学園最後の年
学園最後の年
いよいよラスト一年。
私の方は予定通りだ。
と言うか、出来ることがないのだ。
カーティスは忙しいらしく診察回数は減っている。
私が考え方を改めた転機はメラニー事件だった。
メラニーは間抜けなことに、私の自室に侵入してるところをお兄様に見られて拘束された。
半年くらい前だったかな。
見付けたのがお兄様じゃなければ、クビで済んだんだろうけど。
彼女はそのままカーティスの屋敷に連れていかれて監禁されている。
でも逆に彼女は幸運だったんじゃないかな?
失敗したメラニーをセレスティーナが生かしておくはずないもの。
その後アンヘル様の伝手でメラニーの実家に接触し、交渉……実家はメラニーを切り捨てた。
一代騎士爵であったけれど、返上してブライヤーに逃げたみたい。
カーティスの手引きで。
(これが、地位や権力のある大人の男性の動き方……私の知らないところで、政治を絡めた大人たちが動き回っている──)
メラニーの件は全て終わった後にカーティスから軽く教えてもらっただけ。
私は汗ばんだ顔をハンカチでそっと押さえ、アイスティーを口に含んだ。
(正直、上手くやれるつもりだったし自力で勝てる自信はあったけど……甘かった。大甘だったわ)
事態は私の手を離れつつあった。
私はどこかで『ここはゲーム』という頭があったのかもしれない。
だけど、現実はどうか?
私はただの貴族子女なのだ。
この世界、女性の地位は男性と同格ではない。
社交界という意味では多少政治的な情報操作や情報収集はあるけれど──。
(でもそれは夫や父親という『家』の意向に沿って、動いているだけ)
地位のある男性が動き始めた時点で、女子供は表立っては何も出来なくなる。
(所詮、物語やゲームはご都合主義だったのが良くわかる……知識がある分、動けたのは事実。だけど──私とセレスティーナの世界は、箱庭ね)
私も、セレスティーナも……どう足掻いても、『家の所有物』なのだ。
自分が暗躍や工作をすることは出来ても──最後に決定するのは男性だ。
(……正直、悔しい。やれると思っていたのに)
私は唇を噛み締め、俯いた。
貴族社会としてのシステムが動き出したら、自分の出る幕なんて殆どなくなった。
まさに蚊帳の外だ。
大人たちが見えないところで全て片を付けていき、私はあとからそれを知るだけ。
(しかも、私が知っていい情報しか知らされない)
それが貴族の世界の正しさ、そして貴族社会の現実なのだ。
からん、とグラスが音をたて、ユリが黙って新しいグラスを取り換えた。
(ユリは私より色々知っている……)
『大人』だし、一連の生き証人でもあるから。
「ユリ、女性ってなんなのかしらね。どれだけ頑張っても、結局なにも自分で決められないなんて」
ユリは立ったまましばらく考えていたが、静かに口を開いた。
「リリィ様。リリィ様のお話では、以前の世界の女性の立場は男性と遜色ないと」
「そうなのよ、建前は同格だったの。頑張れば報われる世界だった。ここよりはね」
「こちらは、貴族制度で回っております。リリィ様が憂える気持ち──同じ女性として、やはり思うところはございます」
「うん」
爪を眺めると、綺麗に光っていた。
手入れの完璧な貴族の指先だ。
「ですが、リリィ様。貴族はまだいいのですよ。平民の女性の立場はもっと悪いですもの」
「…………」
「貴族には価値があります。ですが、平民の命に価値などありません」
「……そう、か」
「はい」
私の悔しさは、きっと贅沢なものなのだろう。
日本の常識は捨てないといけない。
でも。
それでも、私の物語は私のもの。
今年は、もう少しだけ違う目で世界を見てみよう。
まだなにか自由への道筋は残っているはずだ。
「ここまで生きて来られただけで、良しとするべきね」
「はい。先方が謎のアイテムを使っている以上、生きていられると言うだけで上出来かと」
「そうよねぇ……ユリ、あなたの方が危険よ。気をつけて」
立ち上がって窓辺に歩み寄ると、夏の名残りの強い日差しが揺れていた。
次に学園へ戻るのは、九月。
新しい学期が、すぐそこまで迫っている。
(卒業まで、大人任せで気を抜いてはいけない……)




