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第十三話 地下競売の星紋部品


黒い馬車は、王都の表通りを避けるように走っていた。


窓の外に見える景色は、リネアの知る王都グランベルとは少し違っている。華やかな商店街も、冒険者で賑わう大通りも通らない。

石造りの倉庫街を抜け、古い水路沿いを進み、やがて馬車は閉鎖された劇場跡の裏口で止まった。


リネアは膝の上で両手を握りしめていた。

隣に座るヴィオラ・レイスは、いつもの黒いドレス姿で静かに微笑んでいる。緊張している様子はまるでない。


「そんな顔をしていては駄目よ、リネア」


「顔、ですか?」


「ええ。ここでは、欲しいものを欲しい顔で見てはいけないわ」


ヴィオラは細い指で馬車の扉を叩いた。


「あなたの目は、値段を上げてしまう」


リネアは息を呑んだ。


「そんなに分かり易いですか」


「とても分かり易いわね。壊れたものを見た時と、本物を見た時の目が違うもの」


からかわれているようで、そうではない。

ヴィオラは本気で忠告していた。


「今日は、あなたは私の後ろについていなさい。品物を見る時も、驚かない。欲しがらない。そして、怒ってもだめ」


「怒るようなことがあるんですか」


ヴィオラは少しだけ笑った。


「あるわ。ここはそういう場所よ」


劇場跡の地下へ続く階段を降りると、空気が変わった。

湿った石と、古い香の匂い。金属油。酒。高価な香水。

そこに、人の欲望が混じったような重たい熱が漂っている。


地下広間には仮面をつけた客たちが集まっていた。商人、貴族の代理人、冒険者崩れ、護衛を従えた魔道具師らしき者。

誰も本名では呼ばれない、誰も真正面から相手を見ない異様な雰囲気の場所。


中央には競売台があり、その周囲を黒い柵が囲んでいる。

並べられている品も、まともではなかった。


血の跡が残る短剣。魔力流路が濁った指輪。

不自然に割れた魔石炉。出所不明の遺跡部品。

明らかに呪われていそうな人形。


リネアは小さく眉をひそめる。


「……これ、本当に売っていいものなんですか」


「いいわけがないでしょう」


ヴィオラは平然と言った。


「だから地下で売っているの」


リネアは思わず言葉を失った。



やがて競売が始まる。

司会役の男が、まるで劇の役者のように大げさな声で品を紹介していく。

客たちは希望額の書かれた札を上げ、値段が跳ね上がる。けれど、リネアにはすぐに違和感が分かった。


ある商人が札を上げると、すぐ隣の仮面の男が値を重ねる。

別の女が入ろうとすると、その背後の護衛がわざと剣の柄を鳴らす。

競売人は特定の客の札だけを素早く拾い、他の客の動きは見落としたふりをする。


「これ……公平じゃありません」


リネアは小声で言った。


「ええ。公平を演じているだけよ」


ヴィオラの声は冷静だ。


「止めないんですか」


「止めるわ。舞台の上でね」


その時、広間の奥から存在感の強い太った男が現れる。

豪奢な上着。太い指輪。脂ぎった笑み。周囲には護衛と、札を持った取り巻きが数人ついている。


ヴィオラが目だけをそちらへ向けた。


「オルギス・ヴァレン。魔道具輸入商を名乗っているけれど、実際は貴族と協会筋へ曰く付きの品を流す転売屋よ」


オルギスはヴィオラに気づき、嫌味な笑みを浮かべた。


「これはこれは、灰貨商会のご令嬢。今夜も拾い物漁りかね」


「ええ。あなたが踏みつけて値を下げたものを拾うのは、嫌いではないわ」


二人の間に、冷たい火花のようなものが走った。

やがて、競売人が黒い布で覆われた小箱を台に置く。


「次の商品は、用途不明の古代装飾部品。北方系遺跡由来とされる希少な黒銀細工でございます」


その布が外される。

出てきた物品を目にして、リネアは息を止めた。

小箱の中には、黒銀の円筒部品が収められていた。

表面には、歯車と星の紋様。内側には薄い青い微光が走り、中央には何かと同期するための結晶受けがある。


星紋安定器とは明確に違う。

これは、流れを整えるだけではない。複数の魔力拍動を合わせるための核だ。


「……本物です」


思わず漏らしかけた声を、リネアは慌てて飲み込んだ。

だが、それだけでヴィオラには伝わったらしい。


「そう」


彼女は不敵に微笑んだ。


「なら、勝ちに行くわ」


競りが再び始まった。

最初の値段からして非常に高額だ。普通の修理店なら一生かかっても払えない大金。

それでも札は上がり続ける。オルギスの取り巻きたちが次々と値を吊り上げ、他の客を諦めさせていく。


「二百」

「二百五十」

「三百」

「三百五十」


オルギスは扇子で口元を隠しながら笑っていた。


「価値の分からん職人の手元に置くより、金を出せる者の手元にある方が品物も幸せだろう?」


リネアの胸に自然と怒りが沸き上がる。

職人の誇りとは、壊れてなお立ち上がろうとする物の価値と運命とは、金で決められていいとは到底思えなかったからだ。


「物は、値段の高低になびくわけじゃありません」


「いい答えね」


ヴィオラは小さく言った。


「でも今日は、値段で勝つわ」


それでも、彼女はまだ札を上げなかった。

その泰然とした様子に、リネアは焦る。


「入れないんですか」


「まだよ。あれは値段を上げるための踊り。踊り終えるまで待つの」


オルギスの取り巻きたちが、さらに値を吊り上げる。けれど、ある金額を超えたところで、一人、また一人と札の上げ方が鈍った。

ヴィオラはそれを油断なく見ている。

競売人の目線。取り巻きの手の震え。オルギスが扇子を閉じるタイミング。すべてを読んでいるかのように。


そして、静かに札を上げた。


「六百」


広間がざわめいた。

オルギスの顔から笑みが消える。


「七百だ!」


「八百ね」


ヴィオラは即座に返した。

オルギスは舌打ちし、取り巻きに目配せする。別の仮面の男が札を上げようとした、その瞬間だった。


「競売人」


ヴィオラの声が広間に通った。


「その品は危険等級未鑑定の星紋遺物に該当する可能性があるわ。規約第七条、落札者には即時保管保証金と正規保管庫の登録証明が必要になる」


競売人の顔が強張る。

オルギスが立ち上がった。


「何を言い出す。これはただの装飾部品だ」


「そう説明したのは競売側ね。でも、星紋遺物の可能性を否定できない以上、規約は適用される」


ヴィオラは薄く笑う。


「オルギス。あなた、今日は代理人名義でしょう。即時保証金を自分の商会名義で積めるのかしら」


広間が更にざわついた。

オルギスの顔色が変わる。

取り巻きたちも、もう動けない。

ヴィオラは懐から灰色の封書を出した。


「灰貨商会は、保管保証金と地下保管庫の登録証明を即時提示できるわ」


競売人は悔しそうに封書を確認した。

沈黙の後、槌が打たれる。


「落札者、灰貨商会」


オルギスが歯を剥いた。


「小娘が……!」


ヴィオラは涼しい顔で微笑んだ。


「競売は公平ではないわ。でも、汚い場にもルールはある。彼がそれを踏み外す瞬間を待っていただけ」


リネアは、その横顔をある種の憧憬を浮かべて見上げていた。

ヴィオラは善人ではないし、きっとこれからも信用しきってはいけない。

けれど、彼女はこの薄汚い場所で、誰よりも冷静に価値を見抜き、勝ち取った。

金だけではなく、場を読み、相手の嘘を読み、ルールの穴を突いて。

それは、リネアにはできない戦い方だ。



帰りの馬車の中、星紋同期核は黒い箱に収められ、リネアの膝の上にあった。


「……ありがとうございました」


リネアは小さく言う。

ヴィオラは窓の外を見たまま答えた。


「投資を守っただけよ」


「それでも、助かりました」


「信用してくれた?」


「信用したわけではありません」


「ええ」


ヴィオラは楽しそうに目を細める。

リネアは少し迷ってから、続けた。


「でも……商人としては、すごいと思いました」


「十分よ、リネア」


その言い方は少しからかうようで、けれど不思議と嫌ではなかった。

馬車の中で、ヴィオラは星紋同期核の箱を指で叩く。


「急いで使う前に、気をつけなさい」


「何か問題が?」


「その部品には、別の持ち主がいた可能性があるわ」


リネアは箱を見下ろした。


「持ち主……?」


「ええ。星紋を持つものが、ルクスだけとは限らない」


馬車の車輪が、夜の石畳を静かに進む。

リネアは箱を抱える手に力を込めた。


ルクスを直すための部品。

けれどそれは、新しい謎の扉でもあった。


黒い馬車は、王都の闇を抜けてギアライト修理店へ向かっていく。



オークションって緊張するけど、それ以上に白熱しますよね!ヴィオラは既に熟練の域にいるので、場に呑まれず、むしろ商売敵を呑み込む側にいます。新たな星紋基幹部品の獲得で、ルクスもパワーアップすることでしょう。

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ルクスの未知なるアップグレードに期待。
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