パーティは嘘に満ち溢れている
セレスティーナは表情こそよそゆきの笑顔を保っていたが、かつてないほどの動揺に見舞われていた。
(リリィのイヤリング。ブライヤーの蛍石……! あれではまるで──まるで、対で誂えたもののようじゃないの)
呆然と立ち尽くすセレスティーナをよそに、二曲目も続けて踊り出す二人。
エドの筆頭侍女が慌てたようにセレスティーナのもとへやってきた。
「セレスティーナ様!? 足を挫かれて、お帰りになったと──」
「怪我などしていないわ。小姓にちゃんと伝えたのですけれど?」
セレスティーナは、冷静に穏やかな声音で侍女に伝えた。
「小姓に……? 今日は私たち、侍女しか……。──確かにお怪我を伝えてきたのは、どこかの使用人らしい男性でしたが」
首をかしげる侍女。
「まあ。でしたら、行き違いなのかしら。わたくし、このとおり元気なのですけれど」
侍女はセレスティーナの僅かながらの苛立ちを感じとり、深く頭を下げた。
「早急に原因は調査させますわ。殿下にもすぐに報告いたします、どうかお待ちを──」
セレスティーナはニッコリと微笑んだ。
「ええ、お願いね? 行き違いなら仕方ないですわ、殿下もわたくしが不在だと思ってらしたのね」
「はい、お帰りになったとお伝えしましたので──」
(小姓が怪しいわね。行き違いを装い、わたくしと殿下を引き離す──反王政派……? リリィを担ぎ出すメリットは?)
いえ、殿下はリリィに惹かれている。
陰謀とは無関係に、リリィを誘った可能性の方が高い。
セレスティーナは参加者リストを思い返した。
今日、反王政派の家は参加していない。
殿下はリリィを離さず、三曲目を踊り始めた。
会場の視線が二人に向き、困惑を含んだざわめきに変わる。
セレスティーナへの視線もあからさまだ。
(……三曲目?)
社交界において、三曲連続で踊るのは特別な関係の証。
セレスティーナは表情こそ変わらなかったものの、屈辱のあまり、頬に血が集まった感覚で熱を覚えた。
(殿下のパートナーは、わたくしのはず)
気を取り直して完璧な笑顔を浮かべながら、セレスティーナは胸の奥で怒りと焦燥を噛み殺した。
(これは……単なる行き違いではない)
リリィを伯爵のもとに送り届けた殿下に、侍女が足早に近づいていく。
殿下は驚いたように周囲を見渡し、わたくしを見つけると笑顔になった。
「セレスティーナ、足は大丈夫なのかい」
「それが、わたくし怪我などしていないのですわ。近くにいた小姓に、着替えると伝えていたはずなのですけれど」
ふむ、と殿下は考え込むように黙った。
「小姓……それは調査させないといけないな。正しくない情報を私に伝えるなど、あってはならないことだからね」
それより、と殿下はわたくしの手を取り囁いた。
「君がいたのに、他の女性と踊るなんて大馬鹿者といわれてしまうな。帰ったとばかり思っていたが、確認不足だった。私を赦して踊っていただけますか? 婚約者殿」
「ええ、赦しますわ。いないと思っていたなら、仕方ありませんもの」
(絶対あの小姓は見つけ出す──後ろにいる家もよ)
何故三曲も踊ったのか?
何かの思惑がある?
それともただの最後の恋の炎?
聞きたい。
だが、聞けばわたくしは安い女になる。
セレスティーナは微笑みながら、パーティの中心に舞い戻った。
「ええ、そうなの。行き違いがあったようで──わたくしが怪我で帰ったと誤解があったみたいですわ」
「まあ! ドレスが。だからダンスの時にいらっしゃらなかったのね」
「いったい誰がそんなにひどい工作を──」
セレスティーナははっきりとはいわなかったが、ファーストダンスを踊ったのは誰か?と、令嬢たちに思い出させた。
一番得をした人が怪しいのではなくて?
誰も頭に浮かんだ名前を口にすることはなかったが、パーティはなんともいえぬ雰囲気のまま散会となった。
◆
「あら? 変な顔して」
カーティスがクスクスと笑い出した。
「笑わないでよ」
私は仏頂面のまま、横にあったクッションを叩いた。
「あらあら、何を怒っているの?」
「だって──自分の意志で上級魔術院に行けるようになったと思ってたのに、結局はそうじゃなかったんだもの!」
三年。
殿下はそう言った。
(上級魔術院は三年。政治から、私を意図的に離しておきたいからよね?)
「そうじゃないわ。確かに諸事情は色々あるんだけれど──聖女庁にって意見が一番多かったもの」
「そうなの?」
「聖女候補をわざわざ国外に出すなんて、あり得ないわよ? 婚約者もいない、成人した美女ってとこも含めて」
うーん。
なんだかモヤモヤするけれど、自分で勝ち取った留学でいいのかしら。
「アーヴェルンはすっごい反対してたのよ? あの学院、アリス嬢が駆け落ちした舞台なわけだし」
「そうねぇ」
貴族である以上、政治的な思惑は振り切れないけれど──
「頑張れるだけ頑張った、でいいのかな」
私はクッションを戻し、呟いた。
「そうよ。……でも、リリィ。忘れないでね」
カーティスは視線を落とし、少しだけ真剣な声色になる。
「あなたがどんなに自分で決めたと思っても貴族である以上、完全に自由ではないわ。でも、その中で足掻いたという事実は誰にも奪えないものよ」
私は小さく頷いた。
(そうか……足掻いたからこそ、今の道があるんだ)
「だから、堂々と楽しんでいらっしゃい。その三年間も、あなたの物語なんだから」
カーティスが笑った。
私はようやく肩の力を抜き、深く息をついた。
リリィ・アーヴェルン十八歳。
あと二ヶ月生き残れば、ゲームクリア。




