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ヒロインに転生したのはいいけれど、悪役令嬢が廃課金勢だったので開始前から命の危機です。  作者: 藤 野乃


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7/60

研究塔

カーティスの研究塔

「──ふう」


 ──私はドレスの裾をつまみながら、屋敷の中をゆっくり歩いていた。

 前世でも今世でも、見たことがあるだけの貴族ドレス。

 実際に着てみると、子供用ですら結構な重量だ。

 おまけに動きにくい。

 優雅に動くために必要なのは体幹の安定と、筋力勝負なのだと侍女のミアが言っていた。


 それにしてもこの屋敷。

 豪奢な廊下に重厚な扉、魔道具で照らされた天井。

 すべてが、成金趣味すぎて不安になる。


(どこもかしこも、まるで現実感がない)


 私の慎重な歩みに応じて、白いタイルの床が微かに音を立てた。

 庭になんとなく出てみると、まるで絵画のように整った芝と薔薇のアーチ。

 遠くに見える外壁の上には、魔術的な光がうっすらと漂っている。


「……結界?」


空気が澄みすぎているし、音が少なすぎる。

まるでこの場所だけが、世界から切り離されているようだ。


(ああ、そうか。ここは、セーフゾーンなんだ)


 ゲーム時代に何度も見た画面を思い出す。

 一定条件を満たすと、敵イベントの発生が一時的に停止する「安全領域」だ。

 攻略対象とのイベントが起きず、ランダムエンカウントもなく、プレイヤーの準備期間となる──。


(つまり、ここで私が保護されたってことは。本来なら発生しないイベントがもう起きてしまったか、想定外のバグってこと)


 私はまだ八歳。

 本編が始まるのは、十五歳の学園編だもの。

 しかもカーティスへの接触は十七歳の時だ。

 ゲームでは『聖女』がカーティスの呪いを解いて、引きこもり解消なのだけど。


(現実のカーティスは呪われてなくて、ただのインドア男……)


「ねえ、カーティス──」


と、声をかけようとして誰もいないことに気づく。


 今は一人だった。


 私はもう一度、薔薇のアーチの先に見える外壁を見つめた。

 そこを越えれば、王都のどこかに出るはず。

 でも今の『リリィ』は、外へ出る手段も身分も持たない。


(この世界は、私をまだ物語に入れたくないのか。それとも、もう誰かが物語を書き換え始めているのか──)


 私はドレスの裾をグッと握り直した。


(……なら、こっちから動くしかない。私がシナリオの外側にいるうちに)


 そのまま足を向けた塔の入口は、白い蔦のような紋様が浮かぶ木製の扉だった。

 重たそうな見た目とは裏腹に、扉は静かに吸い込まれるように開いた。


 中はひんやりとして、古い書庫の匂いがする。

 壁一面に本が積まれ、天井近くまで届く棚には見慣れない言語で書かれた巻物や、魔道具らしきガラスの球体が並んでいる。


「いらっしゃい、リリィ。お目覚めは順調だったようね」


そう声をかけてきたのは、階段の上から現れたカーティスだった。

相変わらず優雅な身のこなしだが、その手には羽ペンと分厚い帳簿。


「ここは私の遊び場。研究塔──って呼ぶと、なんだか悪の魔術師っぽいでしょ?」


「悪の魔術師、確かに」


 私は本棚の間を抜けながら、ふと広げられた地図に目を留めた。

 それは王都中心街を示した魔術地図で、魔力の流れがリアルタイムで淡く浮かび上がっている。


(これは──)


一箇所、まるで染みのように魔力の流れが歪んでいる部分があった。


「……ここ、王都の南区画?」


「ええ。最近、あの一帯の魔力と魂の流れが、局所的に狂ってるの」


「人為的に?」


「ええ。干渉の痕跡もあるし、誰かが特定の対象に魔術的な影響を仕掛けてるような気配ね」


 カーティスがそう言って、指先を地図に滑らせる。


 南側は「逆ザマァルート」の中盤、隠し好感度イベントが連続で発生する攻略の鍵となる場所だ。


「そこ……過去のルート構造で逆ザマァルートの中間イベント拠点。条件を満たすと、悪役令嬢が大逆転の切り札を掴む場所」


「逆ザマァ……?」


「乙女ゲームの追加ルートね。悪役令嬢がヒロインになる代わりに、通常版ヒロインの私が『悪役』として断罪されるの」


「立ち位置が入れ替わるお話になる、と」


「そう。その場合、私はどのルートでもバッドエンドになる」


「今のルートがそっちに傾いていると?」


「わからない。でも、その流れがもう始まってる可能性は否定出来ない」


 カーティスは興味深そうに眉を上げた。


「面白いじゃない。未来の知識ってわけね」



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