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ヒロインに転生したのはいいけれど、悪役令嬢が廃課金勢だったので開始前から命の危機です。  作者: 藤 野乃


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初手

初手

 ゲームでのリリィの記憶の奥、ほんの断片のように残っていた会話。

 まだ母が生きていた頃に寝物語のように話してくれた、たった一度の昔話。


『わたくしにはお兄さまとお姉さまがいるのよ』


 声はやわらかく、でも少しだけ寂しげだった。


『あなたがもう少し大きくなったら一度、そこに手紙を出してもいいかもしれないわね』


 それっきり、話は終わってしまった。

 母はその後すぐに体調を崩し、王都の修道院へ向かった。

 あの頃は、病気のせいで気弱になっていたのだと思っていた。


(でも、違ったんだ……。あれはゲーム的な匂わせだった)


「名前は母から聞いた訳じゃないの。でも原作の設定では、母は現聖女の妹だった。ゲームでは触れられてないけどね」


「それなら、アーヴェルン家ね。記録をあたってみる」


 カーティスが、即座に動いた。


 棚から取り出されたのは貴族名鑑、そして宗教院系統の寄進録。

 カーティスが魔術でざっくり検索をかけると、淡い光が一冊の頁を指し示した。


「あったわ。アーヴェルン伯爵家。この王国の聖女家系として、代々宗教的な中立を保ってきた名家」


 カーティスは興味深そうに眉を上げる。


「現当主は、ジルベール・アーヴェルン。妻はすでに亡くなっていて、後継がいない状態。妹として現聖女がついてるけど──この聖女、たしか名前が……エレナ。聞き覚えある?」


「ないわ」


「じゃあ、母親の名前は?」


「アリス……」


「うーん、長男長女しかいないわね。──ただ、駆け落ちなら当主が抹消した可能性もあるわよ? あ、でもここの家、全員瞳がグリーンですって」


「うん」


「それに、聖女様の顔よ。リリィに似てる」


 貴族名鑑に名前がなくとも確実だ。

 全く居ないわけではないが、グリーンの瞳はかなり珍しいのだ。

 ましてや、類を見ないネオンカラー。

 自分の母・アリスが生まれた家、現在の当主・ジルベールは伯父。

 血筋から見れば、『リリィ』はれっきとした伯爵家の外孫だった。


 だが、今のままではその繋がりは誰にも認識されていない。


「じゃあ、どうやってその縁を偶然に発見させるか、ってとこね──」


カーティスが組んだ腕の中で指を立てる。


「修道院ルートを使いましょう。孤児名簿の中からあなたを聖女の姪では? と疑わせる形で、アーヴェルン側に接触させるの」


「そんなにうまくいくかな?」


「大丈夫。アーヴェルン家は、政治から一歩引いた宗教貴族なの。表の貴族社会とは違う理由で、血縁に反応する」


「…………」


「特に聖女家系の継承という視点では、次代候補の可能性に敏感なはずよ」


「ゲームでは原作通りって訳じゃなくて、学園に行ってるときにイベントで聖女になるんだけど──」


「そこはどうにでもなるでしょう?」


 カーティスがニヤリと笑う。

 彼の目には、もう研究対象ではなく戦略パートナーとしてのリリィが映っていた。

 


 数日後、屋敷の一室で私は鏡の前で慣れないドレスを整える。

侍女たちが見立てた服は上品で慎ましく、いかにも「孤児院でたまたま見出された」名家の可能性を秘めた少女に見えた。


──偶然を、偶然に見せかけて操作する。


 情報は、すでに修道院の名簿経由で「アーヴェルン家の聖女付き侍従」に届けられた。

 あとは、彼らが動くのを待つだけ。


「これが、私の初手」


 私は微笑んで、小さく呟いた。


 出所不明な子供のままでは、消されて終わる。

 でも、正規ルートから養女に引き取られれば、話は違う。

 貴族社会は血筋を見て動くから。

 そこに乗るだけで、私は生き残るための強固なカードを得る。


(物語は向こうが勝手にはじめてる──悪役令嬢がルートを逸脱して何かしている)


(なら、私は抗うしかない。自分の足で、自分の未来を掴みとるわ)


鏡の中の自分を、私は真っ直ぐに見つめた。

着替えを終えた『リリィ』が部屋を出ると、廊下には既にカーティスが立っていた。

彼は私を見て、満足そうに手を叩いて笑った。


「まあ、いい感じじゃない」


「褒めてるの、それ?」


「ええもちろん。中身がどうあれ、第一印象の物語性は強いのよ」


カーティスは軽やかに歩き出しながら、手に持った書類をひらひらと掲げた。


「こっちはもう整ったわ。名簿の改ざんも完了。戸籍記録上、あなたは生まれも育ちも不明の孤児。仮名として使われてた『リリィ』という名前は、シスターがつけたとされてる」


「手際がいい、金もある、コネもある──カーティス、あなたって一体何者なの」


「そうねえ、母は唸るほどお金持ちよ、あと父親がちょっと有名人」


「つまり、これって偶然見つけたけど妙に気になる子って演出? カーティスって──権力者ってやつなの?」


「いいえ?お金の力よ。──これで伯爵家の人間が確認しに来る。そこで目元でも声でも、仕草でも何か一つでも似てたらほら、もう血縁かもしれないって気になるでしょ?」


 まるで釣り人が釣り針を垂らすような言い方だと思いながらも、私は納得していた。

 この世界の貴族社会は、理屈よりも箔がつきそうなお話に弱い。

 

「巡り合い」「血の記憶」「宿命の再会」──そうした演出が、しばしば現実を動かす。


(人間は、自分が信じたい物語を信じる)


 だからこそ、自分はその物語の隙間に入り込む余地がある。



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