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ヒロインに転生したのはいいけれど、悪役令嬢が廃課金勢だったので開始前から命の危機です。  作者: 藤 野乃


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続く未来


「リリィ様、そう、もうちょっと頭を支えて」


「こう?」


 私は我が子の沐浴に悪戦苦闘している。

 初めての我が子はフニャフニャと何か訴えている。

 頭はグラグラで、バタつく手足のせいで手が滑ってお湯のなかに落としてしまいそう。


「殿下のほうがお上手です」


「手が大きいからか……それにしても生まれたばかりの赤子はこんなに小さいものなのだな」


 頼りない手つきの私に代わり、夫のエドが長男ヨハネの頭の下に手を差し入れた。


「本来、王族が沐浴を自らやるなんて前例は無いのですよ……」


 ユリ、今はヨハネの乳母であるイルマがぶつぶつと文句をいう。


「何事も前例を作るべきだとは思わないか? 我が子を洗えるなんて素晴らしい体験だと思うが」


「それはそうですが……ああ殿下、赤子は振って水切りしてはいけません」


 お湯から出されたヨハネは手際よくイルマが拭き上げ乳を与えるために別室に連れて行かれた。


「また怒られたぞ」


「ふふ、私たちは新米ですもの」


 私とエドは顔を見合わせ、微笑みあった。

 私たちはゆっくりと中庭に移動し、お茶を飲むことにした。

 エドは政務の合間を見てこのように家族との時間を作ってくれている。


「あと二十分しかないが、お茶を」


 侍女にそう言いつけ、エドは頬杖をついて私を見つめる。

 穏やかな風が優しく足元を吹き抜け、バラの香りを運んでくる。


「この香り──」


 私の言葉に、エドは少し真面目な顔つきになり頷いた。


「北の離宮のバラが満開だからか、ずいぶん香るようになった」


「花には罪はありませんし、セレスティーナ様も無聊を慰められているのでは? 薔薇がお好きですから」


「庭に出ることは許されていないがな」


「でしたら尚の事、香りは大事なのではないかしら」


「そうだな。庭師によく咲かせるよう言っておこう」


 正妃セレスティーナは、子が出来ないことを気にされて気鬱になり自ら北の離宮に居を移した──と、先日報じられた。

 表向きはそういう事で綺麗に着地している。

 実際は最初から離宮に居るし、本人が納得したわけでもない。

 

「ヨハネが生まれた時に恩赦という話があったけど、どうなったの?」


「課金アイテムとやらの存在が問題でな。使われた痕跡こそ確認出来るが、その存在や使用方法が全くわからない」


「セレスティーナは絶対認めないと思うわ、これからもね」


「防ぎようのない手段を持つ以上、セレスティーナは幽閉しておくしかないのだ」


「……そう」


「気になるか」


「そりゃあね、気にはなるわ。死ぬまでずっと離宮だなんて……」


「彼女を出せば君は無事でいられない。ヨハネも」


 世間がどう思おうと、王家の決定は覆らないだろう。

 少し遠くにある白亜の美しい北の離宮に目をやると、チラリと窓辺で何か動いた気がした。


「アーヴェルン伯爵がな、最初の子が王家の色だったものだから悔しがって悔しがって先日の会議で愚痴を言われたよ」


「まあ、お義父様がそんなことを? そればっかりは選んで産むのは無理だわ」


「ははは、次は絶対アーヴェルンの子だと息巻いて帰っていったぞ」


「そんな無茶な」


「殿下、お時間です」


 いつの間にか背後に立っていた文官が、渋るエドを追い立てていく。

 少しして乳母車で眠るヨハネと、ようやくヨチヨチ歩きを始めた娘のケイトを連れてイルマが現れた。


「まあ、ケイトはもう歩くのが上手ね……それにしても産んだのはイルマなのに、カーティスそっくりじゃないの」


 以前より少しふっくらとしているイルマはにっこりと微笑んだ。

 黒く染めていた髪はすっかり焼き菓子のような明るい茶色に戻りきっちり纏められている。

 足元でウロウロしているケイトは、カーティスに似てどことなく浮世離れした美しい幼子だ。


「そうなんです。産んだのは私なのに……」


「ふふ、ヨハネもよ。産んだのは私なのに、エドにそっくりだってみんな言うのよ」


 ヨハネが夏の青空のような瞳を開け、偶然目に入った蝶を目で追い始めた。

 まだ地肌が見えるほど量は少ないが、金色の髪が陽光に透けて煌めく。


「産んだ私に似てないなんて、不思議よねえ……」


「そのうちどこかは似てくるって、義母から言われましたが……」


「そうかな? そうだといいわね」


 ケイトが蝶を掴もうとして転び、泣き始めた。

 つられて泣き始めたヨハネを抱き上げ、その温かさを肌で感じながら私は思いを新たにした。


 (この子たちの未来は、不条理なものに振り回されてはいけないのよ……)


 


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