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ヒロインに転生したのはいいけれど、悪役令嬢が廃課金勢だったので開始前から命の危機です。  作者: 藤 野乃


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バラは散ることさえ許されず


「…………」


 北の離宮は大きく、新しい。

 見た目も内装も贅をつくした豪華さで、食事も衣装も、身の回りの世話も一流。

 正妃として、充分な待遇である。


 公的な場では仲睦まじい王太子夫妻。

 外交、式典など『見られる』必要のある公務。

 正妃としての執務は、それだけで書類仕事などは無い。

 必要な情報は全て口頭で伝えられる。


 外交に必要な情報は流動的なので、週に二回は情勢を伝えに文官が来る。

 王の宣言通り、入る者も出る者も離宮通用門に常駐している魂見師のチェックが入る。

 もし、異常があればセレスティーナは毒杯を賜ることになるだろう。


 エドワールが離宮を訪れたことは一度もない。

 それどころか、使用人以外出入りする者もいない。

 毎朝届く王国新聞を隅々まで読み、それでも手持ち無沙汰なので、ハンカチに刺繍をする。

 そのハンカチは孤児院や救貧院に寄付され、バザーでそこそこの収入になるという。

 

『慈悲深い正妃様』、結構なことですわ。


 もちろん新聞は夕方に回収され、破れも書き込みもないかくまなく改められる。

 それでもわたくしは新聞を断らない。

 紙面は賛辞で満ちているから。


 式典でのドレス、わたくし自身の美しさ。

 外交での理知的なふるまい。

 民の暮らしの向上に心を砕く、気高き正妃──。


 どれも王家が作り上げた虚像。

 けれど、その虚像こそがわたくしを生かしている理由でもある。

 離宮の外に出れば、だれもが頭を垂れる。

わたくしはまぎれもなく「正妃様」


(わたくしは勝った。欲しいものは手に入れたの)


 白い結婚ですって? この国の王の子は、エドワールしかいないのに。


(わたくしのほかに、子を産むにふさわしい血筋などないでしょうに)


 いずれ王家は頭を下げる。──せめて子だけは、と。

 懸念はリリィだけ。

 でも彼女は先日、正式に『聖女』となった。

 聖女は王室に入れない。


(ゲームでもそうだったわ。エドワールのルートは聖女就任を蹴らなければ、エンディングに到達できない)


 わたくしは貴族名鑑を思い返し、口元をゆるめる。

 この王国内に、婚約者のいない未婚の子女で九歳以上は存在しない。

 他国の姫は数名いるけれど、第二妃に迎えるのは国交上むずかしい。


 つまり、わたくし以外にいないのだ。


(わたくしは完璧な淑女ですから、笑って赦して差し上げますわ)



 あの華やかなパレードから五年がたった。

 最近は公務に出ても、腫れ物に触るような雰囲気だ。

 理由はわかっている。


 わたくしたちに、子が出来ないから。


 この世界では女性に問題があるとされるから、わたくしが原因だと思われている。


(お渡りがないのに原因もなにもないでしょうに)


 けれど、わたくしがそれを訴えることは出来ない。

 外界から完全にシャットアウトされているのですもの。


 雪がかかったのか、テーブルに乗せられている今日の新聞はちょっと湿っている。

 いつもより分厚く、カラフルだ。


(何か式典でもあったかしら。でもわたくしが出ない式典など無いし──)


『お世継ぎ誕生』


「…………な」


 お世継ぎですって!?

 慌てて新聞を開き、セレスティーナは立ったまま新聞に見入った。


『お世継ぎ誕生──王家に待望の長子』


【王都日報】

先日、王太子殿下と聖女リリィ・アーヴェルン殿の間に、待望の王子が誕生した。

母子ともに健康で、王太子殿下は「これ以上ない喜び」と喜色満面で語られたという。


出生は未明、王都聖堂にて行われた祝福の儀ののち公表され、王都の民は朝から広場に集まり、祝福の鐘の音が鳴り響いた。


新たな王子は蒼の瞳と金の髪をもち、王家の正統な後継者として国民に披露される予定だ。

なお、正妃セレスティーナ殿下からも祝辞が届けられる見込みで、来週の宮廷晩餐会にて正式発表が行われる。



(なんですって?鐘なんて──)


 いや、昨日やけに鳴っていた。

 確かに、鳴っていたが──。


 セレスティーナの指先が、新聞の端をくしゃりと潰した。

 金の髪、蒼の瞳──まぎれもなく王家の後継ぎ。


(わたくしに知らせもせずに? 正妃であるこのわたくしに)


 窓辺には、昨日取り替えられたばかりの深紅のバラが飾られている。

 それはまだ瑞々しく咲き誇り、花弁に朝の光がきらめいていた。


 新聞を握る手が震え、インクが白い指に黒く滲んだ。

 手をついた勢いで花瓶は揺れ、深紅のバラの花弁がヒラヒラとテーブルに舞い降りた。


(散ることも許されず、萎れていくだけなんて…………)


「こんな……こんなの、間違ってる」


 セレスティーナは新聞を床に投げ捨て、深紅の絨毯にヒールの鋭いかかとを立てた。

 噛みしめた唇から、かすかに鉄の味が広がる。


 豪奢な離宮の壁に、笑い声とも嗚咽ともつかない声がこだました。

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