落ち込み
落ち込み
「──気鬱って聞いて」
カーティスが心配そうに私を覗き込んだ。
元気のない私を心配して、お義父様が呼んだらしい。
「気鬱……鬱ではないけど、気力が無いのは確かね」
他にすることもない。
私は自分の感じていることを、カーティスに話した。
「ごめんなさいね、私の配慮不足だわ。あなたはこの世界の女の子として扱うべきじゃなかった」
カーティスは黙って私の話を聞いた後、低い声で囁いた。
「いいわ、教えてあげる。ただし──知るだけよ。何を聞いても、知らないふりをしておきなさい」
出来るかしら? と首をかしげるカーティス。
私は深く頷いた。
「ここから先は、ほんとに内緒よ?」
カーティスは声を落とし、椅子を引き寄せた。
「ヴァレフォール公爵家が動き始めてるわ。王家と密約を結んでる。条件は次代で王家と再び婚姻すること」
「ネリネ様の子と……じゃあ、セレスティーナは」
思わず指先に力が入る。
「セレスティーナは密約を知らないわ。泳がされてるだけ。色んな証拠は揃ってるのに、『課金アイテム』の実証が出来ないから」
カーティスは苦笑し、肩をすくめた。
「あるのはみんなもう理解してる。でも、現物もない、使用記録もない。人によっては魂に刻まれた痕跡すら拾えない……これじゃ罰は下せないの」
「あー確かに、それはどうにもならないかもね」
私は痺れた右手のひらを揉みながら呟いた。
証拠がないというのが最大の難関だ。
「だから今はメラニーを含めた証人や壊れた人間を押さえて調整してる最中。セレスティーナには何かしらのペナルティは下るはずよ」
私は頷いた。
トットットッ……心臓の鼓動が耳の奥に響いている。
「ああ、それと」
カーティスがいかにもついでという感じで、付け加えた。
「国王と王妃、王太子は全て知っているわ」
「もうそこまで──」
「政治屋が動き始めたんですもの、当然よ」
「もう、乙女ゲームって雰囲気じゃないわね。セレスティーナ、詰んでるじゃない」
カーティスは微笑んだ。
「そうね。でも……ゲームにあるような派手な『断罪劇』は起こらないと思う」
「それは、この世界では現実的じゃないから、よね?」
カーティスは頷いて腕を組んだ。
「断罪劇は物語としては映えるけど、王族や高位貴族がそんなことしたら……国中大混乱になるもの」
「個人じゃなくて、家……ですものね」
「そう。知る人が増えれば増えるだけ、問題が大きくなる。子女の婚姻の見直し、後継ぎの差し替え、離縁──影響は予測不可能」
「そうなるよねぇ……」
「だから静かに、秘密裏に確実に処理される」
カーティスの穏やかな声。
私はようやく納得出来そうな気持ちになって来た。
(正直……ザマァはしたかった。けど、現実を見よう)
「まあ、見ているといいわ。この国の貴族的手段をね」
カーティスが窓の外を眺めながら、呟いた。
◆
「あの、これ」
夏の暑い日差しの中、庭で皇太子と魔法の訓練をしていたリュリエ様に私は思いきって話しかけた。
自分の父親。
母がたった一人、愛した人……。
「これは……」
リュリエ様の手のひらに乗せられたものは──飾り気のない、ただの銀のペンダント。
母が大事にしていたものだ。
リュリエ様は目を細めて、呟いた。
「アリスのものだね」
「はい」
リュリエ様は、しばらく無言でペンダントを見つめていた。
夏の陽射しに銀の鎖がきらりと光る。
「……お祭りで買った、なんてことのないペンダントなんだよ。それに魔方陣を彫ってね……私がアリスに、初めてプレゼントしたものだ」
低く、押し殺した声だった。
私は驚いて顔を上げた。
「アリスは、これを君に渡すつもりだったはずだ。彼女は……一人で君を守り続けたんだから」
リュリエ様は目を伏せ、そっとペンダントを私の首に掛けた。
「持っていなさい。君が持つべきものだ」
胸の奥にじんわりと熱が広がる。
これ、私が持っててもいいのね。
「あの、魔方陣ってなんの……?」
リュリエ様はしばらく黙っていたが誰にも言わないようにと念押しして、小声で呟いた。
「永遠の愛を誓う魔方陣だよ」
「!」
磨耗して掠れた魔方陣。
なんの魔方陣かと思ってたら、愛のおまじない。
母は、やはり幸せだったのだろうな。
「あの、リュリエ様。帰ってから結婚は──」
兄弟姉妹の情報は確認しておきたい。
「ん? 我が妻はアリスだけだ」
あら、独身!?
意外だわ、絶対政略結婚してるとばかり思ってたけれど。
そんな思いが顔に出ていたのか、リュリエ様は微笑んで付け加えた。
「自分の意思を通すには、結果を出せばいい」
意思を通し、政略に抗う人もいる。
そもそも母もそういう人だった。
駆け落ちしているんだもの。
(結果を出せば、意志が通る……)
私は凝り固まっていた気持ちが、ちょっとほぐれた気がして微笑んだ。
「──私も、そのように生きられるでしょうか」
「女性の身ではまだまだ大変な事もあるが、アリスは戦う女だった。君はアリスの子。戦う血は受け継いでいるはずだ」
「そう、ですね……母は足掻き続けた」
リュリエ様は吸い込まれそうな深い葡萄色の瞳をこちらに向けた。
「君が戦うときは必ず力になろう」
私の味方をしてくれるというのか。
娘とはいえ、会ったばかりの私を?
私の方は──お父さん、と呼ぶ気にはまだなれないと言うのに……。
「じゃあ、『子供』は私だけなんですね」
こう言うのが精一杯。
リュリエ様は目を見開き、嬉しそうに破顔した。
「そう、そうだね。そういうことになるね」
お父さんとはまだまだ言えなさそうだけど、いつかは、必ず。
きっと。




