王族の目
三年目は、聖女科ではなく魔術科になった。
但し聖女科は卒業相当である、という証書をいただいてある。
あんなに私が入学時に魔術科に行きたいと言った時はスルーされていたのに、大人が政治的な思惑で『皇女と同じ科で』と決めたらあっさり変更。
(結局、私はアーヴェルンの娘というだけの存在)
努力も実力も、もちろん希望も関係ない。
どこで何を学ぶかすら、自分の意志じゃ決められない。
(……まあ、今はそれでいい)
聖女科にいたのは、家がそう決めたから。
魔術科に移るのも、家がそう決めたから。
そろそろ恩恵と役割を割りきって考えなくてはいけない。
(私も、独立出来るまでは……この立場と周囲の力を利用させてもらうわ)
このまま主人公のつもりで『乙女ゲーム』の盤面で勝負するのは下策。
貴族子女として、現実的に強かに立ち回らないといけない気がする。
無力な駒になるつもりはない。
(意思のある、自立した駒になってやるわ)
そんなことを考えていると、かわいらしい声で現実に引き戻された。
「リリィ、触媒がなくなっちゃったわ」
「もう、ローゼったら。一回に使う量が雑すぎるわ」
私は自分の余剰触媒をローゼに手渡しながら、あきれて笑ってしまった。
この皇女様、繊細そのものな容姿と立ち居振舞いなのにとにかく雑なのだ。
すっかり仲良くなった私たちは、楽しく学園生活を送っている。
クスクスと周囲で笑うのは、ファピンの王子のレオニス様と魔術師団の総団長子息のアレクシス様だ。
『皇女様』を見守る要員として、大人たちに配置されたのだろう。
アレクシス様の弟は、一年生なので皇太子のご学友として配された。
(こんな展開、ゲームには無かった。攻略対象の婚約者も違うし、めちゃくちゃだわ)
ローゼ様といただく昼食も、結局この攻略対象二人と一緒だ。
時には一般科に通う、彼らの婚約者が一緒に。
そして、エドワール殿下も。
殿下は入学時からずっと週に二度、決まった曜日にセレスティーナと昼食をとっている。
最近、それ以外の日はレオニス様とアレクシス様と昼食を摂られている。
つまり私とローゼも、だ。
雑談とは別のタイミングで、殿下の視線は私に向けられる。
胸が高鳴るような想いの乗った視線に毎回ドキドキしてしまう。
私たちは言葉を交わすことは滅多になく、机の下でそっと指先を触れ合わせて離れるだけだ。
それが自分たちで許したギリギリのラインだった。
そうじゃない時は静かに座ったまま、全員の挙動を視界に収めて。
彼は王太子として、この場にいる全員を測っている。
(きっと殿下は知っているのね、全部……)
殿下は、少し変わられた。
(あれは──あの目。為政者の、目だ)
殿下は『大人たち』の話をもう聞いている。
そして、盤面を観察している。
私はキュッと喉を掴まれたような感覚になり、慌てて水を口元に運んだ。
午前の座学を踏まえ、午後は野外訓練場での実技演習だった。
秋晴れの空は高く、涼しい風が吹き抜けていく。
「三班、召喚開始!」
教官の号令と同時に、ローゼがすっと前に出る。
繊細な指先が、空気に魔力の軌跡を描く。
「──『火よ、我が指に集え』」
低く澄んだ詠唱とともに、紅蓮の炎が花開いた。
訓練用の疑似魔獣たちは一瞬で焼き尽くされる……はずだった。
「ローゼ、もう少し魔力を絞って!」
「まあ……加減してるのよ? ちゃんと」
マイペースに指を振るローゼ。
しかし次の瞬間、炎が制御を外れ訓練場の結界にひびが走った。
(まずい! このままじゃ結界が飛ぶ!)
私はすかさず補助陣を展開し、ローゼの魔力を収束させた。
赤い炎が渦を巻いて消え、静寂が訪れる。
「お見事だ、アーヴェルン嬢」
アレクシス様が感心したように言う。
その横で、レオニス様は苦笑しつつ肩をすくめていた。
「ローゼ殿下の魔力は相変わらず桁違いですね。結界がもったのが奇跡だ」
「お騒がせしてしまいましたわね」
ローゼは困った様子もなく、優雅に裾を摘んで一礼した。
訓練場を後にするとき、エドワール殿下が少し遅れて歩み寄ってきた。
「見事な制御だった、リリィ」
「……恐縮です、殿下」
殿下の視線は熱く恋慕を感じさせるものだったけれど、その奥にあるものはなんだろう。
私の実力、立ち回り、全てを見られている感覚だ。
(恋と政治は別。──これが、高位貴族……いえ、王族)




