恋心と大人が仕組んだ筋書き
心臓が鼓動を早める。
せ、政治的には何て答えれば?
ステップだけが軽やかに音楽に乗っている。
「君の立場から、なにも言えないのも知っている──だが、三年だ。三年、待っていて欲しい」
断ることは出来ない。
(だって、私も殿下が好きなのだから──)
二曲目、殿下は私の手を離さない。
「殿下、ファーストダンスに続いて二曲目は──」
「私が君と踊りたいというのが一番の理由だが、全て予定通りだと伝えておこう」
「あ、シナリオがあるのですね」
殿下は微笑んで、私の腰を引き寄せた。
私の色のイヤーカフ。
(ここは政治が仕組んだ舞台、なのね……)
二曲目が終わり、殿下が腰に手を回したまま三曲目が始まる。
視界の隅にセレスティーナがちらりと映ったが、殿下から視線をそらすのは不可だったようだ。
私の顔の向きは殿下の手で優しく戻される。
「我々は舞台に上がる演者だが──今だけは、私を見て」
三曲目が終わる頃、殿下は私の耳に口を寄せて熱い吐息と共に囁いた。
「三年だ。リリィ・アーヴェルン。ファピンで楽しんでくるといい」
「殿下……」
三曲目が終わり、音楽がふっと途切れる。
会場が大きくざわめき、拍手が響く。
殿下は私の手を取ったまま、ゆっくりとフロアの外へと歩き出す。
背中に、視線が刺さるのを感じる。
(……セレスティーナ)
振り返らなくてもわかる。
深紅のドレスに着替え、場の中心に戻った彼女の焼けつくような視線。
私は息を整え、お義父様に手渡された果実水でカラカラになっていた喉を潤した。
殿下はセレスティーナのもとへ行き、二人は優雅に踊り出した。
二人ともダンスの名手で、それは見事なものだった。
(三年。私がファピンに行ってる間に、何が起こるというの……?)
私はフロアを舞う二人から目を離せぬまま、お義父様に促され会場を後にした。
お義父様はなにも言わず、私を見つめて頷いた。
◆
パーティは当然ながら、わたくしが中心にいる。
どの家も次期王妃のわたくしにすり寄るしかないのだもの。
当然の状況ですわね。
問題が起きたのは、もうじきダンスタイムというタイミングだった。
照明係が動き始めたタイミングで、寄子の伯爵令嬢が焦ったようにわたくしに囁いた。
「セレスティーナ様、あの……ドレスが裂けておりますわ」
令嬢と談笑しながら隅に寄り、サラに確認させる。
「……確かに、わずかですが、裾が裂けております。ですが大きくはございません。応急措置されますか? お着替えももちろん用意してございますが──」
もうじき、ダンスタイムだ。
このわたくしが、破損したドレスで踊る?
僅かでも、目立たない場所だとしても──あり得ないわ。
「着替えるわ」
「ですが、ファーストダンスは──」
「エドに伝えておいて。すぐに戻ると」
殿下の小姓らしき人物に伝言を託し、急いで与えられている控えの間に戻る。
セレスティーナはどのようなパーティであっても、必ず二着以上の着替えを用意してある。
赤と黒のドレスをパッと見て、赤に決める。
コルセットは時間がかかるが、今回はドレスだけだ。
急げば二十分で着替えられる。
「急いで。ダンスタイムは遅らせてくれているとは思いますけれど、待たせるのは極力短くしなければ」
「はい」
控えの間から、ホールまでは五分かかるかどうか。
仕上げに深紅の靴に履き替え、セレスティーナは裾を両手で持ち上げ、やや早歩きで廊下を進む。
──そのとき、聞き慣れた序曲が耳に飛び込んできた。
「……音楽が、何故流れているの」
ホールまで、あと僅か。
ダンスフロアに響き渡るファーストワルツの旋律が、廊下まで届く。
(どういうこと? ファーストダンスを踊るわたくしは、まだ到着していないわ!)
苛立ちと焦り、不安。
セレスティーナが飛び込むようにホールに入った瞬間、目に入ってきたのは。
自分が踊るはずだったファーストダンスをリリィ・アーヴェルンが踊っている姿だった。




