第十九話 寂れた工房の星紋部品
グロムロード冒険者ギルド支部は、王都のギルドとは空気が違っていた。
王都のギルドが酒と革鎧と剣の匂いに満ちているなら、こちらは鉄と油と魔力炉の匂いが濃い。
受付の横には魔道具の修理依頼が積まれ、依頼板にも工房の荷運び、部品の護送、廃材置き場の魔物駆除など、工業都市らしい札が並んでいた。
リネアはルクスをギルド外の待機場に伏せさせ、護衛依頼の達成報告を行う。
「王都発、グロムロード行き商隊護衛。依頼主、ダリオ・メルカット様ですね」
受付の女性が書類を確認する。
「道中で魔物襲撃一件、野盗団襲撃一件。野盗については街道詰所から引き渡し記録も届いています。確認完了です」
「ありがとうございます」
リネアが頭を下げると、受付嬢は別の封筒を取り出した。
「それと、こちらは依頼主様からの追加報酬です」
「追加報酬?」
リネアは思わず聞き返した。
「はい。ダリオ・メルカット様の名義で増額申請が出ています。添え書きには、『銅級依頼としては破格の働き。命を預けるに足る護衛であった』と」
その言伝にリネアは少し固まる。銅級の依頼料は、決して多くない。
けれど、今回渡された報酬袋は明らかに重かった。活動資金としては十分すぎる額だろう。
星紋部品の情報をヴィオラから買うにしても、修理資材を揃えるにしても、大きな助けになる。
「……ありがたいです」
リネアは謝意を小さく呟く。ただ仕事をしただけのつもりだった。
しかし、今はその仕事に誰かが新たな値をつけてくれる。
それは少し、胸の奥を温かくする感覚だった。
報酬を受け取り、ギルドを出ると、グロムロードの街路には昼の活気が満ちている。
工房の煙突から白い煙が上がり、荷車が鉄材を運び、職人たちが怒鳴り合いながら部品を積み替えていく。
ルクスが待機場から立ち上がると、周囲の人々がぎょっとして道を開けた。
『リネア、報酬受領を確認』
「うん、ダリオさんが増やしてくれてた」
『ダリオ・メルカットの評価、友好方向に更新』
「そうだね、ありがたい縁だよ」
その時だった。
「誰か!捕まえて!」
甲高い悲鳴が街路に響く。
リネアが弾かれたように振り向くと、人混みの中を小柄な男が駆け抜けていた。
手には革鞄を抱えており、その後ろで、若い女性が青ざめた顔で叫んでいる。
ひったくりだ。
「ルクス、追跡して!でも人にぶつからないで!犯人も殺さないように!」
『了解。非殺傷追跡を開始』
黒い四脚が街路を走り出した。
「屋根は駄目!」
『最短経路を修正』
「壁も蹴らない!」
『制限多数』
「街中だから!」
ルクスは人混みを縫うように走った。四脚の動きは大きいが、誰にも触れない。
荷車を避け、露店の布を揺らし、路地に逃げ込んだ犯人の背に向かって一瞬で距離を詰める。
やがて男が振り返り、短剣を抜いた。
「来るな!」
だが次の瞬間、短剣だけが宙を舞っていた。
ルクスの機械の手が男の襟首を掴み、そのまま地面に押さえつける。力は十分に抑えられていたが、男は恐怖で動けなくなっていく。
『対象、制圧完了』
「ありがとう、ルクス」
リネアは息を切らしながら追いつき、犯人の手から革鞄を回収した。
遅れて駆けつけた街の警備員に犯人を引き渡し、鞄を持ち主の女性へ返す。
「これで間違いありませんか?」
「はい……!ありがとうございます、本当に……!」
女性は革鞄を抱きしめ、深く頭を下げる。
「私はミラ・オーレンといいます。オーレン工房の者です。この中には帳簿と納品書が入っていて、なくしたら本当に困るところでした」
「無事でよかったです」
ミラは涙ぐみながら、ルクスを見上げた。
「その子は……従魔、なんですか?」
「はい。特殊従魔のルクスです」
『暫定分類ではなく正式分類を確認』
「そういうこと、今言わなくていいから」
ミラは少し微笑んだ。緊張が解けたのか、彼女はリネアの工具鞄に目を留める。
「もしかして、修理師さんですか?」
「はい。王都外縁で修理店をしています。今は少し休業中ですが」
「修理師……」
ミラは何かを考えるように視線を落とす。
リネアは少し迷い、それから尋ねた。
「グロムロードで、星と歯車の紋様が刻まれた古い部品を見たことはありませんか?古代部品に近いものを探しているんです」
その言葉に、ミラの表情が変わる。
「星と歯車……それなら、うちの工房に似たものがあります」
「本当ですか?」
「父が昔、廃品市で買い取った部品です。使い道は分からないんですが、大事にしまってあります。でも……」
ミラはそこで少し言葉を濁した。
「今のうちは、部品どころではなくて」
オーレン工房は、グロムロードの工房街でも外れにあるという。
看板は錆び、扉の金具は歪み、煙突から上がる煙も細い。中へ入ると、魔力炉の音が不安定に揺れていた。
加工台には未完成の部品が積まれ、床には削り屑と古い工具が散らばっている。
工房は、その機能を失いつつあるという意味で壊れていた。
けれど、まだ完全には死んでいない。
その証左のように、奥から太い声がした。
「ミラ、遅かったじゃねえか。帳簿は無事か」
現れたのは、白髪混じりの頑固そうな老職人だった。太い腕、油に汚れた前掛け、鋭い目。
ミラの父であり、この工房の親方、ガルム・オーレンだった。
ミラが事情を説明すると、ガルムはリネアをじろりと見つめる。
「礼は言う。だが、星紋の部品が欲しいって話なら別だ。あれは売り物じゃねえ」
「見せてもらうこともできませんか?」
「駄目だ」
即答だった。
「使い道は分からん。だが、あれはうちの工房がまだ終わってねえ証みたいなもんだ。金に困ったからといって、ほいほい手放すものじゃねえ」
リネアは少しだけ思案する。
無理に買い取るのは許されない。
ヴィオラの力を借りて金で押すこともできるかもしれない。
けれど、それではこの工房まで壊してしまう気がする。
だから、リネアは頭を下げた。
「では、工房を手伝わせてください」
ガルムの眉が跳ねる。
「何?」
「私は修理師です。設備を見る限り、魔力炉も加工台も、まだ直せるところがあります。納品部品も、全部が駄目になったわけではありません。手伝わせてください。その上で、あの部品をどうするか、もう一度考えてもらえませんか」
「王都の若い修理師が、うちの何を直せるってんだ」
「壊れているところです」
リネアはまっすぐ答える。
ガルムはしばらく黙っていた。
そして試すように鼻を鳴らす。
「一日だけだ。邪魔なら追い出す」
「ありがとうございます」
そうして始まった工房の修理は、当初一日だけのはずだった。
だが、リネアは翌日も、その翌日もオーレン工房へ通うこととなる。
まず直したのは、加工台の水平だった。台そのものがわずかに傾いており、そのせいで精密部品の寸法が狂っていたようだ。
次に、魔力炉の出力弁を調整した。炉そのものは古いが、燃焼路はまだ生きている。詰まった魔石粉を掃除し、伝導管の漏れを塞ぐと、炉の音は少しずつ安定していく。
「ミラさん、この部品は廃棄じゃなくて再加工できます。こっちは軸が歪んでいるので部品取りに。これは納品用に戻せます」
「こんなに細かく分けられるんですか?」
「壊れ方が違います。全部同じ失敗作じゃありません」
要所要所でルクスも役に立った。
重い材料を運び、古い旋盤を動かすための台座を支え、崩れかけた棚を固定する。
工房の職人たちは最初こそ怯えていたが、ルクスが黙々と作業を補助する姿を見て、少しずつ慣れていった。
『重量物搬送、完了』
「ありがとう、ルクス。次はあの鉄材を棚の下へ」
『了解』
「……従魔に工房仕事を手伝わせる修理師なんて、初めて見たぞ」
ガルムが呆れたように言う。
「すみません」
「褒めてるんだよ、たぶんな」
数日後、積み上がっていた納品部品の一部が完成する。
一週間後には、取引先から小さな追加注文が入った。魔力炉の燃費は改善し、不良品率も下がっていく。
ミラの顔色は明らかに明るくなり、工房に残っていた数人の職人たちにも活気が戻り始める。
夕方、ガルムは安定した音で燃える魔力炉を見つめていた。
「若いの」
「はい」
「お前、ただの従魔使いじゃねえな」
「修理師です」
「ああ。見りゃ分かる」
その言葉は低く、重い響きを湛えていた。
ガルムは工房の奥へ向かい、古い金属箱を持って戻ってくる。
箱には厳重な鍵がかけられていたが、彼はそれを開き、中から黒銀の小さな部品を取り出した。
歯車と星の紋様。
中央には結晶を収めるような孔があり、外縁には出力を押し広げるための細かな流路が刻まれている。
ルクスはそれに反応したのか、単眼が碧く光った。
『星紋部品を確認。出力増幅器と推定』
「星紋出力増幅器……」
リネアは思わず息を呑む。これは、ルクスを強くする部品だ。
胸部中枢結晶から四肢や星紋兵装へ流す出力を押し上げる役割が予想される。
クリードディフェンダーの威力も、機動力も上げられるかもしれない。
だが同時に、その危うさも察せられた。
ただ繋げばいい部品ではない。
調整を誤れば、過負荷がかかりルクス自身を壊す。
「親方、これは買わせてください」
リネアはすぐに言うものの、ガルムは首を横に振る。
「金じゃねえ」
「でも、こんな大事なものを」
「使い道も分からずしまい込んで、工房ごと錆びさせるより、分かる奴の手元にあった方がいい」
彼は星紋出力増幅器をリネアへ丁重に差し出した。
「これは、うちの工房を直してくれた礼だ。友好と感謝の証として受け取れ」
リネアは両手でそれを受け取る。
小さな部品なのに、ずっしりと重かった。
金で買ったのではない。
脅して奪ったのでもない。
壊れかけた工房を直した結果、託されたもの。
「ありがとうございます。必ず、大事に使います」
「焦ってすぐ使うなよ」
ガルムが釘を刺す。
リネアはその不器用な心遣いに少し微笑む。
「はい。ちゃんと調べて、直してから使います」
『リネアらしい判断』
「でしょ」
夕暮れのグロムロードで、オーレン工房の魔力炉に久しぶりに安定した青い火が灯る。
それは遠目には小さな火だった。けれど、壊れかけていた工房にとっては十分な再点火だ。
リネアは託された星紋出力増幅器を布で包み、工具鞄の奥へ慎重に収めた。
隣ではルクスの碧い単眼が、工房の炉の光を静かに映している。
「ルクス。これも、ちゃんと直してから使おう」
『了解、リネア』
グロムロードの街にまた一つ、新しい縁が生まれた。
そしてその縁は、リネアとルクスをさらに次の修理へ導こうとしている。
人と人との良縁が、やがて星紋部品を呼び寄せる。慌てず腐らず人との縁を大切にする営為に没頭したリネアの成果と言えるでしょう。恩義を形にして返してくれる商人ダリオも、武骨で昔気質な職人ガルムも、個人的に好きな人格です。それでは次回もお楽しみに~♪新たな星紋部品の効果が明らかになっていくようです。




