勢は不思議なほど整っていた。
まるで、正座をする武人のように。
採掘場に、静寂が戻った。
ライトブレーダーはルクスを見上げる。
『敗北を認む』
その声に怒りはなく、恨みもなかった。
ただ、長い旅の終わりを受け入れる者の静けさがある。
『介錯を、頼む』
リネアはその言葉に胸が締め付けられるようだった。
強敵を倒し、勝ったのだ。だが不思議と喜びがない。
目の前にいるのが、ただの魔物ではないからかもしれない。
壊れかけた神代兵器。長い放浪の中で擬似人格を芽生えさせ、一刀の果てを求め続けた武人。
ライトブレーダーの胸部中央で、星紋追加兵装統御器が淡く光っている。
それは欲しかった部品だ。ルクスをさらに直すために必要なものだ。
けれど今、その光は彼の命の灯にも重なって見えた。
ライトブレーダーは続ける。
『我が主君、フォモスの御名を辿れ、ルクスよ』
「フォモス……?」
『それが必ずや、汝の道行きに役立つであろう』
ルクスはしばらく沈黙していたが、やがてクリードディフェンダーを静かに構える。
『一刀の果てを極めし稀有なる武人に、不朽の敬意を表して』
ライトブレーダーの横一文字の眼光が、穏やかに細まった。
『感謝する。黒き剣士よ』
次の瞬間、青白い刃が迷いなく走る。
ライトブレーダーの頭部が、胴体から静かに分かたれた。
ただ右腕の刀剣が地面に倒れ、乾いた音を立てる。
戦いはそうして、厳かな静寂の中で終わった。
◇
ギルド討伐隊は、準災害指定個体との交戦後とは思えないほど軽微な被害で王都へ帰還した。
負傷者はいたし、装備を失った者もいた。だが、死者は出なかった。
作戦序盤の混乱を考えれば、奇跡に近い結果だ。
その立役者が誰であったかは、誰の目にも明らかである。
ライトブレーダーの本質をいち早く見抜き、人海戦術による被害拡大を止めたリネア・ギアライト。
そして、決闘に応じ、準災害指定個体を制圧した特殊従魔ルクス。
王都冒険者ギルドで行われた報告会で、討伐担当官ロイド・バルカスはそう明言した。
「今回の最大功労者は、リネア君とルクスである。もし彼女がライトブレーダーの行動原理に気づかなければ、我々は甚大な被害を出していた可能性が高い」
会議室の空気は重い。
《暁の剣》の面々もそこにいた。レオンは腕に包帯を巻き、カイルは折れた弓の代わりに予備の短弓を背負っている。
ミーナも疲れた顔をしており、エリスは静かにリネアを見ていた。
レオンが口を開く。
「俺たちは、ライトブレーダーの本質を見誤った。力で押せると思った。リネアが止めなければ、俺たちは全滅していたかもしれない」
その言葉に、カイルが苦い顔をする。しかし否定はできなかった。
リネアは少し迷い、それから言葉にする。
「《暁の剣》が前に出てくれたから、ライトブレーダーの動きが見えました。皆さんの戦闘がなければ、私も気づけなかったと思います」
それは気遣いだけから出た言葉ではなかった。
実際、彼らの連携は高水準であり、だからこそライトブレーダーがそれをどう崩すかを見て、リネアは彼の武人性に気づけたのだ。
交渉の末、討伐勲功の一部は《暁の剣》にも分配されることになった。
金級パーティの顔を立てる意味もある。合同作戦としての体裁もある。だが何より、リネア自身がそれで構わないと思ったからだ。
もう、彼らから奪い返すために進んでいるわけではない。
ただ、自分とルクスの道を進むために、必要なものを選ぶだけだ。
その代わりとして、ライトブレーダー由来の星紋部品は、リネアが買い取ることになった。
胸部中央ブロックに埋め込まれていた、星紋追加兵装統御器。
ギルドとしても研究価値は高かったが、ルクスとの適合性、そして討伐最大功労者であることを理由に、優先買い取りが認められた。
リネアは厳重に封印された黒銀の部品箱を感慨深く受け取る。
中には、ライトブレーダーの胸部から慎重に取り外された星紋追加兵装統御器が収められている。
ほぼ完全な状態だ。外縁部にはわずかな損傷があったが、核となる制御部は生きていた。
ルクスの単眼が碧く光る。
『星紋追加兵装統御器を確認。背部兵装基部との適合可能性、高』
「やっぱり……」
リネアの胸がおのずと高鳴った。これがあれば、ルクスの背部兵装を実用化できるかもしれない。
クリードディフェンダー、可変盾、アンカーショット、そしてまだ眠っている背部の武装基部。
それらをばらばらではなく、統合して制御できるようになるかもしれない。
火力が足りない場面は、もう何度もあった。
グレイブバーナーにも、ライトブレーダーにも、ルクスは勝ってきた。
だが、それは常に綱渡りの末での辛勝だったのだ。
次は、もっとルクスを強くする。ただの力任せではな勝利を刻めるように。
二度と壊れないように。守りたい存在を守れるように。
ルクスがルクスのまま、もっと遠くへ行けるように。
「帰ろう、ルクス」
『帰還先、灰貨商会地下工房』
「うん。大幅な火力強化計画、始めるよ」
『了解。相棒として支援』
リネアは部品箱を抱え、静かに歩き出した。
一刀の果てを求めた武人がルクスに託した名。フォモス。
そして、星紋追加兵装統御器。
それらは、ルクスの失われた過去と、これからの力へ繋がる新しい扉だった。
真なる勝利とは、相手の誇りを壊さず終わらせること。そういう誉高い一騎討ちを考えて、今回の話を書きました。『秘剣、影渡り』のところは特に綴っていて楽しめた気がしております。ルクスも結構武人気質な側面がありますので、彼なりに思うところがあって最後の介錯をする場面での台詞が出てきたのでしょう。これからも敵を単なる敵ではなく、誇りと矜持を持つ武人として尊重しつつ戦っていってほしいです。




