リリィのルーツ
リリィの父親
「九月から、帝国の皇太子が入学する」
アーヴェルン家では珍しく、物々しい雰囲気で会議が行われていた。
当主、現聖女、カーティスに加えて親戚にあたる男爵家当主と、アーヴェルンと縁の強いオルテンシア商会のノワール子爵家当主などなど。
あとは私の知らない方々が三名。
(ヴィユノークのアンヘル様がいるのは……みんな知らん顔。非公式なのね?)
全員、ニコニコとソファーに陣取るアンヘル様には言及しないのがシュールだ。
アンヘル様は侍女に、もっとお砂糖入れてとのんきにお願いしている。
「それに伴って三年生にも皇女が留学。名目は弟君が慣れるまでの、付き添いだな」
(なるほど……学園関係の話だから呼ばれたのかな)
子女でしかない私に発言権はない。
呼ばれたということは無関係では無いのだろうけれど、マナー的に黙っているのが正解である。
「帝国の要請──通学で通える受け入れ先の打診があってね」
アンヘル様が話題を引き継いだ。
「慣例通りなら、王宮からの通学になるのだが……先方はアーヴェルン家を指名してきていて」
ざわつく室内。
大人たちはピリピリしている。
「いや、アーヴェルンは政治には……」
「次期聖女が居るから?」
「それだと中立派のバランスが……」
アンヘル様が手を僅かに上げると、皆はピタリと口を噤む。
「帝国とは長年緊張状態にあり、帝国に関しての情報は出回らず、秘匿されてきていたが……ここに現皇帝一家の絵姿がある」
使用人が布を取り払うと、四人家族の肖像画が現れた。
「!!」
「これは──」
「まさか、そんな」
現皇帝、皇女、皇太子。
皇妃を除く三名の髪色は、鮮やかな桃色。
低いざわめきが走り、全員の視線が一斉に私に突き刺さった。
(え、ピンク!? いやいやいや、そんな……!)
私の指先が無意識に髪に触れる。
緊張のあまり喉がひゅっと細くなる。
「現皇帝、皇女、皇太子──三人ともこの髪色だ」
アンヘル様の穏やかな声が、静寂の部屋にじんわりと広がった。
言葉にならない声が喉で止まる。
どう見ても、私と同じ色だ。
(ゲーム外過ぎる。確かにブライヤーは名前だけ出てくるけど──)
「新皇帝には、年の近い弟がいらっしゃってね」
アンヘル様ののんびりした声が、遠く聞こえる。
「その弟、は旧皇帝の懐刀。要するに『母親と兄』を人質にとられ、その強大な魔力で旧皇帝の圧政を担わされていた」
アンヘル様の声だけが、響き渡る。
(待って、どういうこと? 何故ブライヤーが介入してくる?)
「人質には彼の『妻』も入っていた」
いったい、この話はどこに着地するのだろうか。
私が呼ばれたのは、学園の話じゃなくて絶対にこのピンクの髪の毛が理由。
「十八年前──終戦間際だね、この弟君は中立の魔術大国ファピンに留学していた」
どくん。
私の心臓が、握られたかのように跳ねた。
あまりの鼓動の早さに、耳鳴りがする。
「で、ではファピンで……」
エレナ伯母様が掠れた声で、囁いた。
ジルベールお義父様もカーティスも既に知っているらしく、無表情で黙っている。
「弟君は、アリスという他国の貴族子女と恋に落ち、お互いの家の事情から『駆け落ち』を選んだ」
ああ、繋がった──。
私のルーツ。
「帝国からの追手がかかった時、アリス嬢は身籠ったばかりだったそうだ。弟君は、アリス嬢を捨て置く事を条件に旧皇帝に忠誠を誓ったそうだ。一切手出しをさせぬということで」
室内は蜂の巣をつついたような騒ぎだ。
私はそれを他人事のように感じながら、眺めていた。
「帝国側はアリス嬢の懐妊を知らなかった。知っていれば、連れていかれただろう」
(何故母は一人で私を育てていたのか。何故、母はアーヴェルンに帰らなかったのか。何故、父は迎えにきてくれなかったのか。何故、何故──)
指先が冷たく、身体が震える。
母は、母は──




