表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/36

第二十三話 凶刃の武人


銀級へ昇格してから、数週間が過ぎた。


リネアはその間、浮かれる暇もなく灰貨商会の地下工房にこもっていた。

ルクスの四肢関節の補強、クリードディフェンダーの冷却系の再調整、腕部側面に装着した可変装甲盾の動作確認、アンカーショットの射出機構の微調整。

銀級になったからといって、ルクスが完全に直ったわけではない。

むしろ受けられる依頼が増えたぶん、ルクスを壊すような危険も増えるだろう。


「アンカーショット、巻き取り速度をもう少し落とそう。速すぎると基部に負荷が集中する」


『了解。巻き取り出力を十二パーセント低下』


「うん。それで再試験」


そんな作業を続けていたある日、王都冒険者ギルドから使者が訪れる。


指名依頼。


リネアはその言葉を聞いた時点で背筋を伸ばしたが、依頼書に記された内容を読んだ瞬間、思わず手が止まった。

金級冒険者パーティ《暁の剣》との合同討伐支援。


「……《暁の剣》」


声が小さく低くなる。

レオン。ミーナ。エリス。カイル。

かつて同じ村を出て、同じ夢を見た仲間たち。けれど最後には、修理師であるリネアを不要と判断した幼馴染。


『リネア、心拍上昇』


「大丈夫。ちょっと、昔の知り合いがいるだけ」


ルクスは静かに単眼を瞬かせる。


『過去接触対象《暁の剣》と照合』


「……覚えてたんだ」


『リネアの情動変化を伴う記録は優先保存』


リネアは依頼書を閉じかけた。

金級パーティとの合同依頼は恐れ多いし、標的は準災害指定個体。しかも協同相手は《暁の剣》。断る理由はそこからいくらでも思いつく。

その様子を見ていたヴィオラ・レイスが、黒い手袋の指で机を軽く叩く。


「断るつもり?」


「……危険すぎます。それに《暁の剣》と一緒なんて」


「銀級冒険者への指名依頼よ。滅多にない指名依頼を断るのは、信義を裏切るのと同義」


その言葉にリネアは顔を上げる。

ヴィオラの声は冷たくはないが、甘くもない。


「銀級になったということは、ギルドから信頼を預かったということ。信頼は、受ける依頼を選ぶ権利と、引き受ける責任の両方でできているわ」


「でも……」


「もちろん、死にに行けと言っているわけではないわ。けれど、過去が怖いからという理由だけで断れば、あなた自身が今の肩書きを信じられなくなる」


リネアは改めて依頼書を見つめた。

従魔使い兼修理師。銀級冒険者。ルクスの主。そして、かつて追放された少女。

全部が今の自分だ。


「……受けます。話だけでも、聞きに行きます」


『リネアの判断を支持』


「ルクスも一緒に来て」


『リネアの命じるままに』



翌日、王都冒険者ギルドの会議室では作戦説明の場が設けられていた。

討伐担当官ロイド・バルカスが、卓上に資料を広げる。


「標的は準災害指定個体。ギルド識別名、ライトブレーダー。分類上は魔導ゴーレム古代種とされている」


資料には、二メートルほどの人型魔導機兵の絵が描かれていた。

白銀と黒鉄の混ざった装甲。頭部には横一文字の光。左腕は半ば破損し、右腕は長大な刀剣と一体化している。

胸部中央には、星と歯車に似た紋様を持つブロックがある。

リネアの目は、そこに吸い寄せられた。


星紋部品。

おそらく、星紋追加兵装統御器とでも呼ぶべき搭載兵器の制御装置だろうか。

ルクスの背部兵装や追加装備を統合制御するための中核になり得る部品である。

もし回収し、正しく組み込めれば、ルクスの戦闘システムは一段階先へ進むかもしれない。


だが、同時に嫌な予感もあった。

星紋部品らしきパーツは、ライトブレーダーの胸部中枢に近い位置に埋め込まれている。

それを奪うということは、彼を完全に停止させることに等しい可能性があるのだ。


「ライトブレーダーは右腕の刀剣による白兵戦を主とするが、遠距離ではエネルギー切断波を放つ。すでに銀級二名、金級一名を含む複数の冒険者が返り討ちに遭っている」


ロイドは努めて平静に続けた。


「作戦は数の利を活かす。まず斥候部隊がライトブレーダーを旧採掘場跡まで誘引。そこで魔術師部隊が総攻撃を浴びせ、装甲を削る。弱ったところを《暁の剣》を中心とした近接部隊が畳みかける。リネア君とルクスは遊撃、防衛、撤退支援を担当してもらう」


一見、合理的な作戦に思える。

しかし、リネアは資料の備考欄に目を止めた。

ライトブレーダーは逃走者を追わないことがある。武器を構えた者に優先して反応する。

背後からの奇襲、罠、集団包囲に対しては異常なまでに苛烈な反撃を行う。

単独で正面から挑んだ冒険者の遺体は、比較的損壊が少ない。


「……これ」


リネアは小さく呟く。


「ただ暴れてるだけじゃない」


その時、会議室の扉が開き《暁の剣》が入ってきた。

レオンは以前よりもさらに堂々としていた。金級冒険者の証が刻まれた外套をまとい、腰には上等な剣。

ミーナは魔杖を抱え、エリスは神官服の上に軽装鎧を着ている。カイルは背に弓を負い、相変わらず軽い笑みを浮かべていた。

やがて四人の視線が、リネアに向く。


「リネア……」


レオンが感慨深げに名前を呼んだ。


「久しぶりだな。銀級になったって聞いた」


「うん。少し前に」


「すごいな」


その言葉は、素直な驚きに聞こえる。

ミーナはリネアの背後に控えるルクスを見据えた。


「それが噂の特殊従魔ね。想像以上に大きい」


エリスは静かに微笑む。


「無事でよかった。リネア、本当に強くなったのね」


カイルは少し肩をすくめた。


「まあ、今日は金級の仕事だからな。銀級は無理はするなよ」


以前なら、そのやや高圧的な言葉に胸が痛んだかもしれない。しかし今は違う。


「うん、無理はしない。でも、必要なら即座に動くよ」


カイルはリネアの威勢の良さに、少し意外そうに眉を上げた。



作戦は翌朝、旧採掘場跡で開始された。

斥候部隊がライトブレーダーをキルゾーンまで誘引する。リネアたちは、採掘場を囲むように配置された岩棚の陰で待機していた。

魔術師部隊は高台に並び、《暁の剣》は中央前方で臨戦の構えだ

やがて、採掘場の入口に白銀の影が姿を現す。


ライトブレーダー。その通り名で恐れられる二メートル級の人型機体。

その存在感は体格以上だった。動きに無駄がなく、壊れかけているはずなのに佇まいが静かで、鋭敏だ。

右腕と一体化した長大な刀剣は、地面すれすれに下げられている。

その胸部中央で、星紋追加兵装統御器らしき部品が淡く光っていた。


リネアはおのずと息を呑む。あの機体は壊れかけている。

だが、壊れながらまだ何かを守っているような気がしてならない。


斥候が指定の位置を越え、後から追い縋ってくる異形の圧を背に受けつつ、余裕のない合図を送ってくる。

それを目にしたロイドが斥候部隊を救い、機先を制する為に、やや早めに号令を出す。


「撃て!」


その一声に完璧に呼応して、魔術師部隊が一斉に魔術を放つ。

火球、氷槍、雷撃、石弾。いくつもの魔術がライトブレーダーへ殺到していく。


次の瞬間、白銀の影が揺れる。

右腕の凶刃が鋭利に空を走り、魔術が斬り散らされた。

火球は二つに割れて散り、氷槍は空中で砕け、雷撃は刃の軌跡に裂かれて地面へ落ちる。

飛来した矢も、投槍も、すべて一刀の間合いに入った瞬間に神速で斬り払われた。


「嘘……」


ミーナの声が悲壮に聞こえる。

攻撃が一時的に止んだ時、ライトブレーダーはゆっくりと頭を上げた。

横一文字の眼光が、周囲の冒険者たちを見渡す。


『多勢。罠。背より矢。空より火』


その声は、意外にもルクスより流暢だ。

壊れた響きではあるが、言葉は明確で、何より意志が込められている。


『無粋なり』


右腕の刀剣が、青白い光を帯びる。

次の瞬間、エネルギー切断波が高速で放たれた。

斬撃が空を走り、高台の岩を深く抉る。その破壊力に怯んだ魔術師たちが、悲鳴を上げて身を伏せる。

作戦が明確に崩れて、押され始めている。


「今だ、前衛で押さえろ!」


カイルが叫び、《暁の剣》が動いた。

レオンが前に出て、エリスが防護術を展開し、ミーナが側面から拘束魔術を放つ。

カイルの矢が正確にライトブレーダーの足元を狙った。


その連携は見事であり、金級の名に恥じない動きだ。

だが、相手が悪すぎた。ライトブレーダーはレオンの剣を受け流す。力で弾くのではなく、刃の角度をわずかにずらし、剣筋そのものを殺す。

カイルの矢は振り向きもせず斬り落とし、ミーナの拘束魔術は一歩大きく踏み込むだけで照準していた範囲を外された。

エリスの防護術が展開されるものの、ライトブレーダーの光波を纏った凶刃が斜めに斬りつけるだけで、紙細工かなにかのごとく分厚い防護膜が瓦解する。


「くっ……!」


レオンがライトブレーダーの猛攻を盾で凌ぎ、正面から引き付けて踏みとどまっていたが、次の一刀で剣ごと姿勢を崩されてしまう。

カイルが援護に回るものの、ライトブレーダーはその動きすら読んでいたかのように刀身を振るい、エネルギー切断波で彼の退路を塞いだ。


「まずい!」


リネアは思わず叫びそうになった。これはもうとっくに魔物狩りではない。

囲んで削るほど、ライトブレーダーの攻めは苛烈になり、動きが冴えていく。

背後からの攻撃、罠、魔術の集中砲火。それらすべてが、彼の中にある何かを傷つけている。


誇り。


壊れかけた擬似人格に残った、武人としての覚悟と使命。


「違う……」


リネアは拳を握り締める。


「この作戦じゃ駄目だ。あれは、群れで狩られることに憤ってる」


ロイドが驚いたように振り返る。


「何を言っている、リネア君!」


「ライトブレーダーはただの暴走個体じゃありません。あれは、戦う相手を選んでる。正面から刃を向ける相手には静かに応えてる。でも、囲まれることには怒っています」


「今は作戦中だ!」


その時、ライトブレーダーの刃がレオンへ大上段から振り下ろされた。

レオンは防ぎきれないし、カイルも援護が間に合わない。エリスの術も既に砕かれている。

リネアは一目散に走り出した。


「ルクス!」


『了解』


「行くな!銀級が割り込める相手じゃない!」


誰かが叫んだ。


「金級が押されてるんだぞ!」


それでも止まらなかった。黒い四脚が地を強かに蹴る。

ライトブレーダーの凶刃がレオンへ届く寸前、ルクスが身体ごと割り込んだ。

クリードディフェンダーが右腕の刀剣を受け止め、激しい火花が散った。


衝撃で地面が割れる。

ルクスとライトブレーダーが、初めて至近距離で向かい合う。


『神代人型自律兵器と推定。脅威度、高』


「分かってる」


リネアはルクスの横に立ち、ライトブレーダーを見上げる。

その引き締まった巨躯の迫力と、何物をも断ち斬る長大な刀身が放つ淡い光は、リネアに本能的な恐怖を深く抱かせる。

だが、緊張に呑まれそうになりつつも、これだけは言わなければならない。


「待って!」


ライトブレーダーの横一文字の眼光が、リネアへ向く。


「あなたは、群れで狩られたいわけじゃないんでしょう!」


周囲の冒険者たちが息を呑んだ気配がする。

ライトブレーダーは緩慢に動きを止めた。

リネアは続ける。


「一刀の先を求めているなら、こちらも一体で応えます。私の従魔、ルクスと一騎討ちをしてください」


暫しの沈黙が降りる。

焦げた岩場に、風が吹いた。

ライトブレーダーの胸部に埋め込まれた星紋追加兵装統御器が、かすかに光る。


『一騎……討ち』


その声は低く、しかし明瞭だった。


『群れは退け。罠は要らぬ。魔の火も、背の矢も、一切手出し無用』


右腕の長大な刀剣が、静かに構え直される。


『刃には刃を。機には機を。汝の黒き獣、名は』


リネアは毅然と答える。


「ルクス」


ライトブレーダーの横一文字の眼光が、ルクスを捉える。


『ルクス。良き名なり』


ルクスはクリードディフェンダーを構えた。


『特殊従魔ルクス。リネアの指示により、一騎討ちを受諾』


「ルクス、無理はしないで」


『リネアの安全を最優先。ただし、当該個体の要求形式、決闘に応じます』


ライトブレーダーは、右腕の凶刃を地面すれすれに下げる。

その佇まいは、どんな魔物にも類似していない。

壊れかけた兵器でも、ただの暴走個体でもない。


彼は刃の果てを求める、凶刃の武人だった。


周囲の冒険者たちが、自然と後退していく。

レオンが膝をついたまま、呆然とリネアを見ていた。


「リネア……気を付けろよ」


リネアは振り返らない。

ただ、ルクスの背を見つめる。


「お願い。あの人を、ちゃんと相手してあげて」


『了解、当機の全力を解放』


ライトブレーダーの刃に、青白い切断波の光が宿る。

ルクスのクリードディフェンダーにも、エナジーブレードの輝きが強く走った。


旧採掘場跡の中央で、二つの神代兵器が向かい合う。

数を頼みにするでもなく、罠に依存するのでもなく、ただ彼我の一刀と一刃のために。


決闘の静寂が、戦場を支配した。



壊れたものの誇りを、修理師だけが見抜く。

ライトブレーダーは危険度の極めて高い敵であり、これまでに数多くの冒険者を葬っています。それでも、リネアはその機械兵の内面に壊れかけた心を見る。だから単純に人海戦術で潰そうとするのではなく、彼が求める形で向き合おうとするのです。これはリネアが修理師として優れているからではなく、その人格が清濁併せ吞みつつも清廉だからこそできる判断でした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
嘗ての仲間との合同依頼「キター」って感じ!! 成長したリネアとクルスの実力を見せつけてやって下さい。 神代兵器同士の一騎打ち、いいシチュエーションです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ