卒業式
卒業式
七の月。
いつもは夏休みだけれど、私たちは卒業式。
──とうとう、卒業式の日がやってきた。
残念ながら、曇り空だ。
ちょっと構えてはいたのだけれど特にトラブルもなく、粛々と卒業式は終わった。
式典の後はガーデンパーティ。
軽食を摘まみながら制服のまま和やかに談笑。
立食パーティスタイルで、ダンスはない。
たった一回しか着ないドレスを用意するのが大変な平民に配慮して、二部制になっているのだ。
正式なパーティは明日の夜。
貴族と希望者のみ参加の卒業記念パーティが行われる。
こちらはフォーマルだし、ダンスもある。
衣装を用意出来るならば、平民の卒業生も参加可能。
(アーヴェルンは中立家だから、いつも通り途中で帰るようお義父様から言われてるけどね)
「リリィ様は、卒業後はやはり聖女庁?」
聖女科の元クラスメイトが、紙コップを持って話し掛けてきた。
「ううん、私はファピンの上級魔術学院に行くの」
一瞬、彼女が目を丸くするのがわかった。
アーヴェルンが聖女庁に入らないのは、珍しいからだろう。
「まあ……そうなのね」
「ええ、魔術をもっと勉強したいから」
私は笑った。
聖女庁に入るのが当たり前という空気の中で、私は戦ったのだ。
家とも、慣習とも、そして自分自身とも。
リュリエ様もカーティスも掩護射撃をくれた。
最終的に、お義父様とエレナ伯母様は「さすがアリスの娘だ、敵わない」と、折れてくれた。
(あのままの私なら、言えなかったかもしれない)
紙コップの中で、果実水の泡が小さくはじける。
中央に目を向けると、攻略対象たちとセレスティーナがいた。
相変わらず、華やかな集団だ。
(散り際の、一際美しい大輪の薔薇)
私はセレスティーナを見て、そんな言葉が頭に浮かぶ。
夏の熱をはらんだ少しもの悲しい風が、足元を撫でていった。
◆
「やっぱりサファイアにするわ」
セレスティーナは侍女長に告げた。
すぐにサファイアのパリュールが出される。
ドレスは紺色だが、一面に小さな宝石が縫い留められており、動く度に夜空の星のように瞬く。
金色のレースが差し色として、月のようにも見える。
「これならば、婚約者の色として申し分ないでしょう」
侍女長の発言に、セレスティーナは頷いた。
(学園主導のパーティではあるけれど、もう学生ではない。大人として──社交界への第一歩)
起こるわけ無いのはわかっていたが、ガーデンパーティで起きるはずの『断罪劇』は発生しなかった。
やはりここはリリィではなく、セレスティーナの世界だった。
完全勝利まで、後一歩といったところだろう。
(後は結婚式まで、わたくし自身を磨き上げるだけだわ)
セレスティーナは機嫌よく口角をあげた。
「セレスティーナ」
扉の外から落ち着いた声がした。
婚約者の声にセレスティーナは無表情のまま、楽しそうな声で返事をした。
「殿下、もうお迎えに?」
侍女が扉を開けると、礼装に身を包んだエドワールが立っていた。
深い青のマントに、胸元の勲章が光る。
セレスティーナはふと婚約者のイヤーカフに目を留めた。
鮮やかな緑色の蛍石。
(リリィの瞳の色じゃないの)
「支度は整ったか」
「ええ、ご覧の通りですわ」
セレスティーナは裾を摘まんで軽く回って見せる。
サファイアと星々のドレスが、きらめきを放った。
「……似合っている」
その目は穏やかでいつも通り落ち着いている。
セレスティーナの視線を受けて、エドワールはイヤーカフに軽く触れた。
「ああ、これはブライヤーからの卒業祝でな。これからの情勢を考えると──」
「ブライヤーは蛍石の産出量が多いですものね。国交は大事ですから、今回お付けになられるのは正解ですわ」
「ああ。君の分もあるんだ。紫色の美しいものだ、後日届けさせるよ」
「まあ。ありがとうございます」
紫があったならそっちを選ぶべきではないか?
セレスティーナは興を削がれたように後ろを向いた。
が、エドワールに向き直った時には愛らしい表情を浮かべ、その小さな手を差し伸べた。
「紫の蛍石は大きくて美しかったのだが」
「そうなんですの?」
「セレスティーナを想定していたらしく、女性用の宝飾品として贈られてきたんだよ。さすがにつけられないから、イヤーカフになった」
「そういうことでしたか」
色は気に入らないが、政情的に卒業祝をつけないのは悪手だ。
それがたまたまアーヴェルンの色であっても。
偶然とはいえ、ブライヤーも無粋だこと。
(気に入らないわ。でも、わたくしとエドへの贈り物なら悪意はないと見なしてあげる。わたくしたちに情熱は必要ないわ。だって、支配者ですもの)
セレスティーナが美しいのは当たり前のこと。
エドもよく笑っていた子供時代は過ぎ去り、無表情で過ごすことが増えている。
わたくしたちは、もう子供ではないのだ。
(ああ、やっと、やっと成人になるわ)
二人は並んで馬車に乗り込み、学園主催の卒業記念パーティへと向かった。
夜会場は華やかで、シャンデリアの光が床に星屑のように散らばっている。
扉が開くと同時に視線が一斉に二人へと注がれた。
セレスティーナはエドワールの腕に軽く手を添え、完璧な笑みを浮かべる。
(今夜はヴァレフォールの娘ではない、未来の王妃としての私を皆に見せることになる)




