現実
現実では公開断罪はあり得ない
十年前の誘拐未遂から、ずっと続いていた物語の決着が、もうすぐ訪れる。
断罪劇も起こらない。
そんなことをすれば、『国』として侮られる。
戦争こそ起きないだろうが、国交では自国の隙を見せた方が不利になる。
条約や輸出入の取引──何もかもに、影響を及ぼす。
(オラトリオ王国は、有能な妃を迎え順風満帆でなくてはならない……裏はどうなっていても)
それが、政治なのだ。
(なんか、子供時代の盤面ゲームみたいだったわ)
どんなに一生懸命考えて、駒を置いて戦っても時間が来れば大人に「寝なさい」と言われて片付けられ、ベッドに追い込まれちゃう感じ。
あんなに必死に頑張ったのに、大人が介入し始めたらあっという間に蚊帳の外だ。
(ゲームはゲーム。現実は現実)
「はぁ……政治って闇が深いわね……」
カーティスとユリがクスクス笑いだした。
「そうね。でも、大人になったリリィなら──イカサマも出来るわよ? 頭を使いなさいな」
「そうね。大人と子供じゃ出来ることが段違いだものね。なにかと勝負するなら、これからね」
カーティスの言葉に妙に納得した私は、なんとなく晴れやかな気持ちになった。
私は名実ともに大人の立場を手に入れたのだ。
嫌だったら、逃げても良いんだわ。
駆け落ちした、母のようにね。
母は不幸ではなかった……自分の人生を勝ち取り、戦ったのだから。
(私も自由に生きていきたいわ。その為に、ファピンで知識と生活基盤を整えないと。三年後、なにが起こるかわからないけれど──その時に、自分で選べる立場と力を身につけないとね)
うん、私は深く頷いた。
◆
「リリィ、明日王城に行くよ。服装は華美ではないフォーマルで。ミアと決めておきなさい」
「はい、お義父様」
あれこれ服やアクセサリーを選びながら、ミアに聞いてみる。
「ミアも行くの?」
「いいえ。調書を作るときに事情聴取は受けましたけれど」
なるほど、登城する人間は最低限なのね。
証人は別として。
(公的な断罪はナシ……それはそれで逆に怖い。だって、無かったことにされるんだもの)
本当にスッキリしない結果になりそう。
だけど、現実的な落とし所ってそういう感じにするしかないんだろうな。
貴族って面倒な生き物だわ。
私は藍色の簡素なデザインのワンピースを選んだ。
アクセサリーはシンプルなもので。
(地味な格好で行くべきよね? もう私はヒロインじゃないし。明日の主人公はセレスティーナだもの)
◆
いつお渡りがあっても良いように、毎日きっちり準備だけはする。
セレスティーナは今日も夜着に着替え、薄化粧を施してソファーに座っていた。
(きっと、今日も来ない。忙しいと言う通達以外、情報もない……)
侍女たちは従順だ。
湯浴みと言えば用意するし、退屈だと言えば本を持ってくる。
粗雑に扱われてるわけでもない。
(もう五日経つ。部屋から出られないし、手紙も止められている……どうにかしてお父様に連絡を取らなくては)
この、わたくしが。
父はヴァレフォールの娘が不当な扱いを受けているとは思っていないだろう。
パレードが終わるまで、あんなに完璧だったのだから。
(王家に対して、失態など無いはず……)
どこをどう思い返しても、王家への対応は失敗などしていない。
嫁入り前にノートやメモ、証拠になる書類は全て目の前で焼却してある。
灰すら水に混ぜて、処分したのだ、
(問題がそこじゃないとしたら、なに?)
形として残った証拠はひとつも無いはず。
(可能性が高いのは、イルマ。だけど証言だけだわ)
物的証拠は残っていない。
家格が高いわたくしの証言の方が、優先されるはず。
(ネリネ。この線も考えにくい……六人を介して手筈を組んだのだから、わたくしにたどり着く術はない)
その六人は早々に自害させてあるから、セレスティーナとの繋がりは追えない。
露見していたら、父が黙っていないはずだ。
(ミアの拉致……これも用心に用心を重ねてある。たどり着く要素がない)
(居なくなったメラニー……あれはアイテムでわたくしの不利になるようなことは言えないし、出来ない)
後はなにがある?
眠れぬ夜を過ごしたセレスティーナだったが、朝はいつもと様子が違った。
「陛下のお召しです」
エドではなく、陛下?
セレスティーナは訝しみながらも、上品な笑顔で応じ身支度に取り掛かった。
血色の悪い顔に、普段より濃いめに紅を差したセレスティーナはやはり美しかった。
(コンディションは万全とは言いがたいけれど、上出来だわ)
装飾品は『王家』から贈られたものから選んだ。
セレスティーナは王太子妃なのだ。
十二年以上ずっと望まれてきた、愛されるべき女。
セレスティーナは完璧な装いで部屋を出た。
王宮の高い天井からのひんやりとした空気が頬を撫でる。
王宮の豪奢な雰囲気に飲まれない、完璧な淑女。
セレスティーナは優雅な一歩を踏み出した。
心は石を抱えているような感じがしているが、それはおくびにも出さない。
品の良い笑顔を浮かべて。




