第十七話 従魔登録試験
セラ・ヴォルトからの帰路、リネアはずっとルクスの両手を見ていた。
黒い機械の腕に保持された星紋兵装、両刃剣。
人間が扱うには巨大すぎるその武器は、ルクスの手に収まると不思議なほど自然だった。
黒銀の柄を中心に、左右へ伸びる厚い刃。刃表面には細い星紋が刻まれ、ルクスの胸部結晶と呼応するたび、淡い碧い光が走る。
「まだ本格調整前だからね。無理はしないで」
『了解。低出力運用を維持』
「低出力でも、たぶん普通じゃないから」
リネアの不安は的中することとなる。
街道脇の岩場を抜けようとした時、砂色の魔物の群れが姿を現した。
砂狼、サンドウルフ。西方街道に出る群れ型の魔物で、単体なら銅級でも対処できるが、数が多いと厄介な相手だ。
リネアは即座に周囲を確認した。
サンドウルフの数は九匹。逃げ道は背後の岩場。ルクスの背後に回られると面倒。
新兵装は未調整。過負荷を避けるなら一体ずつ引き剥がして――。
「ルクス、まず右側の三体を――」
『敵性群体、制圧開始』
ルクスが指示を待たずに即座に動いた。低く、速い。
四脚が砂地を噛み、黒い機体が矢のように前へ滑る。両手に握られたクリードディフェンダーが、砂すれすれの軌道で振るわれた。
一撃目で前列の砂狼二体がまとめて吹き飛んだ。斬られたというより、重い壁に叩き潰されたような音だった。
続いてルクスは止まらず、四脚の機動で敵群の中央へ踏み込む。両刃剣の重さを遠心力に乗せ、体を捻りながら二撃目を放つ。
それで三体目、四体目が横へ弾けた。そこで残った砂狼が背後へ回り込もうとする。
ルクスは振り返る前に後脚で砂を蹴り、体の向きを変える。その動きに合わせ、両刃剣が縦に落ちた。地面が割れ、砂狼たちは本能的に足を止める。
その一瞬で十分な猶予を得たルクスは再び前へ出る。防御も回避もほとんど必要ない。攻撃の重さと手数が、敵に反撃の時間を与えなかった。
『敵性生体、沈黙』
戦闘は、十数秒で終わっていた。
あまりの迅速な制圧劇に、リネアはしばらく口を開けたまま立っていた。
「……え」
『低出力運用を完了』
「低出力って、何だっけ……」
苦戦を想定していたし、撤退経路も考えていた。もし星紋兵装が暴走した時の切断手順まで頭に入れていた。
けれど、振り返ればそのどれも必要なかった。
ルクスは、戦闘そのものを短時間で終わらせてしまったからだ。
リネアは我に返り、慌てて工具鞄から採取用の小刀と袋を取り出した。
「魔石、牙、耳……討伐証明になる部位は回収しないと」
『戦闘後処理を支援可能』
「うん。こっちは壊さないようにお願い」
壊れた部品を分ける時と同じように、リネアは証明部位、素材、売却可能な魔石を分類していく。
砂狼の群れを討伐した証拠は、それなりの実績になる。加えて、昨日助けた銅級冒険者たちが証言してくれれば、街道安全維持への貢献として扱われるかもしれない。
そこで、リネアはふと手を止めた。
「……これ、ギルドに出せる」
『肯定。討伐実績として記録可能』
「もしルクスを従魔として登録できれば、私の冒険者ライセンスも復旧できるかもしれない」
三年前、リネアは冒険者としての活動をやめた。正確には、やめざるを得なかった。
ライセンスは失効ではなく休眠扱いになっているはずだ。実績と登録従魔があれば、活動再開の道はある。
そして、もう一つ。ルクスはもう隠しきれない。
銅級冒険者たちに見られたし、砂狼の群れを討伐した痕跡も残った。
これから先、星紋兵装を持つ黒い四脚の機械獣を完全に隠して旅をするのは無理がある。
ならば、隠すのではなく、別の名前を与えればいい。
従魔。
冒険者ギルドが認めた従魔。
その肩書きがあれば、少なくとも街道や依頼地でルクスの存在を説明できる。
「明日、ギルドに行こう」
『目的は従魔登録』
「うん。特殊従魔、ルクスとして」
『分類、特殊従魔。再確認』
「今だけじゃなくて、正式に」
ルクスは少し沈黙した。
『了解。リネアの活動再開を支援』
翌日。
リネアはルクスを連れて、王都冒険者ギルドへ向かった。
ギルド前の通りに黒い四脚の機械獣が姿を現した瞬間、周囲の視線が一斉に集まった。
以前、素材換金のために一人で訪れた時とは違う。今のリネアの隣には、碧い単眼を灯すルクスがいる。
しかもその両手には、布で覆っているとはいえ巨大な両刃剣が保持されていた。
受付嬢は、リネアを見るなり目を丸くした。
「ギアライトさん……そちらは?」
「従魔登録をお願いします。この子を」
ギルド内がざわついた。
「従魔?」
「あれが?」
「魔導ゴーレムじゃないのか?」
「いや、でも従魔って言ってるぞ」
受付嬢は一瞬だけ困った顔をしたが、すぐに職員としての表情に戻った。
「特殊従魔の登録申請ですね。少々お待ちください。従魔試験官を呼びます」
しばらくして現れたのは、片腕に大きな傷跡のある中年の男だった。革鎧を着崩し、腰には短い鞭と剣を下げている。鋭い目つきでルクスを見上げ、次にリネアを見た。
「ガレス・オーウェンだ。従魔登録試験を担当している」
「リネア・ギアライトです」
「そいつを従魔として登録したいと?」
「はい」
ガレスはルクスの周囲をゆっくり歩いた。
「俺は長いこと従魔使いを見てきた。狼、鷹、大蜥蜴、甲殻獣、魔導獣も少しはな。だが、これは初めて見る」
リネアは背筋を伸ばした。
「西方砂丘遺跡付近で保護した、魔導獣型の特殊従魔です。高度な命令理解能力があります。詳細な種別は不明です」
嘘ではない。全部を言っていないだけだ。
ガレスは鼻を鳴らした。
「従魔登録に必要なのは、見た目じゃない。主の制御下にあるか。街中で危険を撒かないか。命令を理解するか。その三つだ。試すぞ」
試験はギルド裏の訓練場で行われた。
第一試験は、待機と命令確認。
「待て、止まれ、下がれ、伏せろ。基本命令に従えるかを見る」
ガレスがそう説明する。
リネアはやや緊張しつつルクスの前に立った。
「ルクス、待機」
『了解』
ルクスは完全に動きを止めた。四脚で立ったまま、単眼だけが碧く灯る。尾も、首も、指先も動かない。
「一歩後退」
『了解』
静かに一歩下がる。
「伏せて」
『了解』
巨大な黒い機体が、音も少なく姿勢を低くした。
一連の行動を見て、ガレスの眉が動く。
「……正確すぎるな」
「問題ありますか?」
「いや。普通の従魔は、ここまで静かには止まらん」
第二試験は威嚇耐性だった。
音響魔道具が鳴らされ、訓練用の魔力弾がルクスの近くに撃ち込まれる。
通常の従魔なら怯えるか怒るかする。だがルクスは微動だにしなかった。
『脅威判定、低』
「ルクス、待機」
『了解』
ガレスは次に、木剣を持ってリネアへ向かった。
「主への接近にどう反応するかを見る。怪我はさせん」
「え、ちょっと待って――」
ガレスが踏み込んだ瞬間、ルクスの単眼が鋭く光った。
『最優先護衛対象への攻撃動作を確認』
黒い影が瞬時に動く。
次の瞬間、ルクスの手はガレスの木剣を掴んでいた。
刃に見立てた木部が、みしりと音を立てる。あと少し力を入れれば、簡単に砕けただろう。
その一触即発の威容に、訓練場が静まり返った。
「ルクス、止まって!」
『了解』
リネアに命じられて、ルクスは即座に手を離す。
ガレスはしばらく木剣を見ていた。額に汗が浮いている。
「今、俺を潰すつもりだったか」
『否定。武装解除を予定』
「……そうか。こっちは死ぬかと思ったぞ」
「す、すみません!」
リネアは慌てて頭を下げた。
ガレスは色々と思案するように深く息を吐く。
「だが命令で止まった。主への防衛反応も明確。危険ではあるが、制御不能ではない」
続く第三試験は実戦模擬だった。
通常なら木人形で済ませるらしいが、ルクスには大型の鉄人形が用意された。
盾を持った人型の訓練用魔道具で、銀級冒険者の打撃にも耐えるよう作られているという。
「破壊はするな。制圧動作だけ見せろ」
ガレスが釘を刺す。
リネアは別の意味の心配をしつつルクスの横に立った。
「加減してね。絶対に加減して」
『低出力、制圧動作を選択』
「その低出力が怖いんだけど」
ルクスはクリードディフェンダーを構えた。
布が外れ、巨大な両刃剣が訓練場の光を受ける。
その精緻で流麗なまでの刀身の輝きに、見物していた冒険者たちからどよめきが起こった。
鉄人形がおもむろに盾を構える。
その動作に合わせてルクスが踏み込んだ。
豪快な一撃。
クリードディフェンダーは盾を叩き、鉄人形の腕ごと横へ弾き飛ばしてしまった。
続く二撃目は寸前で止められたが、風圧だけで鉄人形の胴体が大きく揺れる。
訓練場に、圧倒的な暴威を目撃した者たちの重い沈黙が落ちた。
『制圧動作、完了』
リネアは頭を抱える。
「だから、加減……」
『加減済み』
「これで?」
ガレスが鉄人形の無残に飛んだ腕を見て、ゆっくりと頷いた。
「……従魔としては合格だ。問題は、どの等級で登録するかだな」
その後、受付で手続きが進められた。
リネアは砂狼の魔石と討伐証明部位を提出する。加えて、西方街道で救助した銅級冒険者パーティから、すでに証言が届いていたらしい。
黒い従魔を連れた修理師に助けられた、という記録だ。
旧冒険者ライセンスは失効ではなく、休眠扱いだったので、討伐実績、街道救助の証言、特殊従魔登録試験の合格を合わせ、リネアの活動再開は認められた。
受付嬢が新しい冒険者証を差し出す。
「リネア・ギアライトさん。冒険者ライセンスを復旧します。職業は修理師。活動形態は、従魔使い兼修理師。登録従魔は、特殊従魔ルクスです」
リネアはその証を受け取った。
手の中の小さな金属板が、思ったより重い気がする。
三年前、この場所で夢を折られた自分。
もう冒険者として必要とされないのだと、思い知らされた瞬間。
けれど今、同じ場所で別の道が開かれている。
職業欄には、修理師。
従魔欄には、ルクス。
「従魔使い……」
リネアが呟くと、隣のルクスが静かに単眼を瞬かせた。
『登録完了。リネアの活動再開を確認』
「うん。ここからまた始めよう」
ギルドの奥では、すでにざわめきが広がっていた。
特殊従魔。黒い四脚獣。
両刃剣を持つ規格外の従魔。
そして、その主である若い修理師。
もう、隠しきれない。
けれど今度は、隠れるためではなく、進むために確かな名前を得た。
特殊従魔ルクス。
従魔使い兼修理師、リネア・ギアライト。
王都冒険者ギルドの記録に、その名が初めて刻まれた日だった。
リネアの冒険者稼業、本格的に再始動です!雪辱を晴らす為ではなく、ルクスをもっと修理する為に歩んで行くところが修理師らしいところ。しかし本人の姿勢とは関係なく、冒険者と従魔という肩書は独り歩きを始めることでしょう。




