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ヒロインに転生したのはいいけれど、悪役令嬢が廃課金勢だったので開始前から命の危機です。  作者: 藤 野乃


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大人の都合


 辺境の田舎町で、母と二人で隠れるように暮らしていた事を思い出す。

 いつもフードを深く被せられていたのは、この髪色のせいだったのか。

 固いパンにスープ、時々の果物がご馳走。

 それでも母といるのは楽しかったから、不幸だと思ったことはなかった。


 (父親は、母と私を守るために消えた? でも結局母は一人で死んでしまったのよね)


 部屋のすみに無言で立っていた三人のうち、背の高い人が静かにフードを外した。

 鮮やかな桃色の髪が、ランプの光を反射してきらめく。

 赤紫の葡萄のような瞳。

 ただ立っているだけなのに、室内の空気が圧迫される。

 圧倒的魔力の持ち主だ。


「──私がお話にあった、リュリエ・ハルトリーゲル。旧帝の、魔術師です」


 心臓が痛いほど跳ねた。

 頭では理解しているのに、感情が追いつかない。

 目の前の人が、私の──。


「あなたが、リリィの──」


「はい。守るためとはいえ見捨てたも同然。今さら赦されよう、愛されようなどとは言えませんが」


 彼は深々と頭を垂れた。

 表情は見えない。


 (この人が、お母さんの愛した人。そして私の父親……)


 私は、かろうじて淑女らしいカーテシーでその場を凌ぐことしか出来なかった。

 お義父様の目配せで、ユリが私を促し退室。

 私はなにも言わず自室に戻り、ソファーに倒れこんだ。



 ユリが静かに退室し、私は一人にしてもらえた。

 サロンから出る時に感じた全員の鋭い視線。

 思い出すだけで心臓が波打つ。


 前世の日本人としての私は、俯瞰的に物事を見られていると思う。

 だけど今を生きるリリィとしての自分はそうじゃない。

 どちらも自分だけれど、私はリリィ・アーヴェルンなのだ。


 私は自分が生き延びるために、物語を操作して生きてきたつもりだった。

 だけど、それはもっと大きな物語の中の小さな物語に過ぎなかった。


「わけわかんない」


 唇から漏れた声は、震えていた。


 今は冷静にものは考えられない。

 私と母、そして父親。

 ゲームには出てこなかった、愛の物語。


 (私は父親に捨てられた子じゃなかった……両親に、ちゃんと愛されていた?)


「ふぅ、う……」


 小さな嗚咽と涙が、知らず知らず零れ落ちる。

 悲しいわけではないけれど、このグルグルする感情に名前が付けられない。

 泣き続けた私はいつの間にか夕食もとらず、ソファーで眠ってしまったようだった。


 目が覚めたのは、明け方に近い深夜。

 ユリが軽食を持ってきて、ハーブティーを淹れてくれた。

 着替えさせてもらい、きちんとベッドに入る。

 今度は目が冴えて眠れなさそうだ。


(ドラマティックにいくなら、あの場で父親と感動の再会とか見せ場があったんだろうけど──)


 あの会合は、政治的な大人の場だった。

 だから私は用事が済んだらすぐに退室させられた。

 私はただの駒で、それを動かす側では無いのだ。


(私はヒロイン。でも大枠で見れば、社会の歯車でしかない)


 これが現実で、自分の思い通りにいかない世界。

 だけど、今のこの状況は『ゲーム』とは無関係な要素で満ち溢れている。


 だが、これは同時にセレスティーナの世界を崩壊させる要素でもある。

 私が知らない要素は、おそらく彼女も知らないはずだからだ。

 このままうまく流れに乗ったほうが、確実な勝機を掴めるのではないだろうか。


(大幅に軌道修正する必要があるわ。乙女ゲームに囚われ過ぎず、現実を見ていかなくちゃ)


 父親に関しては、特に恨みなどはない。

 母は決して父親を悪く言わなかった。

 素敵な人よ、事情があって一緒にいられないの、と言い聞かされて私は育ったのだ。


(お母さんは、父親を恨んでいなかった)


 一人で子を生み、若くして修道院で命を落とした一見不幸そうな母ではあるが、いつも幸せそうな顔をしていたと思う。


(恨んではいないけれど……それだけ。だって、私はなにも知らないのだもの)


 首にかかっている、銀のペンダントに触れてみる。

父親が母に贈ったシンプルなもの。

 これは母の形見だったけれど今になって急に存在感を増してきている。

 私は少し考えて、ペンダントを外しベッドから出て宝石箱にしまった。


 もうちょっと自分の心に整理がつくまで、待っててもらおう……。

 実の父親にも、ペンダントにも。




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