第十一話 探される機械獣
『当機不在の露見を検知』
ルクスの唐突な言葉に、リネアは工具を持ったまま動けなくなった。
裏庭の作業場には、まだ仮設安定環を取り付けたばかりの熱が残っている。
ルクスの胸部結晶は先ほどよりも安定し、青い光の揺らぎも小さくなっていた。
ようやく少しだけ安心できると思った矢先である。
「不在って……あの遺跡に、あなたがいないって知られたってこと?」
『肯定。旧格納施設より照合信号を受信。対象、当機の識別反応』
「それに返事をしたら、この場所が分かるの?」
『現時点では否定。仮設安定環により受信精度は上昇。ただし、発信機能は依然不完全。こちらから応答しない限り、正確な位置特定は困難と推定』
リネアは少しだけ安堵の息を吐いた。
だが、ルクスの単眼は細く光ったままだ。
『ただし、旧格納施設側は当機の不在を記録中。探索段階が移行する可能性あり』
「つまり、今はまだ場所までは知られないけど……探し始めるかもしれないってこと?」
『肯定』
リネアは作業台に散らばった廃材を見下ろした。
魔力伝導線、焦げた絶縁芯材、古い魔法灯の遮光板、星紋安定器の寸法記録。
ルクスを直すために集めたものが、今度はルクスを隠すために必要になっている。
「信号を弱めることはできる?」
『遮蔽材があれば、受信率および反射率を低下可能』
「遮蔽材……そんな高いもの、うちにはないよ」
『代替品による効果低減処理は可能』
「完璧じゃなくてもいい。反応を小さくするくらいなら、できるかもしれない」
リネアはすぐに動き出す。古い魔法灯の内側に使われていた遮光板を取り外し、焦げた杖の芯材を薄く削る。
伝導線を編むように並べ、絶縁布で挟み込む。魔法の結界などは張れないが、魔力の流れを散らし、特定の反応だけを弱める覆いなら何とか作れるかもしれない。
そのとき、裏口の鈴が小さく鳴った。
「リネアちゃん、いるかい」
「マルタさん?」
リネアが顔を上げると、マルタ婆さんが大きな布包みを抱えて立っていた。
「ずいぶん慌ただしい音がしていたからね。何か困ってるんだろうと思って」
リネアは言葉に詰まった。ルクスのことをどこまで話していいのか、まだ分からない。
だがマルタは裏庭の黒い機械獣を見ても、今さら驚かなかった。ただ静かに目を細める。
「隠したいのかい」
その一言で、リネアは息を呑んだ。
「……はい」
マルタは布包みを作業台に置く。中から出てきたのは、鈍い灰色をした厚手の布だ。
古びているが、ところどころに細い金属糸のようなものが織り込まれている。
「うちの人が昔、遺跡から持ち帰った布だよ。魔法灯にかぶせると光が鈍る。使い道が分からなくて、ずっとしまってあったのさ」
リネアが布に触れると、明らかに普通の布ではない。魔力を吸うのではなく、散らしている。
強い遮蔽効果はないが、ルクスの反応を弱めるのには使えるかもしれない。
「借りても、いいんですか」
「持っておいき。あんたは拾ったものを最後まで面倒見る子だろう」
マルタはそれだけ言って、ルクスを見た。
「その子も、そうしてもらいたくて、あんたのところへ来たんだろうからね」
リネアは布を胸に抱き、深く頭を下げた。
その頃、北方未開拓遺跡では、調査隊が開かずの扉の前に到着していた。
白銀の扉は、かつてリネアが黒い鍵で開いたときのまま、わずかに隙間を残して沈黙している。
周囲にはギルド職員、護衛冒険者、魔道具師協会の助手たち。そして《暁の剣》の四人がいた。
セレス・アルムグレンは扉の表面に手をかざし、測定杖の光を走らせた。
「扉は外部から破壊された形跡なし。しかし起動履歴がありますね。内部機構が正規手順で開かれています」
レオンが眉を寄せる。
「誰かが先に入ったということですか」
「その可能性が高いです」
カイルが肩をすくめた。
「盗掘者か?」
セレスは首を横に振った。
「違いますね、荒らされた痕跡が少なすぎる。必要な経路だけが起動されているようです。無作為に宝を探した動きではありません」
ミーナが扉の紋様を見上げる。
「歯車と星……協会が集めていた出土品と同じ印ね」
セレスは答えず、扉の隙間へ視線を向ける。
「進みます。内部機構には触れないように」
調査隊が遺跡の中へ入っていく。
青白い光が、彼らの進路に合わせて順次灯る。リネアが歩いたときと同じように、通路は静かに目を覚ました。
だが、セレスはその光の点灯順を見て眉をひそめる。
「一部の回路がすでに再起動済み。先行侵入者が奥まで到達していますね」
「奥って、何があるんだ?」
カイルの問いに、セレスは短く答えた。
「それを確認するために来ているのです」
やがて、調査隊は広い空間へ出た。
高い天井、白銀の柱、星図のような光、そして中央にある巨大な格納架。
しかしそこには何もいなかった。ただ、機械獣が伏せていた痕跡だけが残っている。
床には四つの重い脚が刻んだような擦過痕。
格納架の固定具は外れており、胸部の位置にあたる床には、焼けた銀線の小さな欠片が落ちていた。
セレスは膝をつき、それを拾い上げる。
「修理痕……?」
レオンが息を呑んだ。
「何かが、ここにいたんですか」
セレスは格納架の大きさを測り、床の跡を見る。
「大型の自律機構で、おそらく四脚型。魔導ゴーレムとは規格が違いますね、協会の分類にも該当しないでしょう」
エリスが胸元の聖印を握る。
「古代の……兵器、でしょうか」
「その可能性があります」
カイルは目を丸くした後、口笛を吹いた。
「そんな大物、見つけた奴がいるなら、とっくにギルドへ持ち込んでるだろ。価値も分からず隠してる馬鹿でもない限りな」
セレスは黙って銀線の欠片を見つめる。
「いいえ。価値を知っているから、隠した可能性もあります」
その言葉に、レオンがわずかに表情を曇らせた。
一方、王都外縁のギアライト修理店では、リネアがルクスの上に灰色の遮蔽布をかけていた。
布の下に、廃材で組んだ簡易遮蔽板を重ねる。単眼の周囲、胸部結晶の上、仮設安定環の接点。
反応が強い箇所を中心に覆い、伝導線を地面へ逃がす。
「これで、どう?」
ルクスの単眼が布の下で淡く光る。
『照合信号への応答率、低下。反射反応、三十二パーセント減少』
「隠せてる?」
『一時的には』
「一時的でもいい。今はそれで十分」
リネアは額の汗を拭う。
しかし、ルクスはすぐに頭部をわずかに上げた。
『旧格納施設、格納区画への侵入を検知』
リネアの手が止まる。
「格納区画って……あなたが眠っていた場所?」
『肯定』
心臓が嫌な音を立てた。
そこには、ルクスが伏せていた台座がある。リネアが応急修理をした痕跡がある。黒い鍵で開いた扉がある。
もしかしたら、銀線の欠片も、足跡も、残っているかもしれない。
そしてそこへ向かったのは、魔道具師協会と《暁の剣》。
『当機の痕跡が発見される可能性、高』
「……見つかったら、どうなるの」
『推定。探索対象は当機本体へ移行』
「つまり、次はここを探される」
ルクスは否定しなかった。
裏庭の魔法灯が、風もないのに小さく揺れる。
リネアは遮蔽布の端を握りしめた。
認めてもらうためではない。見返すためでもない。
ただ、今度こそ奪われないために。
彼女は、ルクスを隠し通さなければならなかった。
次話からちょっと急展開起きます、お楽しみに!




